Neetel Inside 文芸新都
表紙

脳内フローラル
気分屋さん*

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此処は小さな港町にある「うどん屋」。

昼時とあって、賑わっている。

「おう、兄ちゃん。商人かい?なにを扱ってるんだ?」
漁師の男が問う。

「私ですか?いろいろですよ、子供の玩具から秘薬まで・・・」
うどんのドンブリを置き、男は答える。

「ほー、後で見してくれよ、気に入ったら買ったる。背中の文字は何て読むんだい?」

男の上着には「喜田楽」の文字が書いてある。

「これは「きたらく」と読みます。喜怒哀楽の怒りと哀しみに蓋をした形です」
男は淡々と答え、立ち上がる。
「船着き場の近くで二日程、商いさせて頂く予定ですので、是非いらして下さい。」
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「さあ、いらっしゃい。子供の玩具から大変希少な秘薬迄、何でも取り揃えております。」
男は店を広げているが、周りに客の姿は無い。
稀に来ても逃げる様に去ってしまう。

「おう兄ちゃん!」
うどん屋で会った漁師だ。

「いらっしゃいませ、何をお探しで?」

「そうだなあ・・・他の店では売って無い珍しい物って有るかい?」
漁師は並べた商品を見回しながら言う。

「では、「気分」など如何でしょう?」

「きぶん?何だそりゃ、薬か何かかい?」
漁師は意味が解らないと聞く。

「気分ですよ、楽しいとか悲しいとかの気分です。」
男は淡々と答える。

「・・・それじゃ、楽しい気分をくれ。」
漁師は疑っている様子で言う。

「かしこまりました。お代は貴方の草履で如何です?」
男は漁師の草履を指さして言う。

「草履?こんなのが欲しいのか?代わりに履く物って売って無いか?」
漁師は困惑しながら聞く。

「このゲタなど如何でしょう?お手頃な価格ですよ」
男はゲタを差し出す

「このゲタは幾らだい?」
漁師は聞く

「そうですね、1500円でどうですか?」
男は手で指を一本と五本立てて言う。

「今度は金なのか・・・」
漁師は意味が解らずに混乱している様だ。

「はい、確かに。ではこの草履はお代として頂きます。」
「こちらが楽しい気分です。」
男はそう言って、小さな紙の包みを三つ差し出した。
「使い方は、紙を広げるだけです。ただし、二日に一回にして下さい。」

「ふむ、ためして良いかな?」
漁師は聞いた。

「どうぞ、お買い上げになったのですから・・・ただし二日に一回だけですよ。」
男は念を押す。

そして、漁師は一つ包みを開いた。
その瞬間、何とも言えない楽しさが込み上げてくる。
「何だ?なんだか楽しくて仕方が無い。」

「それはそうですよ、「楽しさ」を使ったんですから、効果は一時間程です。」

「そうか、あんがとよ。いやー良い買い物したなー」
漁師は満足そうに笑う。

「いいですね、二日に一回を守って下さいよ」
男はまた念を押す。

「解ってるよ、じゃーな」
漁師はそう言って上機嫌で歩き出した。
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その夜、漁師は残り二つの包みを見ながら考えていた。
「あんなに楽しかったのは生まれて初めてだ、理由も無いのになんでだろう?」

「あんた、何してんの?夕飯だよ。」
漁師の妻が言う。

「いや、不思議な物を買ったんだ。」
漁師は事の顛末を語った。
「どれ、一つやるから使ってみろ」
漁師は一つ包みを妻へ渡す。

漁師の妻は疑い混じりに包みを開く
「なんだ、何も入って無いじゃ・・・楽しい?・・・何故か解らないけど楽しいよ!」
漁師の妻は笑顔で言う。

「だろ!理由は無いけど楽しいんだよな!」
漁師は興奮気味に喋る。

そして、漁師は妻の楽しげな様子を見て我慢が出来ずに、
最後の包みを開けて仕舞った。
二日に一つという約束を破って・・・

漁師と妻は一時間後に元に戻った。
「また明日買って来るよ。」
二人は明日も楽しくなれるという事が楽しみだった。

翌日、大雨が降った。
旅商人は居なかった。
漁師はガッカリした。

その翌日、雨は止まなかった。
が、旅商人は見つかった。丁度、町を出る所で会えた。

「頼む、楽しさを全部くれ!あれが無いと生きて行けない。」
漁師は大声で言った。

「あなた、約束以上の量を使いましたね。あれ程念を押したのに・・・」

「言われた通りにしなかったのは謝る。だから「楽しさ」を売ってくれ」

「残念ですが、「楽しさ」は品切れでして。代わりにコレなど如何ですか?」
「この先、貴方は徐々に「楽しみ」が無くなる。我慢の限界に達したら、飲んで下さい。」
旅商人はそう言って一つ包みを差し出した。
「たっぷりの水で飲んで下さい。それでは、また・・・」
そう言って、旅商人は港町を出た。

漁師はその日から何をしても楽しく無かった。
酒も煙草も博打も・・・何も楽しく無かった。

唯一の楽しみは旅商人が最後にくれた小さな紙包みだけだった。

二ヶ月後、漁師は我慢出来ずに包みを開けた。
中には「何かの粉末」が耳かき一杯程度入っていた。
旅商人の言う通り、たっぷりの水で飲んだ。

その二ヶ月後、漁師は死んだ。
海に飛び込んで自殺した。

漁師は履き物を履いて居なかったが、
「そのまま飛び込んで、流されたのだろう」と言う結論になりその夜、通夜が行われた。

漁師の妻は玄関に出た。
家から少し離れた所にに大きな袋を下げ背中に「喜田楽」の文字が歩いている。

「人間、一度蜜の味を覚えて仕舞うと他は色褪せる。「楽しさ」もまた同じ・・・」
「漁師のおじさん、最後のささやかな楽しみは如何でしたか?」
独り言をつぶやき、手にはゲタを持っている。
「コレは胃薬の代金として頂きますね。漁師のおじさん・・・」

そして、旅商人は町を出た。

     

「幽霊」を信じますか?

