Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
反省会

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 ――数日後。

「ああっ、もう! あんなクエストは二度とごめんだわ」

 アリスは赤色の絨毯に並ぶ机の上で頭を抱えていた。
 今日は全員の健康が確認されたことで、全員が反省文を書かされるはめになっている。

「まぁまぁ……こうして無事に帰ってこられたんですし」
 シーナのペン先はすらすらと空欄を埋めていく。
 あの時、シーナはふんばらずに防壁ごと崖の下に自ら飛んでいた。
 なんという幸運か、すぐ下にスーシィがいたため服が焦げた程度で事なきを得たらしい。

「すぐ下とは言っても、数十秒は落下してたんだよな?」
「そうですよ。あれだけの防壁で最後はマナが残っていなかったので着地したら死んでました」

 シーナはハルバトに攻撃することで自分が標的になることを覚悟していたらしい。それによって死ぬことも。

「そんな馬鹿のする真似はやめなさい。あなたが死んだら他に誰が――」
「ユウトのためです」

 一同は息を呑んだ。殴り書きをしていたランスまでもその顔をあげてシーナを見た。
「私にはそれ以外に何もありませんから……」
「…………」

 ユウトは複雑な気持ちだった。
 自分もかつてはシーナが一番だったこと、そしてここまで自分を必要としてくれる女の子を置いて、使い魔へ戻ったこと。
 感情が波乱した。

「そういえば、スーシィはどうしてハルバト退治のクエストを受けてたんだ?」

 教室にいなかったはずのスーシィが後からやってきたのには疑問が残っていた。

「ハルバト退治のクエストを見た瞬間に職員室へ走ったのよ。そんなのユウトはともかく、
 他の生徒には荷が違いすぎる話しだし、アリスなら選びかねないし。
 そうしたら、先生たちが大慌てで会議しだしたわ」


「それで?」
「結局それを設定した人物がわからなくて、アリスたちが飛んだって聞いて。
 普段クエスト管理してる先生が責任を問われてるところをこっそり抜け出して、私も飛んだってわけ」

「はぁ……それでスーシィも反省文か」

 そうなるわねと涼しい顔でペンを走らせるスーシィ。
 閑散とした空き教室にペンの擦れる音が響く。

「使い魔の俺まで反省文とか意味がわからん」

 ユウトの怪我は軽傷。理由はあそこにいたランス以外は知らない。

「僕はこの反省文を先生に書かせたい、君はそうは思わないかいユウト」
「気安く呼び捨てにするなよ……」

 ユウトはランスに振り返ると、ランスは羨望の眼差しを向けていた。

     


 あの一件以来、ランスは妙にユウトに優しい。
「ちょっと考えてみたら私、あのハルバトに一回しか攻撃してないわ。
 これはどういうことよ! この点は反省文に必要ね」

「私はずっとユウトのサポートをしていましたけど、その一回のせいでユウトが大怪我をして――」
「あ、あれはこの杖のせいよ!」

 アリスはそう言って杖を取り出すが、スーシィは呆れたように言った。
「だから何度も言ったでしょう。リスクばかりが高いって」
「ふん、同じ間違いをしなければいいだけでしょ」
「まぁ、よく考えて使うことね」

 一同はしばらく無言の反省文作成が続いていた。
 授業を終えた生徒たちは休み時間になっている。そんな中、アリスが突然切り出した。

「考えたら私たちまともに戦ってすらいないのよ。
 それをスーシィが一人で仕留たんでしょう? これで反省も何もないんじゃないの」

「珍しく考えてばかりなんだな」
 ランスが自嘲気味に笑うとアリスはまたギャーギャーと言い出した。

 反省文が半分も埋まっていないことを正当化しようというのか。ユウトは思った。
「あいつはもう既に死んでいた状態だったわよ」
「?」

 スーシィは呆れた顔で言った。
「だから、私が倒す前にもう死んでいたのよ」
「どういうことよそれ」

 皆の頭からクエスチョンが飛び出した。
 スーシィはゆっくりとした口調で説明し出した。

「あれを最初に見た時、あいつ(ハルバト)はマナの力で動いていたの。
 これはもう先生たちの間でも話題になっているけど、死して尚も動けたのには、強大なマナを直前で取り込んでいたからじゃないかって」
 そこで、アリスは項垂れた。

