Neetel Inside 文芸新都
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何故か、メイドさんが居る訳だが
第2話

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ということで、見事に1限目の法心には出そびれた。
1日に2度も反対方向の列車に乗ってしまうなんて、前代未聞だ。
ま、ネタになりそうだからこれはこれでいいか。

いま、俺は大学の図書館にいる。第三図書館だ。
政治経済、法学系の本が多いため、政経図書館と呼ばれている。
設備や環境がいいことから、案外理系の学生からの人気も高い。

では、俺がここで何をしているかというと、何というわけでもない。
普段なら「経済学入門」とかいうタイトルでありながら、
全くもって本当の入門者に考慮がなされていない本を読んだりするのだが、
いまはそんな気にはなれない。


『お帰りなさいませ、ご主人』


そう、彼女はこう云って俺を迎えた。
何故『ご主人"様"』でないのかは多少疑問を呈するところだが…気にしない。


『あ、もしかして、御説明、まだ…でしたっけ?』


こんなことを明戸さんは言っていた。
それから彼女は自己紹介をした。
とはいっても、名乗るだけの本当にシンプルなものだったがな。

…ちょっと待て。マテ、マテマテ!
あの人、説明してないじゃないか!
赤の他人が、ヒトの部屋に勝手にお邪魔するなんて、現代社会のオキテに反する!
だいたい、気づいたら横に立ってた、とか、貞子じゃあるまいし…

やはりおかしい。たぶん疲れているせいだ。最近ロクなメシを食ってない。
生活リヅムも乱れているし、運動だってキャンパス内を少し歩く程度だ。
酒も呑んでる。そりゃ、サークルでの付き合いのなかで呑むくらいだけど。

今日の三限目はサボるつもりだったから、課題もやってきてない。
学校にいるだけ無駄、と言えば無駄だ。
こんな気分じゃサークルの部室にも行きたくはないしなぁ…。

――帰ろう。
そして、事実を確かめるのだ。
彼女の存在の有無、存在理由、その意図――これを確かめる他は何事も無い。

     


***

――午前11時37分。むくどりヶ丘駅北口。天候:晴れ(雲量4)
ごちゃごちゃした商店街を抜け、五月蝿い玉だし屋の前を通り過ぎ、直進。
いつもの角で曲がり、住宅街に入る。

たった十数分の道のりなのに汗が吹き出る。今日は夏日らしい。

我が部屋の前に着く。
いつもなら何の躊躇もせず、むしろ早く横になりたい一心で鍵を開けるところだが…
今日ほど鍵を開けるのに手間取った日はない。
手が震える。鍵が穴に入らない。
ようやく入ったと思ったら、今度は力が入らない。鍵を左に回せない。

ガチャ

小気味よく開錠した音が響いた。
ノブに手を掛ける。相変わらず手が震えて仕様がない。

グイッ

ふとノブが下にさがった。自分で力を込めたことすら認知できない。
そして、おそる、おそる、ドアを、引く。

キイィ


「お帰りなさいませ、ご主人」


どうやら幻聴ではないようだ。実際にそう聞こえた。
いつの間にか閉じていたまぶたを開く。

そこには、
やはり、
いた。

メイド服を着、長いブロンドの髪と秘境の池のように透き通った青い瞳をもった、
しかし日本的な美で構築されたその人が。

「あ、あなたは一体、何者なんですか?」半ば放心状態の古地が、尋ねた。

「つい先程申しました通りです。私はメイドです。名前は明戸さくらです」
透き通った、心地よい声だった。どこか未だ幼さの残る声だった。

「それは分かります。見た目でわかります。
 でも、あなたはどうしてここにいるんですか?」先程より冷静さを取り戻した。

「え?…あ、それを申し上げるのを忘れていました…。すみません」
そういって少し伏目になった彼女は、若葉のように瑞々しい。

「人間のように、感情を豊かに表現できるいきものって、この広い宇宙にはそうはいません。
 これはすごい奇跡です。青い、水の星、その中の、ニンゲン。
 こんな奇跡があるなら、こういう奇跡があってもおかしくないです。」
指を組んで、天の仰ぎながら、こう云った。
満天の星空に自分の夢を願う少女のように、その姿は純粋で綺麗だった。

「ま、そうですね…」
もう、完全に圧倒されていた。あまりに的外れで壮大な回答だ。
でも、こういう事があってもいい。裏に何かあろうと、それは後々分かることだ。

『奇跡』

俺はキリシタンでもムスリムでもない。だから、特定の神を信じてはいない。
口先では「神なんていない」とさえ言っている。
でも、本当は
「いたら面白いな」
と思っている。

きっと『奇跡』だって、あったら面白いに違いない。
灰色の風景は群青に染まり、セピア色に褪せた世界は鮮やかさを取り戻すだろう。

「あの…私を雇ってくれますか?」
小鹿のような目で、こちらを見ている。

もはや答えはひとつしかない。

「喜んで!」


こうして、メイドさんが居ることになった訳だが。

       

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