Neetel Inside 文芸新都
表紙

インステッド
2話

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「祐一っ!!」

と声を荒げながら入ってきた真琴。

いつものことながらノックも伺いも無い不躾な態度ながら、
もう真琴だからしゃあないと諦めの気持ちまでついている。

俺は今日買ってきたばかりの漫画を読みながら、
そんな真琴の言葉を適当に流した。

「魔女の衣装って、どこで手に入るの?」

ぶっ!!
その怪しげな質問に、俺は漫画に思いきり唾を吹きかけてしまった。

「魔女って……」

斑色に湿った本を思わず閉じると、思わず呟く。
こいつは何を思って、そんなことを言っているのだろう。

第一、何故に魔女なのだろうか。
その辺りの認識を間違えると大変なことになる……そう思い、
俺は15歳くらいの少女が魔女の衣装を欲する理由を考えてみた。

考えてみた。

考えてみた。

考えて……。

(んなもん、あるわきゃないだろうが!!)

心の中の相沢祐一二号が、心の中でツッコミを返した。

「すまん真琴、俺にはさっぱり事情がわからん」

俺は素直に、真琴に敗北宣言することにした。

「えっと、まだ何も説明してないけど……」

真琴にしては冷静な受け答えに、心に隙間風が吹くのを感じる。

「そうか、ではこの俺にとっくりと事情を説明して見せるが良い」

ここは相手に気圧されないよう、自我をしっかりと持つのが大切だろう。

「なんか妙に偉そうなのが気に食わないけど……、
まあそれは置いといて祐一、魔女の衣装ってどこに売ってるか知らない?」

「知るかんなもん。俺は黒魔術に造詣も深くないし、コスプレ癖もない」

最初の質問と全く変わらない内容に、俺は思わず声を荒げた。
と、そこに謎を解くヒントが隠されていたことに気付いた。

「そうか真琴……お前、実はコスプレデビューする気だな!!」

15歳くらいの少女が魔女の服装を欲する理由など、それしか考えられない。
俺は、謎は全て解けた!! と確信する。

「……コスプレって何?」

しかし、真琴は俺の推理を一挙に打ち砕いた。

「それはだな、アニメや漫画に出て来るキャラクタを服装から真似るという、
その手の人間にとっては究極的な饗悦感を得られる行為なのだ」

「違うわよっ!! そっちも結構面白そうだけど、真琴の求めているものはそんなんじゃないの。
振り向く人間が皆、恐いなと思うような魔女の服装よ」

成程、本格嗜好というわけか……。

「心配するな、真琴」

俺は真琴の手に、ポンと手を置く。

「お前ならそんなことしなくても、振り向く人間が皆、恐怖で脅えるから」

在り難い忠告のお礼は真琴の気合のこもったパンチだった……。

「いってえ、まぢで殴ることないじゃないか」

「祐一が変なことを言うからよっ」

何故か真琴は、頬を膨らませて精一杯怒っていた。
いや、単にいつも通りからかってみただけだが。

まあ、ふざけるのはこれくらいにして……。

「なんですってぇ」

何気に真琴のパンチがもう一撃、正確に同じ場所をいぬく。

「真琴は本気なんだから、ふざけないでよ」

何故……考えていることが分かった?

「真琴、地の文を読むのは反則行為だぞ」

「口に出してたっ」

ぐあっ……。
どうやら俺の封じていた悪癖が、弾みで再現されたらしい。

「分かった、俺も本気になる」

俺は三度拳を握る真琴を抑えると、そう宣言する。
というか、これ以上殴られると口内炎になりそうだ。
今も、口に僅かな血の味が滲んでいるし……。

「で、魔女の衣装ってどこに売ってるの? さっさと白状しなさいよ」

「だから、知らんって言ってるだろ」

いくら俺だって、知らない世界など沢山あるのだ。
特に、そんなディープな世界は……。

「でも美汐は、こういうものは男の方が知ってるものですって……」

……天野、面倒だと思って俺に押し付けやがったな。
流石おばさんくさいだけあって、老獪な戦術を心得ているようだ。

いつか必ず復讐してやると心に誓いながら、俺は思い当たる節を適当に口にした。

「秋子さんなら、何か知ってるんじゃないか?」

というより、秋子さんなら笑顔で作ってくれそうな気がする。

「そっか……秋子さんならトカレフの入手方法ですら知ってそうだもんね」

トカレフって……そんな露西亜製の極めて殺傷能力が高い銃を、
こいつは何に使いたいと思っているのだろうか?

