Neetel Inside 文芸新都
表紙

メッシュ短編集
充実すべき生活 あるいは 未完成な感情

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 注意

毎度ご拝読有難うございます。

作者メッシュです。

今回、本編では過激なシーンがいくつか出てきます。

又、同性愛やSMなどの個人的な主義、性的嗜好が多く出てきますので、

現時点で不快な感情をお持ちの方は直ちにブラウザでお戻り下さい。

本編に出てくる店や個人などは全て架空のものである事をここに記します。

また、誠に申し訳ありませんが、今回についてのみ、苦情等は受け付けません。


どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。


それでは、本編へどうぞ

     


あんたってどうしようもない甘ちゃんだね
それでどうして生きていられるんだろ
ねえ、教えてくれない?





ばしり、ばしりと激しい鞭の音が響いている。

暗い部屋に、ろうそくと間接照明だけが怪しく揺れる。

「さあ啼きなさい!!もっと!!もっと大きな声で許しを請うんだ!!」

赤い革のニーハイブーツのヒールを男の腹に食い込ませながら、眼帯マスクをした女が高い声を上げながら言った。

痩せて引き締まった体に、ぴっちりとした赤いミニパンツとブラトップを着ている。くびれを見せ付けるように出た腹にダイヤのヘソピアスが光った。

同じ革の手袋に握られた鞭が、生きているかのようにしなってピシリと床を叩いた。

染めて赤くなった長いストレートの髪がざっとなびく。

「お、お許し下さい……リンカ様…リンカ女王様…!」

「はああ!?聞こえないんだよこのグズ!ちゃんと話しな!!それとも何か、このきったない口はママのおっぱいしか吸えねぇのか、ああッ!?
 さあ言え!あたしに逆らってごめんなさいーって!!許してくださいって泣け喚け!!!」

言いながら、女は無理やり掴んだ男の頬をごみでも捨てるように放った。男は再び、無様に床に転がった。

がつっとどこかをぶつけた音がしたが、女は反応せず、痛みに縮こまる男を見下ろした。ピシッと顔面すれすれを鞭が走り、男がひっと息を呑んだ。

醜い。

とても醜い男だった。

ぶくぶくと脂の付いた豚のような中年の丸い体に、短く太い足と手。後ろ手で縛り上げた腕がボンレスハムのようになっている。

特殊なパンツの中央からは、そそり立った男根が張り詰めた形のまま、縄で縛られ赤黒くなっている。彼女が男に命じて、自ら穿かせたのだ。

天辺だけ見事に禿げた頭。不恰好としか表せない顔には、恐怖と興奮にひくひくと引き攣っている。小さすぎる目がこちらを窺う。

肉の頬には、さっき無理やりはずした轡の痕があり、身体中には大勢の赤いミミズが生々しく汗でテカっている。

「何を見てる。さっさと言いなさい!!!この豚!ぶた!!ブタあッ!!!!あたしの言う事が聞けないのかッ!!!!」

バシッと勢いよく鞭が唸り、男の身体に更にミミズを増やした。

「あぐっ!ああっ!!うぅっ…うあっ!!おっお許し下さいっ!!リッひいっ!リンカ女王様あっ!ご主人様あぁっ!!」

続けざまに振るった鞭を止め、女は満足げに笑った。

「やあーっと言えたね豚。全く命令もちゃんと聞けないようなグズが、あたしに逆らうとどうなるかわかったな?」

男は痛みにぶるぶると肉を振るわさせながら、頷いた。女は舌打ちして突然また鞭を思い切りよく男に振り下ろした。

「うあっ!!お、おゆっるし…下さいっ!リンカっ女王様!!あっ!ああっ!!」

女は無言で鞭を打ちすえ、やがてぴたりと止めた。男が息切れをして呻く。

「何か忘れてないかねぇ、ん?このグズ!」

「あ、ありがとう、ございました!はぁはぁ、リンカ、女王様!!ぼ、僕はあなたの下僕です!豚ですッ!!ペットです!!!」

「ふん、よくできました。よしよしいいこだね、豚、褒美をやろう」

はっとして男が顔を上げた。女はつまらなそうに鞭を放ると、壁に設えられた棚から白い小壷を手に取った。

「魔法の薬さ。このあたしが塗ってやろう。身体を見せなさい!!」

「…っ!」

男の目にギラギラとした興奮が宿った。

女は従順に身体を広げた男の上を跨ぐ。そして、おもむろに手に掴んだ壷の中身を男に降りかけた。

「…?う?!うわああっ!!」

それは熱された粗塩だった。男の身体中に付けられたミミズに、半分溶けかけた熱い塩が沁み込んでいく。

男は短い悲鳴を上げながら、女の跨いだ足の間から逃げようとして、思い切り女に蹴られて更に声をあげた。

女がヒステリックに高く笑った。

「あーっはははははっ!!塩漬け豚肉だ!!ブタ!ブタ!あはははっ!もっと踊りなさい!!」

女は更に塩を手に握り、男の傷口にぐりぐりと押し付け、擦り込んだ。男は嫌がってひいひいと啼いて逃げようと身を捩る。

「動くんじゃないよ、ブタ風情が!!折角このリンカ女王がブタの傷を治してやってるんじゃないか!!この恩知らずが!!」

女はガツンと男の頭を思い切り叩いて、ついでにヒールで蹴飛ばした。女は壷をひっくり返して、中身を男にぶちまけた。男は熱さにびくりとして、女を見上げた。

「自分でやりな!ブタが生意気にあたしの手を煩わせるんじゃない!」

「は、はい…」

「返事!もごもごぶうぶう喋るな!」

「はいっ!!有難うございますリンカ女王様!!」

「よろしい。さっさと床の薬を塗りこみな!ほらっ!!」

またも無理やり腕の荒縄を解かれた男はボンレスハムの痛みに顔を歪めながら、床に這いつくばって塩を身体に擦り込み始めた。

女は時折呻く男を無視して、壁にかけられた道具を眺めやる。同時に時計に目をやり、思案した顔で男を見やった。

男はちんたらと塩をかき集め、地道に身体の傷に刷り込んでいる。ちっと女はまた舌打ちをした。

「遅い!!何をちんたらちんたらやってんだ!!もっと早く出来ないのかこのぐず!!ブタ!お前なんかブタよりグズだ!!」

まだ命令して数分も経っていないというのに、女は蹴りを入れて男を床に転がした。

「お仕置きだよ!あたしの命令をちゃんと聞けなかった罰だ!!アレに乗りな!!!」

「っそ、そんなっ!!」

蹴飛ばされた男は、女が指差した先を見て尻込みした。指の先には、子供部屋によくある木馬が置かれていた。

それは普通の木馬よりも背の部分は細く削られて3cmほどしかなかった。そして、首にも足の部分にも重々しい鎖に頑強な革のベルトが取り付けてある。

「何か言ったか、ゴミ!さっさと乗りなさい!ぐずぐずしてるんじゃないっ!早くしろ!!」

何度も蹴飛ばされて、男はひいひいと泣きながら木馬によじ登った。木馬の背は予想以上に大きく、男が乗ってもまだ余っていた。

「何してんだよ、この莫迦やろうが!!それはこうして乗るんだッ!!」

女は男の頭を押さえ込むようにして馬の鬣の棘にぶつけると、手馴れた様子であっという間に男の首をベルトで固定した。ささくれた棘がちくちくと男の頬に食い込む。

必然的に腹の肉を木馬の背に食い込ませた男が、どうにか落ち着こうとじたばた無様にもがいた。

むんずとその手足をつかんだ女は、乱暴にそれぞれの位置に取り付けられたベルトに固定しようとした。が、丈が足りない。男の手足が短いのだ。

「畜生が!家畜の分際で!!」

毒づいた女は無理やりに手とベルトを引っ張ると、ぎゅうぎゅうと括りつけた。男は顔に当たる鬣の棘と食い込む背に、くぐもったうめき声をもらした。

「全くどこまでもグズなんだから!このカス野郎!!」

女が思い切り木馬をけると、ぐらぐらと慣性の法則で木馬が動き出した。

「うぐぐぐっ!!ふぐっいぎぃっ!!」

予想以上の締め付けと痛さに、男が悲鳴を上げる。手足を動かして必死に木馬を止めようとして、更に木馬が激しく揺れた。

「あははははは!!!ばかだねぇ!!本当に馬鹿だよ!!ほらっもっと走れ走れ!!」

愉快気に笑いながらいつの間にか手にした鞭で、男の尻を叩き始めた。

そして、ぎゅうと男の張り詰めた男根に食い込んだひもを見計らって引っ張った。更に締め付けられた男は喘いで身体をよじらせた。

「啼け啼け!!ひひーんって言ってごらん、このブタウマ!あはははっ!!ほらっ啼け!!いなけっ!」

「ひっひいっひひいいんっひひいーーんっ!!」

いなきながら男はぐらぐらと揺れ続ける木馬の上で、鞭の鋭い痛みと木に食い込む肉の快楽に射精した。


     