「既に脳まで届いていた攻撃があって、その傷の新しさからまず既に死んでいたらしいわ」
 スーシィの言葉はにわかに信じられない、という面持ちで一同は顔を見合わせた。
 それが正しければユウトの一撃で既に死んでいたということになる。

     


「ユウトの攻撃ですね」
 シーナは惜しみ気もなく言った。

「そうね、そのハルバトの傷は剣でのものだったし、間違いなくユウトのだわ」
「じゃあ、直前で取り込んだマナっていうのは?」

 当然そうなる。アリスは反省文に視線を戻した。黙る。

「多分アリスさんです、魔法を使ってからいきなり力が抜けたように座り込んでしまって……」
「違うわよ」
 白々しくアリスが抗議する。

「違わないわね、エレメンタルを介して攻撃したことで相手にマナの性質を読み取られた。
 ドレインを使えるモンスターなら、マナは抜かれて当然ね。
 さっき自分でも言っていたじゃない、この杖のせいでって」

「…………」
 ごめんなさいが出てこないアリス。
 顔を真っ赤にして、親の仇を取らんばかりの顔で反省文を睨んでいる。
 ユウトはすかさず立ち上がっていた。

「ま、まあ別にみんな責めているわけじゃないだろ?
 そうだ、スーシィ。実はあの貰った剣どっかに落としたみたいでさ、高かったのにごめん、な……」

 みんなは黙っている。
 重たい沈黙がユウトの言葉を押しつぶした。

 そういえば、シーナは最初にハルバトのクエストを反対した。
 スーシィは何度もアリスにエレメンタルの杖を使うなと言っていた。
 ランスだって最初はハルバトを倒せるつもりなのかと聞いていたじゃないか。

「みんな、全部アリスのせいだと思ってるのか……」

 ユウトはシーナに助けを求めるように視線を送った。

「全部とは言いません。ですけど、みんな死にかけました。ユウトが一番危なかったでしょう?」
「あ、あれは俺の力不足で……」

「誰かを守ることに力不足なんてものはないわ。
 だからこそ、まずは自分の身を守らなきゃならない。
 なのにアリスは自分どころか忠告を無視してみんなを危険な目に遭わせたん――」

 だっと駆けるアリス。ふわりとクリーム色の髪が翻った。
 ばたんと教室の扉が鳴る。通行していた生徒が驚きの声を上げていた。

「少し言い過ぎじゃないか? アリスは素直に謝れない奴だし……」
「そんなことは解ってる。だからといって死と等価になんてならないでしょう」

 スーシィは早く追ってやれとユウトに目配せする。ユウトは頷き返して走った。
「ユウト?」
 シーナはユウトを訝しげに見送った。

「(やっぱり、アリスさんにユウトは相応しくありません)」
 思いを新たにし、シーナはペンダントを握りしめた。

     


「(どうも、上手くないわね……)」

 スーシィの胸中では、ここのところアリスが徐々に余裕を見せなくなってきているのを感じていた。
 甘えたくないという思いが強すぎて、エレメンタルに固執していることも理解していた。

