Neetel Inside 文芸新都
表紙

青春式僕らの恋愛小説。
『素直クールな彼女の場合』

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当たり前に過ぎ行く日々の中で。変わりない日常の中で。
そこから少しだけ零れ落ちた時間。そこから少しだけ切り取られた時間。
――――――この瞬間だけは。この時間だけは。嫌になるくらいに『いつも』の自分が見失われてしまう。



―――――――――――――――――――――――――――――


非日常的恋愛のススメ


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「前髪伸びたね、切らないの?」

相変わらず綺麗な指だと俺は思った。指なんて普段気にも止めないけれど。
けれど、目の前の奴の指だけは、クラスメートである、北川空のものだけは、いつもそう思わずにはいられなかった。
ただ細い指とは違って、長くてしなやかな指先。嫌になるくらいに、目に入ってくる指先。


「暇がないンだよ」


頭一つ分くらい身長差があるから、こんな場面でなければ見上げる事はない。
柔らかなオレンジに染められる教室。その日常の風景。午後5時を少し回った時間、秘密の密会。
シェイクスピアが書いたロミオとジュリエットのワンシーンみたいだな、といつだか空は笑ったっけ。
――そんなに綺麗な物でもないし、ましてや、お互いが持ち寄る感情は、そんなに純粋な物じゃあないのにと俺は思ったのだけれど、――とにかく

俺が繰り返すこの行為が、いつしか習慣地味て来たのはいつ頃からだっただろう。
何となくそう思いを馳せて、イスの背もたれに身を預けながら、目を伏せた。淡い紅が、平等に世界を照らし出す。


抜け出す事の出来そうの無い習慣。病み付きになる甘い疼き。



        病的なまでに溢れ出す愛しさと想い。



そんな非日常のワンシーン。


「部活三昧で? 君らしいな。でもそんな所も好きなんだけどね」


惚れた弱みって奴かも知れないよ。そう微笑うと空は俺の前髪を指先で掻き上げた、そして現れた形良い額にひとつ唇を落とす。
暖かく濡れたぬくもりがじわりと額に伝わり、それが睫毛をひとつ震わせる。



「――――全く、…どんな俺でもいいのか?」


飽きれたような口ぶりで言っても空は相変わらずの笑顔を向けてくる。
どんなに冷たくしても、どんなにあしらっても。目の前の相手はいつも笑っている。飽きれるくらいに、笑っている。



「うん、私は君にベタ惚れだからなぁ。三太君の全部が好きだから。」


――――――――どんなになってもこの言葉を告げ続けるのだろうか?
――――――――どんな瞬間でもこの言葉は与えられるのだろうか?


ふとした瞬間に、そんな疑問を思い浮かべてしまう。
けれども、その答えはいつも――いつも笑って思考すら奪うキスをしてくる目の前の相手に、奪われてしまう。


日常の中に空の存在だけが組み込めない。繰り返される日々の中で空だけが、違っている。
俺にとっていつになってもコイツだけが
『当たり前の日常』から、切り取られている。

指先が何度も髪に絡まってくる。自分の髪の感触を確かめるように、何度も、何度も。
そしてそれと同時に繰り返される、キス。顔中の全てに降り注がれるキス


唇が触れていない個所など何処にもないようにと。
何処にも触れていない個所なんて、ないようにと。


――――まるでコレは、自分の物であると言うように。



「…んっ…はぁっ……」


いつの間にか開かされた唇に、空の舌が忍び込んで来る。

「…っ そッ……んんっ……」



「――三太君、大好きだ。」


きっかけはなんだったんだろう? 思い出そうとしても思い出せなかった
それは物凄く肝心な事のようであって、些細な事のようでもある。 けど初めてキスをした後の瞬間は酷く覚えている。鮮やかに、とても。

重なった唇の感触と、その暖かさ。



そして離れた瞬間に訪れた想い―――説明できない想い、言葉で、言い表せない想い。



胸が痛くて。酷く、痛くて。
そして、切なさだけが全身を支配して、言葉を失った。

視界の片隅にはいつも入れていた。
自分を取り囲む全ての要素が面白くないとでも体言するように、休憩時間無言で本を読む空の姿を。
だからと言ってそれは、ただ空が自分にとって同じクラスの変わり者と言う存在だからだ。
自分と同類項の人間、と言う認識からだ。


特別に意識していた訳ではない。
自分にとって彼女を認識するという行為は、他のクラスメートを意識しているのと同等な理由からだった筈だ。


なのにどうして。


どうして。


  ――――――如何して?


きっかけはやはり思い出せない。でもキスした時の気持ちは覚えている。
それから先の事も嫌になるくらい鮮やかに憶えている。
抵抗せずに呆然としていた俺に、そんな俺に、空はにっこりと子供みたいに微笑って、微笑って。

そして、そして言った。




――――好きだ。って。






「好き」
「大好き」
「本当に、愛してる」

それらの言葉を告げられる度に、俺は――田所三太は甘い疼きと共に自分自身を亡失して行く。
実直に伝わる言葉が嬉しければ嬉しいほど、俺の中の非日常要素が膨らんでいって、そして。そして俺の中に入って来る。
笑って思いを伝えてくる空の気持ちを。本心を確かめる事も、確認する事もしなかった。
してしまったら、気付いてしまうから。




【唇が離れた時に感じたあの思いの意味を あの時のもどかしさの意味を】




「―――これで、信じてくれるかい?」

自分の思いに、気が付いてしまうから。気が付いて、しまうから。
入ってくる。俺の中に入ってくる。ぬくもりが、吐息が、俺の中に。


「…好きだよ」

言葉が入ってくる 胸の中に入ってくる 心の中に入ってくる それを。


「本当に。」

それを拒む事が出来ない。それを押し戻す事が出来ない。


俺は、俺はゆっくりと。



ゆっくりと、北川空という存在に、侵されてゆく 浸されてゆく。


「――――っ……はっぁ」


唇が離れて、どうしようもなくもどかしい感情に襲われて そこで、やっと 嗚呼、と確信する。
―――――――何処まで行っても、俺は俺でしかないと。
どこまで曖昧になったとしても、どこまでぼやけてしまっても、確固たるものは一つしかないと。
とどのつまり、俺もコイツが好きだって事。コイツが、北川空が必要だって、事。


―――――――息つく暇さえ与えずに、もう一度と、今度は俺から口付けた。


「三太く…? …ふぁっ」



夕日のオレンジが、相変わらずの幽光と共に俺たちを照らしていた。
甘い胸の疼きと、ざわつく心も、平等に。



       

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