――それから二年。
目の前に死んだと思っていたルーが現れた。
白い体躯、黄金の瞳、少し薄黄色がかった頭。それは間違いなくルーのものだ。
「クルル」
「つまり、あの子供はルーだった……?」
生徒たちに対峙するルーシェは紛れもなくルーのようだ。
しかし、それを知っているのはユウトだけであり、クラスメイトとその他のメイジたちはルーシェが使い魔を呼んだと思っているらしかった。
「イノセントドラゴンはその強大すぎるマナを制御するために他の生物に擬態するという碑文を読んだことはあったが、まさか人間じゃったとはのう」
フラムは一人でふむふむ唸っていた。
その間にもメイジは十人単位で倒れていった。それもほとんどかすり傷程度だが、戦意喪失には充分な効果があるようだ。
「俺、あんな化け物相手に戦いたくねえよぉ!」
「ふざけんなっ、だったらさっさとどっかいけ」
幾度目かの爆撃で生徒の数は一気に減った。
気がつけばセイラとアリス、シーナにカインだけが残っていた。というよりは意図的に残したのだろうか。
他の生徒がなぎ倒されていく中でその攻撃を凌ぎ続けていたのはこの四人だけ。
「何なのよあれ、人間の方を出しなさいよ!」
「僕にはあれが彼女の正体であるように見えたんだが……」
「実力ではあちらの方がはるかに上のようです。怪我をされないうちに辞退されてはどうですか?」
「そういうシーナこそ早く諦めたらどう?」
「私はまだ、ユウトに勝手にキスしたことを許していません」
「それを許さないのは私の権利でしょ?」
さらに四人の話しは全然まとまっていなかった。
ルーシェの攻撃はとにかく雷撃のごとく速い。四人がばらばらに散って戦ってもルーシェは全く苦にしていない。むしろ本当に雷を使えば一撃だろうが、あえてそれをしないのはルーシェ自身が格上にあることを意識しているからに他ならない。
「きゃっ――」
火、水、風、土、全ての属性を扱いながらルーシェは四人を追い詰めていく。
「ちょっと! あんたはあっちで戦いなさいよ」
「冗談じゃない、あっちへいくと攻撃が強くなるんだよ」
「ごめん、場所開けて!」
「えっ、これって――」
ごうと巨大な風が四人を同時に吹き飛ばす。
完全にもて遊んだ戦い。ルーシェはアリスたちの完全に上をいって負けを認めさせる気だった。
「くそ、少し速いがやるぞ! リース!」
土の中からぽんと出てきたのは白竜に対しては小柄なリースだった。
「あんた、土の中に使い魔埋めておくってやりすぎでしょ……」
「ユウトになんでも言うこと聞かせられるっていったら自分から入ったんだ、僕じゃない」
完全に真後ろから飛びかかったリースにルーシェは全く反応できていない。
「――っ」
ずぷっと鈍い音を立てて白い背中にわずかな傷がつく。
「~~っ」
出血もほとんどないたったそれだけの傷なのにルーシェは悶えるように転がった。
「まさか……」
ユウトはわかる。魔竜たちと戦っている時、ルーには魔法が一切効いていなかったこと。
それはすなわち、魔法に強く、物理攻撃、すなわち痛みに弱いことになる。
「今よ!」
予想以上の足止めにアリスたちが動きだす。
次々と魔法をたたき込んでいくが、まるで効いていないようだ。
それよりも肩の傷に対するルーシェの痛がり方がおかしい。
「リース、毒を塗ってないだろうな。相手は殺していいわけじゃないぞ」
こくこくと頷くリース。
「麻痺も?」
「……忘れた」
麻痺は塗っておけとカインが口を開いたときだった。
「Flame bal...(豪炎の)」
アリスは持ち前の経験からいち早く危機を悟った。
「カイン! 早く離れなさい!」
『Dispelia!』
灼熱の嵐がグラウンドを巻き込む。
息を吸ってしまえば肺が焼けるに違いない。ユウトはフラムにこの死合いをやめさせるよう頼んだ。
「まぁ、大丈夫じゃろ」
髭を撫でながらこの一言はいくらなんでも無責任だ。
しかしフラムに束縛されている以上は動くことができない。
ユウトは仕方なくなり行きを見守るしかなかった。
「大丈夫? 二人とも」
セイラは学年一と火属性が得意なだけあってか、火の防御になれているようだった。
「ええ、なんとか」
シーナは直前に水の防壁を張ったらしい。それはユウトにも見えていた。
「ごめん、僕はリタイアする」
カインは平静を装ってそう言った。
リースを庇って受けた傷は背中の広範囲を焼いたようだ。
アリスだけは地面に突っ伏したまま動かない。
「アリスさん」
「悪いわね、私もリタイアする」
何故か起き上がらない。起き上がれないほどダメージを受けたようにもユウトには思えなかった。
「風魔法、ぎりぎりで使ったんだけど、距離があれで……服がちょっと……」
ユウトには遠くからで何を話しているか聞き取れない。
ルーシェの方はあんな魔法を使うつもりはなかったのか、かなり血色の悪い顔で背中の傷をなめている。
しかしこれで、実質二人だ。
セイラはここにきてシーナに共闘を持ちかけていた。
「雷系攻撃を使われたら一発でアウトだけど、あの子はそういうつもりないみたいだし、ここはタッグでいけば確実に勝てる」
「わかりました。では、攻撃は任せます」
「了解っ」
なんとセイラは杖を捨てて白竜のルーシェに飛びかかっていった。
「Melva!(水流)」
セイラに穿たれる攻撃をシーナが悉く捌いていく。
「信じられない体術だ……」
「ワシの孫じゃからの」
「…………」
セイラの動きはまさに精錬されたそれだった。何の武器もなしで竜族を追い詰めている。
しかし、ルーシェはただ単に慣れていないだけで、セイラの動きにすぐに合わせてくるようになる。
セイラと肉弾戦を強要されるルーシェは魔法に要する時間をあまり取れない。
それが返って二人に勝機を与えたが、少し時間がかかりすぎたせいでルーシェが逆に巻き返すかたちとなっていく。
「くそっ」
攻防の中、シーナはセイラのサポートという役割上、攻撃ができない。
それに魔法の効かない体であることは先ほど証明されていた。
セイラも押され始めている。そしてシーナは肉弾戦ができないとすれば、残すは敗北だけ。
「……」
空中にいるユウトを想うと今勝たなければ、後はユウトを召還するしかない。
しかし、それでユウトが素直にコントラクトするとは思えない。
そう、正しくは残された道はここだけなのだ。
後に残るユウトとの接点など、シーナから強引にどうにかするものだけだ。
ここで勝って、ユウトにお願いしよう。
それが、シーナの導き出した答えだった。
「セイラさん、時間稼ぎをお願いします!」
「えっ?」
攻撃に転じなければ確かにその場凌ぎはできる。
しかし魔法は抑えられない。
「...mel legi lesis(防壁)」
シーナの詠唱により、セイラの体に魔法防壁(レジスト)が纏わり付く。
「あの子、こんな魔法まで……?」
魔法を相殺するレジストは全属性の均衡維持が必要だ。シーナは最低でも四つの魔法をその場に留める高位魔法を行った。
「すぐにもどります」
シーナはグラウンドと反対方向に脚を走らせる。
あの部屋にある魔力の水を持ってくるためだ。
セイラは何とか一矢を報いるためにドラゴンへ飛びかかるが、その巨体さに似合わず俊敏で近づきすぎると翼と尾が襲い来る。
「なんて、奴なのっ」
ルーシェもシーナが何をするために何処へいったのかわからない為に下手なことはできなかった。それに、杖を持たない相手に魔法を使ってもユウトは喜ばないとルーシェは感じる。
「あぐっ――」
シーナが消えてから十分、セイラがついに尾を避けきれずに吹き飛ばされた。悠々とグラウンドの端まで吹き飛ばされたセイラに意識はない。
残りはシーナただ一人。
入れ替わるように現れたシーナは息切れしてはいるものの、隣には魔力水があった。
碧く輝く水はシーナの召喚する魔法陣に吸い取られるように減っていく。
させないと言わんばかりにルーシェの表情に焦りが走った。
その魔力水は異常だったからだ。
「ほう、面白いものを持ち出しおった」
フラムもここにきてその桁外れなものに意表を突かれたようだった。
ルーシェがシーナへ飛ぶと、後ろにセイラがいた。
「活アリ!」
見事な右ストレートがルーシェの頬を殴ったように見えた。しかし、レジストが切れたセイラの拳はルーシェの纏うマナに弾かれてグラウンドを転がることになる。