 だからこそ、スーシィは自分が上手くないと思う。
 あの時、強引にやめさせる事も出来たのに、もっと簡単にアリスに悟らせることもできたはずだ、と。

 走り出していったアリスをユウトは途中で見失っていた。
「そうだ、アリスの部屋に行ってみよう」

 部屋にいなければ、本当にどこにいったかわからない。
 ユウトは祈るような気持ちで扉をノックした。


「……――空いてるわ」
 アリスの声は力無く聞こえてきた。
 良かったと安堵すると同時に緊張もして、声を強ばらせる。

「入るぞ」
 カーテンが閉められたその部屋は、昼だというのにうす暗い。
 ベッドの中にアリスの気配はあった。

「……」
 ユウトはベッドの横に立つと黙って後ろを向いた。

「いいのよ、私のことは気にしなくて……それと、もう庇うようなこともしなくていいわ」
 掛け布の中から突き放すような言い方にユウトはむっときたが、それも一瞬だ。

「スーシィにああ言われたからか」
「違うわ、ずっと思ってたことだもの」
「――アリスはどうしたいんだ? 誰の助けも借りないことが、本当に正しいと思ってるのか」

「ええ、その通りよ。
 私に必要なのは私一人だけの力、私だけの力で最後まで生きられる力よ」

 ユウトにとってそれはかつての自分を見ているようだった。
 暗澹とした奥から聞こえる確かな声色にアリスの本心が伺えた気がした。

「自分だけで生きていれば、誰にも迷惑を掛けないとか思ってるのか」
「そうよ、何が悪いの。みんな私に構い過ぎなのよ」

 そう言ったアリスの声色はわずかに変化した。
「いい加減にしてくれ……じゃあ何で魔法なんか習ってる。
 魔法は人々のためにあるものだろう」

 ジャポルや学園の中で時折あるのは魔法で人の利便を図ったもの。
 それらは相違わず人の為に存在する魔法だ。この世界にとって魔法とは生き得るための知恵でもあるのだから。

「……」
 ユウトはかつて言われたことをそのまま言った。

「力はみんなを守るためにある。
 もし、自分の為にしかならない力があるとしたら、それは孤独を生む破壊の力――らしい」
「――そうよ、壊したい」
「――え?」

 アリスは小さく捻るように紡ぎ出す。
「私、自分を壊したい……、かけられた魔法を無くしたい……全部、無かったことにしたい」
 その言葉が潮となったのか、せき止めていた洪水が溢れるようにまくし立てた。

「こんな魔法があるから私は――あぁっ、あの男が私から全てを奪ったっのよ――うぅ」

 それは嗚咽か叫びか、まとまらない言葉がユウトの胸に暗い念を落とし込む。
 ユウトは布団を剥いで中で震えているアリスを抱き留めるしか思い浮かばなかった。

「ごめん、アリス。何も知らないで勝手なことを言った」
 こういう形で聞くことはしたくなかったと、ユウトの中で後悔が渦巻く。
 ユウトの胸に顔を埋め、背中を掻くようにしてアリスは続ける。

「こわしたい、壊したいのよ全部。私――う、っ、私は殺したい奴が、っいるのよ」
 支離滅裂なアリスは泣き出し、ユウトの胸を染めていった。

「ずっと、そう思ってこの学園にいたのか」
 わずかに揺れる頭がそうだと告げている。
 だとすればそれはどれだけの孤独の時間だったのだろうか。
 アリスのそれは、ただただ真っ直ぐな復讐心だった。

 そしてそれが生まれたのはアリスが四歳のときにまで遡る話しだった。
「……私、今の親戚に引き取られるまでは貴族の家系だった――」
 赤く目を腫らしたアリスはぽつりと言った。ユウトは今ではなくても良いと言ったが、アリスは話したいと続けた。

 その貴族は、農家一帯の地主であった。
 幼いアリスには既に許婚が存在し、魔法とは無縁に近い生活を営んでいたという。

「ある日、ふと目が覚めると冷たい風が流れていて……」
 風は廊下から流れていた。
 嗅いだこともないどこか据えたような臭いが、アリスに尋常ではない屋敷の雰囲気を伝えた。

     


「玄関に……っ」
 その時ユウトのルーンが黒い色で光った。
 ルーンを通してアリスの強い記憶が流れ込んでくる。ユウトは初めてのことに戸惑いながらも、その力を甘受するしかなかった。

 アリスは階段を降りていた。
 その背丈から眺める暗闇の景色は酷く広く、不安にさせるものがあったが、目の前には自分と同じくらいの男の子がいる。

 一人ではない、大丈夫。その安心感にユウト(アリス)はほっと胸をなで下ろした。
 階段を降りると、アリスの前にいた少年は「なんだあれ」と呟いた。

 アリスはそこに積み上がったモノを最初はゴミだと思った。
 ああ、ゴミが沢山あるからこんなに臭いのだと。しかし、地面に汁まで垂らしてしまっては、掃除が大変だ。

 アリスは母か父にこのことを告げるために振り返る。
 しかし、振り返ったところで後ろから悲鳴があがった。
 びくりとしたアリスは少年の方へ振り返る。少年は四つん這いになって唸っていた。

