Neetel Inside 文芸新都
表紙

スクウェア◆ライフ
出会いと出会い

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「今日の夕飯は何かな?」
「ユキちゃんは何が食いたい?」
 俺がそう問いかけると、ユキちゃんは先ほどからごちゃごちゃした机の上で何かを探して彷徨わしていた手を止めた。
 因みに、時刻は午前七時半。すずめがチュンチュン鳴いている時間だ。
 ウチではこの時間帯に夕飯の献立会議が始まる。
「食いたい・・・って言ってもそんなにレパートリーないじゃん」
「んなことないよ、レシピを調べれば大抵の料理は作れるよ」
 はいはい、そうだねー。なんてユキちゃんはまるで信じてない様子で応えながら、何かを探す作業を再開しつつ続けた。
「んー、じゃぁ今日もホイコーローでいいよ」
 どうやら探し物であったゴムを見つけたのか、そのゴムで長い黒髪を束ねつつそんな事を言う。
 その言い方では、俺がまるでホイコーローしか作れないみたいではないか。
 ホイコーロー『で』いい、とは言うが、料理をしないユキちゃんはなんだかんだで俺の作る料理を楽しみにしている感はある。
 俺はそこに活路を見出し、攻勢に出ることにした。
「今日もって何さ今日もって。そんなこというと晩御飯作らないぞー」
「それなら洗濯と洗い物しないぞー」
 負けた。基本的にクリエイティブでない作業が嫌いな俺のなかでも五本指に入るほど嫌いな作業で、その二つをユキちゃんにやってもらえないとなると、俺の生活は破綻する。
「謹んでホイコーローを作らさせていただきます」
「ハイハイ、材料は豚肉の他に何がいるの?」
 ユキちゃんの担当は洗濯と洗い物、そして買出しで、掃除とゴミだし、そして炊事が俺の主な担当である。
 だからこうしてメニューを決め、買出しにでるユキちゃんに必要なものを伝えるのである。
 俺は冷蔵庫に残っている食材を思い出しながら必要なものを考える。
「あー、キャベツはあるしピーマンもあるから、あとはとりあえず長ネギかな」
「りょーかい」
 ユキちゃんは紙を束ね終えたのか、机の上の作業に戻りながら片手で敬礼をして返事とした。
「・・・・・・・・・」
「ん?どしたの?」
 俺が黙ると、何か異変を感じたのかユキちゃんは手を止めて振り返った。
 夕飯の話をしながらもこちらを振り返らないが、何かを感じるとこうしてちゃんとこちらを気にかけてくれる。
「いや、そのなんつーのかね・・・・・・」
 いつもいつもこんなやり取りをしていて、いつも思うことなんだけれども。
 コレを言ってしまうと、自分達の中で何かが崩壊してしまうんじゃないかと思って言わずに堪えていたこと。
 それでも、俺は言おうと思う。言ったところで何が変わるわけでもないし、結局マイナスにしか働かないようなことなわけで。
「なに?はっきりしないね。言いづらいことなの?」
「言いづらいって訳じゃないんだが・・・・・・」
 それに、ここまで行って言わないってのも逆にないな。
 俺はそう思ってはっきり言うことにした。

