Neetel Inside 文芸新都
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白いマフラー
12月23日

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 十二月も下旬になると、雪の降らない東京でもかなりの寒さになる。
といっても、ロシアやアイルランドのような、もっと身近に言えば、北海道や東北ほど寒いわけではない。気温も氷点下になど及ばないが、それでも東京生まれ東京育ちにとっては、かなりの寒さだった。

 連日の寝不足で疲れた体に、冬の寒さは容赦なく襲い掛かってくる。
足元に移動していた湯たんぽ(電子レンジであっためる奴で、やわらかくて抱き心地が非常に良い)を抱きかかえるが、残念ながら冷たくなっていた。昨夜のあの温もりが嘘のようで、こいつはもう抱き心地が良いというだけの湯たんぽの死体となってしまったのだ。
でも気持ちが良いから離さなかった。
寝ている間に布団からはみ出した右足が冷たい。
無意識のうちに右足が震える。
この震えはおそらく、非常に寒くてヤバイと訴えるサインだ。
寒さという敵が迫ってくる中、布団というバリアの中からはみ出してしまった、と言えば少しは深刻さが表現できるだろうか。
右足が「助けてくれ!俺も入れてくれ!」とでも言うように、頭で命令するよりも先に布団にもぐりこんでくる。
寒い冬の朝、特に暖房のないこの部屋の中では、体の一部が各々に意思を持つ。
もちろん、そう感じるだけだったが。

 甲羅に閉じこもった亀の如く、頭を含めた体の全てのパーツを布団に収納し、寒さから身を守る。ちなみに、多い切れない頭頂部は、枕で栓をするようにして寒さをしのいでいる。
全身を多い尽くす毛布と布団、頭を守る枕、抱きかかえられた湯たんぽの死体という、いわばフルアーマー状態だ。この状態では非常に息苦しいため、時々頭を外に出し、息継ぎをしてすぐ引っ込めるという作業を繰り返していた。
簡単で単純なように思えるかもしれないが、これが結構辛い。
窓が頭の真上にあるため、寒さがもろに襲ってくるのだ。
一応閉まってはいるが、それでも窓からもれる冷気は半端じゃない。
くそっ、寒さには太刀打ちできないというのか!

 ……なんてバカなことをやっていても寒さは防げないし、時間はどんどん過ぎていく。
早くしないと学校に遅刻してしまう。
枕もとで充電していた携帯がしきりにわめき、起床を促している。
もういい加減起きないとまずい。まずいのは分かっていたが……。

 分かっていながら、何故起きずに、何をバカなことを言っていたのかというと。
お察しの通り、布団から出るのが辛いのだ。
もちろん、世の中にはもっと辛いことなど他にもたくさんある。
世の中は、受け入れたくなくても受け入れなければならない苦しみや悲しみがあふれている。
現に俺の胸の奥にもその類の感情があって、今でもよく心の中を暴れまわる。
でも、少なくとも今の時点では、布団から出ることが他の何よりも辛いと思っている。
いや、そう位置づけようと無理やり思っているのかもしれない。
辛いこと・苦しいことを感じていると、とりあえずはそっちに意識が向いて、心の中で暴れるあの悲しみのには触れずにいられるから、というのが理由だろう。
もちろん、マゾヒズムではない。
苦痛を感じても快感などこれっぽっちも感じないのだから。

 頭までかぶった毛布の中から薄目で見た窓の外には、灰色の空が広がっていた。
お世辞にも決して綺麗とは言えない、どんよりとした曇り空。
そして、真っ黒なカラスが一羽。
カラスは窓越しに俺の事を見ている。
いや、本当に見ているかどうか分からないが、少なくとも俺はあいつからの視線を感じる。
じっとりとして、気持ち悪く、その上鋭くとがった視線を。
鳥肌が立ち、嫌悪感が、さらには嘔吐感までもがこみ上げてきた。

「こっちを見るな。わかったよ、起きればいいんだろ。わかったから、こっちを見ないでくれ。もうやめてくれ、こっちを見るな。これ以上、俺たちに関わらないでくれ!」

 一人しかいないこの部屋で、俺は怒鳴り散らした。
窓の外のカラスに向かって。
きっと、あのカラスに向かって怒鳴り散らした。
それでも、あいつは俺のことに視線を送り続けてきた。
カバンと着替えと、白いマフラーを抱えて、部屋から飛び出した。
カラスから逃げるように、カラスの見えない部屋へ逃げた。

       

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