あんた、泣いてるの?
それとも笑ってるの?
どっちでもいいけど、そこから動いてくれない?
邪魔なのよ





「お疲れ様でしたぁ~またのご利用をどうぞぉー!」

「またおいでねぇ吉田社長ぉー」

ぶよぶよの肉をパリッとしたスーツに包み込み、男はぺこりと上品に頭を下げてベンツに乗り込み、走り去った。

「おつかれーんリンカ女王様w」

隣で長身で痩せた女がしなをつくって言った。否、青髭を生やした、ゴツゴツの身体はどう見ても男の物であった。

彼女の派手なバイオレットのドレスに付けられたハート型ネームプレートには、ミヤコ店長、と書かれて星やらハートやらがカラーペンで可愛く描かれている。

「やれやれつっかれたー」

リンカと呼ばれた女は首をぐるりと回しながら肩を揉んだ。と、突然後ろからするりと手が出きて、リンカの手の上で一緒に肩を揉んだ。リンカは器用に頭をくにゃりと後ろにそり返す。

「ラン姉さん!びっくりしたー」

「お疲れ様、リンカちゃん。また吉田さん?」

「そう。最近あの人延長多くてさー」

「まあまあいいじゃないのん!お蔭で大繁盛よ!リンカちゃんだって吉田さんのお蔭でモってるんだし、感謝しなきゃ」

「まあねー」

「そうそう、お客さん一番ってね」

いかにも優しそうなランは艶やかに笑い、S嬢とは思えない華やかさをかもし出した。

豊満な身体に、悩ましげな腰つき、軽くウェーブした髪とハニーフェイスは、着ている服がきわどい棘付きラバーのミニスーツでなかったら、どう見たってサディストとは思えない。