「これでお前が女の子だったら、完璧な会話だな、とか思って」

 そういうと、ユキちゃんこと境 幸雄(さかい ゆきお)は溜息をついて言った。
「安心しなよ、俺も同じことを常々思ってるよ」
 ・・・・・・ですよねー。

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 こんな時間から夕飯の会話をするのは、俺がこの時間に出社して、帰ってくるのは夜になるからだ。
 出社と言っても、正社員というわけではなく、アルバイトだ。
 大学に通いながら、とある会社で働かせてもらっている。
 普段は仕事と言っても週一で出社して会議への参加と、進捗の報告があるものの、基本的には在宅ワークだ。
 しかし、今は大学も夏休み。
『暇なら出社しろ、つーかお前友達も彼女もいないから暇だろ?出社しろ』
 とのお達しがあり、こうして日々しこしこと出社しているわけである。
 副本部長の言い分は正しすぎて腹が立つが、正しいので仕方がない。
 朝ごはんを作り、出社。帰ってきて夕飯を作って寝る。
 これが今の俺の生活サイクル。
 そして先ほどから俺が会話している相手がユキちゃんこと幸雄。
 大学に入ってからの、数少ない心の許せる友人であり、今の俺のルームメイトだ。
「こーちゃん。俺じつは常々疑問に思ってることがあるんだ」
「何だ」
 こーちゃん。とは俺の愛称。
 とはいえ、この愛称で呼ぶのもユキちゃんくらいだ。
「俺もこーちゃんも、したの名前に『幸』って言う字が入ってるじゃない」
 確かに、俺のしたの名前は『幸一』で、『幸』という字は入っている。
「そうだな、それがどうした?」
「ということはだよ。俺らは幸運を一個もってるわけで、その二つが掛け合わさっているというのに、この現状はなんだろう?」
 おそらく、ユキちゃんの言う『この現状』とは先ほどの会話のことだろう。
 大学生だというのに、二人とも色っぽい話も無く、ヤローとの二人暮らしだからな。
「しかしだユキちゃん。『1』同士を掛け合わせてもやはり『1』だ」
「なんと!いや待った!足したら『2』・・・いやしょぼいな・・・・・・そうだ!常人より二倍と考えるんだ!つまり俺達の幸運のステータスは『2』なんだ!」
 常人の運を『1』として、『2』か。しかし常人の運って何を基準に言ってるんだろうな。
「つまり!俺達が掛け合わされば『2』掛ける『2』で『4』!あ、待った!『2』の『二乗』と考えれば」
「いや、それも『4』だ」
 ユキちゃんは普段は冷静で、細かいことに気が聞くナイスガイだが、テンションが上がると細かいことはどうでも良くなる性格らしい。
「そっか!でも『4』なんだよ!常人の『4倍』は幸運のはずなのに、なんでこうなんだろう?」
 本気で疑問に思っているのか、顔に疑問符をいっぱいくっつけてこちらを見つめるユキちゃん。
「なんで・・・・・・っていってもな。なんかこの会話してて悲しくなってきたよユキちゃん」
「俺もだよ・・・・・・」
 朝飯を平らげながら、二人して溜息をつく。
「あーぁー。どっかから女の子でも降ってこないかね」
「どんなに待っても、今日降ってくるのは女の子じゃなくて雨らしいよ、こーちゃん。傘忘れないでね」
 確かに、テレビでも丁度天気予報の時間で、夕方を過ぎた辺りから雨だとお天気おねーさんが爽やかに伝えてくれている。
「へいへい・・・・・・ってもう時間だな、そろそろ出るわ・・・・・・」
「いってらっしゃーい」
 ・・・・・・だから、なんでこのいってらっしゃーいが男の声なんだろうな。ユキちゃんよ。

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 パタン。
 玄関を出て振り返る。

 Paseo 102
 佐久間 幸一
 境   幸雄

 2階にある10畳を超えるリビングには、俺が購入した42型の液晶テレビに、仕事で使うパソコン1台とノートパソコン2台。
 プリンターやらのその他周辺機器がごちゃごちゃと並ぶ。
 更にリビングは俺の仕事場と化しているだけでなく、ユキちゃんの仕事場でもある。
 ユキちゃんは漫画家を目指す男だ。
 リビングにはユキちゃん用の作業台があり、トレース台とか、その他画材用具、資料用の本とかがあちこちに散らばっている。
 1階にはそれぞれの寝室があり、文字通りただの寝室で、お互い寝る時ぐらいにしか使っていない。
 つまり本気でベッドと布団しかない。
 基本的に、お互い寂しがり屋なので寝るとき以外はいつもリビングにいる。
 入居当初は
「こんな広い家に二人のヤローしかい居ないとかありえないよね!」
「ありえない。断じてありえない。コレはほっといても女の子が居座っちゃうね!」
 とかしていた会話が懐かしい。
 現時点までで、そのような妄想が現実になったことは一度もない。
「行くか」
 俺はポツリとそう呟くと、傘を持っていない空いている手で、最近仕事ばかりで動かしてやれないバイクを軽く撫でて駅へ向かう。
 空はとても雨が降るとは思えないほどの快晴。
 セミの鳴く声もなんだが弱々しく、寝不足なのか、それとも暑さにやれているんじゃないんだろうかと心配したくなるほどだ。
 暑さに耐えながらとぼとぼ歩いていると、ふと幻聴が聞こえた気がした。

「今日の天気は晴れのち曇り、所により雨または女の子でしょう」

 それは二階の窓から身を乗り出したユキちゃんの声だった。

「ユキちゃん。お前は頭悪すぎて天才だな」

 俺とユキちゃんはお互いの親指を立てあった。

     

「佐久間、今日は飲んでいかないのか?」
 そう声を掛けてくれたの副本部長兼プロデューサー兼プログラマーの丹下さん。
 通称『ゴッド丹下』
「あー、飲みたいのは山々なんすけど、家で相方が飯を待っているんで」
 仕事上がりの一杯・・・・・・と行きたいところは山々だがユキちゃんに飯を与えないわけにはいかない。
 ユキちゃんは放っておくと2,3日平気で食事をしないで作業に没頭してしまうのだ。
「そんなわけで、今日はこれで上がりますね」
「おう、お疲れ」
 そんな感じにゴッドは俺をすぐに解放してくれた。
 飲むのは大好きだが、無理強いをしないのがゴッドの信条らしい。
 無理やり飲ませても何も面白くないだろう、ということらしい。大人だ。
 エレベータを使い一階まで降りて会社を出ると、雲行きは怪しくなっていた。
 今はまだ振り出していないが、電車に乗ってるうちに振り出しそうだ。

(今日の天気は晴れのち曇り、所により雨または女の子でしょう)

 会社から駅へ向かう途中、朝交わしたアホな会話を何故か思い出してしまった。

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 揺られること一時間。
 たった一時間移動しただけで、会社のあった場所と同じ都内とは思えない片田舎へ到着する。
 予想通り、駅を出ると豪雨だった。
 いや、雨は予想していたが、バケツをひっくり返したような豪雨には予想していなかった。
 そして半袖で出勤した俺をあざ笑うかの様に冷え切ったこの空気。今夏のはずなんだけど。
(あー、今夜はクーラー要らず・・・・・・っていうか布団ひっぱりだしてこないとむしろ寒そうだな)
 そんな事を考えながら、傘を差し胸ポケットをまさぐり煙草を取り出す・・

 が、空だった。

(・・・・・・吸い過ぎたかね、会社で)
 煙草を購入するために必要な謎の識別カードは申請していないので、どこかしら煙草を販売している場所へ行かなければならない。
 この私鉄の寂れた駅には売店も無ければ、周囲にコンビニもない。
 タバコ屋はとっくに閉まっているので、少し離れたコンビニまで行かなければ煙草を購入することは叶わない。
 雨のなかを歩き回りたくはないが、この雨では多少歩こうが歩くまいがずぶ濡れになることに変わりはなさそうだ。
(しゃーない、歩くか)
 自分の中で活を入れコンビニを目指すことにした。
 コンビニは駅から自分の家へ通じる道を通過した少し先にあるのだ。
 駅へと迎えにやってくる車達を恨めしく見ながら、俺はとぼとぼとコンビニに向かう。
 俺の周囲に歩く人はいない。
 それも仕方が無いこの雨だ。車を使うか、そもそも表へも出ないだろう。