「ほう、不幸な子たちだね」
 男。見知らぬ男がアリスの横から現れた。この男からは何故か母の香りがする。

「……あ、あによぅあんた……」
 一瞬の安心感の後、一瞬の危機感がアリスにそれだけを言わせた。
 こんな夜更けにしかも明かり一つ無い場で出遭った見知らぬ男。招かれざる客人であることは幼いアリスにも理解できる。


「……っ」

 恐怖で泣き叫ぶことも出来ない。圧倒的なマナの外圧がアリスに呼吸の仕方を忘れさせる。

「ほう、素質があるようだな。我がマナに屈しないとは……しかし、生憎と私は飼育が苦手だ」

 アリスは息が詰まりそうになっていると、奥からまた新しい影が歩いてきた。またも見知らぬ人間だった。
 それは人間というには酷く不確かで、歪な形をしていて、この世のものとは見えない姿だ。

【ソムニア、モウ愉しンダだロウ。カエルゾ】
「少し待って下さいよ。こいつに唾を付けておきますんで」

【アソビ過ギダ、目的モオワッタ。ソレニモウ、イイダケ犯シタダロウ】
「現実とは、何をしても儚い夢のようなものだ。遊びなどという高尚なものではない」

 男は手にした扇のようなワンドで一言スペルを唱える。
「や、やだ、来ないで!」
 アリスは足元すらよく見えない状態でゴミの上を越えようと駆け出す。

 雷鳴と共にアリスの瞳にはっきりと●●が映った。
 そこでアリスの意識は急速に遠のいていった。


     


 ユウトははっと顔を上げる。ベッドと装飾された壁が目に飛び込んできた。
 恐らくはあの積み上げられたものこそが、アリスの両親なのだろう。

 解ってしまえば悪夢としか形容できないものをアリスはゴミの山だと思っていた。
 そして最後にあの男がアリスに掛けた魔法。
 あれこそが、アリスの寿命を脅かすものであることは容易に理解できる。

 歳を重ねるごとに彼らの残虐性は理解に及ぶものとなっていくはずだ。
 今日に至るまで強い恨みを持つのも当然だとユウトは思った。想像もつかない凄惨さがあそこにはあった。

「だからもう、庇わないで……」
 腕の中で顔を伏せたアリスが小さく呟いた一言が今度は重い。
 ユウトはアリスに召喚された後、訓練所に送り出されたことを恨んではいない。

 見知らぬ場所では生きていけないほどに弱かったのだから仕方がないと整理できた。
 しかし、アリスは強さを心から望んでいたのではない。そんな予感めいた確信もまた沸いてくる。

「俺はアリスの……」
 何だというのか、使い魔だと? 恋人でも友人でもアリスを納得させられるだろうか。

 俺は一体どうしたいのか。ユウトは刹那にそれを思った。
 そうして気がつく。自分はただ、この泣きはらす少女を何とかしたい。
 たったそれだけのことが、今のユウトには途方もなく遠く感じる。

「その男を倒すのに俺も協力する」
「なん、で……」

 赤く腫れた目尻がユウトを見上げる。
「俺がそうしたいんだ。アリスを苦しめた、そして何よりそいつのおかげで俺は訓練所に放り込まれたんだしな」
 笑ってみたユウトはちょっと後悔した。

「………………」
 一瞬アリスは気まずそうな顔をした。

 そしてアリスはほんのりと頬を染めた。
 ユウトに抱きついてしまっているという恥ずかしさにようやく気がついた羞恥心から跳び上がる。

「――や、やっ!」
 アリスは弾かれたように飛び退き、突然のことにユウトは狐につままれたような顔で立ちすくむ。

「ど、どうしたんだ」
「――も、もう寝る!」

 何か光るものが一瞬見える。
 布団を空へ投げるように被ると、アリスは団子のように丸まった。

「お、おい。俺の話しはまだ……」
「勝手にすれば!」
 それきり、アリスは静かになった。

       

表紙

ゆの舞 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha