Neetel Inside 文芸新都
表紙

ホーの解
「白崎 思織の天秤」

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目の前では雨が降り続いていて、私はその光景を見ていると香との屋上の会話の記憶が蘇ってきた。小さく身震いするとそのときの恐怖心が私の身を強張らせる。香に対してではなく、香矢に対しての不透明な不安だった。

家に帰ってから私はまた電車に乗ってここまで来た。悪いことは続くもので、何かが崩れるとドミノ倒しのようにぱたぱたと倒れ始めていく。止めようとしてももう止められない。私はただ呆然とその様子を眺めているだけで何をするべきかも分からなかった。

駅の周りの外灯はほとんどその光を失っている。外灯が特別なのではなくて、周りにある飲食店も真っ暗だった。外に出ている看板が寂しそうに雨で濡れている。都会から離れていることと、時間のせいでもあるのか私の他に駅には誰もいない。人ではないものはいるのかもしれないけど雨が何もかも消している。

この駅は香矢の家の最寄り駅である。それを知ってここまできた。家に帰ったときに私の居場所はすでになかった。それはもともと分かっていたことである。だけどその現実を目の前に突きつけられたときに感じたむなしさに耐えることができなかった。

だから私はここに来た。香矢ならなんとかしてくれる。いつも無粋とした表情で欠伸交じりのため息をしながら香矢は他人を寄せ付けない眼光を持っている。けれども私を他人とは違う瞳で見てくれている。私はそれに言いようのない幸福を感じていた。

だけど……。香の言葉が思い起こされる。足がすくんだ。自分が立っている先には透明な壁が立ちはだかっているような気がしていた。本当はそのようなものないのは分かっていて、原因が自分にあるのは知っていた。

私にはこの先を進んでしまう勇気が足りなかった。別の言葉を使うとすると、香矢の真意を知るのが怖かった。香矢は私を好きでいてくれると信じていたのに、香矢にしてみれば私はただの道具なのかもしれない。香のために私を利用して人芝居打ったということは、香のほうが私よりも大切だということと強引に解釈してもいいだろう。

それを確かめることは今の私にはできなかった。突発的にここまできてしまったもののそれが本当であったならば私が感じていた香矢の言葉も動作も全て偽りのものであることになる。私はそれに幸福を味わっていたというのに。

だから私はただ駅の前であてもなく立っていた。香矢に会いたいのに、香矢に抱きしめてもらいたいのに、だけど香矢と話をするのが怖かった。

駅の前で立ち往生すること数十分。私はその間誰とも会うことはなかった。雨は相変わらずの勢いを保っており、たたまれている私の傘が地面を濡らしていた。私がここにいる目的さえ失い始めていたとき、私はかすかな足音を聞いた。それを聞いて私は運命というものを痛感したような気がする。

聞こえてくる足音は気のせいではない。私がよく聞いていた足音。雨で遮られてもそれだけは判別できた。そして暗闇の中から足音の主が姿を現す。私はそれを確認して小さく息を吐いた。彼を前にしてそれだけしかできなかった。

彼の姿に安心を感じることはあっても恐れを今まで感じたことはない。私は相反するその二つを胸の中で抱きしめて前に進むことも後に戻ることもできなかった。香矢は腕で濡れた自分の顔を拭い、私の顔を見て自嘲めいた笑いをこぼしていた。

「香がいなくなった」

雨の中香矢は傘も差さずにただそれだけ私に告げた。目の前の香矢はそれを言うのが精一杯のようで疲れているように肩を落としている。雨で濡れている香矢の前髪が顔にぺたりと張り付いて香矢の顔の上半分が隠れている。

私がここにいるのは驚かないのだろうか。今の香矢はそれすら考えられないほどに動揺しているのかもしれない。私はそれに哀れみというよりも落胆に近い思いを持ち始めた。私のことなど考えていないような気がしたからだった。

