文藝SS漫画化企画(原作用まとめページ)
原作
埋めたい
僕は歩いた。
彼女の死体を胸に抱えて。
色んなところを転々とした。
でも、どこにも見当たらなかった。
彼女の死体を。
彼女の死体を。
埋める場所を。
この世とは思えないほど美しい場所がこの世にはない。
おばさんに訊いた。
「何そのコ、死んでるじゃないの。警察は?」
警察なんてどうでもいいんです。
老人に訊いた。
「美しいものなどないわ」
僕もそう思います。
中学生くらいの少年に訊いた。
「彼女」
それはそうかも。でも彼女を彼女に埋めることは出来ない。
幼稚園の女の子に訊いた。
「ビー玉ー」
うんまあね。
そこの保母さんにも訊いた。
「お金ね」
保母さんのイメージ通りだ。
やっぱり誰に訊いてもダメだった。
仕方ないので交番に行った。
探し物は交番に、と親に教えられていたから。
交番の警官はお茶を飲んでいたのに急にざわついて、僕に手錠を掛けた。
そのまま送検された。
彼女は司法解剖され燃やされたそうだ。
そうか。
思えば、一番この世で綺麗なものは、炎かもしれないな。
それは地獄を連想させる。
なんだ、そうか。
僕は嬉しくて取調べ中に泣きじゃくった。
出所して、まず彼女の墓を綺麗にしに行った。
僕は、全力でそこを綺麗にして、手を合わせ、とっておきの線香を供えて
立ち去った。
心には、いつまでも色あせないものがあったんだ。
縛
短めではあるものの、念入りに研がれた包丁を携えた少年が、山の頂に立っていた。
頂から見る夕陽は、これ以上ないほど美しいんじゃないか。俺が今まで見ていた夕陽は、嘘っぱ
ちの夕陽だったのだ。
まるで、血を全身に浴びているような――赤さ。
少年は、忘れていた。忘れようとしていた。
しかし、現実は迫り来る。
体を後ろに回し、少年は、一つ、大きく息をついた。
「婆さん」
頂の中央に、皺だらけの老婆が、仰向けでいた。
老婆の両脇からは、僅かの暗黒が顔を覗かせていた。
「殺しに来たよ」
「…けん坊かァ」
「ああ、そうだよ。千草婆さん」
千草と呼ばれた老婆は、孫の名を呼んだきり、黙った。
白髪越しに見えるその目からは、もはや生命感はほとんど感じられず、何か悟ったような表情だ
った。
「いつまで、馬鹿なことを続けているんだい。そんな穴、なんだっていうのさ」
「穴ァ……」
それだけ、千草婆さんは呟いた。少年は、語気を強める。
「そうだよ! そんな穴に、何があるってんだ!…婆さんのお陰で、家がどれだけ蔑んだ目で見ら
れてるか……想像つかないか? 俺だって、友達に馬鹿にされる毎日なんだよ」
「…この穴は危ねェ……この穴からは、結核の素が漏れ出てるんだァ。誰かが塞がねと……」
少年は、舌打ちした。
「…そんなもん、とっくに調査されて、否定されてるよ! もし、仮にだよ。婆さんの言うことが
事実だとしても、結核なんて、現代社会では別にそこまで恐ろしくもない病気なんだよ。時代が、
違う……」
「おめ、俺を殺しに来たんかァ?」
「…出来れば、そうしたくなんてないよ。婆さんが、一言だけ言ってくれれば、俺はこの包丁
を胸にしまって、婆さんと一緒に家へ帰って、夕飯食べて、風呂入って、そして……寝るだけだ」
少年の目には、いつからか涙が浮かんでいた。それが零れ落ちるのと同時に、強い決意を込めて、
その意思を言葉にして吐き出した。
「『もうここには来ない』――これだけ、これだけでいいから、言ってくれ」
「…俺はァ……まだ娘っ子の頃に、言い付けられたんだァ。あん時の、村の長様になァ。『村の生贄になってくれ』ってなァ……」
「…………」
口を真一文字に縛り付けた少年が、包丁の柄に両手を重ねた。
「俺は、死ぬまで、ここにいなきゃなんねェ」
振り下ろした。
鮮血が夕陽に照らされて、無闇に奇麗だった。
少年はその後、家に戻り、夕飯を食べ、風呂に入り、寝た。
短めではあるものの、念入りに研がれた包丁を携えた少年が、山の頂に立っていた。
頂から見る夕陽は、これ以上ないほど美しいんじゃないか。俺が今まで見ていた夕陽は、嘘っぱ
ちの夕陽だったのだ。
まるで、血を全身に浴びているような――赤さ。
少年は、忘れていた。忘れようとしていた。
しかし、現実は迫り来る。
体を後ろに回し、少年は、一つ、大きく息をついた。
「婆さん」
頂の中央に、皺だらけの老婆が、仰向けでいた。
老婆の両脇からは、僅かの暗黒が顔を覗かせていた。
「殺しに来たよ」
「…けん坊かァ」
「ああ、そうだよ。千草婆さん」
千草と呼ばれた老婆は、孫の名を呼んだきり、黙った。
白髪越しに見えるその目からは、もはや生命感はほとんど感じられず、何か悟ったような表情だ
った。
「いつまで、馬鹿なことを続けているんだい。そんな穴、なんだっていうのさ」
「穴ァ……」
それだけ、千草婆さんは呟いた。少年は、語気を強める。
「そうだよ! そんな穴に、何があるってんだ!…婆さんのお陰で、家がどれだけ蔑んだ目で見ら
れてるか……想像つかないか? 俺だって、友達に馬鹿にされる毎日なんだよ」
「…この穴は危ねェ……この穴からは、結核の素が漏れ出てるんだァ。誰かが塞がねと……」
少年は、舌打ちした。
「…そんなもん、とっくに調査されて、否定されてるよ! もし、仮にだよ。婆さんの言うことが
事実だとしても、結核なんて、現代社会では別にそこまで恐ろしくもない病気なんだよ。時代が、
違う……」
「おめ、俺を殺しに来たんかァ?」
「…出来れば、そうしたくなんてないよ。婆さんが、一言だけ言ってくれれば、俺はこの包丁
を胸にしまって、婆さんと一緒に家へ帰って、夕飯食べて、風呂入って、そして……寝るだけだ」
少年の目には、いつからか涙が浮かんでいた。それが零れ落ちるのと同時に、強い決意を込めて、
その意思を言葉にして吐き出した。
「『もうここには来ない』――これだけ、これだけでいいから、言ってくれ」
「…俺はァ……まだ娘っ子の頃に、言い付けられたんだァ。あん時の、村の長様になァ。『村の生贄になってくれ』ってなァ……」
「…………」
口を真一文字に縛り付けた少年が、包丁の柄に両手を重ねた。
「俺は、死ぬまで、ここにいなきゃなんねェ」
振り下ろした。
鮮血が夕陽に照らされて、無闇に奇麗だった。
少年はその後、家に戻り、夕飯を食べ、風呂に入り、寝た。