Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
公共国『ジャポル』 シーナ編

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 ――公共国『ジャポル』。

 この国は全ての人々に開放された文字通りの『公共の国』として確立している。

 人口四百万の住人のほとんどはメイジである、
 中には貴族や富豪といった権力の亡者であることも多い。

 入国に種族は問われず、一定の財力と手腕があればこの国に留まるこが出来る。

 また、ジャポルは全ての国に何らかの形で平和条約を結んでおり、
 国と国を結ぶ一つの架け橋ともいえる。

 その為、公共国としても成り立っている。


 ――中央に聳え(そびえ)立つ巨大大理石の塔をはじめ、
 それを取り囲むように石造りの城が建ち並ぶ。

 六芒星を象った六つの大通りを中心に巨大な市場が夜通し賑やかに騒ぎ立てる。

 流通、物資、技術においてまず間違いなく世界一であろう。

 それがジャポルという国だった。


     


「ユウト! 街だわ!」

 太陽の下、シーナが驚嘆の声を上げる。
 この街に並ぶほとんどは大きく美しい。

 それはシーナにとって今までに見たことのないもの。

 遠目からでもシーナが碧い髪を揺らしてはしゃいでいるのがわかるだろう。

 大きな街は近づくにつれてさらに大きくなる。

 円に掘られた溝に水が流れ、
 高さ数百メイルはある噴水がドーナッツ状のトンネルを作る。


 そんな橋が八百メイルほども続き、街へと繋がっている。


「フレッドさんたちにも見せられれば良かったのに……」
「そうだな」

 彼ら遊牧民はジャポルには用がないそうで、
 手前十キルメイルの場所であえなく別れた。

 歩いていくと街中から聞こえるパレードの楽器が小気味よく聞こえてくる。

 すれ違う人々は皆、派手な服装やら大きな商売道具やらを担ぎ、
 見ていて飽きることがなかった。

     


「シーナ、絶対迷子にならないようにしないと――」

「ユウト! こっちよ!」

 魔法仕掛けのパラフィンが空中に広告を書き出しては消えていく。
 シーナはそれを掴むように手を伸ばしてはしゃいでいる。

「触っちゃだめだ!」ユウトは慌ててシーナを掴まえる。
「え? どうして?」
「それは魔法仕掛けになっていて、
 触ると商品と指紋つきの請求書がその場で送られてくるんだよ」

「そうなんですか?
 ユウトは何でも知っているんですね」

 シーナは目を輝かせていたが、ユウトがここに来るのは初めてではない。


 くす、とシーナは顔を綻ばせた。

「な、なに」
「いいえ、何でもありません。
 私は一人だと危ないみたいですし、ユウトにエスコートをお願いします」
「それがいいよ」

 シーナがそっとユウトの手を握ったに一瞬驚いたが、
 その方が安心するのでそのまま行くことにした。

     

 ――――。

「あれはアクアアートっていって、
 魔法で空に水の彫刻を飛ばしながら街全体の温度を一定に保ってるんだ」

 空飛ぶ水の彫刻アクアアートは竜や人など様々な形になりながら頭上をゆっくりと通過していく。

「わあ、凄い!」

 水彫刻が通る度に暑い日差しを和らげるようにひやりとした空気がやってきて、
 大通りの商人や街の中の人々の活気を取り戻させる。

 二人は甘菓子やら果物やら鉄の臭いやらが
 いろいろ混じった中を目まぐるしく歩き続けていった。

 開けた場所に出ると、
 石畳の上に立つ大きな大理石と数々の歴代人物の彫刻が掘られた建物。

 銀行が目に入った。

「――そうだ、お金を預けよう」
「?」

 ユウトはかさ張る荷物を目の前の銀行に預けることを思い立った。



     

「ご利用ですか?」

 中へ入ると外套を纏った若い男女を怪訝に思ったのか、
 女性銀行員の一人がおそるおそる話しかける。

「はい、お金を預けようと思って」
「おいくらでしょうか?」

 くすりと笑って、今度は打って変わって馬鹿にしたような表情で問いかける。

「いくらかはわからないんです」

 そういいつつユウトは札束の入った袋を外套の中から取りだす。

 ――どん。

 そんな音が聞こえたようだった。

 見窄らしい若い男女が大金を持っているとは思っていなかったのか、
 他の銀行員たちが思わず振り返った瞬間だった。

「こ、これは……」
 恐る恐る中身を見ると女性銀行員はあからさまに態度を変えた。

「大変、失礼いたしました。すぐにお預かりの手続きを致します」


 ――。

 ユウトが稼いだ金額は相当なものに違いなかった。

     