私が話すことなど何もない。私と香の間に何があったのかは香から聞いているだろうし、香がいなくなったことに私が答えられることはなかった。私と香矢の間に雨の音のみ沈黙の変わりに流れていた。

香矢は雨に打たれ続けて雨宿りができる駅の中に入ってこようとしない。私は駅の中でずっと濡れ続ける香矢を黙ったまま泣きそうな瞳で見ていた。香矢はきびすを返す。ここにいるのが時間の無駄だと悟ったらしい。私はそのときになって血の気が引いて顔が青ざめてきた。だんだんと香矢が何を考えているのか分かってくる。

「いかないで」

香矢の足が止まる。私はそれでも少しの可能性にかけてみたかった。少しでも香矢が私に傾いているのなら、私を選んでくれる。香矢を疑うのはやめる。私は胸元に手を当てて心臓が膨れているのを感じていた。身体が熱くなって目の前がよく見えなくなる。

香矢も少し落ち着いてきたのか私がここにいる理由を考え始めている。混濁とした香矢の瞳に私が映っているのがわかった。今の香矢には私がどのように映っているのだろう。香矢はすぐにピンときたのか口を円く開いてそっと私から目をそらした。そのまま黙っていると思ったけど香矢は円く開いた口を閉じることはなかった。

「思織の両親のことか」

私は頷く。香矢は目を閉じて私に何があったのかを想像していた。香矢が考えていることは大方正しい。私は両親の関係を時々香矢に話していた。時間を共有しているうちに私と香矢の共有していることをもっと増やしたいと私が望んだから。

雨で冷やされた風が雨の向きを変える。上に駅の屋根があるというのに私の服は水をすい始めていた。私の両親の仲が徐々に悪化していき離婚も秒読みになっていることを香矢は知っている。だけど一つだけ予想外のことがある。私も知らなかったことで当然香矢にも話していない。

「もう離婚するって。面白い話だよね。父親も母親も別れたってまだ一人じゃない。別のペアを見つけていたなんて。知らなかったのは私だけ」

香矢はしおらしい表情で私を見続けている。私を哀れんでいるような目つきに私はいじらしく笑い返した。雨の勢いが増す。湿気が私の服をだんだんと湿らせていた。それとともに寒気が私の背筋をなぞったけど私は身震いをしなかった。

「それに一人になったのも私だけ」

その言葉が重苦しく私の中に響く。それは頭の中で何回も反芻して、雨がかき消してくれることはなった。その言葉がとても耳障りなのに、それを私は否定することはできなかった。

自分がとても嫌に感じてくる。頑張って、できる限りの努力をして、親にはもう頼れないから、私は孤独だから、力をつけようとしていたのに私は無力なままだった。それを証明するかのように私は子供のままだった。

私は笑うことをやめることはできなかった。私が一番嫌いな人間が私自身でいくらあがいてもそれから逃げることはできない。けど香矢がいてくれたらそれと向き合う必要がなくなる。

香には申し訳ないと思っている。だけど今香矢と離れ離れにはなりたくなかった。無力なままの私に戻りたくはなかった。私を大人にしてくれたのは香矢だけだから。その香矢を失いたくはなかった。香矢が離れてしまうと香矢がかけてくれた魔法まで煙のように消えてしまいそうだった。

「私を一人にしないで。香よりも私を見て」

鼓動が高鳴ってくる。指先がかじかんできて自分が何に触れているのかも分からない。身体の全てが自分ではないように感じていた。

今まではぼんやりと香矢が何を考えているのか分かっていたのに今だけは分からない。けれど不愉快なことにその目つきが香のそれに似ているような気がした。

ぴったりと雨の音が耳に聞こえなくなる。列車の駆動音も。聞こえてくるのは香矢の息づかいだけ。それと私の苦しげな胸の鼓動。まるで香矢と私がこの世界に取り残されたように思えてくる。

香矢は口を開く。香矢の言葉が私へと届いてきて、私はそれをはっきりと聞くことができた。

「それはできない。俺はただお前を利用していただけなんだ」

ただそれだけ。香矢が口にしたのはそれだけだった。

それだけでは納得できない。香矢だって私を納得させるつもりはなかっただろう。だけど私を追い詰めるのには十分だった。私を支えていた最後の支柱を香矢は綺麗に倒してくれた。

ドミノ倒しは止まらない。悪いことは次から次へと連鎖していって愕然としたまま私は傍観していた。それを止めてくれると考えていた最後の希望に裏切られた分だけその勢いは増していく。

私が崩れていく、比喩でもなくその場にへたり込んだ。その私をみて香矢は何を思うのだろう。見上げると香矢は背中を向けている。そのまま暗闇の中に香矢は溶けていく。私はその背中を見ているだけで、それを掴むことはできなかった。

     

ーーーーーーー

私はその雨の日から真っ白な生活を送っていた。何をしても何を感じることはなくて、覇気もなく過ごしていた。趣味の天体観測だけは続けていたけど以前のような喜びを得ることはなかった。星の下で私はそれに見つめられている。

それは私の孤独を癒してくれる淡い光であることには間違いなかった。だけど星と私には絶対的な距離が開いている。望遠鏡のレンズではその距離を簡単に飛び越えることができるけどやはりそれは単なる気休めでしかなくて、星の傍にまで私自身が行くことはできない。今まで考えたことなかったけど天体観測を続けるたびにその距離感に私は落胆していた。

それでも星を見ている間だけは何もかも忘れることができた。背後にまとわり着いてくる私の過去も、私の人間関係も、香矢が向けた言葉も。私が感じていた絶望も星は吸い取ってくれる。

何も苦しむことはない。そういう意味でいえば真っ白な生活も悪くなかった。

この学校の生活環境もあまり支障はない。でも変わってしまったものはある。私が単にそれから目を背けているだけだった。

私はどこか香矢を避けてしまっていた。皮肉なことに香矢とは進級しても同じクラスになってしまったがそれでもほとんど口を開くことはなかった。すれ違うと香矢が何かいいたそうに私を見つめてくる。

その視線を背中で感じていたが私は何も言うことなく香矢の隣を通り過ぎるだけだった。香矢は私を呼び止めることもなく、遠くから無機質な視線で見てくるだけだった。やがて私が香矢に対して鈍感になったのかその視線も感じることはなくなった。

香矢は香を見つけることはできなかったのか香は行方が分からなかった。さまざまな憶測と妄想が一時期周りで飛び交っていたが、周囲は時間がたつにつれてそれには飽きたのか今となっては香の噂を聞くことはない。

ただ前と変わらずに魔女の噂は聞こえてくる。魔女なんてもういなくなったのに何がその噂の出所なのだろう。考えなくてもそれは分かる。香矢が以前が持つことはなかったスーツケースを持ち始めたのをみて私はそれを確信した。

そして私は親元から離れた。それについてはもう思い出したくもない。私の過去についてもう振り返るのはいいだろう。総合的に見てあまり思い出したくもない過去だった。

辛酸をいやというほどに嘗め尽くした過去。私はもう同じ思いはしたくない。

だから私はやりなおすことにした。寮生活ということはそれを助けてくれるよい環境だった。そして七子という新しい友達を迎えて私の高校二年の生活は新しくスタートしていた。七子は私にとって何事にも変えることはできない大切な友達だ。

七子は私の友達……。もうちょっと密接な関係だったかな?いやいや友達のはずだ。そうなる直前までいったということだった。でも友達のまま終了したはずだ。だって私は七子の告白を拒絶したのだから。それであっていたはず。

違うかな。本当は受け入れたのかな?なんかその証を立てた思い出がある。けどそれがはっきりしない。私が意志を持ってその行為を行ったのか判断が付かない。

なんだか七子に関する記憶がはっきりしない。自分の記憶に別人の記憶が混ざり合ったような感覚だった。どれも正しいようで、どれも間違っているようで確信がもてない。私は七子とどういう関係だったのかな?

なんだか肩の辺りがずきりと痛んだ。それで目が覚めた。

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目を開くと頭は恐ろしいくらいにすっきりしていた。窓の外では木々が揺れていて私は月の柔らかい光にさえ目がくらむような思いをした。カーテンでそれを遮ると保健室は一寸先も見えないほどに真っ暗闇に閉ざされる。

私はまだ保健室で休んでいたらしい。軽く伸びをして何時間寝ていたかを指折り数える。丸々半日は寝ていた計算になった。疲れがすっきり抜け出て意識がはっきりしているのも頷ける。

時間も時間なので保健室の先生がいるはずもない。明かりの乏しい蛍光灯に青白い光が寂しそうにともっている。密室の中で私から少し離れると冷やりとした空気が立ち込めていた。

ベットから這い出ると肩がずきんと痛んだ。見ると何か手当てがしてある。私はその理由が分からなくて首をかしげてその真新しい絆創膏をじっと見つめていた。そしてはっと思い出す。

ただの悪い夢だと思っていたのにそれは夢ではなかったみたい。絆創膏の裏では香矢につけられた傷がずきりと痛んだ。

悲しみなど感じるはずがない。断続的に続く肩の痛みに私は拳を硬く握り締めて地団駄を踏む。ただ香矢の行為が理解不能でそれに対する苛立ちが私の地団駄を止めなかった。

今まで静かだった保健室に私が床を叩く音が聞こえ続ける。足の裏がだんだんと痛くなってきたときに私はやっている行為の無駄さにやっと気づいた。

「帰ろう」

私に何をしたかについては香矢に直接聞いてみればいい。ただの戯れでやったわけではないとは思うがその目的がやっぱり見当も付かなかった。それらに対する思いを息と共に吐き出して私は服の乱れを直す。

保健室を出ると私にとって見慣れた夜の廊下が左右に伸びていて保健室と同じ冷たさが私の頬をなでる。手ぶらで廊下を歩くのも久しぶりだ。よく望遠鏡が入った鞄を持って歩いていたことはある。その重さがいつも私の肩にのしかかっていた。

人気のない廊下の向こう側には何かがいるような気がする。現代科学の域や人知を超えた何かが急に飛び出してきて私に襲い掛かってくる。そんないけない妄想が頭の中をよぎって私はそれを感じたほうとは逆の廊下へと歩いていった。

「思織さん」

いきなり背後から呼び止められて私は醜い悲鳴を上げた。恐る恐る振り返り、私はまた安心する。しかしすぐにまた疑問が私の中で渦巻いていた。

長いこと聞いていなかったけどどこか大人びて落ち着いた声は聞き覚えがあった。大都井さんは私の前まで来ると何度か深呼吸をした。そしてわたしの顔を見てもう一度私の名前を呼んだ。

「思織さん」
「聞こえてるよ。どうしたの?こんな夜更けに」

私が最後に見た大都井さんと何一つ変わっていない。大都井さんは私と少し離れて立っていた。深呼吸をしたもののまだ息が切れているのか肩で息をしている。その動きに合わせて彼女のスカートがなびいている。

大都井さんは呼吸を整えることはしなかった。私は少しだけ疑問がわいてくる。大都井さんの表情は今まで私が見たこともないものだった。力が入っている彼女の瞳がらんらんと輝いている。

「連れて行きたいところがあります」
「連れて行くってどこに?」
「移動しながら説明します。とにかく今は時間がない」
「そんなこといきなり言われたって」
「無理を承知でお願いします。あなただって狩屋さんが思織さんに何をしたのか気になるでしょう?」

大都井さんは胸の辺りをとんとんとつつく。明るさがないせいで輪郭があまりはっきりしない。それでも彼女の指先は僅かな月明かりに照らされている。それが示すところは私にとってちょっと無視できないものだった。

私ははっとして服の襟元を広げる。絆創膏が貼られているのは前にも確認した。それ以外に私の肌に傷がついてはいない。だけど私の中で何かが膨れ上がってきて私の胸を圧迫している。それは私が忘れていることなのだろうか。

この場所に傷をつけられたのは初めてではない?私は誰かにここを刺されたような、そんなおぼろげな記憶が頭の片隅から発掘された。でもそれが七子だというのだろうか。七子がなぜそのようなことをする必要があったの?

