真紅の世界に浮かぶ、無数の機影。戦闘機の姿をしたそれらが、目の前に立った敵を射界に捉えていた。紫色の甲冑をまとい、一本の騎兵槍を構えた少女――その肩にはGEのマーク。それ目掛けて、四方から無数の機体が殺到する。
「グングニル、近接攻撃(スラッシュ)モード」
『Slash mode,drive.』
彼女の声に、電子的な音声が応答を返した。直後、1方向の敵機が何かに切り裂かれる。少女の姿は、無い。
「ちょっと敵が多いかも。……でも、ここで食い止めないと」
包囲網からかなり外れた所に、彼女が出現した。槍の唾部分が変形し、唾の下部から補助ブースターが展開されている。
『Yes,master.』
彼女の声に、槍自体が応答を返す。彼女は、こちらに向き直った敵の群れに、槍の穂先を向けた。
「音速一閃――」
彼女が唱えた直後、その姿が突然消失した。と同時に、銃を向けた敵機が一度に仰け反り、1機残らず爆散する。彼らの反応速度を遥かに凌駕した速度で、一撃が放たれたのだ。
『All target destroyed. Nice attack,master.』
桁外れの一撃を放った彼女に、槍――『グングニル』複合兵装槍――が賞賛を送る。その言葉に対して、彼女は一言お礼を返した。
「ありがとう。これで任務完了、か」
『ご苦労様。私の方もあらかた片付いたから、このまま帰還して』
「了解。ネイパスも気をつけて」
GM『ネイパス』からの無線に返答を返すと、彼女は槍を通常形態に戻した。
「今週に入って既に2回の襲撃……。数も増えてきたし、そろそろ本隊を呼んだ方がいいかな」
『I agree too.』
「うん、マスターの所に戻ったら助言してみる。――じゃあ、帰ろう」
そう言って、彼女――GM『アテッサ』――は微笑んだ。
ここの所、敵方の襲撃が無いな。自室で数学の課題を解きながら、俺はそんな事を考えていた。別に、襲撃があって欲しいというわけではない。むしろ、何も起こらない方が安心して生活できるというものだ。とはいえ、ここまで襲撃が無いと逆に怪しく思えてくる。
「ん、どうかしたの?」
俺の手が止まっている事に気づき、キキョウが尋ねる。最近、俺が勉強してる時にも一緒にいる事が多くなった。彼女自身あからさまな言動はしていないものの、一緒に居たいという気持ちが強いようだ。たまにスミレも覗き込んだりしてくるが、どちらかといえば『監視』に近い雰囲気で、特に構って欲しいわけでは無さそうだった。
「ちょっと考え事。まあ、どうでもいい事だが」
「最近、考え事してるの多くない?」
「元からだ」
そんなやり取りをしながら、俺はノートにペンを走らせた。気のせいか、彼女と会話しながら勉強している方がはかどっている気がする。
ところで、と彼女が話を切り出してきた。
「週末、大河さんと姫澄さんと一緒に出かけるんだっけ?」
「よく知って……ああ、その場に居たからか。その通りだけど、それがどうかしたか?」
俺が質問すると、彼女は懇願するような表情で俺を見つめた。
「私も一緒に行っていいかな?」
「んー……。どうするかな――」
その事については、俺も悩んでいるところだ。大河さんは両方連れてくると言っていたし、姫澄も緊急時に備えてセインを連れてくると言っていた。こうなると、俺もどちらか1人ないし両方を連れていくべきなのだが、キキョウとセインを会わせると……。
「誰かさんと誰かさんが喧嘩して大変な事になりかねないからな……」
「ちょっと、それ誰の事よ?」
自分の事を指しているのに気づき、彼女は憤慨した。
「冗談だ。とはいえ、両方連れていくのはどうもな」
「どうして?」
「もし襲撃を受けた場合、両方とも撃破される恐れがある。そうなったら元も子もない」
一方で、どちらか1人をここに残しておけば、もしもの事態に遭遇したとしても対抗策はある。まあ、それは俺が無事抜け出せればの話だが。
「愛姫やられたら無事じゃすまないだろうし、戦力は1人でも多い方がいいと思うけど」
「その辺はもうちょっと考えさせてくれ。まだ数日あるし」
そう言って、俺はノートに方程式を書き記した。
『――それで、人員の補充を急いで欲しいってワケね?』
机の上に置かれたペンケースに腰掛けたGM『アテッサ』に、PCのディスプレイに表示された少女が確認した。簡易アーマーの上に白衣を羽織った彼女は、さながら何処かの研究者のようだ。
「その通り。私達の予想に反して、敵勢力の増強が早く進行してるみたいで。今はまだ2人で抑えられる規模だけど、その内それも難しくなると思う」
その言葉に、彼女は少し意外に思ったのか、二言ほど呟く。
『貴方がそんな事を言うなんて、久しぶりだわ……』
「イベントの都合で、ネイパスと直接対決する事になった時以来、かな」
そう言って、アテッサが苦笑する。さすがにあの時は『死』を覚悟した程だった。幸い、そうなる事無く今までやってこれたのだが。
『ともかく、GM側で追加戦力の選定は行ってるみたいね。それと……、私も現実世界(そっち)に赴く事になったから宜しく』
「ミミルが?何で開発畑の貴女まで……」
アテッサが驚いた表情で呟くと、ミミルはふっと笑みを浮かべる。
『何でも、開発が例の次世代アーマーを実働させてみたいらしくて。主人(マスター)が開発したモノだから、私がテスターになった方が都合がいいだろうってね』
「でも……、そんなの危険過ぎる」
険しい表情をする彼女に対し、ミミルは真剣な表情で言い返した。
『戦争に危険は付き物よ。それにね、私はもう覚悟を固めてるのよ』
