Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
雨の日の晩餐

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 起きなさい! という声が頭に響いた。
 ユウトは瞬きをしながら目を擦る。部屋はうす暗くまだ夜のようだった。
「あ、アリス?」

 ぼんやりと目に映るアリスの姿を見ると、すぐに洗っておいた服を着た。
「これから授業だけど、あんたに見せておかなくちゃならないものがあるの」
「え、あれ、スーシィは?」
「とっくに教室へ向かったわ」
 ついてきなさいとアリスは部屋を出た。
 続けてユウトも出るがアリスとユウトの関係は何も変わっていなかった。

「いい? あんたは使い魔として戦ってもらうわ。
 あいつはいつも私の邪魔ばっかりするからこれを機会に黙らせたいのよ」
 そう言うとアリスはとある教室の前で止まる。
「あの男よ」
 入り口から指さす先には金髪の頭をしたいつかの少年がいた。
「――」
 そして決闘で戦う相手は紛れもなく、リースであろうという事実も伺えた瞬間だった。

「いい? 向こうは地属性魔法が得意よ。私は火属性。これが意味することはわかるわね?」
 つまり、不利だということだ。

「例えば土人形なんか召喚されたらあんたが倒さない限りは消滅させられないと思って」
「アリスはその間どうするんだ?」
「私はほとんど基礎しか出来ないから見てるだけね。ユウトにマナを送ることは出来るかもしれないけど、あんた魔法なんて使わないでしょ」

「うん……まあってそれじゃ俺一人?」
 そうよとあっさり言ってのけるアリス。ユウトは気分が沈んだ。
 いくら主の決闘だからといっても使い魔である自分にすべて押しつけられるのはご免だった。

「なんかないのか、アリスが出来そうなこと。
 俺一人で戦うっていっても何をもって勝利すればいいいのか全然わからないよ」

     


「ばっかね。首ちょんぱすればいいに決まってるじゃない」
 アリスは平然と言ってのけた。

「じょ、冗談だろ? 一応同級生だぞ?」
「冗談よ。でも、ぶっ飛ばすくらいの気持ちは持ってよね」
 ため息が出るユウトだった。

 ぽつぽつと振り出した雨のせいで午後からの野外授業は延期となった。
 おかげで学園全体が自習のような雰囲気になっていた。

 自由になった時間でユウトはスーシィの部屋にもどった。
 スーシィは待っていたと言わんばかりに笑顔で迎えた。
 他愛のない話しをしていると、ふとベットの横にかけられた筒状の何かがユウトの目に留まった。
「あれ、剣か……?」

「ああ、そうだったわ。
 ええ、ジャポルで特注させたの。
 本当はラジエル国のほうが良いものを扱っているんだけど、
 ワケありな身分だとこれ以上のものは頼めなくて……」

 ユウトのものよと手渡されたそれの包みを解くと勇ましく輝くサーベルが出てきた。
 長さも太さも前の大剣に比べると半分ほどしかないが、
 装飾された柄から鞘まではマナの力を取り入れるように紅く火照っていた。
「切れ味の落ちない剣(ツェレサーベル)か」

「一応技術の最先端ものね。例え折れても全てを一度鞘にもどすと繋がるっていう魔法剣らしいわ」
「ありがとうスーシィ。とってもよく手になじむよ」

「なんてことはないのよ。ユウトに負けられたら大変だもの」
 くすりと笑ってスーシィはユウトへ顔を近づけた。

「それより昨日言ったことは覚えてるんでしょう?」
「ああ、俺も戦うのは反対だよ。出来れば戦わないで済むように持って行く」
「それを聞いて安心したわ」
 そこで窓際にいたアリスが口を開いた。

「無駄よ。カインは戦いたい、私も戦いたい。どうして戦わない道理があるのよ」
「俺が嫌だからだよ」

 ユウトは剣を腰に差しながら言う。
「あんた、使い魔のくせに私に盾つく気?」
「そんなことはしない。ただ、俺が言っても聞かないなら三人とも敵だよ」

「は――? そんなこといって格好つけてるつもり? ダサイっての」
「そのダサイことをさせてるのがアリスだろ」

     


