Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
それぞれの道中

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 数日後――。 


 月明かりも時折雲に織り混ざる夜、
 ユウトとシーナの二人は小さな遊牧民のテントで一息ついていた。

「これが五年前の契約なんですか?」

 修行と戦闘の繰り返しだったユウトは、シーナと話す機会があまり無かった。

「使い魔には能力やセンスを開眼、強化するためのルーンが刻まれるらしいんだけど、
 俺のは特別製って黒服のじいさんが言ってた」

 しかし、ユウトはそういったことを今まで一度も感じたことがない。
 きっと主であるメイジとの距離が離れすぎているせいだろうと思っていた。

「コントラクト――でしたっけ」
「知ってるんだ」
「ええ……、あの方がくれた魔法書物で学びました」

 パチンと火にくべた薪が音を立てる。

「お―い、寒くなるから中へはいんなせえ」
 二人は腰を上げる。
「今行きま―す」
 ユウトはシーナと共にテントへ向かった。




     


「はっはっはっ、いやしかし、若いな。何処までだっけ?」

「ジャポルという国です」

「おいおい、二十キルメイルは先だな」
「それ、さっきも言いました」

 がははは、と笑談する一同は酒に酔っていた。


「飲み過ぎですよ。フレッドさん」

 言葉で制する間も尚も飲み続ける隊長は笑いながら言った。

「お前ら、腕立つのか? 見たとこ、メイジと使い魔じゃねえか」
「はあ――まぁ、俺は使い魔だけど……」

 ほとんどフリーの使い魔が使い魔と言えるのかどうか、釈然としなかった。

「そっちのお嬢ちゃんは違うのかい?」
「私は水の魔法なら、下級メイジ程度に扱えます」
「み、水ぅ?」

 遊牧民にとって水は貴重だ。

 メイジは生成する意、メイクから来ている。
 水を生成するメイジは数少なく、ある民族は神聖視し、神同然に崇めているほどだ。


「そらあ、たまげた。いや、たまげたぞ。嬢ちゃん!」

 そうか、そうかとフレッドは頷くと手を叩き腰を上げた。


「―みんな、良く聞け。
 ここにおられるのは水のメイジならず水の女神様だ。
 我らにとって水とは何だ? 命だ。

 今日はこの美しい水の女神に杯を交わすぞ!」


 俺への評価は、……ナシか。
 ユウトは一人小さくなって肉を口に運んだ。その腕がずいっと持ち上げられる。

「おめえも踊れ」
 使い魔だろう。という言葉に何か違和感があったが、
 シーナの使い魔なら何の不満もない。

 シーナも笑って促すので振り付けもめちゃくちゃのまんま踊り出した。


「いいぞ、若造。うめえぞ」

 適当で良かったみたいだ。

 何処から持ち出したのかティンパニーのような楽器やらなんやらでどんちゃん騒ぎになっていく。
 こうして二人の夜はふけていった。


     


 場所は変わり、一方では月夜の闇に舞う一つの影があった。
 巨大な翼を打つそれは、時折低く唸りながら翼を仰ぐ。

 老人はそれに跨り、一喜一憂していた。

「なに? 『そろそろ疲れた』じゃと?
 待て待て、主はまだ半刻しか飛んでおらんではないか。
 ん? 『嬢ちゃんが寝てしまったのでつまらない』 ワシじゃ不満だというのか?」
 
 そうこう老人が言っている間に大きな影は徐々に下へと降下する。

「まてまて、ワシが悪かった。
 だからそんな森の中にだけは置いていってくれるな、
 どうじゃこの娘のパンツ、見たくはないかの?」

 大きな翼を持ったドラゴンは鼻からぼうと炎を吐くと億劫そうに再び翼を仰ぎだす。

「よしよし、良いぞ。ワシの若い頃のガッツを思い出すわ」

 しかし、不意に異変は起きた。
 ドラゴンが咆哮のもとに急旋回したのである。

「おおぉ? 危ういじゃろが。なにしとる!
 パンツはこれからじゃ。――ぬ? 下か」

 見ると高度八百メイルはあるというのに下から火炎球を飛ばす輩がいる。
 それも火炎球というよりは人間大の大きさの火炎弾であった。

     


「ほほほ、しまった。もはや国境を軽く飛び越えてしまったようじゃ」
「ん――」

 アリスは先の大回転に目を覚ますことなく熟睡していた。

「ありえぬ寝付きの良さじゃの……。
 ――ドラゴンの君、やはりもう降ろしてもらってかまわん。
 体に大穴が空く前にの」

 ドラゴンは翼を折りたたみアリスたちを支えながら急降下する。
 ばきりばきりと木々の枝を折りながら地面に着地した。

 ドラゴンは掠り傷を負っていた。

「すまんの……、いや、この娘は降ろして行けよ?
 ん? 『だから嫌だった』 何、流水の女神に会えば一発で治してくれるじゃろうて、
 ほれ、これを持って行けば優遇してくれるじゃろう」

