Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドミノガール
第二話

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「成瀬鈴です。よろしくお願いしますゅっ」
 できるだけ自然体を装おうとするあまり噛んでしまったが、特に誰も気づかなかったようなので気にしない。
 さあどうだ。これ以上ないくらいフォーマット通りの『転校生の挨拶』をしてやったぞ。全国転校生の挨拶コンテストがあれば五指に入るのではないかと鈴は思う。噛んだが。
「成瀬さんはこのたび、お父様のお仕事の都合で遠いところより引っ越してきました。一学期の中盤という時期からの転入になりますが、皆さん仲良くしてあげてくださいね」
 先生のフォローも完璧といえる。無難すぎて何のおもしろみもないが、鈴にとってはそれが一番ありがたい。
 ぅぇーぃ、という新しいクラスメイトたちのやる気のない返事も実にいい。前の学校では、自分が何かを口走るたびに「押忍!」や「さすが総長! 言うことが常人とは一味違いやす!」といった過剰反応が返ってきた。
 ああ、過度に注目されないことのなんとすばらしいことか!
(平和っていいなあ……)
 うっとりする鈴だった。
「えーと、では成瀬さんの席は……山田くんの隣が空いていますね。あそこに座ってもらいましょうか」
「あ、はい……って、ええっ!?」
 教室の空気が一瞬で固まるのと、鈴が目を疑うのはほぼ同時だった。
 先生の指差した席の隣、そこに筋骨隆々、顔に傷、金髪リーゼントと三拍子そろった見るからに見るからな大男が座っているのが見える。バベルの塔並みのリーゼントなので嫌でも見える。
 あちこちでヒソヒソ話が始まる。
「山田の隣とか……」
「年少帰りって噂の……」
「転校してきていきなり……」
「新たな犠牲者が……」
「かわいそうに……」
「運がなかったとしか……」
「せめて安らかに……」
 全てまる聞こえなのだった。
「あわわわ」
 あわあわするしかなかった。
 あわあわした挙句、床に落ちていた(!?)バナナの皮に足を滑らせ、背中から床に倒れこむ寸でのところでなんとか教卓を掴むことに成功し、教卓に置かれていた巨大三角定規(注:担任は数学教師)がてこの原理で空中を一回転、見事チョークの粉をいっぱいに含んだ黒板消しへとヒットし、黒板消しは宙を舞い、教室最後尾の山田次郎(16・趣味は園芸・喘息持ち)の顔面に見事命中した。
「ぎゃあああああ!!」
 断末魔をあげて倒れる山田氏。喘息持ちにチョークの粉は地獄である。
「あああああごめんなさいごめんなさいっ」
「や、山田が泡吹いて倒れたぞ!」
「あの『高枝バサミの山田』の異名を轟かせている山田が一撃で!?」
「まさかあの転校生が狙って……?」
「違うんです違うんです……」
「そうだぞバカ言うなよ。こんな普通そうな女の子があんなこと狙ってできるわけないじゃないか」
「だ、だよな。てことはやっぱり事故ってことか……」
「そうだそうだ。これは事故だ」
「誰か保健室に、いや救急車を」
 救急車到着後、運ばれていく山田氏(失神中)。
「あは、あははは……」
「なんだかよくわからんが、これでこのクラスにも平和が訪れるんじゃね?」
「ああ、もう山田に怯えなくてもいいんだ!」
「ヒャッホー! 転校生のおかげだぜ!」
「せ、先生! 私まだ教科書を持っていないので、隣の席に人がいないと困ります!」
 危険な流れを感じ、急遽話題を引き戻しにかかる鈴。危機回避能力の高さにこれまでの苦労が隠れ見えて泣けてくる。
「そ、そういえばそうですね。ではちょうどクラス委員の田中さんの横が空いていますし、そっちの席にしましょうか」
 最初からそっちを勧めろよ、と鈴は脳内で華麗にツッコミを入れるが口には出さない。せっかく平和な方向へと事が進んでくれたのだ。文句などあるわけがない。
「クラス委員の田中です。よろしくね」
「成瀬鈴です。よろしく」
「教科書見るでしょ? 遠慮せずに席くっつけてくれていいからね。わからないことがあったらなんでも聞いてね」
 ああ普通の生徒だ……。鈴はしみじみと感動する。
 感動しているうちに、あっという間に人垣ができていた。
「ねーねー、どこから来たの?」
「遠いところから転校してきたって言ってたよね。お父さんって何やってる人?」
「もうこっちには慣れた? 前いたところと比べてどう?」
「ししし趣味は? ああアニメとかすす好きき?」
「彼氏はいるの? まさか遠距離恋愛中?」
「きゃーーーーーーーー詳しく詳しく!」
 瞬く間に息もつかせぬ洗礼が始まる。
 これだ。これこそが自分の求めていた学生生活だ。『抗争』『けじめ』『権力』などの単語が頻繁に飛び交う学生生活のほうがおかしいのだ。
 ああ、普通の会話がこんなにも幸せだとは――大勢の野次馬に囲まれながら、世にもだらしない顔で鈴はこの幸せを噛みしめる。
「ねえ、前の学校では部活とかやってたの?」
 部活――その言葉を鈴は特に聞き逃さない。部活こそ普通の学生生活の象徴だ。青春の不文律だ。前の学校ではそれどころではなかった分、鈴の部活に対する思い入れは強い。
 誰にも聞こえないように小さく咳払い。バックに大量の百合の花を背負っている光景をイメージし、インタビューで恋人の有無を尋ねられたハリウッド女優の気持ちで、
「特になにも。でもこっちではどこかに入りたいと思ってるから、オススメの部活があったら教えてね」
 にこり。完璧だ。純朴少年ならひと目で恋に落ちてしまいかねない笑顔が決まる。
「あ、じゃあうちバレー部なんだけどどう? 未経験者大歓迎だよ」
「ラグビー部っス! 女子マネージャーは24時間体制で募集中っス!」
「本に興味ない? 文芸部なんだけど」
 うちにいやぜひうちに。ホームルーム中だという事実そっちのけで、転校生の壮絶な争奪戦が始まる。
 なんと健全な騒動か――トップスターの笑顔の下で鈴は嬉しい悲鳴をあげる。このまま死んでも自分は本望だと思う。いやしかしここで死んでしまってはせっかく手に入れた幸せの意味がないと思い直し、できるだけ穏便かつ円滑にクラスメイトたちを落ち着けるための一言を発しようとして、