「お預かり金は九千とんで六十八万ゴールドです。
 口座をお作りしますのでお名前と指紋をこちらにお願いします。
 一度しか適用されませんのでお気をつけ下さい」

 恐らくは特別に用意されたであろう虹色に輝く板に、
 ユウトはシーナの手を取ってそこに重ねる。

「――え」

 咄嗟のことで何の抵抗もなくシーナの手はそこにのった。
 ユウトは続けてシーナの名前をそこに綴った。


「ご利用ありがとうございました」
「ユウト――」

 シーナは困ったような表情でユウトを見るが、
 ユウトは意に介した様子はなく、シーナを連れてその場を後にする。


「ごめん、シーナ」

 外に出ると頭を下げてユウトは言った。

「どうして――あれはユウトのお金でしょう?」
「だめなんだ……。使い魔はあんなにお金を持たないものだから」

 シーナはお金なんかより、
 ユウトとの別れが間近に感じられて居心地が悪かった。

「それで、私を連れてきたの?」

     

「違うよ」

 ユウトはきっぱりと言った。
 シーナもそんなことが言いたいわけじゃなかった。

「シーナを連れてきたのはこんなことをするためじゃない、
 その、俺とシーナは家族みたいなものじゃないか。
 でも俺はもうすぐ……だから、シーナにあのお金を役立ててほしくて――」

 口を噤む(つぐむ)。ユウトの目先にはシーナの歪んだ顔が一瞬見えたから。

「ね、時間、まだ残ってる?」
「うん……多分」

 シーナは微笑みながら踵を返した。

「はい、じゃあ、いきましょう」

 腕を組まれてユウトは強引に一歩を強いられる。

「行くってどこへ――?」
「遊びに決まってる!」

 ずんずんと雑踏の中へ近づいていく二人。

 そっか、最期まで笑っていたいよな。
 
 ユウトは微笑みながらそんなことを思った。

     


 サーカスのような物見劇をする人たちにシーナは目を奪われていた。

「あれはフライの魔法で浮いているんですか、ユウト」
「フライの魔法だね。でも普通はあそこまで精密な動きをしながら浮くのは至難の業だと思うよ」

 空中に固定魔法を掛けたガラス玉の上を跳ねる劇の一人は、
 その上をぴょんぴょんと軽快に跳ねるように演舞する。

 剣やナイフを空中で回転させながらアクションはヒートアップし、
 最後はガラス玉のスリットに投げた剣を狂い無く収めると観衆から歓声が沸き起こる。


「すごいわ」

 なりやまない拍手に混ざり、
 シーナも手を叩いていると観客から包みが投げ込まれる。

「みんなは何を投げているの、ユウト」
「劇がおもしろかったらああやってお金を包んで投げるんだ」


 へえとシーナは関心した様子で頷いた。

     


 ――昼下がり。

 ベンチに腰掛けたシーナにユウトはホットハッグと飲み物を持って行く。

「ごめんなさい、休ませて貰って――私、まだ大丈夫よ」
「気にすることじゃない、むしろシーナは少し動きすぎだ」

 シーナは長旅の後にあれだけ動きまわったというのに平気な素振りをしたいようだった。


「でも、お店に入れてもらえないなんて予想外でした」
「ここは貴族や上流階級が相手の商売ばっかりだから仕方ないよ」

 シーナはユウトが座るところを自分の外套で丁寧に払って促した。

「ありがとう」
 ユウトはそう言って、
 微笑むシーナにホットハッグを渡す。


「これはなんて言う食べ物なんですか?」

 両手で受け取ったそれをまじまじと見つめてシーナは言った。

「ホットハッグ。パンに肉や野菜を挟んだ食べ物。
 俺の世界にも似たようなのがあったから結構好きなんだ」

「そうなんですか?
 でもこのトッピングはあまり美しくない気がします……」
「はは、それは仕方ないよ。
 店の親父は『これがうち流だ、文句を言うなら味に言え』っていうくらいだから」

