Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
光りの魔法

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 ユウトは全身に弾けるような衝撃を受けた。
 続いて地響きのような音が辺りに駆け巡り、ユウトの意志とは全く関係なく体が吹き飛んだ。
「っ――」
 どぉおお……。ユウトは飛ばされながらも、反響する音で洞窟の中だと知る。

「きゃぁああ――」
 続いて第二の衝撃がユウトを襲った。
 咄嗟に人だと思い、ユウトは腕にその影を受け止める。

「きゃあっ――」
 第三の衝撃はユウトの身を掠めて、数メイル先で転がった。
 ユウトは自分の体がじんじんするのを堪えて、腕の中で呻く少女を起こした。
「ん――」
「シーナ?」
 シーナはゆっくりと起き上がると、暗がりで囁くように言った。
「ゆ、ユウト……な、なんですかここは?」

 ひしと抱きつかれるユウト。シーナは暗いところが嫌いだった。
「ユウト、コレは一体どういうこと?」
「え?」

 ユウトはアリスの声がする方をぎょっとして見やる。
「ご、ごめん」
「は? なにが」
 慌ててアリスの声の方に振り返ったが、どうやら見えていないらしい。
 辺りは暗く、生き物の気配もない。

「……ダンジョンなんじゃないかな」
「――もう、そうじゃないわよ。あいつ(スバル)はケルロスの『丘』って言ってたでしょ。
 どう考えてもここがダンジョンなのが問題なの」
 広さは結構あるようで、音が良く響く。
 アリスの怒声が耳に痛い。

「ご、ごめんなさい。私、気が動転してて……」
「大丈夫か?」
「はい」
「…………」
 シーナは静かにユウトから離れると気を逸らすように辺りを見回す。
「真っ暗ですね」
「hyeli isscula」
 ――パン。という音がなるとアリスの杖が光り、姿がはっきりと浮かび上がる。
 と同時にシーナの怯えた顔も徐々に戻った。

「とにかく先に行きましょう」
 アリスの杖は煌々と輝いているが、洞窟の壁は見えない。
 それほど広いということだろう。

「お、おう」
 ユウトとシーナは顔を見合わせてアリスに続くのだった。


     


「dispail !!(魔法解除)」
「うわっ――」
 ごろごろと草むらを転がるカインと、
 何事もなかったかのように佇むスーシィとそれにしがみつくリース。

「やっぱり、重量オーバーだったみたいね」
 スーシィの先には草を被った金髪の少年が倒れていた。
 名は確か、カインと言ったはずだと思う。

「カイン、起きなさい。着いたわ」
「う、うぅ……」
 派手に転げたのか、カインは一声上げるとのろのろと立ち上がった。
「テレポートってのはこうなのか? 吐き気がする」
「あれはテレポートじゃないわ。ただの転送装置ね」

 スーシィは魔法陣の下に特製の魔具が置かれているのを思い出していた。
「えっと、君は確か――」
「スーシィよ。クラス一緒だったわよ?」
「ごめん」

「この使い魔、あなたのでしょう?」
「あ、ああ」
 リースを指すとカインは渋々頷いた。
「ここからはいつ戦闘になってもいいようにあなたがそばに連れていなさい」
 そういうとスーシィはリースの背中を押してカインの元へ促した。

「君の使い魔は?」
「今は連れていないわ。いるけど、役に立たないのよ」
 ドラゴンの子供はまだ小さい。成長期に入るまでは戦闘に加えることはできないので、
 部屋に置いている。

 もっとも、完全に成長したところでは連れて行ける場所も限られるが……。
「大丈夫なのか?」
「ええ」
「随分と自信があるんだな……」
「スバルとか言う先輩ともはぐれたみたいだし、そろそろ進むわよ」
「おい! 僕ら二人だけか?」
 カインは置いて行かれないようスーシィの後を必死に追った。


     


「なんでこんなことに……」
 カインは草むらを歩きながらマントの泥を見える限りで、はたき落としている。
「定員オーバーだったんでしょう。
 よく見れば、あの程度の大きさの魔法陣だとせいぜい三、四人が限度。
 私達が二人、使い魔をいれて三人だから、残りはユウトたち四人」
「僕らはどこへ飛んだんだ?」
「さてね、多分ケルロスの丘だと思うわ、一応丘っぽいし。
 まあ、一歩違えばどうなっていたかわからないけれど」