「ならばぜひ我が摩訶不思議研究部へ!!」

 ものの見事に打ち砕かれた。
 あまりの大声に教室の窓という窓が震え、鈴の席の周りですし詰め状態になっていたクラスメイトたちは一同にすくみあがり、ホームルーム中であることを生徒たちに忘れ去られて途方に暮れていた教師は声の主を振り返ってさらに頭を抱えた。
 教室の入り口、いつの間にか全開にされたドアのところに、他の生徒より頭ひとつ分ほど大きな男子生徒が仁王立ちしている。実に惚れ惚れするほどの仁王立ちである。
 胸には赤いタイ。二年生の証拠だ。
「おい、あれって……」
「ああ……二年の秋吉だぜ」
「ざわざわ……」
 教室の空気がゆっくりと固まっていく。空気の固まり方が先ほどとはやや異なることに、突然のことに呆気にとられている鈴は気づかない。
「季節外れの転校生!」
 男は叫ぶ。
「謎の香り!」
 さらに叫ぶ。叫びながらわざわざ教卓へ移動し、街頭演説をする政治家候補のように握り拳を振り上げながら、
「すばらしい! 実にすばらしいじゃあないか!」
「あの、秋吉くん、ここは一年生の教室で」
「俺はキミのような人間をずっと待っていたんだ!」
「それ以前に今はまだホームルーム中で」
「キミならば我が部でも即戦力間違いなしだと断言しよう!」
「うう……誰も話を聞いてくれない……」
 教師の制止などお構いなしに鈴に近づいていく。人垣がモーゼを目の前にしたように開けていく。
 嫌な汗しか出ない鈴の目の前までやってきて、
「さあ、そうと決まれば今すぐ摩訶不思議研究部へぶっっ」
 頭から真横に吹っ飛んだ。
 危うく男――秋吉の全体重を受けてしまいそうになった鈴を、そのとき誰かが肩を抱いて引き寄せた。周囲の机と椅子を巻きこみながら男が盛大に転倒する。
 一体何が起きたのか。

「あきよしいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃィィィィィィィ!!」

 その声は、秋吉のときと同じように教室の入り口から聞こえてきた。
 クラスメイトたちが一同に胸をなでおろす。やれやれやっとか、そろそろ来てくれるんじゃないかと思ってたんだ、そんなつぶやきがあちこちで聞こえる。
 鈴もようやく声の出所である廊下を見る。
 廊下には、怒りを顔中ににじませていた女生徒が立っていた。
 その怒り方は遠くから見てもひと目でわかるくらいにひどい。目は釣りあがり、口はこれでもかというくらい固く結ばれ、せっかくの美人が台無しなくらいに顔が真っ赤に茹で上がってしまっている。手と足と背と髪と睫毛が羨ましいほど長く、胸には秋吉のタイと同じ色のリボンを付けており、何かを投げた直後のような姿勢のまま肩で息をしていた。
 鈴の足元で消火器がボールのようにバウンドしていた。
(消火器!?)
 まさかこれを投げたのではあるまいと信じたかったが、では他の何が成人ほどもある男を頭から横殴りにぶっ倒したのかと問われると説明に困るのだった。
 女生徒は物凄い勢いと形相で教室の中に入ってきて、
「おい誰だこんなことをするのいててててて」
 なぜか平然と起き上がる秋吉のこめかみを肉食動物のような素早さでがっちりキャッチ。全力でボーリング。
「いたいいたいいたいいたいってなんだ長坂か」
「なんだじゃないわよ何やってんのよあんたは! また他のクラスに迷惑かけてって言うかここ一年生の教室じゃない来るのちょっと恥ずかしかったんだから!」
「なにって勧誘に決まってるだろう。今日このクラスに転校生がやってくるという話を聞きつけてだな」
「そんなもんいつだってできるでしょ昼休みでも放課後でも!」
「なにを言うかこういうことは先手必勝の早い者勝ちに決まってるだろう。某国民的ツンデレ少女もそう言って実践している」
「知るか!」
 ぴしゃりと言い放つ。
 言い放った後、女生徒は片手で消火器をもう片手で秋吉の後り襟をむんずと掴み、
「帰るわよ!」
「待てまだ我が部の活動内容とポリシーと活動日と夏の『ドキドキ☆高原合宿』の詳細を伝えてな「いいから帰るわよ!」
 あっという間だった。
 何が何やらわからないまま、突然現れた二人は突然教室から去っていった。
 嵐のようだった。
「…………………………………………いったい?」
 頭にハテナを浮かべるしかなかった鈴だった。
「まあ、名物みたいなもんだから」
 頭の後ろから声がした。さっきからずっと肩を掴まれていることにようやく気づく。
 首だけ振り返る。切れ長の瞳の上に眼鏡をかけた女生徒が、鈴の肩を支えながらはにかんでいた。
「たぶん、これから何度も見ることになると思うわよ」
「……あの?」
「ああごめん。あたし、冬木美也子」
 よろしく、と美也子は言う。
 相変わらずパニくりながらもなんとか、ああ、うん、と鈴は返す。
「怪我はない?」
「な、なんとか……」
「そりゃなにより。で、それはファッションかなにか?」
「は?」
 言われて鈴は、ブラウスの胸ポケットに一本のカーネーションが差さっていることに気がついた。
 全く身に覚えがなかった。
 取る。
 カーネーションには『母の日フェア』と銘打たれたシールと、一枚の紙がくくりつけられていた。
 おみくじのように結びつけられたそれを、開いてみる。


      入部届 

 部活動名 ( 摩訶不思議研究部 )
 名前   (          )
 学年・組 (    年    組)
                  』

 そういえば、そんなことも言っていたのだった。

       

表紙

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Neetsha