ある日届いた電報には 付き合っていたあの子からの 別れの言葉が記されていて
彼女に許婚が居たことなんて僕 全く知らずに 動揺して 憤って 嘆いて 泣き腫らして
かといって 結婚式場へ息を切らして乗り込むような 思い切ったことが出来る筈も無く
白い部屋に 白い台を置いて 梁から吊るした縄を眺めながら
なんとなく安心して その後 泣きながら 眠った
ある日鳴った電話は 遠い昔に付き合っていた彼女の訃報で
いつだったか 急な別れを告げられて以来 彼女には会っていなかったが
なんだか無性に悲しくて 悲しくて 悲しくて
受話器を置いた手は震え 酷い眩暈と吐き気を感じ
ふらつきながら あの場所へ 向かう
いつだったか 遠い昔に設置したあの白い台 今やすっかり茶色と灰色の斑模様
白い壁は灰色の壁になり 梁から吊るした縄はボロボロに朽ち果て
死神の部屋といった態である
僕 誘われるように 台に足を掛け 縄へ手を伸ばした
みしり
刹那 視界が揺れた ゆっくりと後方へ落ちてゆく
斑模様の台も僕の体のように とうの昔に朽ち果てていたのだろう
僕は 落下しながら色々なことを考えた
好きな本のこと
好きな音楽のこと
好きな映画のこと
好きな食べ物のこと
好きな景色のこと
好きな言葉のこと
好きな人のこと
好きだった人のこと
どすん と 尻餅をついて 壊れた台を見る
もう あの朽ち果てた縄には手が届かない
僕は何十年かぶりに声を上げて泣く
しわしわの顔がしっとりと濡れ しゃがれた声はもっともっとしゃがれた
家に帰った僕は
いつものように
料理を作り 風呂へ入った後 好きな映画を見て 好きな本を読んで 好きな音楽を聴きながら
ゆっくり眠った