「それって、かなり危険なんじゃないか」
「転送装置の事故は良く聞く話ね。でも――」
「あのエセ副会長め……」

 カインは杖を握りしめた。
「そういえば、あのスバルって男を知っているの?」
「え、ああ。あいつは学園一の問題児と名が高いんだ。
 上の学年じゃみんな知ってる。
 僕らは一年だからあんまり知らないけど、やることなすこと無茶苦茶ならしいぜ」
「へえ、じゃあ今回のことも無事に終わるってことはなさそうね」
 スーシィはあまり興味がないように素っ気なかった。

 カインはちょっと気に触って、もう少し話した。
「エルナって会長がいつも止めに入ってくれるおかげで事なきを得てるんだが、
 あいつも何が楽しいのか次から次へと問題起こしてるんだってさ」
「そうなの」
 もう少し取っつきやすい印象だったはずだとカインは首を捻ったが、
 スーシィにはどうでもいいことだった。

 さぐりさぐり草を掻き分けて進んでいくと、大きな石が積まれた穴が見えてきた。
 白い岩の上には薄茶色く引きずった汚れが所々についており、明らかに不穏な気配が漂っている。

「おい、あそこは絶対まずいって。明らかに巣窟じゃないか!」
「丁度良いわ。行きましょう」
「お、おいっ」
 止めることが出来ないまま、スーシィはカインの先へと行ってしまう。

「ん、リース? お前も行くのか?」
 リースは短剣を抜いて歩き出した。

「ふぅ……使い魔に先を越されるなんてな」
 カインは諦めて二人の後へ続くのであった。

     


 一方、洞窟に飛ばされた四人の姿は依然として闇の中にあった。

「スバル先輩でしたっけ、さっきの話し、嘘ですよね?」

 スバルはアリス達が歩き出してすぐに闇の中から吹き飛んできた。
 モンスターかと思ったアリスは咄嗟に火の魔法を使って、スバルの前髪を少し焼いてしまった。

「嘘ではない。
 どう考えても丘じゃないし、ここがケルロスの巣窟だったら良かったんだけど、
 それも怪しいものだ」

 どうやらここはクエストとは全く関係のない場所だという。

「それじゃ、どうしろっていうんですかっ?
 私達、帰れないじゃない」

「あ? ああ、その点については大丈夫だ。ポイントカードを持ってるかい?」
「ええ」
 アリスは手の内に金色のポイントカードを取り出した。
「それは帰還(リターン)の魔具でもあるんだ。
 学園内のどこかにランダムで帰ることができるすぐれものさ」

 スバルは焦げた前髪を掻き上げて、蒼白な面持ちをちらつかせて言い放った。
「じゃあ、すぐにもどって行き直すというのはどうですか?」
 シーナは思いつきで言ってみたが、スバルの険しい表情がそれを無理だと悟らせる。
「そうしたいのは山々なんだけどね。
 見てごらん、このポイントカードが次に転送できるのは……」

 ポイントカードの裏に24と緑の数字が点滅している。
「二十四刻後。つまり、丸一日は無理ってことなんだ……」
「ふ、冗談じゃないわよ。
 何が悲しくて丸一日こんな暗くてじめじめした洞窟にいなきゃならないの?」

「本当に悪かったと思ってるよ。
 でも、一番危険なのはあの金髪の子たちだ。
 ケルロスは群れで行動するから一歩間違えばただじゃ済まない。
 僕はそっちの方が心配でならないよ」

 スバルは神妙に言う。
 確かにスバルの言うことは一理ある。
 しかし、それを想像することは三人にはできなかった。

「カインはともかくスーシィは大丈夫ね」
「……ほう、やっぱりかい?」
「やっぱり?」
「――いや、何でもないんだ。何となく彼女は強そうな感じだったからね」
 それなら少しは安心だと言った。スバルの顔色も少しは良くなったと思える。
 アリスの杖先がその光りを揺らめかせながら辺りを照らす。

「本当にどこなんでしょう」
「もしかしたらケルロスの一匹くらいいないかしら。
 ねえ、先に行ってみましょう」
「丁度僕もそう思っていたところだよ」

 何故かスバルとアリスの意見が合致した。

「「ええっ」」
 ユウトとシーナの声が被る。
 そこは止めるところだろうと、二人は思う。

     