「まあ、そんなことよりアリス。決闘がこの学園において何を意味するのかは知ってるんでしょうね」
 アリスは一つため息を吐いた後に頷いた。
「退学――というか、追放ね。
 同じ学舎で学ぶ者同士が魔法で戦ったとなれば、
 それはメイジの思想に対する反逆行為みたいなものだもの」

「じゃあ一つ聞くけど、あなたそれでいいの?」
「?」
 アリスは何を言ってるかわからないと言った様子で沈黙が流れた。

「私があなたに一度だけ使ったレビテーションは誰の目にも触れていなかったのに学園長は知っていたわ。
 つまり、この学園内で魔法を使ったものはすぐに特定できるシステムが出来上がっている」
「じゃあ……今夜の決闘でもし魔法を使ったりしたらすぐにバレるってことか」

 アリスはくすくすと笑って答えた。
「私は魔法なんか使わないわよ。使うとしたらカイン(あいつ)が先。
 そうしたらもう決闘なんてどうでもいいわ。後はあいつが学園を追放されるんだもの」
 アリスの考えはこうだ。決闘が始まったらカインを罵倒して挑発する。
 怒ったカインが魔法を放ったらアリスは逃げる。戦いは放棄し、カインは翌日にでも追放処分というわけだ。

「待て、じゃあ見てるだけって言ったのは……」
「もちろん、魔法を使わないために決まってるじゃない」
 アリスは魔法を使わないと言い切った。ところが、スーシィにはそれが妙に感じた。


 ユウトはアリスと食堂へ行く。
 ここフラメィン学園では雨の日は使い魔と主であるメイジが食事を共にするという習慣があるようだ。
 窓の外では雨が砂をまくように降っている。

「ちょっと楽しみだな」
「あんまりみっともない真似はしないでよね」

 外が土砂降りでも学園の中は暖かい光りで立ち籠めていた。
 石造りの廊下が絨毯の端で煌めき、天井は魔法細工によって動く彫刻が彫られている。

 食堂の入り口は果てしなく大きかった。
 一体学園のどこにこんなスペースがあるのかというほど広く、そして天井が高い。
「……」
「なにぼさっとしてるの、置いてくわよ」

 いつもならここでスーシィが待っていてくれるが、
 脚を怪我しているため自室で食事だという。
 どこまでもアリスとは違う処遇にアリスは気にすることをやめたようだった。

     


 ざわざわという人の声はまさにこれだけの広い空間に沢山の人間が集まればこそのものだ。
 ユウトはアリスを見失わないようについていくので精一杯だった。
「この辺でいいわね」

 アリスが止まった先は食堂のおおよそ真ん中らへんであろうか、
 しかし隣には得体の知れない大きさのパワードウルフがいた。

『――グオォォオオ』

「ち、ちょ、まじで?」
「あにがよ」

「こんなでっけえ使い魔も一緒に食事すんの?」
「当たり前でしょ。何のための雨の日(ヴォワ・マンジェ)だと思ってるの?」
「ヴォ、ヴォワマン――?」

「ヴォワマンジェ」「なにそれ」

「はぁ――、使い魔は別に知らなくていいのよ」
 アリスがそう言ったとき、低い音で空間を揺らすものがあった。
 鐘がなると絨毯に一本の光りの線が入る。
 あたりは静まり、線のそばからは使い魔もメイジも皆後ろへ下がるように離れた。

「あんた、その線の上にいたら怪我するわよ」
「え?」

 慌ててユウトが身を引くと黄金線は垂直に伸びて横へ増幅した。
「な、なんだこれ――」
「ちょっと黙って」

 アリスがユウトを引っ張ると光りの部分が徐々に輝きを失い白い石のテーブルとなった。
『レビテーション!』
 メイジたちは一斉に魔法を詠唱した。
「レビテーション」
 遅れてアリスも詠唱する。ユウトの体はアリスと同時に空中へ浮いた。

「な、なんで浮いた?」
「上下を見ればわかるでしょ」
 ユウトは恐る恐る足下をみると子供のメイジたちが残っていた。
 一方、上の方では大人のメイジたちが集っている。

 その先に見えたのは白い服とマントの老人、フラムだ。
「皆の者! 今宵まで、マナの恩恵に預かり、生命の営みと共にあることを心して楽しみ給え」

 フラムがそう言ったとき、天井が天窓のように解放された。

     