「ありがとうございました」
 目的の煙草を購入した時には、既にズボンの裾はびしょ濡れだった。
 二箱買ったうちの一箱を開け、火をつけて再び歩き出す。
 このコンビニは先ほどの私鉄の駅とは違い、JRの駅があるせいか周囲にはスーパーなども立ち並んでいるため人がちらほらと見受けられる。
 とはいえ、スーパーは近くに2,3店舗チェーン展開をしている程度の規模だったりするあたりはやはり片田舎。
 ここから家に向かうには、駅から来たときに通った道よりも国道にでて歩いたほうが早いため、来たときとは違うルートで家に向かう。
 やはり周囲に殆ど人はおらず、いたのは少し先を歩く親子くらいだった。
 どうということも無くぼんやりと前の親子を眺めながら歩いていると、子供の方が何かに気付き指を指している。
「おかーさん、お化けだよお化け!」
「コラ!指を指すんじゃありません、行くよ!」
 子供が指差した先をふと見てみると、そこは公園だった。
 その公園は、俺とユキちゃんが「デッドボール」と呼ぶボールを使ってよくキャッチボールをする公園だった。
 「デッドボール」とは俺のとある友人が作成したボールで、中には少量の火薬が詰まっており、一見しただけではいつ火薬にたどり着くのか導火線が付いているシロモノだ。
 導火線に火をつけてキャッチボールをすることで、タイミングによっては手元で爆発するという、お手軽にスリルが味わえるおもちゃである。
 そのおもちゃによって破壊されたミットの数はもはや不明だ。
 話はそれたが、俺は子どものいうお化けとは、まさかどこかに行ってしまった不発の「デッドボール」による小火だったりするんじゃないかと思い公園を覗いてみた。
 まぁ、こんな豪雨のなか小火もなにもあったものじゃないわけで―――

 もちろんそれは予想通りは小火なんかではなく、女性が一人立ちずさんでいたのだ。
 この雨の中だというのに傘を指していないせいで真っ黒な長い髪は水の流れによって無造作に垂らされ、着ていた白いワンピースは濡れて体のラインが艶かしく映っていた。
 子供にはただのお化けに見えるのかもしれないが、そのあまりにも妖艶な光景に俺はしばらく目線を奪われてしまった。

(今日の天気は晴れのち曇り、所により雨または女の子でしょう)

 ―――っは!まさか本当にユキちゃんの予報が的中したというのだろうか!?
 『幸』二つで幸運が四倍の俺らにようやく幸運がっ!

「おかーさん、あの人さっきからなに叫んでるの?」

「コラ!だから指差すんじゃありません!」
 どうやら声に出ていたらしい。他にもっと人がいなくて良かった。
(ってじゃぁもっと近くにいる女の子にも聞こえてるじゃねーか!)
 はっとして女の子のほうも見ると、女の子は相変わらず何もない空間を見つめて突っ立っていた。俺の独り言どころか、豪雨すらまるで意に介さないかのように。
 あれ、ひょっとして俺はアホな想像してる場合じゃないんじゃないか?
 夏とはいえ、雨のせいで気温はぐっと下がり、半袖の俺なんて鳥肌が立つくらいの寒さだ。
 そんな中、雨に打たれ続けたら風邪を引くだけですむんだろうか?
 女の子だとかそういう問題じゃなくて、声を掛けた方がいいんじゃないか?
 そう思って、俺は恐る恐る女の人の前まで歩いていくと、近づくにつれて輪郭が鮮明に映し出されてきた。

 ―――それはこの夏だというのが信じられない雪のような白い肌をしていて、黒く大きな瞳は長い睫毛によって影を落としていて
    唇と柔らかそうな頬に現れているほんのりとした赤みが、化け物ではなく熱を帯びている人間だということを感じさせた―――

 ―――どこがお化けだあのクソガキ。初めて絵に描いたようなという表現を使用してもいいくらいの美人さんではないか。

(―――っていやいや。こんな雨の中突っ立ってるなんて絶対危ない人だろ)
 騙されるな俺。今だって俺は結構な距離まで接近しているというのに、全くこちらに気付く様子はなく目の焦点もうつろで定まっていない。
 そんな女にこのまま近寄って声をかけた日には、気付いたら新興宗教の仲間入りとか―――あるあ・・・・・・あるあるあるある。
 というか、そもそも女の子に声掛けるってどうすればいいんだ!?
 これはナンパなのか!?いや、この状況でナンパもなにもあったもんじゃないけど、えーっと、あー・・・・・・
 うん、関わるな。美人さんだからって関わるな。そうそう、こういう時は世間慣れしているユキちゃんの言葉を思い出すんだ―――

(コウちゃんは半端にお人良しだからねー。ついつい人助けのつもりで手を出すと痛い目を見るよー?)