「あ、危なくないか? さっきからこの部屋にはモンスターがいないみたいだけど、
 確実に他の部屋にはいるぞ」
「私も反対です。こんな暗がりでは戦いに向いていません」
 ユウトとシーナの意見にスバルはふふんと鼻をならすと、
 ペンのような杖を片手に長い詠唱を唱え始めた。

「……sha fhula!」
 ぶわっとアリスの杖先の光りがスバルの杖へ動き、光りの粒子が飛び散った。
 すると部屋一帯を明るく醸し出す。
「す、すごい……」
「うわぁ……」
「……」

 アリスは口をぽかんと開けて、すぐに口をへの字に曲げた。
「そんな魔法があるならさっさと使いなさいよ。
 さっきまでひたすら照明の魔法を使ってた私が馬鹿みたいじゃない!」
 先輩への口の利き方も褒められたものじゃないが、アリスの言うことは一理ある。

「いや、この魔法は一人じゃできないんだ。
 そばに光りの魔法がないとうまく発動しないんでね」
 部屋の広さは奥行きが50メイルほどもあるようだった。天井は4メイルほど。

「結構広いわね。あっちに穴が空いてるわ」
 アリスが指した方向には確かに穴のようなものが見えた。
 ユウトも他の出口を探してみるが天井に空いた穴以外は特に見あたらない。

「…………」
「アリス、危険だ。やっぱりやめよう」
 ユウトは一つの事実に気づいていた。
 これだけ大きなダンジョンにも関わらず、足跡が全くと言っていいほどないのだ。

 それはつまり、誰もまだ踏み入ったことのない未開拓のダンジョンという結論にはならないだろうか。
 シーナもそれに気づいたのか神妙に言った。
「あ、アリスさん。やめませんか?
 このダンジョンどう考えても未開拓ですよ。
 そういったダンジョンで命を落とすラジエルの戦士だって……」

 シーナが控えめに言う。アリスはじりと歩を止めた。
「……悪いけど、ここで行けないなら私とあんたの関係もここで終わりよ」
「アリス、そういう言い方は――」
「ユウトは黙っててッ」

     


「なっ――」
 アリスの両目はユウトだけに見えた。
 そこには睨みつける目も涙を溜める目もなかった。
「…………わかりました、行きます」
「シーナ……」
 ユウトにはシーナの決断が正しいとは思えない。
 シーナが行かないと言えば、ユウトはここに残るつもりでいた。

 それじゃ、行きましょうとスバルを促すアリス。
 その淡い桃色の瞳からは何も読み取れなかった。

「話しはまとまったんだね。ところで、その男の子はどっちの使い魔なんだい?」
「私のよ」
 アリスは臆面もなく答えた。
「なるほどね」

 スバルは何を納得したのか、歩き出す。
 歩いている途中でスバルはアリスに言う。
「次の部屋ではまた明かりを頼めるかな。
 部屋全体を明るくするには君の魔法が必要だ」

「わかったわ」
 スバル、アリス、ユウトと続いて、その後ろを重い足取りでついてくるシーナ。
 ユウトはシーナに小声で言った。
「(大丈夫か? 俺もここから先が安全だとは思えないけど、残るつもりなら俺も残るぞ)」
 シーナは微笑んで首を横に振る。
「(いいんです、それではただのわがままですから)」
 そうでしょう? とシーナは目を細ませる。

 恐らくアリスはユウトを残して行きはしない。
 そして、使い魔のいないシーナにとって、ここでの単独戦闘は死を意味するだろう。
 震える手を見てシーナがどれだけ暗闇が苦手かを再認識した。
「(ごめんな)」
 シーナはまた首を振ると、それきり一言も喋らなかった。

「hyeli isscula!」
 アリスが火花を散らした魔法を唱える。
 マナを放出し続けることで、杖の先端が明るく光る魔法だ。
「さ、使い魔の君。今更だけど言葉はわかるんだね?
 敵がいるかも知れないからアリスと前に出てくれ」

 ユウトは細身のツェレサーベルをするりと引き抜いた。
「行くわよ」

     