 味は確信を持ってうまいといえる。
 恐らくこの街で一番うまいだろうとユウトは思っている。

「……おいしい」
「だろ?」

 しかし、シーナの一口は小綺麗に小さいので、なかなか要領を得ない。

「こうやって食べるんだ」
「……」

 食べ終わった頃にはシーナはユウトを見てきょとんとしていた。

「そんな食べ方はできません」
「そっか、そうだよな……」
「はい」

 シーナはちょっと怒ったようになり、
 ユウトが空を仰ぐと二人は小さく笑い合った。


     


 ――。

 雑踏の中は夕刻になっても賑わいに衰えはなく、
 腕を放さないシーナを傍らにユウトはとある露店にいた。

 露店の棚に置いてあるペンダントを指さしてシーナが言う。

「ねえ、ユウト。あれ似合うと思う?」

 六芒星をモチーフにしたペンダント。

 中央にあるのはサファールが、
 シーナの蒼い髪とミントの瞳によく似合うと思った。

「うん、似合うと思う」

 その会話を聞いた露店の男が愛想よく会釈する。

「いらっしゃい。ペンダントがご所望かい?
 残念だけど普通に買ったら城が買える値うちがするから売りもんじゃない。
 ほしいならこれ、腕相撲対決で勝負だよ」


 ――胡散臭さ抜群だった。

「腕ずもう?」

「なんだ、知らないのかいお嬢ちゃん。
 こちらの大男、ビッグマンを相手に腕を組んで押し倒した方の勝利さ。
 勝てば景品はほれ、
 あの稀少宝石サファールを埋め込んだペンダントがもらえるってわけだ」

     


 店の奥から現れたのはまさに大男、
 ユウトの身長の軽く一点五倍はあった。

「最初は掛け金タダ。次から十ゴールドだよ。どうだい、やってみるかい?」

 ユウトはおかしくなって笑い出しそうだった。
 ――無理に決まってる。

「はい、やります」

「――! シーナ?」
「おいおいおい、お嬢ちゃんがまさか相手じゃないだろう?
 そっちの彼氏だよな」

 俺のことか!
 ユウトは自分の二の腕の五本分はゆうに超える大男の腕を見て不可能を再確認した。

「「ふ、――はっはっはっは」」

 男も大男も大笑いした。そこできりっと真面目な顔になる。

「言っておくが、魔法は禁止だからな」

 そういって店の看板に立てかけてある板をばんばんと叩く。

「(シーナ。悪いけど俺は力自慢じゃないよ。どう見たって――)」
「そっちの追加ルールを適用させてもらいます」

 シーナの指さす先には『百ゴールド追加で持ち込み道具もあり』となっている。

「ははは、流石嬢ちゃん目の付け所が違う。
 言っておくけどこれは負けたら百ゴールド支払ってもらうルールだよ。
 払えないと、どうなるか――わかるよな。
 で、どんな道具を使うんだい? 何ならうちで貸し出しもしてあるがね」

 男の目が光るのをみて、ユウトはなるほどと思った。

     


「その前に条件は道具を使ってその大男の腕を押し倒せば良いんですよね?」
「そうだよ。もっとも、なまじ半端な威力ではハンマーを使ったところでびくともしないがね」

 そういうと男はハンマーを取り出して大男の腕にぶつける。
 大男はまるで蚊でも見るかのようにびくともしなかった。
「ユウト、お願い」
「ああ」

 ユウトは腰から下げた物の布をほどいていく。

「ん……ちょ――ええ?」

 大剣、それも小さなハンマーなど比較にならない重量感と大きさだった。

「そんな大剣、お前みたいなもやしに持てるわけがねえ、
 どうせ張りぼてか中身が空洞なんだろう」

「そう思うならこの道具は許可ということですよね」
「む――」

 男はしぶしぶといった様子で頷いた。
 大男は見た目の恐怖を拭えないのか物怖じしながら席へつく。


「張りぼてとはいえ、腹を当てろよ。刃があったら怪我するからな」
「わかってるよ」

 ユウトは笑うのを必死に堪えて木箱を挟んで男の前に立つ。
 絶対負ける『わけ』がない。

 これはただの大剣ではないのだから。

「いくぞ」
 ユウトは振りかぶる。そして一気に薙いだ。
 ――ぶん。
 ばきゃりという音と共に木の土台に大男の腕が跳ねる。

「………………」

 静まりかえる周囲。
 男は口をあんぐりと開けて突っ立っていた。

「勝負ありですね」

 