それでもルーシェは自分が殴られたであろうことを痛感し、数秒動きが止まる。
「Fifth pentalias halii enemyl^ alction coded syena…」
そのわずかな時間の間に魔法陣から出てきたのは目映く碧い光りを放つ水。
「Luqal!!」
その中心にシーナが契約の魔法を放つ。
全ての光りが集束するように碧い水は影を象ってゆく。
「…………」
それが足先から髪先まで顕現させたものは人の形、濁った橙色の髪、水色の眼。
黒剣を腰に据えたそれはあまりにも荘厳とした風体で、色のない無表情がただ前を向いている。皆はただ息を呑んだ。
「ここは……」
その影が凛とした声を発する。
目の前にいるイノセントドラゴンであるルーシェが一瞬小さく見えたようにユウトは想った。
「私はどうなった……私……?」
ルーシェはその虚ろな人影に魔法を放つ。
しかしその動きはルーシェの予想を遙かに上回っていた。
躱す動作が影になり、後には土煙が上がる。
「汝、仇なす者か」
ルーシェを影と土煙とが挟む。一瞬で背後まで飛んだのだ。
ユウトにはその斬撃が四回まで見えた。斬撃というよりは打撃のような攻撃がルーシェを捉えていた。
「クルルウ……」
ほとんどの人間は何が起こったのか理解できないまま白竜が地にふせるのを見たことだろう。
気がつけばシーナの召還したそれは踵を返して立ち去るところだった。
「ふむ……」
当然ながらこの大会は誰の歓声もないまま幕を閉じた。アクシデントによって告白大会はシーナがルーシェを破ったのだった。
4の使い魔たち
シーナの召還
――数日後。
「具合はどうだ?」
「ユウト! もう平気、こっちの姿になれば傷の回復は早いから」
ルーシェはベッドの中で首を傾げながら言った。
「だけどどうして負けちゃったのかなあ」
あの後、ルーシェの姿がばれてしまうのを考えたフラムは咄嗟にルーシェをテレポートさせた。それよりは言うことを聞かないリリアと呼ばれるシーナの使い魔が手に負えなかった。
フラムとバトルを繰り広げ、結果三秒で拘束されたリリアだったが、シーナ自身も召喚した使い魔の勝手なふるまいに驚いていた。
対してアリスは不機嫌な日が続く。ユウトに命令するというよりは、ユウトを遠ざけるような素振りさえ時折見せる。
「ちょっと良いかしら」
ノックの後に部屋へ訪れたのはスーシィだった。
「――変わらないのはスーシィだけだな」
「ユウトもいたのね、もうすぐ授業よ?」
目立つのを危惧するスーシィは大会などには出なかった。
それよりもこうして皆のことを気に掛けている大人の計らいのようなものにユウトは感謝している。
「園長から伝言よ、ルーシェさん。あなたはそろそろ復学していいそうよ。二度と竜化しないようにすることを条件にね」
「わざわざ、それを伝えに?」
「このことを知ってるのは園長先生と伝言役を頼まれた私くらいよ。まぁ、私はあの竜を見た時に納得したんだけど。それで、園長も事後処理に追われてるから私のところに伝令が来たわけ」
「え、なんでスーシィに伝令が行くんだ? ルーシェに直接出せばいいのに」
「あのね、実を言うとアリスの件からは外れて今度はルーシェさんのお目付役になったの。それだけルーシェが問題児扱いされているってことね」
スーシィの実力ならば、それくらいの口約束もあるのであろう。
ところが、スーシィはベッドで伏せったままのルーシェには歯牙にもかけずユウトの腕を引く。
「さて、そうと決まればちょっと手伝ってほしいことがあるのよ」
「あ、ちょっと待ってよ」
ルーシェは飛び起きると何事もなかったかのようにユウトの後ろについた。
「ルーシェさん、あなたも手伝ってくれるなら話しは早いわ。あなたたちが部屋でちちくりあってる頃、学園内は大騒ぎなんだから」
シーナの召還した使い魔はリリア・リューレという人型の使い魔だった。わかるのは名前だけ。
その使い魔は時折生徒たちの仲で殺気や殺意を向ける者に決闘を挑むという話しだ。
「それはシーナがやめさせるだろ」
「あの使い魔は同じ4の使い魔でもジョーカーだった……」