しかも、このSM店『レッドロゼッタ』の指名NO.1の女王様だから、驚きだ。

「リンカちゃんおなか空いたでしょ?出前食べる?おごったげるわよぉ!」

「まじですか!?食べます食べます!!」

「あ、ずるいー。ミヤコさんあたしも食べたーい!」

「よーし、今日はミヤコ、がんばっちゃうわ!」

「きゃあ~っミヤコさんステキ!!」

「惚れ直しちゃう~!!」

「もうっそんなに褒めないでちょうだいっw照れちゃうわよ~」

ミヤコは頬を赤らめ、笑いながら待ってないさいよーと言って上機嫌に電話をかけに言った。今日も彼女は機嫌が良い。

二人は忍び笑いをしながら、スタッフルームとかかれたドアを開いた。

途端、きゃあきゃあと笑い声が跳ね返る。

「あっ!リンカ姉さん、ラン姉さんお疲れ様でーす!」

「リンカ姉さんお疲れさまーッス!!」

「かっこよかったですーリンカ姉さん!」

「なーに覗き見してたのー?言ってくれれば混ぜてやったのに!」

「きゃーリンカさんに犯されるう!!」

「ばーか」

たくさんの少女と女たちが、一斉に笑った。

殆ど下着に近いあられもない姿のまま、女たちは化粧を直し、髪をとかして、弁当を摘み、煙草を吸ってお喋りに興じている。



沢山の妹たちと先輩の姉さん達。

リンカはここではもう3年働いているので、1位のランと2位のユリエ、引退間近のサクラの他に姉は居なくなってしまった。

花商売は鮮度が大事。

切った花は生けておいてもいつかは枯れるのだ。

美しい肉体と顔を保ったまま、華々しく艶やかに、華やかに傲慢に消え去るのが大切である、と今年で24を迎えるのリンカも思っている。

リンカが自分の鏡台の前に座ると、金色のショートカットの19歳新人チホコ、通称チコとまだ17歳のデビュー前のアンナが近寄ってきた。

二人に手伝ってもらい、締め付けがきつい仕事着を脱ぐ。二人はリンカの世話を焼くのが日課のようになっているのだ。

それもこれも、ミヤコの店特有の『年長者には必ず年少者が付いて世話をし、年長者はそれに対して技術やノウハウをみっちり教える』と云うルールのせいだ。

「ふう、ありがとー」

「いいえ!あ、そうだリンカ姉さん。今日何食べますか?お弁当まだあると思うんですけど…」

「お弁当はまだ鶏ササミパスタと唐揚げとんかつ、あとごちそう弁当が残っていますよー」

チコはビニールゴミの溢れたテーブルにどうにか弁当を並べる事が出来た。

「あーごめーん。今日はミヤコさんに奢ってもらうんだー」

部屋中にエーーッと云う声が上がった。リンカはブイサインをして意地悪く笑った。

「いいなあ~~リンカ姉さん」

「何頼むんですかー!!」

「まだ決まってない。っていうかミヤコさん任せーw」

「ふふっ選び始めると切りがないものね」

隣で化粧を直し始めたランがしたり顔で微笑んだ。後ろでランの髪を束ねようとしていたタレ目のハルがきょとんとしてランの顔を窺った。

「もしかしなくても、ラン姉さんもおごりですか?」

「ええ、丁度おなかが空いてて、ほんとについてるわ」

「二人でミヤコさんおだててね~」

恨めしそうに見つめる妹達を見ながら、二人はニヤニヤと笑った。それを見ていたユリエが苦笑してランの肩に寄りかかる。

「やめなさいってお二人さん」

「ユリエさんだってこないだ一人で食べてたじゃないの。いいじゃない、たまには。あたしだって奢られたいの!」

ユリエにいわれて、ランは子供のように唇を尖らせた。意外に子供っぽいところがまたよく似合う。

再び笑い声が湧き、ランは拗ねたように化粧直しに没頭した振りをした。リンカは苦笑しながら、コートを羽織り始めたユリエに笑いかけた。

「もう帰るんですか?この頃早いですよねユリエ姉さん」

「んふふふwダーリンが待ってるからね!」

「きゃあ!ユリエさんまた新しい彼氏ですかあ~!!今度はどんな人ですか?また大学生?それともおじさまですか?!」

同じくコートを羽織った小柄なヒトミが物凄く羨ましそうにユリエに言った。ユリエが嬉しそうに秘密!と笑って流すと、そこを何とか、とヒトミに絡まれながら扉を開けた。

「お疲れ様~お先ね~」

「お疲れでーす。明日ー」

「ユリエ姉さんお疲れまでぇーす!」

ユリエとヒトミが帰ると、途端女の子達は身支度を始め、次々と部屋を後にし始めた。カラフルなコートとマフラーを手にしながら、一人二人とヒールの高い靴を引っ掛けていく。

「じゃあたしもーお疲れせしたー」

「お疲れーバイバーイ!キララもバイバーイ」

「さよならーリンカ姉さんお疲れですー」

「ラン姉さぁん!明日シバリ、忘れないでくださいねー!お疲れっす!」

「はいはい判ったわよ!」

ランは荒縄縛りを教えると約束したエミに手を振ると、あっという間に広くなった部屋を見回し、突然一人で片づけを始めた。

「あっ!あたしもやります姉さん」

「いーから座ってなさいな」

そんな訳には、と呟きつつ、リンカもゴミが散らかった部屋を片し始めた。

騒がしく若い妹達がいなくなると、10畳ほどの部屋は余りに広い。最も、12畳に17人も押し込めているに無理があるのだろうが、それがここでは普通だった。

それだって、リンカが入りたての頃に比べれば、ずっと少ない方である。

当時はその12畳に30人近くの女が入りは出て行き、出ては入ってきていたのだ。現在のように延長者の仕事を最後まで待っているほど残っている娘も居なかった。

そして、店長であり、彼女達の仮の母であり父であるミヤコは、大所帯の家族のようにこの店を仕切っている。



彼女は向かい風しか流れてこないようなこの水商売をかれこれ10年近くやっているという。

今ではどこでも見られるSMクラブであるが、店を開いた当初、客はおろか冷やかしに酒を飲みに来る人もこず、店員もミヤコを含め3人しか居なかった。

現在では当時の話を笑い話で話すミヤコであったが、当時は毎日の生活まで投げ打ってでも店を続けようと東奔西走した。

何度も店を畳もうと覚悟した事もあれば、客に殴られ罵られは日常だった。

また、それはSMという特殊な性行為や性質を持つ人間が理解され、許されるような世の中ではなかったためだが、彼自身が自らを女性とし、その上でのSMセックスと云う性的欲望を認知したのが25歳を過ぎてからということもあった。