「えええ!」
 天井が解放されるということは雨水がもろに食堂へ降り注ぐというわけだ。
 しかし、驚いたことに次の瞬間天地は逆さになった。

 ――ギュン。
 替わって天井からゆっくりと降りてきたのはいくつもの白いテーブルだった。
 質素なものが除々に下へ流れていき、豪華なものへと替わって、
 ユウトの目の前で止まった頃には見るも華々しいほどの料理が並んだテーブルになった。
 そうして、地面から上ってくる光りの露となった雨が幻想的なムードを作り出す。

「す、すげえ……」
「この空間は全て学園長一人のマナで維持されてるそうよ。
 魔法は人の心を豊かにし、人を満たすものでなくてはならないという教えが下で徹底的にすり込まれるわ」

 ユウトは下の方を見ると確かに何やら大声で復唱していた。
 同時に何やら可哀想な気がしてきた。
「上に行けばいくほど豪華な食事で、下に行けば行くほど質素な食事になるの。
 例えばここにあるパンは一番したにあるものと比べると生地の厚さも味も雲泥の差よ」

 そういってアリスはどこか寂しげにパンをほおばった。
「なんでそんなことを教えてくれるんだ……?」
「は? 勘違いしないでよ。私もここまで来るのにはそういう見るにも耐えない生活を送ってきたの。
 なのに突然来たあんたが今の私と同じ――とにかく、あんたみてるとなんか腹が立ってきたのよ」

 アリスはもうユウトを尻目にもしないで食事を始めた。
「……そ、それで、俺は食べてもいいのかな」
「勝手にすればっ」

 ユウトはテーブルと一緒に浮いた長いすへ腰掛けた。
 フルーツからパン、スープ、肉類まで選り取り見取り、豪華絢爛だ。
「うん、うまい」
 スープはユウトの作ったトンスープとはまた違ったよさがあった。
 真心が籠もっているというのか、悪く言えば絶対にまずいとは言わせない作りになっていた。

「リースも来てるのかなあ」
 そう思いあたりを見回すユウトだったが、周りにはそれらしき姿はない。
 それにかわって目に飛び込んできた光景はメイジたちが使い魔にご飯を食べさせているところだった。
 見るとほとんどのメイジが自分より先に使い魔に食べさせている。

「……」
 隣のパワードウルフなんかはまさにそれだ。

     


「よしよし、ホエイは上品ね」
 桃色の髪をした女の子のメイジがそういっていた。自然とアリスを見比べてしまう。

「あによ。あんたまさか食べさせてほしいとか言い出さないでしょうね」
「は――えっ――そんなこというわけないだろう」

 スーシィ、シーナ、この子といい、
この世界の女性は優しい人が多いのにアリスだけは極めて対照的だと思った。
「そこまで動揺することないでしょ、ま、頼まれてもやってあげないけど」
 そういうとアリスは自分の食事にもどった。
 アリスは少し動揺しているようだった。


 食事が終わるとアリスは真っ直ぐエントランスへと向かった。
 ユウトも新しい剣の感触を確かめながらアリスの後ろを行く。

 十の刻は本来就寝だが使い魔食堂までの道は十二の刻まで空いている。
 夜行性の使い魔のためだとアリスはいう。
 ところどころ水たまりになっているのか、慎重に歩かなければ足下が見えず転んでしまいそうだった。

「あそこよ」
 食堂裏にぼんやりみえる灯りはカインのものだった。そばにいくとリースの姿もある。

「やあ、アリス。てっきり怖じ気づいて来ないと思ってた」
「ふん、そんなのは私も思ってたことよ」
 カインは顔を引きつらせて言う。

「面白い。それじゃあ一つ賭けといこう。勝った方は負けた方の使い魔を頂く」
 アリスが硬直するのがわかった。
「なんだ、自信があるんじゃなかったのか、
 それとも僕程度に負けてしまうほど弱気なのかアリスは」

 はははと笑うカインにユウトは苛立ちを覚えたが即答されても複雑な気分だった。

「いいわよ……」
 落ち着いた口調でアリスが言う。
「え? なんだって?」

「いいわ、その条件、乗るわ」
「はっ、いいね。これなら本気でやれる。
 人型の使い魔を二匹も従えることができれば僕は最強だ」

 リースとユウトを残してカインとアリスは離れていく。
「ま、まぢか…」
 ユウトはリースと対峙する格好になってしまった。

       

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Neetsha