「余計な話しはしたくない」という一言で、主であるシーナの言うことすら聞く耳を持っていないという事態らしい。
リリアはかくしてシーナの元を離れ、勝手に振る舞い始めたらしい。
「本当に契約したんだよね?」
「コントラクトは強制力を持つこともあるけど、使い魔が重大な何かしらのダメージを負ってしまう場合もあるのよ」
「ジャポルじゃ容赦なく使ってくれたよな」
「私は治す自信があったもの」
「……」
廊下の角を曲がったところで、徐々に喧騒が強くなる。
その中で得に目立つのは白髪の後ろ姿でいるアリスだ。
「あ、ユウト、丁度良かったわ」
見ると教室の前でシーナがリリアをなだめているところだった。
周りの生徒たちは遠目から関わらないようにしているのか、シーナに近づこうとしない。
「シーナの使い魔はあのルーシェの使い魔を倒したばかりじゃなく、教師にも怪我を負わせるところだったのよ。それで、今シーナが必死に説得してるわけ」
傍目から見ればどちらが主人かわからない。他の生徒はあれだけ強かったルーシェの使い魔をも倒した使い魔に畏怖の念を抱いているように見える。
「そういえば、ルーシェまで怪我してるって噂は本当なの? そういうルーン?」
「え……」
竜であることがバレていないのは本当らしい。フラムの取り計らいのおかげだ。
「わたし?」
「そう、あんたよ」
「そうなるのかなぁ」
ルーシェは未だ跳ね上がったままの髪の毛を放置したまま笑顔を作った。
「ふん……ま、いいわ」
何がいいのか、ユウトにはわからなかった。
「ほら、ユウト。あの偉そうな使い魔に同じ使い魔としてなんか言ってやんなさいよ」
「え、言ってやるってどういう……」
「リースを手懐けたみたいにやればいいのよ」
「え、いや、あれとこれはまた別の話だろ……」
「楽勝じゃないの?」
「多分、戦いになったらあっちの方が強いと思う……」
ユウトの正直な感想だった。
ルーシェを倒した剣筋は肉眼で捉えられるような速度ではない。
しかもユウトにはあの剣がまるで生き物のように伸び縮みしているように見えていたのだ。
そうこうしているうちに二人は教室へ入っていく。
「ユウト、実は手伝ってほしいことっていうのはあのリリアを倒すことなのよ」
「……え?」
「何いってんの? ユウトはさっき無理って言ったじゃない」
「ユウトは無理なんて言ってないわ」
アリスの言葉にスーシィは反発する。
「いいよ、全部、私がユウトとやってあげる」
ルーシェはそう告げた。
「……え?」
ユウトはこうして問題を一つ抱えたのだ。
「…………」
「おい!」
教室の席についたところで後ろの生徒が呼び止める。
「な、なんだ」
「そいつ、俺らの学年になんでいるんだよ」
そうだそうだとクラスメイトたちはユウトを指さして言う。しかしそれはすぐに思い違いだと改まる。
「ルーシェか」
ルーシェはユウトの背後にいるだけだが、何故か教室までついてきている。
というのも、フラム公認の告白大会結果がルーシェの行動を制限しないものだった。
異例中の異例だ。
ルーシェは野次を飛ばす生徒たちに向き直ってぺこりとお辞儀をした。
「私はメイジをやめました。これからはユウトを側で支える妻です」
「はぁ……メイジをやめたのか……」
「それは、大変な決断だったね……」
「「な、なんだって――っ!」」
教室中が沸いた。
「ゆ、ユウトは使い魔だろ? 何、妻ってなんだよ」
「説明しろォ、ユウトォッ」
「そんな可愛い子をお嫁にしたっていうなら俺は、オレハァっ」
相変わらず身の振り方が軽いクラスメイトたちだったが、ユウトは席を立って言った。
「みんな落ち着いてくれ、確かに俺は使い魔だ。だがな、俺の生き方は俺が決める! 誰にも文句は言わせないぜ」
「かっこいいっ、ユウト」
クラスが静まる。
「そうだよな、使い魔だって結婚くらいするよ」
「だが、相手は人間じゃないのか?」
「それを言ったら使い魔の方も人間だろ?」
「あれ……」
とりあえず、ユウトは溜息をついて席につく。と、同時に後頭部を何かが走り抜けた。
「あたっ」
「あんたねぇ、これ以上ゴシップを増やしてどうすんの」