     

 シーナが勝ち誇ったように言うと、
 いつの間にか集まっていた野次馬たちが声を上げた。

「素晴らしい!」
「なかなか男前だったぞ!」

 観衆たちはこの男たちのあくどい様を知っているのか、
 高々と歓声を飛び交わせる。

 男は悔しそうな顔になった後、大男に近づく。

「――な、この馬鹿野郎! 気絶してんじゃねえ」

 大男はユウトの大剣が振るわれる寸前に気絶したようだった。
 本当に倒していたら大変だったので助かりものだとユウトは思った。
 男が大男を叩き起こす。

「ふん、持って行きな」

 男と大男は店じまいもせずにペンダントを入れた箱を投げ置き、
 逃げるように去っていった。

     

 ――。

 一息つける広場まで来ると日はすっかり落ちて、
 魔法街灯の光が辺りを照らしていた。

「やりましたね。ユウト」
「ああ。でも、俺の大剣に秘密があること知ってたんだ」

 大剣をベンチの横に置いて言った。

「あれだけ沢山の試合を見ていたんですよ」
「それもそうか」

 シーナとユウトはベンチに腰掛けながら笑い合った。

「戦利品を見てみよう」
「はい」

 ポケットにはいっていたペンダントのケースを取り出してシーナに手渡す。
 わずかに上気したような面持ちでシーナはゆっくりと蓋を開ける。

「どう?」
「……」


 蓋の中を覗くと、そこにはペンダントが確かにあった。

「これ、サファールがないです」シーナが言う。
「あ、本当だ」

 確かによく見るとサファールだけが無くなっていた。

「ふふ、おかしいですね」
「まあ、俺たちもずるはしてたからな――」
「お互い様ということでしょうか」
「――ああ」

 二人は笑った。

     


「……」
「そうだ、これ首に掛けます」
「え?」
「いつか、ユウトがここに合う宝石を持ってきてください」
「……」
 シーナはそう言って首からそのペンダントを掛けようとする。

「…………あれ」

 手元がもたついているシーナにユウトは腕を伸ばす。

「じっとして」
「――はい」

 ユウトが腕を引くとシーナは少し上気した頬で綻ぶ。

「ちょっとヘンですかね。やっぱり普通に持ち歩くことにします」
 そう言ってシーナは俯いた。
「そうだな、それを首に掛けるためには
 まずあいつらをとっ捕まえないと――」

「…………ってください」



「――?」



「――行かない、って言って下さい……」


 それは懇願か、切望か、シーナは震える声で言った。

     


「でも……」
 静かな空気の中、ユウトの身体は既に光り出していた。
 
 シーナはユウトを見据えて努めて笑顔を作るしかなかった。

「ご、ごめんなさい。な、何か、買っておけば良かったんですよね、
 ほ、ほら、枕とかティーカップとか靴べらとか……」
「なんだよ。靴べらって、俺そんなに靴履くのに手間取った覚えはないぞ」

 ユウトも無理に笑って答える。

「いいえ、いつもは私がきちんとお手伝いしていました」
「あれ、そうだっけ」
「はい、それと毎日ちゃんとお布団も干せるんですか?
 かび臭い布団で寝てたら怒りますよ」

 シーナがまくし立てるように言う。

 声も震えて、ただユウトが足下から光に包まれていくのを目で追いながら口だけが動いていた。

「シーナ。これからは、自由に生きることが出来るんだ」

 シーナはそこで目尻に溜めたものを伝わせた。
 首を横に振る。

 シーナを支えるユウトの胸が徐々に消えていく。

「……楽しいこと、やりたいこと、沢山できる。
 それは、素晴らしいことだよ」

 そうだろ? と息を吐いてシーナの肩を優しく持った。
 賢明に首を振るシーナ。

 その頭をユウトは優しく包み込むように抱える。

「……」
「……………」

「(――そうですね……私、少し我が儘になれるんですよね――)」

「――――――」

 ユウトにシーナは涙のまま頷く。

 最後の言葉が、シーナの心に残る。
 召還によって消えたユウト。

 霧散した星の中に取り残されたシーナは嗚咽を堪えて涙を拭った。
 どこにいるかもわからなくなったユウトを想い、
 拭っても溢れてくるそれを何度も何度も拭った。
 


       

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Neetsha