 アリスの先へ移動すると、二人で徐々に前へと進む。
 光りが見える範囲はわずかに三、四メイルだ。
「苦手だ……」
 このような暗い場所で、もしも最初の一打を受けるとしたら、
 必ずこちらがその一打を後手にまわって受けることになる。
 躱すわけにはいかない。後ろはみんながいるのだ。

 ざくりざくりと足音だけが耳につく。
「……っ」
 いよいよ暗がりに入りきったが気配は感じない。
 それだけにユウトの緊張は続く。
 ダンジョンの捕食者たちはその密室で狩りをするが故に、気配を完全に殺すからだ。

 スバルが詠唱を始めた。
 先刻の部屋全体を明るくするものだろう。
「(……まだなの?)」
 ユウトの緊張がアリスにも伝わったのか、アリスは捻りだした声を潜めた。

「……sha fhula!」
 ぶわっとアリスの杖から光りの粒が空中へ霧散する。
 それぞれが意志を持ったように部屋の中を駆け巡り、一息のもとにその暗闇を輝かせた。
 その部屋は先ほどのように拓けていたが、奥行きがあまりなく、行き止まりのようだった。

「ね、ねえ……あれって、魔石じゃない?」
 アリスの指さした先には紫色に輝く石があった。
「本当だね、珍しい!」
 スバルもそれを見て驚嘆する。
 石は洞窟の壁にぎっしりと輝いていた。
 そしてアリスはあの石をよく知っている。

「エレメントの結晶っ、エレメンタルよ!」
 モンスターの驚異は幸いにして無いが、ユウトは素直に喜べない。
「凄い、これ全部持って帰れば大金よ。大金が手に入るわ!」

 一人浮かされ声で騒ぎ立てるアリス。
 禁忌の呪文書だとか、禁断の魔法書のだとか騒いでいる。
「何かの罠かもしれない……」
 スバルがそう言ったのも束の間、アリスはエレメンタルに向かって駆けだしていた。
「まてっ! アリス」
 ユウトの静止の声も耳に入っていない。
 アリスとの距離が数メイル離れたところで、突如地響きが襲った。

     


「――っ! な、なんだ」
 ゴゴゴゴ。
 大きな縦揺れが起こり、アリスやシーナは地面へと座りこんでしまう。
 天井の土もパラパラと落ちてくる。

「まずい、出口がッ」
 スバルの声に振り返ると、出口が土砂でふさがってゆく。
 揺れは徐々に収まり、四人は密室へ閉じ込められた。

 それと同時にユウトは何か巨大な気配が近づいてくるのを感じていた。
「みんな、集まってくれ! 来るぞっ」
 ユウトのかけ声でシーナはこちらへと来たが、アリスとスバルは別々の行動を起こしていた。

「アリス、戻るんだ! 敵が近づいてる!」
 アリスはエレメンタルを取りだそうと夢中だ。
 スバルはそんなアリスの元へ駆け寄って行く。
 スバルがアリスの元へ着いた時、ぼこりとユウトの足下が盛り上がった。

 ドシャアァ――。
 ユウトとシーナの元いた位置は爆ぜるように抉られた。
 そこには異形のモノが蠢いている。

「サンドワームだ……」
 シーナを抱えて素早い跳躍に攻撃を回避したものの、異変は続く。

 ぼこ、ぼこ、ぼこ。
 太い棒のようなその体躯がみるみるうちに空間を埋め尽くす。
 怪物の体には無数のトゲのようなものが付いており、
 それをつかって地面を掘ってきたということが解る。

 一瞬にして50セントは掘ったのだから、強靱なモンスターといえた。
 サンドワームたちは一斉に壁へと群がり、エレメンタルを食い散らかす。

「ああっ!」
 アリスは声を上げると同時に後ろ手に引かれ、エレメンタルから引き離される。
 岩を砕くようなくぐもった音を上げて、
 壁の魔石を食い尽くすと、今度はユウトたちへと向き直った。

「こいつら……エレメンタルを喰って……!」
 エレメンタルとはマナを構成する要素(エレメント)の固体である。
 マナの力を吸収したモンスターは凶暴化、または強靱化して危険だ。
 特に吸収したエレメンタルによっては、水の魔物が炎を吐いたりもする。
 自滅することもあるが、一部のモンスターは持ち前の生命力で耐えうることが可能なのだ。