 そうだねユキちゃん、その通りだ。
 そう決めると、俺はその場を離れ―――




(―――でも、もしそれが可愛い女の子だったら是が非でも手を差し伸べるべきだ)




「あの、ずっとそんなとこいたら風邪ひきますよ?」

 ―――引き返して声をかけていた。

(それが、漢というものだよ、コウちゃん)
 そうだねユキちゃん。その通りだ。

     


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 意を決して声をかけたが、かくして女の子からの返事は無かった。
「えーっと・・・・・・夏とは言え今日は冷えますし、ずっとそんなところにいたら下手したら肺炎とかになっちゃいますよ?」
 とりあえず、自分の持てる知識をフル活用して声を掛け続ける。
 すると、微かにだが女の子の反応があった。
「別に・・・・・・」
 いや、別にって・・・・・・
「ここに居ないといけないんですか?」
「別に・・・・・・」
「なら、帰ったほうがいいですよ」
「帰っても・・・・・・意味ない・・・・・・」
 取り付く島が無い。
 まてよ、まさかこれは俗に言う『メンヘラ』という奴か?
 メンヘラには関わるなって、ばっちゃことユキちゃんが言ってた気がする。
 でもなぁ、ここまで来てほっとくってのもなぁ・・それに可愛いし、可愛いし、可愛いし・・・。
「あー、じゃぁとりあえずウチで雨宿りしませんか?タオルとか貸しますよ」
 と、自分でさりげなく言って、結構やばいことを言ってる気がしてきた。
 ウチくる?ってまさにナンパじゃないか。
 下心ゼロで声をかけたわけじゃないが、今の言葉は別にそういう意味じゃないし、そういう旨をちゃんと伝えなくては。
「あ、でもウチ来るっつっても、別にとって食おうとかそういうんじゃ無くて、単純に心配してっていうか・・・・・・うん」
 余計怪しくなってしまった。
 しかし、女の子は俺がこのクソ寒い中ダラダラと汗を流していることなどまるで意に介さず、俯いたままである。
(あー、もうこんなんじゃ埒が明かない!)
 そう思って、俺は自分が濡れるのにも関わらず、傘を無理やり女性の手に取らせた。
「とりあえず、この傘はあげるから!寒いっしょ?だから早く・・・・・・」
 俺は自分が濡れるから、早口でそうまくし立ててその場を去ろうとしたその時。
 シャツの裾を掴まれた。
「待って・・・・・・もう置いていかないで・・・・・・」
 まるでこの世の終わりが来てしまったとでも言うような怯えきった表情に、いったい何が彼女をそうしたのだろうかと不安にさせた。
 そんな今にも泣き出し崩れ落ちてしまいそうに震えている瞳を俺は直視することができなかった。
 女の子をなだめるように言葉を選んで話しかける。
「いきなり見ず知らずのしかも男の人の家に行くのは怖いでしょ?この傘はあげるから・・・」
「置いて・・・行かないで・・・・・・」
 また遮られてしまった。
 
「・・・・・・しょうがない・・」
 これ以上やっても無限ループって怖いね!状態になりかねなかい
 諦めて、彼女に持たせた傘を今度は奪いもう一度手に取り彼女を入れて、首を振り行こうよと向こうを指した。
 付いてくるか不安だったが、俺が歩き始めると彼女はよろよろと傘の範囲から出ないように歩き始めた。
「・・・・・・寒いよぅ」
 そう呟く女の子の肩に手を回して抱き寄せようとしたが、結局俺の手は宙を彷徨い、元の位置に戻ってきた。
 コウちゃんはチキンだなぁ、なんてユキちゃんの声が聞こえた気がした。