ユウトの噂が立てばアリスも肩身が狭い。
ましてや今回はユウトだけの問題な上にアリスに迷惑をかけているのはおかしかった。
「ごめん……」
ユウトの頭の後ろをルーシェが撫でている頃、マジョリアが教室へ入ってくる。
「あ……」
一瞬頭に手を添えたように見えたマジョリアだったが、ユウトはすぐにそれがルーシェの存在によるものだと認識した。
「えー、ミス・ラグランジェル」
「はい」
「教室に戻りなさいとは言いません、しかしそこで立って授業を受けるのですか?」
「はぁい」
「……はぁ、ですが残念ながらここにあなたの席はありません。他の生徒の迷惑になるようでしたら即刻退室させますから、授業中は大人しくしていてください」
「はい!」
たったそれだけだった。しかしそこからはよく見えていないのだろうか、ルーシェは文字通り空気の椅子に座っているのを。
「空気椅子ってメイジの初めに練習したよ。あの時セイラの最高記録は二十三分だったな」
後ろに座っている生徒たちは懐かしげに話しをしている。
「本当にルーシェって子は桁違いね」
「なにが?」
「あの空気椅子、もとい風椅子(ウィンドチェアー)よ。普通はもっと周りに風が起こるの。なのにユウトは風の流れとか感じる?」
「いや……」
確かに少し変わっている。魔法を使えばおのずと大気のマナも均衡を保つために動き始める。
しかしそういった気配がルーシェからは微塵も感じられない。
「どうしたの?」
「後で話すよ」
三年前のルーシェは雨水を氷雨に変える魔法を使っていたが、その頃よりさらに強くなっているのかもしれない。
そういえば、あの時は何故ユウトの目の前から姿を消したのだろうか。
何にせよ、ユウトには思わぬ邂逅だったのだから少しは喜んでしまう。
授業はそれから滞りなく終わり、昼食へ切り替わった。
「ユウトはどこで食べてるの?」
「ん、う~ん」
シーナは自分の使い魔が気になるらしく、今日は食べないで探すと言っていた。
本当なら手伝いたいところだ。またアリスは使い魔のいない食堂にでも行ったのか、二人とも忙しそうに教室を後にしていた。
「じゃ、ユウト、また明日会いましょう」
スーシィはその黒い髪をひらりとさせて去っていく。
独自の研究を今日も続けるのだろう。
「ユウト、割と寂しい感じだね」
「うっ……使い魔だしな……」
最初は気さくに話し掛けてくる生徒もいたが、それらは全てアリスが追っ払った。
それでも目を盗んで友好的に話し掛けてくるのもいたような気がしたが、シーナが現れてから男子という男子とはもう疎遠になってしまった。
トドメがルーシェではもう女子すら望めないだろう。
「そういえば、なにか話しがあった?」
「ああ、とりあえず使い魔の食堂でもいって腹ごしらえしてからにするよ」
「私も着いていっていい?」
ユウトに断る理由はなかった。
学園に隣接された食堂では今日もリースが何やら作っているようだ。
普段は煙突から煙りなど出ない食堂だが、リースがよく料理をするので食堂らしくなっている。
簡素なのれんを抜けると厨房にはいつも通りリースの姿があった。
「リース」
「あ、ユウト」
踏み台から飛び降りて近寄ってくるリースは小動物のようだ。並んで見るとルーシェよりはリースの方が背が低かった。
「こんにちは、リース」
「……竜の人」
「…………」
あれ? とユウトは疑問に思う。ルーシェは自分が竜であることをひょっとして秘密にしていないのだろうか。
「リース、それより料理の方は? 今日も作ってるのか」
首を縦に振っているリースの得意技はごった煮で、実はあまり凝った物は作っていない。
「おいしそう」
ルーシェの言葉にリースがぴくりと反応する。
ユウトはリースに分けてくれないか聞いたところ、二人分作ると言ってきた。
「私手伝うよ」
ルーシェとリースは仲良く厨房で並び始める。
ユウトは少し寂しくなりつつも、大人しくテーブルで待つことにする。
この世界にきてから五年、ユウトには様々な繋がりができた。
元の世界に未練がないとは言えない。
「ユウト、出来たよっ」
しかし、これはこれでいいものだとユウトは思う。