それを大都井さんが知っているというのだろうか。私は再度大都井さんの顔を見る。大都井さんの瞳は揺るぐことなく、落ち着いたまま私をまっすぐ見つめていた。私はその顔を見つめ返すことができなかった。多分大都井さんは七子について私の知らないことを知っている。

私は大都井さんに近づいた。一歩だけ。だけどそこで止まってしまった。足がすくんで思うように歩けない。私がこのまま大都井さんに近づくと七子のことを知ることができる。大都井さんが私を目に映せば映すほどそれは確信に代わっていく。

だけどそれを知ってしまうと七子について私が抱いていることが全て否定されるかもしれない。私は踏ん切りがつかないまま大都井さんの顔と自分の足元の間を何度も視線を交差させた。私はそのまま視線を足元に固定する。

「私はそれを知るのが怖い。私の知らない七子を知るなら知らないほうがいい」

私自身の言葉に私は何も感じなかった。大都井さんに対する申し訳なさも、後悔も私の胸中には微塵にも生まれなかった。私の記憶が曖昧模糊としているのは気になる。だけどそれが七子にかかわっているというのなら私はまた七子に裏切られるかもしれない。そのまま私は大都井さんの横を通り過ぎる。

「思織さん」

振り返っている大都井さんの目に私は軽く舌打ちをした。大人びた目つきは私が決してできないもの。嫉妬をするだけではなく、それが今のあり方であるということが何か気に食わない。私を否定しているようだった。

「どうしてそんな目をするの」

口調に苛立ちを隠せない。大都井さんは何も語っていないのに彼女自身が何を思っているのかを私に伝えてくる。私は七子を知ることを拒否した。それは傍から見れば逃げているということかもしれない。それならそれでいい。私はそれが最善であると思っている。

だけど私の目の前にいる人はこの選択を選んだ私に向かって憐憫の情を向けていた。大都井さんの目はそれを語っている。私が昔どんなに苦しんで、どんなに裏切られていたかも知らないで彼女は大都井さんを前にして私の感情は限界を超えてあふれ出していく。

叫びたいのに叫べない。大都井さんにいくら訴えても私を理解してくれることはなさそうだった。だけど身体が耐えられなくて目に涙があふれていた。大都井さんはぐっと唇をかみ締めてそっと私の肩に手を置く。

「何も知らないのは楽です。けど何も得ることはないです」
「私はそれでいい」
「でも狩屋さんが苦しんでいます」

大都井さんは必死だった。私に置いていた肩の手にも力が入る。私は大都井さんの言うことがよく分からなかった。七子が私にしたことの詳細を知らずにいることがどうして七子を苦しめる結果につながるのだろう。

けどそんなこととは別に、七子が苦しんでいるということを私は知ってしまった。裏切られるのは怖い。だけど七子を見捨てることはいいはずがない。

大都井さんに説得されたようにも思えるけど私は自分と七子を選択するなら七子を選ぶ。七子は私の大切な友達ということを忘れかけていた。これ以上友達を失いたくはない。

「私が向かう場所には狩屋さんもいます。狩屋さんの知らない部分を知るのは抵抗あるかもしれません。けど苦しんでいる狩屋さんを救えるのは思織さんだけしかない。だから……不器用な彼女を救ってください。私が望んでいるのはそれです」

大都井さんが手を差し伸べてくる。さっきから大都井さんは私を同情するような目つきで私を見つめ続けてくる。私はそれに悔しさはそれほど感じなくなった。それとは正反対の気持ちを私は新しく作っていた。

       

表紙

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Neetsha