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 ―――その後、なんの会話もなく我が家に到着してしまった。
 しかし、家に着くと謎の物体が俺のバイクの横に並んでいた。
 カウルが酷く傷ついたバイクがもう一台止まっていたのだ。
 しかもそのバイクは俺の知る友人達のどのバイクとも一致しなかった。
(・・・・・・ユキちゃんの知り合いにバイク乗る人なんていたっけ・・・?)
 それよりも、今はこの重い空気から早く解放されたい。
「今ユキちゃん―――えっと、同居人な。ルームシェアしてて・・・・・・ってどうでもよくって、とりあえず付いたよ」
 と言っても、やはりこれといった反応はない。
 俺は構わずドアを開けてユキちゃんを呼ぶことにした。
「ただいまぁー!ユキちゃーん・・・・・・」
 と、そこまで言ってユキちゃんをどう呼ぶか悩んだ挙句
「あー・・・・・・女の子連れてきたよー!」
 なかなかに最悪な呼び方をした。
 しかしユキちゃんは別にいつもと変わらった様子もなく、パタパタと階段を下りてきて
「ハイハイ、小学生でも誘拐してきたの?犯罪はよくないよコウちゃ―――」
 とまで言ったところで固まった。
「―――その女性は今が夏だというのが信じられない雪のような白い肌をしていて、黒く大きな瞳は長い睫毛によって影を落とし」
「あ、ユキちゃんそれ俺がもうやったから」
 ユキちゃんのモノローグが口から漏れ出していたので、とりあえず止めた。
「え!?コウちゃんモノローグやっちゃったの!俺にもやらしてよ!ずるいよ!」
「あ、それよか表のバイク―――」
 俺はユキちゃんのアホな会話を遮り、表の謎の物体について聞こうとしたら
「待った!」
 更にユキちゃんに遮られた。
「タオル」
 ユキちゃんはそれだけ言うと、直ぐ横の自分の部屋へ入り、タオルを二つもって出てきた。
「早くこれで体を拭いたほうがいいよ、ハイ」
 と、ユキちゃんは女の子にタオルを二つとも渡した。
「髪長いからね、こっちは頭拭くのに使って」
「ユキちゃん、俺も結構びしょ濡れなんだけど」
「そんなことより」
 そんなことらしい。
「コウちゃんは早くお風呂沸かしてきて、このままじゃこの娘風邪ひいちゃうよ」
 どこまでも友より女を取る男だった。
 俺は額に青筋が浮かぶのを抑えながら、しぶしぶ靴と靴下を脱いで二階へ向かう。
「わかったよぅ。沸かしますよぅ―――ユキちゃん」
「なんだい?」
 ユキちゃんは女の子が体を拭き終わるのを待っているのか、俺のほうも見向きもせずに返事をした。
「―――なんでもない。死んでくれ」
「ハイハイ」
 ちくしょう。あんな真面目な顔のユキちゃんなんて初めて見たぞ。

     