最早完璧にリーマン男が板になっていた彼は、何ヶ月も悩み、思い切って思いのたけを惚れた相手に伝えた。

14の少年のような純粋さであった。

無論、彼は見事に玉砕し、打ち捨てられ、貶され、社会的立場さえ危うくなり、その頃になって、始めてSMクラブという世界を知った。


その世界はあまりに醜く汚らしく、怠惰で危うかった。

そして、燦然と眩しく、美しく輝いていた。


彼は、否、彼女は自分の居場所と理解されない同胞達のために、店を作ろうと心に決めた。

幸い、ミヤコは一人ではなかった。

今ではどちらも隠遁して思い思いの生活をしているが、SMをこよなく愛す30近くの女とオカマ歴27年と云う熟練おかま友達がいたのだ。

どちらも店を作りながら渡った偶然的にクラブで知り合った仲だったが、三人はまさしく完璧なトリオであった。

年齢こそ多少ぶれはあるものの、三人は貧しい生活にも拘らず、ある日には若者のようにはしゃぎ、別の日にはあらゆる手を駆使して店をどうにか軌道に乗せる事が出来た。

現在では、このあたり一帯に知れ渡る、立派な高級SMクラブである。

しかも、店の近くには同じような同性愛を尊ぶ酒舗やクラブ、男性限定のSMや男子禁制のクラブも出来、異質な色彩を放つ輝かしい水商売の看板が立ち並ぶ通りとなった。




「ランちゃん、リンカちゃんおまちどおさまぁ~!あーけーてーw」

ミヤコの中途半端なオンナ声がドアに跳ね返った。

ランがドアを開くと、その手にはラーメンのどんぶりが乗った大きな盆を抱えている。どんとそれをテーブルに載せると、ミヤコは大げさに溜め息を付いた。

「ああ、重かったわぁ~!ラーメンてこんなに重かったかしら」

「うわーおいしそー!!いっただきまーす」

リンカはラーメンを覗き込み、箸を割ると子供のように抱えて食べ始めた。

よほど腹が減っていたのか、その勢いにランとミヤコが顔をあわせて思わず笑った。ミヤコは笑いながら、ラーメンをかっ込むリンカに餃子を差し出した。

「リンカちゃん、おいしい?明智屋のラーメン」

「はひっおいひりれふっ!」

「ンふふふ、ほら、ランちゃんも食べなさいな。伸びちゃうわよ」

「あ、はーい。いただきます」

ミヤコはずるずるとラーメンを食べる二人を眺めながら、大昔に3人で食べたチャーシューもネギもメンマもなかった完璧具無しのラーメンを思い出した。

お店のお祝いだから、と笑いながら食べていたのに、おかまのミホコが笑いながら嬉泣きし始め、結局3人で笑い泣きで麺をすすったのだった。

あの頃はどんなに貧しくても、空腹で倒れそうになっても、あたしは宝石みたいに輝いてたんだわ。今の、この子達みたいに。

ミヤコはふっと微笑んだ。あたしも年を取ったのね、と視線を落とす。

長いつけまづげが視界を遮り、ぼやけて薄黒くなった世界がミヤコを覆った。

「ふわーーっ美味しかったー!!ミヤコさんご馳走様でした!」

「ご馳走さまでした…ミヤコさん?」

はっとしてミヤコは顔を上げた。不安げな二人が、じっとミヤコを見詰め返す。ミヤコはにっこり笑顔を返した。

「あら、もう食べちゃったの!早いわねぇ、ちゃんと噛んでるの?」

「噛んでますよー。当たり前でしょ!」

「全く飲むように食べちゃうんだから、最近の子って」

「もう、ミヤコさんたら!さてとー、そろそろ支度しなきゃ」

「あ、私もー」

リンカはどんぶりを片し始めたミヤコの背中をそっと見た。

痩せて、骨張ったそれはもうどう見ても男のものである。

あたしがこの店に流れてきたとき、その背中も胸も強くてとても暖かかったのに。

ふいとリンカは目を反らした。

口の中に広がったラーメンの油が香ばしく後を引いている。

この店はもう潮時なのかもしれない、とリンカはストッキングを穿きながら思った。

「あっ」

「ん、なーに?」

「あーあ、ストッキングがー」

ランが見ると、リンカのストッキングが伝線している。リンカは引っ掛けてしまったのか、爪の先を見て溜め息を付いた。薄い赤の爪が煌々と光っている。

「ついてないわね」

「昨日綺麗にしたばっかりなのになー爪」

「爪じゃなくても何かしら引っ掛けちゃうわよ。気にしない、気にしない。それより二人ともはやくしなさいな、タクシー拾えなくなるわよ」

「あ、はーい」

ミヤコに急かされ、二人は急いでコートを着込んだ。


       

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Neetsha