Neetel Inside ニートノベル
表紙

カクウの天使
Ep:12 Today...

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 もう少し、あと少し――。連続して飛んでくる波動状の粒子を光学シールドで相殺しつつ、彼女はブレードを起動した。パルスガンの連射が止むと同時にシールドを解除、ブースターを最大出力にして、敵機に肉薄する。青白い光の刃が煌めき、相手の突き出したレーザーブレードと交錯する。2本のブレードは互いに干渉し、激しい火花と眩い閃光を生じさせた。
 刃が完全にすり抜ける直前で双方が退き、再び撃ち合いになる。
 あと少し、あと少しでも間合いを詰められれば――。先ほどからずっと、こんな戦いを繰り返している。何度も射撃を受け止めたせいで、光学シールドの出力は相当落ちている。
「受け止めきれて、せいぜいあと2、3回」
視界の隅に映った警告表示を一瞬見やり、そんな言葉を呟く。シールドが耐え切れるうちに決定打を与えられなければ、こちらの不利は決定的なものとなってしまう。そうなれば……後に待つのは敗北のみ。
 攻撃が止んだ瞬間、再度彼女は接近を図った。先ほどと同じく、ブレードを起動。そして――相手が振りかざした刃をライフルの銃身で受け止めた。真紅の閃光が、多少引っかかったような動きでそれを切り裂く。
 次の瞬間、ほぼ真っ二つになったライフルがパージされ、刃を振り切った直後の敵機に向けて青い刃が振られた。僅かに火花が散り、一面赤く塗られた胸部アーマーに、黒く焦げた傷痕が一筋残される。
「くっ、もう一度――!」
損傷によりバランスを崩した機体に、彼女は再度刃を振り下ろした。並みの機体ならば、回避行動を取る間もなく切り裂かれるであろう斬撃。だが、敵機はバックブースターを最大出力で稼動させると、それを回避した。
「避けられた!?」
想定外の事態に動揺しながらも、彼女は慌てて体勢を立て直した。すぐさま追いかけようとした瞬間、下から『彼』の叫ぶ声が聞こえた。
『逃げろスミレ!!早く!!!!』
「え?何を言って――」
そう言い掛けて、頭上で何かが光っている事に気がつく。彼女が顔を上げた先には――変形した敵機の姿があった。翼のように見えていたパーツの先端部が前面に向けられ、そこから禍々しい赤色の光が漏れ出しているのが見える。何らかの射撃兵器――それも強力な、直撃すれば致命的な損傷を追いかねないような兵器が内蔵されているのだろう。その照準は、どう考えても彼女に向けられていた。
『スミレ!!!!』
「駄目……回避不能です――!!」
回避行動を取ろうにも、発射寸前ではもはや間に合わない。彼女は、せめてダメージを軽減しようと、自分の前面上方に光学シールドを幾重にも展開した。その直後、6つの砲門から高出力のビームが一斉に放たれ、彼女に殺到した。シールドの負荷が一気に増加し、次々と消滅していく。
 こんな所で倒れるのか――。完全にシールドを失い、各部の装甲が急激なダメージを受けて悲鳴を上げた。身体自体が壊れ始めているのか、徐々に感覚が麻痺し始めたのを感じながら、彼女は主人の身を案じる。
「すみませ……。わた、シ……ハ……――」
鮮やかな赤色に染まった視界が闇に包まれていき、やがて――全ての感覚が消え、彼女の意識は暗黒の中へと堕ちた……。

 「――レ。スミレ」
誰だろう、暗闇の中で誰かの声が聞こえる。
「無理だ、今の彼女には認識できん。せめて――」
私はどうなってしまったのだろうか。データの欠片となって、何処かを漂っているのかもしれない。……そんなものがあるかも分からないけれど。
「――つ、目を覚ますのか教えて――」
「――完全に修復できるかどうかはわからない。手は尽くすがな」
ああ、先ほどから聞こえているのは誰の声だろう。何故か……、聞いた事のある声のような気がする。
「それで、キキョウの件は私に任せるという事だが……」
「今はオペレーションができるような、そんな状態じゃない……。またあんな事になったら――」
「それ以上は言わなくていい。任せておけ、必ず無事に帰還させる」
そんな言葉が聞こえた後、暫く静寂が流れた。
 『彼女』は、自身の置かれている状況を、徐々にではあるが把握し始めていた。データの根幹部分は無事、それ以外の大半が何らかの形で『失われ』てしまっている。記憶域についても、一部を損失している。記憶が断片化している上に、こうなったいきさつを覚えていない。現在機能している感覚は聴覚のみ、それ以外は該当するデータが見つからない。
「さて……。私はこれから用事がある。欠損データのサルベージはお前達に任せるからな」
「了解ッス。姫澄さんが戻ってくる頃には90%終了してると思いますよ。それほど難しい作業ってわけでもないッスから」
そんなやり取りがあった後、世界はまた静かになった。
 時折、何かをカチカチと叩く音や低い唸り声のような音が、微かに聞こえてくる。私はこれからどうなるのだろうか。彼女は少し不安を感じたが、やがて思考が曖昧になっていき――ぷつりと途切れた。

