翌日、大三和は昨日の大事にもかかわらず、しっかりと交番の前にて立ち番をしていた。
近所で発生した若者同士のもめごと収集にいっていた先輩警官たちが帰ってくる。
入りざまに「大丈夫なのか」などの声をかけられはしたが、大三和としては周りが考えているほど深刻に受け止めている様子はなかった。
不意に時計に目を落とすと、もう時刻は二十一時を過ぎようとしていた。この町は決して眠ることはない。常にどこかに光があって常にどこかに嬌声が響くのである。常に熱がある。そんな町が、歌舞伎町なのだ。
その熱のせいかどうかはいざ知らず、まだ六月という季節ではあるが、もうここ歌舞伎町はいやな、じっとりとした暑さが広がっていた。
大三和は振り返り、交番内に向け一応のことわりをいれておく。
「警邏いってきまーす」
中からは「ういー」だのどうだのと、統一のとれていない返事が返ってきた。
自転車にまたがり、いつものように大久保病院の右手に眺めながら、国道302号線を目指す。
もうあの高架下に、あの少年はいない。
しかしながら、自然と足はそちらへ向いてしまう。
ちょうど大三和が新宿消防団第一分団のT字路にさしかかったころであろうか、見覚えのある女性がたっていた。
和服に黒髪、そして長身の女性。手にはキセルが持たれている。
女性は大三和の行く手をはばむようにして立っていた。
「あの、何か用ですか。この前も署にいた人ですよね。マスコミか何かですか」
大三和は、自転車からは降りずに女性にむかって言った。
「あなた、この先の道路に出ると、きっとトラックか何かに跳ねられて死んじゃうわよ」
女性は平然と言ってのけたが、大三和からすればそれは馬鹿馬鹿しいの一言で一蹴できてしまうものだった。
しかし、彼女はさらに発言を続ける。
「見えるの。あなたが死んだときの顔が」
その瞬間、先ほどから連綿と続く彼女の言葉は決して馬鹿馬鹿しいの一言で片づけられるものではなくなった。
勿論その故は、彼、大三和自身がすでにこの経験、人の死を先読みするという体験をしているからである。
「あんた・・・一体・・・?」
「御一条小百合(ごいちじょうさゆり)。副業で、ちょっとこういうこと得意なの」
言いつつ、御一条はキセルを逆さにし、灰を落とし、その後にそれをバックに入れた。それらの一連の動作を終えると、彼女は手を差し伸べてきた。
大三和も一応は手を差し出し、握手を交わす。
「しばらくは、世話になると思うわ。勿論私じゃなくてあなたが、ね」
御一条はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
踵をかえし、進路を国道のほうへと向ける。その際、彼女の特徴でもある、長い黒髪がきれいに波を打った。
顔だけを大三和のほうへと向る。
「少し歩かない?」
大三和は、この誘いによってようやく自転車から降り、歩くことにした。
そうともしないうちに、ようやく国道へとつく。
時刻は、歌舞伎町にしてはまだまだ遅いとは言い難い時刻であったが、すでに車どおりはまばらなものとなっていた。
すると突然、御一条は大三和の腕を掴む。
驚いたともなんともいえぬ目で、大三和は御一条を一瞥した。
「高架下、見える?」
大三和は視線を、彼女から、そのずっと向こうにある高架下へと向ける。
そこは薄暗く、街灯がともってはいるものの、決して見通しのいいとは言い難い歩道があった。
その横の車道を、数台の車が抜ける際、ヘッドライトが歩道を強烈に照らす。映し出される人影。
「え?」
大三和は、思わず声を漏らした。
そこには、ほんの一瞬だけヘッドライトによって映し出された人影があったが、それは決して忘れえぬ人影でもあった。
そう、あの少年である。
一瞬目線を御一条に戻すが、彼女は何食わぬ顔で同じ方向を向いている。
再度大三和が高架下のほうへと視線を投げかけると、すでにあの死体の少年は二人の目の前にまで達していた。
「うわあ!」
大三和は絶叫し、倒れこみそうになる。
が、御一条が手を掴んでいたことによって、なんとか車道に転ぶということはなかった。
大三和はそのまま地面にへたり込んでしまう。
直後、その横を猛スピードでトラックが通過していった。
巻き上がる排煙の中、和服の女性に手を掴まれ、さながらマリオネットのようなていになる警官、そしてその脇にたたずむ死体の少年という妙な構図ができあがっていた。
「よかった。これでもう跳ねられることもなく、助かった。心配しないで。私がここにいる限り彼はあなたに手だしはできないわ」
説明されてはいるが、大三和からすればそれはもうあってないようなものであり、彼は茫然自失となる以外、なすすべはなかった。
「ほら、早くたって。いろいろ説明しなきゃいけないことがあるんだから」
彼女は言いつつ、つかんでいる大三和の腕を引っ張る。