……明日くらいに、南京錠でも買って来ようかなと俺は密かに思った。

 

「それくらいだったら、二、三日もあれば作れますよ」

下で優雅にお茶を飲んでいた秋子さんは、
真琴の相談に案の定、華麗な微笑で以って答えてみせた。

「本当?」 真琴は満面の笑みで秋子さんの左腕を掴んでいる。

「ええ……本職ですから」

……今、何かとんでもないことを言わなかっただろうか?
というか以前にしていた、株の取引関係の会話はフェイク?
取りあえず、イリーガルな製品の闇取引よりはマシだが……、
って、そんなことは今はどうでも良いことだ、多分。

「で、ステッキはどんな奴ですか? やっぱり今、日曜日の朝……」

秋子さん、貴方もですか!!

真琴が一生懸命に首を振って違うと強弁するのを聞きながら、
そう言えば、俺は何故真琴が魔女(の服装)に拘るのか、
その理由をまだ一言も説明されていないことに気付いた。

「実は……」 真琴はもじもじしながら事情を話し始めた。

「ハロウィーン・パーティって、知ってる?」

「ええ。十月三十日に、子供達が魔女や怪人に扮装して、
近くの家々を周り歩くお祭りのことよね」

それは俺も知っている。
菓子か悪戯か……かなり理不尽な二者一択を以って、
大人たちから菓子を巻き上げる阿漕な行事だ。

「そうか……お前、そうやって商店街を練り歩いて菓子をせびるつもりだな」

「そんなことしないっ」

言葉と同時に、本日三発目のパンチが頬骨の辺りに炸裂した。
その様子を秋子さんは、頬に手を当てながら楽しそうに見ている。

「その日に、園の子供たちにお菓子をあげるって計画があるの。
でも、恐い魔女や怪人がいないと面白くないから」

いや、子供は菓子さえ貰えりゃ満足だ……と言おうとしたが、
真琴にまた殴られそうなので沈黙を貫くことにする。

「そうね……私はなかなか良いアイデアだと思うけど。魔女と……」

そこで一旦言葉を止めて、意味ありげに俺の方を見る秋子さん。
というか、なんでそんな楽しそうな笑みを浮かべてるのですか?

「怪人役」

秋子さんはあっさりとそう言ってのけた。

「あっ、それ面白そう~」

しかも、真琴は相当乗り気になってしまったようだ。
そんな真琴を見て、ふふふと笑う秋子さん。
俺にはその仕草が、魔女に思えて仕方がなかった……。

というか、俺だけこんな目に会うのは理不尽だと思うのだが。
そう、俺だけこんな目に会うのは……。

そうか……。
その手があったか……。

できるだけ、道連れは多い方が良いのだ。
俺は悪魔的な考えを浮かべると、秋子さんと真琴に俺の考えを話した。

「了承」 秋子さんは笑みを浮かべて、ジャスト一秒後に言った。
復讐の機会は、思ったより早く訪れたようだ。

 

そして当日、十月三十日の昼。
俺は不審げな顔を見せる一人の少女を連れて、目的の場所へ辿り着いた。

「あの……」

理由を説明されないことを不審に思ったのだろう。
その少女、天野美汐はおずおずと口を開いた。

「ここ、真琴の働いている保育園ですよね」
「ああ、そうだぞ」
「……なんで、こんな所に私を連れてきたんですか?」
「……さあな」

俺は適当にお茶を濁しておく。
その時、奥の方からハロウイン用の扮装をした真琴が走ってきた。

「美汐~、こんにちは~」

にやけた顔と礼儀正しい挨拶と服装に、思わず一歩後ずさる天野。
ちなみに真琴が着ているのは全身を覆う黒のローブに、
真琴の背丈と同じくらいの竹箒……とんがり帽子と黒猫の人形だ。
恐さは全く無いが、真琴は非常に楽しそうだった。