 『――遅かったな、貴様』
無線越しに、若干気だるそうな声が響く。事前に得た情報から推測すると、アリーナランク1『ステイシス』のマスターらしい。目の前にいるステイシスも、何かこちらを見下しているかのような表情を浮かべている。
『何をチンタラやっているんだか。まあ、これ以上は言わずとも分かるだろう』
『相変わらず口の利き方がなっていない奴だ。構わん、無視しておけ』
瑛香はいつも通り冷静に受け流しているが、プライドの高いキキョウにとっては、非常に耐え難い言動だ。彼女は、すぐにでも喧嘩を吹っ掛けてやりたいという衝動を抑え、じっと黙り込んでいた。
『それで……、今回は酷くきな臭い依頼を送ってきたものだな。こんな作戦をよく許可したものだ』
瑛香がそう呟いた。何しろ、あの『WhiteGlint』の撃破命令が出たというのだ。あの機体が敵方に堕ちたとは、彼女は到底思えなかった。
 B.F.F.の証言についても不審な点が幾つかある。
 彼の目的が単なる襲撃であったならば、別に集会時を襲わなくてもよい筈だ。いくら『あれ』が常識を逸した機体だとしても、自ら敵の大群に突撃を掛けるのは危険過ぎる。
 それに、襲撃の際に『ストリクス』『アンビエント』の2機、および彼らの所有者がその場にいなかった。緊急招集にも拘らず、重要なポストにいる彼らが出席しなかったのだ。あの機体が襲撃する事を事前に知っていたか、あるいは……。
『まあ、今更詮索をしても無意味か……』
「何か不都合な事でも見つかった……んですか?」
彼女の呟きを気にしてか、キキョウが慣れない敬語で尋ねてきた。
『ん?――いや、独り言だ。気にするな』
そう言って、彼女はため息をついた。心なしか、独り言が増えているような気がしてならない。
『下らん考察は時間の無駄だ。ステイシス、作戦を開始しろ』
「了解だ。――行けるな、貴様」
ステイシスは、キキョウに向かって尋ねた。閉鎖空間の展開が確認されてから、既に1時間が経過している。現在は、機動力のある『フラジール』が、ターゲットの捜索を行っている最中だ。
『――フラジールから連絡が入った。すみだ鉄橋付近にて発見、現在は北上中という事だ』
「了解。……スミレ、大丈夫かなぁ」
『今は作戦に集中しろ。直ちに現地へ急行し、目標を撃破するんだ』
心配そうな表情のキキョウに、彼女はそう言って行動を促した。そして――彼女はスミレの身を案じた。