「そうだよね……。でも、できれば無理はしないで」
彼女がそう言うと、ミミルはいつもの微笑を返した。
『わかってる。貴方も気をつけてね。それじゃ――』
通信を終え、アテッサは軽くため息をついた。そこまで切迫した状況であると理解はしていたものの、戦争と認識していたわけではなかった。あくまで、開発のもたらした不具合によるトラブル……その程度だと。
「どうしたの、アテッサ。やけにナイーブみたいだけど」
不意に声を掛けられ、彼女は顔を上げた。彼女のマスターが、少し心配そうな表情をしてこちらを見つめているのが見えた。
「何でもありません、マスター。……」
「言葉で誤魔化しても、気持ちは誤魔化せないわよ。ほら、打ち明けてみなさい」
やっぱり騙せない……、マスターに嘘はつけない、だから――。彼女は気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと、そしてはっきりと気持ちを伝える。
「開発の方にいるキャラクターの1人が、こちらに来るらしくて。その事がちょっと心配で……。分かってます、これはマニュアルで示されるような緊急事態ではないって。でも、私――」
「ミミルちゃんの事、でしょ?」
「え――?何でそれを……」
驚く彼女に、彼女のマスターはフフッと笑う。
「あの子のマスターから連絡を受けてね。『ミミルの事だから、アテッサに話すんじゃないかと思う。その辺は宜しく』って言われてたから、それ関係での悩みかなと思ったの」
「そう……だったんですか」
それを聞いて、彼女はどこかホッとした様子でため息をついた。ミミルのマスターもいい人だから、私達の事、気に掛けてくれたのかな。
「ああ、それから……ネイパスちゃんがこっちにメール寄越してきたんだけど、貴方も読みたい?」
「はい、勿論です」
そう言って、彼女は微笑んだ。微笑ましいような内容じゃないんだけど……。そんな事を思いながら、彼女は携帯電話の画面を見せた。
『――ランク・ノインからの連絡はまだか。まさか撃墜されたのではないだろうな』
威厳に満ちた声が彼女に問いかける。彼女は小さなため息をつき、問いに答えた。
「そのまさか、ですよ。私もまだ信じられませんが、彼女の反応が消えた事を考えると、そう思わざるを得ない」
『――驚きだね。戦闘能力が低めとはいえ、あの彼女がやられるという事は、相当マズい輩に出くわしたって事じゃないか。ボクが思うに……、開発元の差し向けた戦力かな』
『おそらくはな。……となると、これは計画の見直しが必要になるな。どう思う、ランク・フュンフ』
冷静な口調の声が尋ねると、今まで沈黙していた存在が口を開いた。
『同意』
「では決まりですね、ランク・ズィーベン」
彼女が確認する。冷静な声は、それに対し承諾の意を示した。
『了解、最善を尽くそう。……ときに、ランク・アインス。例の『迎え入れたい者』について、詳細をお教え頂きたいのだが』
『今、話す必要はない。いずれ、お前達にも紹介する事となろう。その時まで待てないとでも言うのか、お前は』
問いかけに対し、威厳に満ちた声はそう言って問いただした。
『まあ、せっかく話題に上った事項だ。欲求された回答をを拒否するわけにもいくまい。そうだな……、例えるなら『首輪をさせられても尚、野良である事を主張する飼い犬』といったところか』
「面白い例えですこと。いずれ会ってみたいものです」
彼女はそう言って笑う。
『ところで。ランク・ドライツェン、君は現実世界(こっち)にいるのかい?それともまだ――』
「近いうちに参ります、ランク・アハト。暫くは潜入を続けなければなりませんが、時期が来ればいずれ――」
その言葉とともに――、静寂が訪れた。
アテッサは、ネイパスからのメッセージを読み終え、――そして絶句した。
「そんな――っ!」
「残念だけど、本当に起きた事らしいの。私も、まだ信じられないでいる……」
そう言って、彼女のマスターが視線を落とす。そのような事態を簡単に認められるような人間など、何処にもいないだろう。まさか、人間がAIに意識を『食われる』など、思ってもみない事なのだから。
「でも、そんなエラーを生じないようなシステムだった筈です!」
彼女はそれでも尚反論した。そういった問題が実際に発生する事は予想され、既に予防策も講じてあった筈だ。それなのに……。
「絶対に生じない、なんて事はまず有り得ないわ。でも、敵性NPCでないAIがこんな事を起こすなんて……」
「……とにかく、早く対策を採って貰うしかありません。直ちに開発へ通報を」
「ええ。それと、補充要員に該当者の保護を命じて。該当者の機体は――」
PCのディスプレイ上に複数のウインドウが開かれ、通信プロパティがその手前に表示される。彼女は、開発部所属のキャラクターに対し通信回線を開くよう指示を送った。それを確認し、彼女のマスターがその名を読み上げた。
「該当者の機体は、アリーナランク9『WhiteGlint』よ。阿武のキャラだったら、『白い天使の事で話がある』と伝えて」
「わかりました」
彼女が応答した瞬間、ウインドウに見慣れた少女の姿が投影された。阿武の所有しているキャラクターだ。その少女に向かって、彼女はマスターの指示通り説明し始めた。その様子を後ろから見守りながら、マスターは思案に暮れる。おそらく、そんな状況に陥ったのは彼女だけでは無いだろう。もしかしたら、敵性NPC側でも同様の事態が発生しているかもしれない。とするなら、私達は……。