 そういって自らの杖を竜の首に手前の毛で結ぶ。
「ぬ? 『ふざけるな』? 大マジじゃよ。
 ヘタしたら主は流水の女神の城に近づいただけで凍てつく彫刻にされてしまうかもしれんのじゃ?
 場所はほれ、杖が光を放っておる方向よ」
『……』

 さっさと行けと手で促すとドラゴンは低く唸った後、大空へ舞い上がった。

「……」
「――相手が遅くなってすまんの。出てきて良いぞ」


 巨大なタイガーの使い魔を横に据えてこちらの様子をうかがっている。


     


「――逃げる算段をするわけでもなく、
 私の存在にまでも気づいていたというのに……、

 杖(武器)を使い魔に渡して逃がすとは、見くびられたものだな?」

 闇の中から現れたのは中年の男だった。


「ほう、それはワシの心配をしてくれるのか。
 ならば、今晩の宿を紹介してくれんかの」

「そのような冗談も言えるほど余裕とは……、
 国境を無断で越えた罪がどの程度かわからないのか、
 よほど腕に自信があると見受ける……」

 中年の男は外套の中から一本のステッキを出して投げてよこした。

 ――からからと音を立てて老人の白い外套の足下に転がる。


「良いのか? 主、死ぬぞ」
「私はこれでも国境警備隊(ガーディアン)なのだ。
 お前のような手合いは腐るほど見てきた。
 大人しく連行されるつもりはないのだろう?」

 先ほど国境を超えた時に放たれたのはこの男のもので間違いなかった。
 ステッキの先から迸(ほとばし)る紅蓮の光は紛れもなく上級位メイジの光彩だ。

「そうじゃな、面倒事は嫌いじゃ」

 老人がゆっくりとステッキを拾い上げると男は躊躇せず火炎球を放つ。

 ノンスペルでその大きさたるや、
 まさに大の大人まるまる一人分を蒸発たらしめる大きさ。

 しかし、不思議か。

 超速球で迫ったにも関わらず、火炎球は老人の髭すら焼くことはなかった。

 まるで、そんなものは初めから無かったかのように老人の眼前で白い煤が散る。

「こんな魔法を使うのは何年ぶりかの」
「!」
「これはディスペルと言ってな。魔法をキャンセルできるのじゃよ」

 男は目を見張った。
 ――おかしい、と。

 解除魔法『ディスペル』は魔法による呪いや、
 行動抑制といったものに使われるのが一般的。

 もっとも知られている魔法でありながら、
 それを使用できるメイジは極端に少ない。

 攻撃魔法に対してはレジストで防護膜を作っておき、予め緩和する程度が限界――――、
 ディスペルは上級魔法である。いくら熟練者でも多少の詠唱時間は必須――――、

 しかし、考えられるのは一つでしかなかった。

     


 ――この老人はノンスペルのファイアボールに
        ノンスペルのディスペルをねじ込んだのだ――――!


 男は戦慄する。

 飛んでくる針に糸を通すような曲芸。
 そんなリスクを伴う魔法は存在しないだろう。

「――ふっ、ならばこれでどうだ」


 男は杖を天に掲げると広大な光の下、腕先から大蛇のごとく炎が繰り出され、瞬く間に老人を取り囲む。

「なるほど、確かにそれはキャンセルできん」

 腕から放たれているのはマナを直接還元した炎そのものでもあり、
 マナの力そのものでもあった。故に解する術はない。

 しかし、それすらも老人は初見でその特性の全てを見抜く。

 炎は老人に近づくにつれて強さを失い、火先から小火になり、やがてかき消える。

「ふむふむ、警備隊もなかなか質が高くなったのう」
「な――っ」
「何、空気の密度を変えただけじゃ。
 主も炎を扱う者ならそれがいかに重要なことかわかるじゃろう?」

 男にはもはや疑う余地がなかった。

 ――彼は紛れもなく高名な大魔術師(ビックメイジ)に他ならないと!