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 風呂を沸かす、とは言っても我が家は全自動なので風呂桶に栓をしてスイッチ一つで後は勝手にやってくれる。
 脱衣所が少し散らかっていたので、男物の下着とかを適当に洗濯機に放り込み、周りに何か怪しげなものが無いがチェック―――
 異常なし。
 今度はリビングに戻り、散らかし放題になっている部屋に足場を作るべく適当に機材のコードを抜いて端によせ、ユキちゃんの資料―――まぁ、漫画を一所に集める。
「あとなんかすることあるかな・・・・・・」
「コウちゃん、暖房いれて」
 体を拭き終わったのか、ユキちゃんが女の子を連れて二階へ上がってきていた。
「はいよ」
 直ぐ傍に落ちていたエアコンのリモコンを操作して、暖房に切り替える。夏で窓を閉め切っているというのにこの部屋は寒かった。
「もうすぐお風呂が沸きますから、少し待っててください」
 ユキちゃんはそう言って、女の子を俺の座椅子に座らせた。
「ユキちゃん。その座椅子は俺が一昨日通販で購入したばかりの『キング・オブ・ザ・イス』なんですよ」
「コウちゃん。男がそんな小さなこと気にしてちゃだめだ」
 くっ、この男・・・・・・っ!
 ユキちゃんに直接言ってものらりくらりとかわされてしまうことが分かったので、俺は直接女の子に言ってユキちゃんの安っぽい座椅子に移ってもらおうと女の子の方を見る。
 どうやら女の子の体温は戻ってきたのか、暖かい部屋の中で頬は高潮していて、先ほどの怯えきった表情ではなくなっていた。
 ・・・・・・流石に、その椅子は僕が通販で買った高い椅子だから、そっちの安っぽい座椅子に移動してください。とかは言えなかった。
『もうすぐお風呂が沸きます』
 そんなやり取りをしていたら、機械音声が風呂がもうすぐ沸くことを告げた。
「もう浸かれるぐらいにはお湯張ってあると思うから、入って早く体を温めな」
「あ、はい」
 ・・・・・・なんと、既に会話が成り立っている。
 常にニコニコ笑顔のユキちゃんは警戒されていないのか。
 ということは、やっぱり俺は警戒されてたのかね。ショック。
 女の子はそそくさと俺の前を通りすぎ、脱衣所の中へ入っていった。
「コウちゃん、それでどうするんだい?」
 なんだかあの女の子が来てからのユキちゃんはカッコよかった。
「そうだね、なんかびしょ濡れで風邪ひきそうだから連れてきちゃったんだど、ちゃんと話を聞いて―――」
 俺もいい加減真面目に考え始めたところ、またユキちゃんに止められた。
「違うよコウちゃん。間違っているよ」
 ユキちゃんは手で顔を覆うようにして、人差し指でメガネをクイっと持ち上げて言った。
「着替えのチョイスの問題だ」
 いつものユキちゃんだった。とんだ変態紳士だった。

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「で、コウちゃん。俺が以前買った資料用のメイド服はどこにあったっけ?」
「ユキちゃん、それはない」
 俺はユキちゃんのありえない発言をばっさりと却下した。
「え!?コウちゃん今更紳士ぶる気!?」
 ユキちゃんは『男の夢だろう!?』と目で訴えながら俺の胸倉を掴んできた。
 しかし、俺は抵抗せず、諭すように言った。
「ちがうよ、メイド服なんかよりも、ユキちゃんのXLサイズのシャツの方が良いに決まってるじゃないか・・・・・・」
「あああ!俺としたことが!」
 ユキちゃんは俺から手を離し、頭を抱えてしゃがみこんだ。
 ユキちゃんもユキちゃんでこの状況にテンパっているようだ。
「だろう?早く、脱衣所にシャツを置いてくる作業に戻るんだ!」
「・・・・・・待て、本当にそれでいいのか?」
 ポツリ、とユキちゃんは漏らした。
 そのユキちゃんの表情はさっき見たときよりも真剣みを帯びていた。
「まさか、裏切る気かユキちゃん」
「コウちゃんすら着れなくなった小さいサイズのTシャツ・・・・・・」
 ボソっと呟いたユキちゃんのこと場で、俺の中に電流が走った。
「な・・・・・・ユキちゃん、今なんて・・・・・・」
「ピチっとしたTシャツ・・・・・・」

「ユキちゃん!」
「コウちゃん!」

 気付くと俺達はがしっと手握り合い、互いの頭のよさを称えるようにしばらく見詰め合っていた。

「あのぉ・・・・・・全部、聞こえてるんですけど・・・」

「なんてな!冗談だよな!コウちゃん!」
「あったりまえだろユキちゃん!ほら、こないだ俺が買ってきたスウェットがあったな!今日は寒いしあれだな!」
「それだ!それだよコウちゃん!」
 脱衣所から少しだけ戸をずらして覗いていた女の子だったが、俺達の取り繕ったような会話を聞いて一応は安心したのか
「すみません、お借りする身でワガママを言って」
 それだけ言って戸を閉めた。
「・・・・・・スウェット、取って来るね」
 俺は今日なんどかいたか分からない冷や汗を拭い、階段を下りようとした。
 だが、ユキちゃんは俺の腕を掴み、こう呟いた。
「下は短パン。スウェットの下はどこかに捨てておくんだ」
 今日一番カッコイイユキちゃんのセリフだった。
 俺は黙って親指を立てて階段を下りていく。
 相変わらず、下の階だけ温度が下がるため、まだ濡れた服を着たままだった俺はブルっと震えた。
 俺は会談を降りながらとりあえず上だけ服を脱いだ。
 階段を降りきった廊下の左手がユキちゃんの部屋。右手が俺の部屋だ。
「うーさみぃさみぃ」
 そう独り言を呟きながら、右の部屋のドアに手をかけたところで、ユキちゃんから声がかかった。