     


 そして、それらのエレメンタルを取り込み続けたモンスターは、
 やがてそのエレメンタルが尽きると、メイジの持つマナと肉を食らう凶悪な魔物へと変化する。
 ユウトはこの手のモンスターと対峙して、何度も手をやいたものだった。
 見た目は全くアテにならない。

「パープル色は……多分四大要素以外だ。気を付けろ!」
 スバルはそう叫んだものの、かき消える。
 サンドワームたちが突如、牙のような皮膚を擦り合わせて、大きな雑音を生み出し始めたのだ。

 ギキギギィィイイイ――。
 黒板をガラスで引っ掻いたような甲高い音が何重にも重なってユウトたちへ襲いかかる。
 スペルジャム。魔法を使われたくないモンスターなどがメイジに対して精神阻害を行う行為だ。
 もっともこの手の音型はメイジと戦うためにモンスターが備えているものではなく、
 元は仲間への警戒音として備わっていたものが、進化したものだ。

「――ぁ――――ぃ」
 シーナが何か喋っているようだが、聞き取ることは出来ない。
 密室でのジャム効果は通常よりはるかに大きい。
 スバルやアリスと連携を取ることは困難を極めた。
 ギャ――。
 突然群れの一匹がシーナへ襲いかかる。

「はっ――」
 ユウトの剣が火花を散らして鳴る。
 四撃。それだけの数を一瞬に繰り出したにもかかわらず、
 全身が剣のような肉はいなすのが精一杯だった。

「――――」
 相変わらずシーナが何か喋るが、聞き耳を立てる余裕はどこにもない。
 たった一体でもいなすのが精一杯のユウト。
 一斉にこられたときにどうなるかは想像に難くない。
 くそっ――。

 そうユウトが思ったときだ。
 ぱっと光と影が一瞬のうちに起こる。
 アリスが火属性の攻撃を放った瞬間だった。
《こんな騒音で私が魔法を打てなくなると思ったら大間違いね》

     


 地面でしきりにスペルジャムを起こしている一体に直撃したが、
 鱗のようにびっしりと全身を覆う牙がそれをいとも簡単にかき消した。
《反則だわ……》

 ジャッ――。
 同時に襲いかかるサンドワーム。
 アリスは悲鳴を上げたようだが、スバルがすかさず守護の壁を詠唱した。
「いや、盾――か?」

 光に弾かれたサンドワームは仲間を蹴散らしながら悶えている。
 狂った仲間を敵だと思った一体がそれに襲いかかり、共食いのような構図が生まれた。
「っ――」
 飛び散る肉片にシーナが息を呑んだ。アリスもそれは同じなようで、
 次にそうなるのは自分かもしれないという恐怖が襲いかかる。

 ユウトはその隙に刃こぼれしたツェレサーベルを鞘に収め熟考する。
「何故襲ってこない……」
 一度に襲ってくれば多勢に無勢、何の問題もないはずだ。

 しかし、何故わざわざスペルジャムまで起こして長期戦へ持ち込むのか。
 ユウトには不思議でならなかった。
 部屋はまだ明るい。もし、この部屋の明かりが消えてしまったら……?

 ユウトははっとする。サンドワームは元々地中に住む生き物だ。
 エレメンタルのような力を放つものは別として、何で獲物を認識しているのか。
 それは、多様にあるように思えたが、自ら音を発している以上は音以外の何かだと容易に想像できる。

「振動……か?」
 彼らは長い地中生活で暗闇でしか目が利かない。
 地面の中は普段音もない。
 とすると、出てきたはいいが、彼らは敵の場所(振動や目)がわからない故にこのような行動に出たのだろう。

 ユウトはそれを結論付けるには少し早すぎるかとも思えたが、
 どちらにしろこのままでは後がない。
 ツェレサーベルを鞘に収めると、ユウトはシーナを連れて地面を強く蹴った。

 飛んだ直後、ユウトの振動を読み取ったサンドワームたちが群がり、
 その後ろから前へと振動のある方へとサンドワームたちが飛び込んでいった。
「ユウト!」
 敵は混乱した状態となり、スペルジャムを発する数が減ったおかげで話しをできる。
「時間がない、弱点と思われることだけ言う。奴らにもっと強い光を与えるしかない」
 剣で攻撃した時よりもスバルの光りに直撃した時の方がずっと苦しそうに悶えていた。
 