「し、失礼ですが、お名前を拝聞してもよろしいでしょうか」
「ん? フ・ホオイェン・フラム・ベル、といえば分かるかの」
「ホオイェン……」

     


 男は記憶の片隅に伝説の魔術師の名を想起していた。

「まさか、四大魔術師の一人、炎神のフラムでは!?」
「そんな大層なものじゃあるまいて」
「――ッ!」

 杖を落とし跪く男。

 四大魔術師は魔術を極めた者たちの中で最も最強とされ、
 数々の神獣を治めてまわったとされる伝説の偉人だった。

「ま、まさか三百年前の大老師様がこのようなところにおられるとは
 ……並々ならぬご無礼をお許しください」

 その気になれば男など一瞬で灰燼と帰していただろうに違いない。

 ガーディアンとして積んだ四、五十年のキャリアなど、
 目の前の英雄豪傑には蟻のごとく矮小に違いなかった。



 ――がさがさ。

 暗がりからさらに姿をあらわしたのは男の仲間だった。
 ラプターのような爬虫類系の使い魔に鎧を着せて、のさのさと姿を現す。

「隊長。先ほど東・警備隊監視局から通達がありました。
 この辺に鳥類型の使い魔を用いた不法侵入者有りとのこと、
 ジャポル協和法に基づき拘引せよとのことです。

 ――? どうかしましたか」

 仲間が老人に気づいた。

     


「お、お前か。侵入者は! 今すぐ杖を捨てよ」
「違う、彼は侵入者ではない。先ほど入国許可証を確認した。
 監視局には釈明書待機するよう通達してくれ」

「ど、どういうことです。彼は明らかに検問すら飛び越えている……」

 男は「隊長命令だ」というと、それ以上言葉を介さず森の闇へと消えていった。

「度々、失礼を――。重ねてお詫び申し上げます」

 男は深々と頭を下げて老人に詫びる。


「――いや、よいのじゃが、
 それより知らず知らずのうちに国境を越えていたらしいのう。
 旅はもう幾百年もしとらん故、勝手が及ばなかった」

 そうでしたかと男は外套の懐から一枚の厚手の銀紙を差し出した。

「ではこれをお持ちください。ジャポル認可の全領域フリーパスです」
「施しはありがたいんじゃが、そのような物をただで受け取るわけにはいかん」

「ふむ、では失礼ですがどこまでお行きになられるのでしょうか」
「ジャポルというところじゃな。恐らくそこまでがワシの役目と踏んでおる」


「役目……と、申されますと?」

 男は外套に先のフリーパスを戻しながら空いた手を顎に置く。

「向こうで寝ておる娘の使い魔がイスムナのコロシアムにおったのじゃが、
 そやつとジャポルで再契約させようかとの」
「なんと――!」

 男は目を丸くする。

     


「イスムナのコロシアムと言えば、賭博のメッカではありませんか。
 生き死にを見せ物に賭博をして上流階級たちが愉しむという……、

 よもや――その少女の使い魔は神獣か何かを模したものなんですか?」

「いいや、ただの人間じゃ」
「は――では、その少女は生活に困っていたと?」

「それも違うのう。彼女は曲がりなりにも貴族じゃ」

 男はたまらず素っ頓狂な声を上げる。

「ワシは見たことがないんじゃが、
 彼女が召喚を行ったときその使い魔は人間の子供であったという話しじゃ」

 男は耳を疑いながらも同時にフラムが嘘を言っているようにも思えず狼狽した。

「バカな……召喚で人など――
 それよりも人間がイスムナで生きていられるものなのですか」
「不思議じゃろう? 僥倖か奇跡としか言えん」

 そこでふと気づいた。
 変わった使い魔が特定のメイジを持たず、
 フリーでいるという噂が流行っていたこと。

「その使い魔は何年前からそこに?」
「資料では四年前から行方がわからなくなっておった。
 ただ、どういうわけかあのイスムナの国王が自ら彼女の使い魔であることを調べ上げ、
 返還すると申してきたのじゃい」

「それはまた不思議な話だ……」

     

 闇に滞る獣か虫の鳴き声が彼らの話をしばしの間紡いだ。

「何にせよ。納得致しました。
 あの四大魔術師の一人がこうして自らご足労なさるのも頷けます」

 これを、と差し出した一枚の紙切れ。
 今度はフリーパスではなかった。

「期限付きですが、ジャポルまでならこれで問題なく検問をくぐれます。
 あなたの使い魔に傷を負わせてしまったお詫びとしてどうか受け取ってください」

「あれは使い魔ではないぞ」
「左様でしたか、伝説では魔物を契約なしに使役できるメイジは
 絶大なマナを秘めていると言いますが、
 まさかこの目で見ることができるとは思いませんでした」

 男は巨大な体躯をしたタイガーに跨り、

「この先数千メイル先にジャポルへ直行できる街があります。
 先ほど渡した手形を見せれば問題ないはずです」

 さあ、乗ってくださいとタイガーの背中を向ける男。

「いくら大老師とはいえ、森で寝ていては襲われてしまいますからね」
「その時は森を焼失させて良いかの」
「そのときはいくら大老師といえど、国があなたを捕らえます」
「冗談は通じんのか……」
「……」

 星空が輝く月夜に勇ましく駆ける使い魔。
 メイジは見かけによらないと男は考えていた。

       

表紙

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Neetsha