 それと時を同じくして、アスピナ稼動実験個体No.17『フラジール』は、すみだ鉄橋上空を飛行していた。必要最低限の装甲をまとい、大幅に簡略化された四肢を持ち、華奢なフレームの4連装チェーンガンを背の左右に背負った姿は、元となったアーマーの原型を一切留めていない。
 当然、耐久性など考慮されているわけがない。アスピナの研究者が唱えた、「被弾さえしなければ何の事はない」という極端な思想から生まれた奇想兵器だ。それ故に、他の個体ではまともに扱う事はできず、事実上、彼女の専用機と成り果てている。
 しかし、彼女にとっては、この機体こそが自分の得意とするスタイルに適合した最高の機体だった。
 元々紙のような試作機を使用していた彼女は、機体の防御性能など元から当てにしていない。むしろ、滅多に被弾しない程の機動・運動性能を突き詰めるべきだと思っていた。だからこそ、この機体を自ら進んで受領したのだ。
 「今の状況、フラジール単機でも勝機は十分にありますが……」
彼女は観測を続けながら、その場の状況を冷静に判断していた。頼りなさそうな外見とは裏腹に、実力は各クランの主戦力並みに高いのだが、彼女の対戦自体が「実験データの収集作業」な為に17位という地位に納まっている。今回のミッションにしてもそうだ。これまでにも、対WhiteGlintを想定したシミュレーションバトルを幾度か行っている。その対戦において、フラジールが優勢であるという評価が出ているのだ。本来ならば、単機ないし2機――ステイシスとフラジールのみ――での作戦が妥当だろう。
 だが、あの機体を確実に撃破・無力化したいらしく、連合はもう1機を支援機として用意したのだ。それも、アスピナや連合のデータベースに無い機体を。
「例の機体――その本質を見極める為に、今回はバックアップに回りましょう」
彼女は、そう呟いた。もしかすると、今後の研究に応用できるような機体かもしれない。そういう点で興味深い個体だ、と彼女は思っていた。勿論、アスピナの研究者も。
 と、遼機からの連絡が入った。
「――こちらステイシス、まもなく作戦領域に到達する。準備できているな、貴様?」
「はい、いつでも行けます」
ステイシスに応答を返すと、彼女は、両手に直接接続されたサブマシンガンの安全装置を解除した。チェーンガンについては、まだ動作させる必要も無い。
「WhiteGlint……。その大袈裟な伝説も、今日で終わりだ」
ステイシスは、自信満々といった調子でそう呟いた。それに対して、彼女は何の感情も抱かない。あまりに無感情な為か、「壊れ物(フラジール)は既に壊れている」と皮肉られたりもするが、彼女はどうでもよかった。研究に役立てられれば、それで十分満足なのだから。
 その時、アスピナのオペレータが指示を出した。
『No.17、新たな敵影を捕捉した。速やかに対処しろ』
「新手とは。あの機体の観測ができませんが、仕方の無い事ですね」
彼女はそう言って、敵がいるであろう方角に頭部のレーダーを向けた。その情報通り、WhiteGlintとは異なる機影の反応が1つ、はっきりと確認できる。
「フラジールよりステイシス、私が増援を処理します。貴方と支援機で、作戦目標の撃破を行って下さい」
「――こちらステイシス、了解した」
ステイシスからの応答を確認し、彼女は敵機に向け加速した。

 僅か数秒の内に、該当機の姿を目視で確認できる距離まで接近すると、彼女はその機体を観察し始めた。
 見たところ、戦闘を主とする機体ではないようだ。装着しているアーマーの構造、装備している武器に該当するデータは無し。
「該当なし、つまりは新型機ですね。機体各部に大型のスタビライザーを複数装備しているようですが、一体……」
不思議に思いながらも、彼女は徐々に接近していく。頭部はマスクタイプのアーマーに覆われ、全体的に丸みを帯びた装甲の一部には、センサーらしき物体が取り付いている。そして、背中には円環状の装置が接続されていた。
「あれは?広範囲探知型のレーダー……!?」
そこまではっきりと見える位置に来たところで、彼女はレーダーの異変に気がついた。先程まで鮮明に把握できていたのに、急にノイズが酷くなっている。それに、AIの根幹部が、先程からよく判らないデータを受け取り続けているようだ。
「これは――!」
もしや、この機体は――。
 そう思った瞬間、突然音声が飛び込んできた。通常の無線通信ではなく、直接根幹部にデータが送り届けられて。
『――なら』
「なら……?これは一体――」
『さようなら……縛られた人』
その言葉とともに、大量のデータが彼女のAIを構成する根幹部を蹂躙し始めた。彼女の情報処理能力を以ってしても、その全てを対処する事はできず。
「し、視界から……目の奥から、光が逆流する!?」
彼女の意識は、突如押し寄せた情報の奔流に飲み込まれた。
「ギャァァァァァァアアア!!!!――」

 AIの根幹が崩壊し、制御能力を失って墜落していくフラジール。その姿を横目に、『彼女』は静かに飛んでいく。
「お願い……無事でいて」
そう呟きながら。
 彼女の目指す先では、幾つもの光が――絶えず明滅していた。

       

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Neetsha