「えっと、私、無性に帰りたくなって来たんですが……」
「不許可」
「却下」

直感の鋭い天野を遮るように、俺と真琴でブロックする。

「実はさ、今日来る筈だった人が風邪で寝込んじゃったんだよな、真琴」
「うん、それで凄く困っちゃって……」

勿論、これは嘘だ。
そんなやつ、最初からいやしない。

「それで私に真琴と同じ格好をしろと言うんですか?」

天野は全身を以って、嫌悪感を表明している。
だが、こちらとて天野の性格など完全に把握済みだ。

「美汐……お願い」

真琴が僅かに涙を滲ませて、上目づかいに天野を見る。
元々真琴のことは目にいれても痛く無いと思っている天野、
そんな顔をされて思わずひるんでしまう。

「まあ、人助けをすると思って何とかやってくれないか。俺だって参加するし」

道連れが他にもいる……その思いが、最後は背中をもう一押ししたのだろう。

「……仕方ありませんね」

天野はそう言って、渋々納得したのだった。

 

「あはははは、祐一、凄く変~」

更衣室から出てきた俺を出迎えたのは、真琴の哄笑だった。

「あっ、かぼちゃ男~」
「変なの~」
「ばっかでえ」

真琴の前に集まっていた園児から、そんな無邪気な攻撃が跳ぶ。

想像の通り、俺は今、南瓜の仮面を頭からすっぽり被っていた。
中世欧州風の普段着を着込み、その上から軽くマントを羽織っている。
南瓜の仮面がリアルに重いせいか、バランスのせいで頭がふらふらした。

こんな辛い目にあって、しかも子供から馬鹿にされて……。
俺は思わず泣きたくなる。

こうなると俺の楽しみは、道連れ一号こと天野しかいない。
俺は園児に石を投げ付けられながら、その時を必死に待っていた。

「あ、あの……」

その時、正に天は俺に微笑んだ。
か細い天野の声が耳に届き、俺は素早くその方向へと注視する。

俺や真琴、園児たちの視線に気付いたのだろう。
天野は帽子で目を隠すと、顔を俄か朱に染めた。

真琴が栗色の髪をした見習魔女なら、
天野はそれを嗜める先輩魔女といったところだろう。

「あ、えっと……」

ますますもじもじと身体を動かす天野に……。

「ぷっ、あははははははははっ」

俺は笑いを堪えることが出来なかった。
いつもでは全く見られない、可愛らしさ溢れる天野の姿が見れたからだ。

だが……。
俺はその脇で膨れあがる殺気を不覚にも見逃してしまっていた。
そして、天野は怒らせると非常に恐いということも……。

また、一人で笑い転がる姿も園児たちの不信感を呷ったのだろう。

「皆さん、良いですか?」

天野にしては余りに明る過ぎる声に、思わず背筋が冷える。
俺は笑うのを止めた。

それから僅かに遅れて、はーーいと、子供たちが返事をした。

「私とあの南瓜のお化けと、どちらが良い人に見えますか?」

おねえちゃんの方、と子供たちは同時に返事をした。
今時の子供には珍しい、天真爛漫とした声だ。

「じゃあ、今からみんなであのお化け南瓜をやっつけちゃいましょう」

はーーいと、子供たちが同時に返事を……って、え?
天野さん、先程あなたなんとおっしゃられましたか?

「それでは、れっつごー」

はーーいと返事する子供たち。
間髪いれずに、砂煙をあげて子供達が全速力で駆けてくる。
その隙間から見えたのは、天野の怒りに満ちた清々しい笑顔であった……。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

晴天に響いた悲鳴が誰のものであるかは、今更推測するまでもないだろう。

俺は薄れゆく頭の中で、果たして魔女は誰だったのだろうと考えていた……。

       

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Neetsha