Neetel Inside 文芸新都
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文藝SS漫画化企画(原作用まとめページ)
ある日、サイボーグになった

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タイトル:同上
原作者:Kluck
概要:タイトルの通り。少し長いかもしれません。後半の文章の劣化は単なる力不足です。

 春のこの時期、くしゃみをするところから、朝が始まる。花粉症だ。だが、今朝はそれがなかった。この時期に、清々しい朝を迎えるときは大抵雨が降っている。そう思い、外を見たがいわゆる気持ちの良い日差しを展開したような、ものすごく晴天だった。そのとき、窓に自分の顔がすっと写り込んだ。顔面と横顔の境界には機械的な直線が入り、頬は金属光沢を持っていた。頬を押してみると、固い。
 もう一つ、不自然な点に気がついた。俺は目が悪い。視力は0.1もないだろう。だが、そんな俺の目には、隣の家の屋根にいる猫の背の斑点の数がわかるほど鮮明な映像が送られていた。
 頬が金属になり、目が良くなった。その事実から、俺は起こったことを理解した。
「俺はサイボーグになっている!」

 ベッドから飛び起きるとサイボーグであることを確かめるべく、床に腹ばいになった。
「俺がサイボーグなら片腕腕立て伏せぐらい余裕だぜ!」
 そう言い、早速、片腕腕立て伏せにチャレンジした。

 余裕だ。

 何かのピストン運動と勘違いしているんじゃないかというぐらい高速な片腕腕立て伏せだが、余裕だ。
 両腕、それぞれ200回の運動をしても、汗一つかいていない。
 俺は自分の変化を益々確信した。

 ちょうど、そのとき、いつもぎりぎりに学校に行く、俺を急かすような、母親の呼ぶ声がした。
 階下に降りて、食パンの朝食を一瞥すると俺はこう言った。
「俺は今日からサイボーグだから、朝は油が欲しい」
 あらそう、とだけ言って、忙しそうな母親は何事もなく、サラダ油をくれた。
 軽油の方が良いがそんな満足なことを言うわけにもいかんな、と思いながら、一息に油を飲み干した。空のサラダ油のボトルをコトッと机に置いたとき、母親が不穏な表情をしたように観測された気がしたが、主要な情報ではないと判断して、俺の記憶からは削除した。

「いってきます」
 いつも通りのギリギリの時間に、身支度を整えた俺はそう発声し、玄関から駆け出した。普段よりも心持ち早く駅へと向かう国道に出た気がした。いや、それは気のせいではなかった。どう見ても、バスよりも俺の走りの方が速い。車の運転をしている人が俺を見ているようにこちらからは観測できた。
 駅を目前にして、五分は待たされる片側二車線の道路にかかる横断歩道が見えてきた。俺は心持ち加速して、そして、ひょいと力を入れて、踏み切った。気がつくと、横断歩道の向かい側に着地していた。きっと、軽々と走り幅跳びの世界記録を塗り替えていたのだろう、多くの人々が俺を見ていた。

 いつもよりも五分速い駅の到着。そのせいかどうかは知らないが、ただでさえ混んでいる電車はいつもよりも満員感を漂わせていた。俺は電車に押し込まれるように乗り込んだ。
 混雑した電車ではサイボーグのメリットは何もないな、人混みで身動きが取れない中、そんなことを思っていた。だが、俺の意識は左斜め前のOLに集中していた。彼女の顔の表情、および、周囲の状況から察するに痴漢被害を85%以上の可能性で受けていると察した。俺はその不確定の情報をより正確にするために、周囲を見渡した。いた。彼女の左斜め後ろの中年男性が事を起こしている。
 俺は人混みの中を移動し、事件現場へと接近した。
 そして、中年男の右肩をつかみ持ち上げた。一瞬、女性の顔が明らかに引きつったような気がしたが、その男の形相の方が凄まじかったので、特に気に止めなかった。
「何やっているか、わかっているな?」
 俺は肩を握られ、虚空で足を動かすことになった男に言った。満員電車の中で皆の注目が集まる。男はシュンとした表情で、はい、と力なく言った。それを聞いて、俺は彼を床に置いた。
 俺は次の駅で女性と男性を連れて、駅員に突き出した。男が素直だったので、目撃者として、延々と拘束されることなく、すぐに学校に向かうことができた。

 学校は特に違和感なく過ごせたような気がする。顔色悪いなと言われたような気もしたが気のせいだろう。
 体育の授業はなかったが、物理の抜き打ちテストがあった。だが、さすがサイボーグだ。頭脳も強化されている。複雑な計算ですらも瞬間に答えがわかる。今なら、50桁の数字の素因数分解ですら余裕でできそうな気がする。抜き打ちテストは五分で解答できた。
 そんなわけで、サイボーグであったが普通の学校生活を送れたように感じられた。こちらを指さして何か言っている生徒がいたような気もするが、未開地に白人が来たようなもの、物珍しさで何か言っているだけだと、判断して、特に情報収集を行わなかった。

 帰り道は特に何も起こらなかった。悪の組織がテロを起こすこともなく、ごくごく普通に電車に乗り、電車男みたくなる事件も起こることなく、ごくごく普通に下車した。むしろ、サイボーグになって突然色々な事件に巻き込まれる方が不自然なのだ。そう思っていた。
 だが、その瞬間、目の前の国道の横断歩道を小さな女の子が歩いてくるのが見えた。歩行者用信号は青。だが、そこに居眠り運転のトラックが突っ込んできた。できすぎだろ、そんな感情は生まれることなく、女の子のみを救い出すリスクとトラックを強制的に止める場合の被害を天秤にかけつつ、その現場に向かって、一気に駆け出した。
 悲鳴が起こることはない。人間の反応速度0.3秒よりも速くに救出劇が起ころうとしていたからだ。
 俺は瞬間的に横断歩道まで達し、車の突入を恐れることなく、横断歩道内に進入し、女の子を抱えた。
 そして、トラックが迫る中、俺は冷静に中央分離帯へ飛んだ。
 少女の過去の存在感を消し去るように横断歩道をトラックが通過するのが背中に感じ取れた。
 大丈夫かい、今度から青でも気をつけるんだよ、とか陳腐な言葉をかけて、何事かと集まる視線を気にすることなく、俺はその場を立ち去った。

 晩飯はまたサラダ油を一飲みをした。明日からは軽油の方が良いな、そう感じた。

 サイボーグ最初の日に、つまり、昨日が人間最後の日であったが、最初で最後の人の真似事もいいだろう、と思考し、風呂に入った。
 顔を洗った。
 頬の金属光沢と、顔の直線が洗顔石鹸で落ちた。

「あれ?」

 (了)

       

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