時代が移り変わろうとも人の世に存在する事。

幽霊、妖怪、神、仏、天国、地獄・・・

まあ、信じようが、信じまいが、存在するならする、しないならしない。

それだけの事なんですがね・・・

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大粒の雨が降り続く。
人々に恵みと災いを運んでくる雨が・・・

「お嬢ちゃん、こんな所で傘も差さずにどうしたのかな?」

「お家もお父さんもお母さんも死んじゃったの・・・」
少女は人形をしっかりと抱いている。

「そう、でもそのままだと風邪をひくよ・・・」
男は少女に近寄り、傘で雨を遮る。

「おじさんは誰?」

「私は旅の商人だよ、山を越えようと歩いていたらお嬢ちゃんが見えたもんでね」

「じゃあ、お父さんとお母さんにお供えする物、有る?」
少女は立ち上がって聞く。

「ああ、良い物があるよ、このお酒だ。」
男は袋から小さな筒を取り出しながら言う。
「これは、亡くなった人に供えると安らかに成仏できるというお酒なんだ。」

「それ頂戴!あ・・・でもお金無いや・・・」
少女は気付いた様に下を向いて言う。

「お金が無いんじゃ仕方が無いね、ご両親は何処に眠っているのかな?」

少女は黙ったまま近くの木を指さす。

「そうかい、仏さんは大事にしないと・・・」
男はそう言って、木の根本に筒の中身を撒いた。
「どうぞ、安らかに・・・」
静かに手を合わせてそう言った。

「おじさん、ありがとう」
少女は頭を下げてお礼を言った。

「お礼の代わりに、此処で何があったのか教えてくれないか」

少女は人形を強く抱いてゆっくりと話だした。
「刀を持ったおじさん達がお家に入ってきて、大事な物を盗っちゃったの・・・」
「お家も燃やされちゃって、お父さんもお母さんも・・・」
少女は話しながら泣き出した。

「そうかい、それは辛かったろうね、そうだ、これを上げよう」
そう言って男は袋から紙包みを出した。
「これはめずらしい飴でね、口に入れると弾けるんだ」

少女は小さな粒の飴を口に入れた。
パチン、パチンと音がすると、やっと弱々しい笑顔を見せた。

「私は人の気分を売っているんだ。お嬢ちゃんも買わないかい?」
男は少女に問いかける。

「きぶん?」
少女は不思議そうに聞き返す。

「楽しい気持ちや喜びを売っているんだよ、買わないかい?」

「でも、お金が・・・」
少女は困った顔をして言う。

「私の扱う商品のお代は様々、お金、物々交換、欲しい理由、私が決めた物をお代として頂戴する」
「そうだなあ・・・そのガラス玉なんかどうだい?」
少女の足下に転がっているガラス玉を指さす。

「え、こんなので良いの・・・?」
少女は困惑しながら聞く。

「一つだけだったらね、さあどの様な気分が良い?」

少女は少し考えて
「楽しい気分・・・かな?」
そう答えた。

「はい、どうぞ。「楽しみ」です」
小さな紙包みを差し出す。

少女は包みを開いた。
「何も入ってないよ?・・・あれ?」
少女はみるみる笑顔になった。
一点の曇りも無い、太陽のような笑顔に・・・。

「私は玩具も扱っているんだ、そこの木陰で遊ぶかい?」
男は少女の両親が眠る木を指さして聞く。

少女は玩具で遊び、笑って話しをした。
そして一時間が過ぎる頃・・・

男は袋から酒の入った筒を取り出した、死人に捧げる酒を・・・

そして何も言わずに少女の頭に掛ける。
「うっ・・・うわぁー!!い、痛い痛いよー!!」
少女の着物に血が滲み、悲痛な叫びを上げる。

男は黙ってそれを見ていた。

少女は叫びながら涙を流し、三分程で静かになった。
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少女を両親と同じ木の下に埋め、線香と改めてお酒を供えて手を合わせる。

数日前の事らしい、ここら辺に住み着いていた落人が、ある一家を惨殺したらしい。
しかし、近くに民家が無く、人通りも少ない此処では葬ってくれる人が居なかった。

山の麓にある茶屋で聞いた話だ。
そう、一家は全員殺されたハズなのだ。

少女には刃物で切られた様な傷があった。

「両親に会えて良かったねえ」

そして、男は少女の抱いていた人形を拾い上げる
「コレはお酒と線香の、お代として頂戴いたしますね」

そう言って男は山を越える為に歩き出す。

       

表紙

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Neetsha