     


 ユウトはサンドワームが光りに苦手であるのではと思い至ったのだ。
 ユウトの仮説にスバルも頷く。
「この部屋の倍、いや、三倍の光り増幅でいいかい?
 それならアリス君の光りがもう一つあればできる」

「シーナ、光りの魔法は出来る?」
 首を振るシーナ。それもそのはず、魔法学園へ入ったのはつい数日前なのだ。
「じゃあ、ダブルワンドしかないね」
 スバルが片手に杖をもう一つ取り出した。
「ダブルワンドっ? そんなの無理よ」

「授業で習ってなかった?」
「完璧にできた生徒はいなかったわっ」
 ダブルワンド、その名の通り杖を両手に持ち、魔法を詠唱することである。
 難易度は高く、高速詠唱とは違う特殊な技術と熟練を要する。
 実戦に不向きなため、一種の曲芸とも言える。

「あの、私がこれから習って使います……光りの魔法」
「できるの?」
 シーナはつい三日前に編入してきたばかりだというのに、
 発見されて新しい属性『光り』を操れるとは思い難い。
 アリスは鋭い眼光をなげかけた。

「出来ます。今から教えて下さい」
「――」アリスはシーナの決意の目に驚かされる。
「いいわ、じゃあスペルから教えるわよ――」

 ユウトは他に方法がないか考えてみた。
 エレメンタルを取り込んだこのモンスターが果たしてどの程度強いのか、見当もつかない。
 いつも通り、弱点を突く以外にこの場を凌げる有効手は思いつかなかった。

「hyeli isscula!」
 ぼんっという音が響いた。
「マナを練りすぎよ! 早く止めてっ」
 一瞬成功したようにも見えたが、シーナはその後すぐに肩で息を吐いた。
「要領は今のであってるはずよ。この魔法はスペル配列に特殊性がない分、
 マナの調整が他の魔法よりずっと繊細なの」

 つまり、万人に扱えるが芯を作る部分は個人によって変化するということだ。
「(アリスさんは、こんな微妙なマナをコントロールしているの……?)」

     


 シーナはその表情を険しくした。
 微量なマナを扱うというのは精神力が高くなければ到底難しくなる。
「(私が三日かかった魔法を不完全だけど、一回で成功させるなんて……)」

 逆にアリスはシーナの驚異的なセンスに驚いていた。
 この魔法は大気中の練り上げ可能なマナの幅が例えば百だとすると誤差一以下の量で練る必要がある。

 それをスペル音調と口頭の説明だけでおよそを把握したシーナの魔法感覚は天才のそれだ。
「二人とも、時間がない。成功しそうか?
 すまないが、僕と彼で耐えられる時間はもう長くはない」

 スバルが慌てた調子で言う。
「ええ、大丈夫よ……」
 アリスは何故だかシーナを信じてみようと思った。


 ユウトの剣が削られ瞬く。
 二体、三体と立て続けに襲ってくる。
「――っ」
「karushri owrd!(光りの守!)」
 ユウトが捌ききれない敵はスバルが防ぐ。
 敵は完全に調子を戻しつつあった。
「スペルジャムが始まれば、大きい魔法は使えない。
 そうなったら僕らは終わりだ」

 ぼんっ。
 シーナがまた失敗する。
「……」
 アリスは黙って自分のスペルを唱え始めた。
「hyeli isscula(火花)」
 ばちばちばちっと徐々にアリスの杖に白い光りが灯る。
 シーナはそれを何かに似ていると思った。
 そう、昔ユウトが自分に話してくれた何か。

「スバル先輩、後どれくらいいけますか」
「三分か……いやだめだ、もう彼が危ない」
 ユウトの動きは限界点に達していた。
 何十という束を相手に土埃を立てながら戦っている。
 もうスバルの介入するタイミングすらなくなっていた。

 あんな動きは何分と続きそうにない。
 剣などもうほとんど使っていないのではないか?

 アリスがそう思った時だった。
 ガキンッ。
 甲高い音がしたのと同時にツェレサーベルの刀身が根元から折れた。
「くっ――」
 まさにその時、同時にアリスの横で光りが灯った。

「ユウト! 下がって!」
 ユウトはルーンから直接響くアリスの声で、後ろへと転がるようにして戻った。
 スバルが即座に詠唱を始める。
「Lawai yurea iruky――」

 敵は転がり戻ったユウトの音を追ってのそのそと近づいてくる。
 どうやら襲いかかる瞬間だけ跳ねるらしい。
 シーナの方をユウトがちらりと見やると何やら不思議な状態でその魔法は完成していた。

 シーナは自身の髪の毛を一本つまみ持ち、その先に杖を結んでつり下げていた。
 微量のマナを髪の毛一本に通すことで安定化させているのだ!
「……どうです? 似てませんか」「ああ、閃光花火だ」

 ユウトは背中でそう答えて、迫り来る敵へと構える。
 サンドワームがスバルの目前、およそ二メイルと迫ったところだった。
「sha flare!(光のフレア!)」
 アリスとシーナの光りは爆発的に増幅し、二人はぎゅっと目を瞑った。
 目映い光りがユウトとスバルを飲み込み、空間を瞬く間に埋め尽くす。

 ギュアアアアァァ――――。
 モンスターたちの断末魔が、光りの中から聞こえてなくなった。


     


「ああ、もう! 何の補償もなしってどういうことよ!」
 アリスは園長室からつり上がらせた眉をさせて出てきた。
「仕方ないじゃない。あれも運だったのよアリス」
 スーシィがアリスをなだめるが全く効果はない、むしろ逆効果だった。

「いいえ! あのスバルってヤツがおかしいのよ。転送装置を勝手に動かしたのよっ?
 それも丁度先生たちがいなくなった隙に!」
 カインは溜息をついた。

「僕らは最初からスバルにハメられていたというわけだ」
「戦力差も確実に見抜いた上でね」
「……」
 二年生との実力差にスーシィ以外の誰もが落胆した。
「それにしても、リターンが二十四時間後じゃなきゃだめなんて、嘘だらけね」
 あの後、きっかり二十四時間後に戻った三人は何故かくつろいでいるスーシィたちと出会う。

 どういうことかと問うと、スーシィはなるほどと言って、スバルの種明かしを始めた。
 どうやらスバルは転送装置を二回使用したことになるらしい。

 まずはスーシィ達だけをケルロスの丘へと強引に飛ばし、ユウト達三人は行き先を変えて転送する。
 すると、転送装置は発動するごとに搭乗者のカードに時間(リターンの待ち時間・十二時間)をプラスする。

 ユウト達の待ち時間は二回の発動分、スーシィたちのと合わせて二十四時間となったのだ。
 スーシィはスバルがいないのを見て、黒幕であったことを確信してそう説明した。

 この話しを聞いたアリスは怒り狂い、スバルを追及しようと廊下へ飛び出した。
 ところが園長室へ行ってみると、この授業は生徒の自主性だけで成り立っているもので、
 全ての不祥事に教員は最低限しか関与しないという。

 教員もまさか生徒会副会長がそんなことをするとは思ってはいないし、
 教員に否はないとして結局スバル自身にお咎めはなし。
「あはは、楽しかったよ」と別れ際にスバルが見せたさわやかな顔が、
 ようやく理解できたという形で終わったのだった。

「アリス、帰ろう。疲れた……」
 ユウトは肩を落として部屋へ戻ろうとする。
 それをアリスが後から引いた。
「まだよ、まだ謎は残ってるのよ!」
「ええ?」
「シーナの魔法よ。どうやって成功させたのか教えてくれてもいいんじゃない?」

 シーナはこの場にはいない。
 どういうわけか、シーナは余った十数時間に何か別の物を探すようにうろうろとしていたのだ。
 何もない地面を舐めるように見たりしながら、本気で怖かったのを覚えている。

「なんであの時に聞かなかったんだよ」
「何でもいいじゃない。それより、どうやって成功させたの」
 アリスはシーナが何かカラクリを使ったことに気づいているのだろう。
 しかし、疲れ切ったユウトは今それを話す気には到底ならないし、
 シーナとユウトの思い出話にアリスが平然としているとも思えなかった。

       

表紙

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