「あ、コウちゃん。そういえばコウちゃんの部屋で女の子寝てるから」

     

「ん?ユキちゃん何かいった?」
 頭上からユキちゃんが何か言ったが、よく聞き取れなかったので聞き返す。
「・・・・・・」
 しかしユキちゃんからの返事は特になかった。
(まいっか)
 とりあえず、あの娘の着替えと、俺の着替えだ。
 流石に俺も着替えないと風邪をひいてしまいそうだ。
 俺は自分の部屋を開けて、部屋の中へと入る。
 いつも雨戸を閉めっぱなしなので、部屋の中は真っ暗だ。
 入ってすぐ右手にあるスイッチを押して電気をつける。
 洋服はウォークインクローゼットの中にしまってるので、そちらの電気もつけようとしたところで、俺のベッドで何かが動いた。
(・・・・・・え?)
 ベッドの方に目をやると、何かが俺のベッドで寝ていた。
(泥棒?いやいや、泥棒が人ん家で寝るわけないだろ・・・・・・常識的に考えて)
 俺は恐る恐るベッドに近付き、そこに居る何かをそっと覗きこんでみた。
「そこに居たのは、金髪の女だった。といっても外人というわけではなく、ただ染めているだけのようだったが、なんというのだろうか、寝ていてもわかるくらい目つきは悪そうで、カワイイとか美人とかとはお世辞にも言えないが、俺はなんだか見捨てられた子猫に抱くような、そんな感情を抱いてしまった」
「ユキちゃん、背後からいきなりモノローグを語らないでくれ。そんなにそれやりたかったのか」
 いつの間に降りてきたのか、ユキちゃんが部屋の入口に立っていた。
「モノローグじゃないよ。コウちゃんの気持ちを代弁したまでだよ」
「どこが俺の気持ちなんだよ。つーかこの金髪ギャルは誰ですか」
 今日はなかなかにありえないことの連続で感覚が麻痺しているのか、いきなり登場したこのギャル女にはそこまで動揺しなかった。
「誰って言われてもね、俺もよく知らないんだ。買物の帰りでいきなり目の前でバイクですっ転んだかとおもったら、警察よばないで!って言われて気絶しちゃってさ」
「そんな怪しげな子はすぐに通報しなさい」
 ユキちゃんは多少怪しげでも面白そうだったら何でも首を突っ込む男である。なんでも『マンガのネタになるかもしれないから』とかって。
「そんなわけで、連れてきたはいいんだけど、俺の薄い布団じゃかわいそうだからコウちゃんのベッドを借りたという次第なんだ。後はよろしく」
 何がどうよろしくなのか知らないけど、ユキちゃんが首つっこんで放置した後の処理は、結局いつも俺がしているので、もはやどうでもよくなってきた。
 俺はため息をつき、もう一度眠ってる女を見る。
(捨てられた子猫・・・・・・ねぇ)
 どっちかっていうと、逞しく生きてそうな野良猫って感じだな。うん。
 そうして少し見つめていたら、女が身じろぎして布団が少しずれた。
 ずれた蒲団からはみ出た腕には、ユキちゃんによって施された治療なのか、包帯が巻いてあった。
「ん~・・・・・・あ?」
 光が直接顔に当たったからだろうか、ちょうどその女は眼を覚まし、むくりと起き上った。
 起き上った拍子に上半身を覆っていた布団は完全に外れ、下着姿の上半身が露わになった。
(・・・・・・ってユキちゃん脱がしたのかよ!?)
 あ、傷の治療のためか!そうだよな!そうだ!きっとそうだ!
 それならそうとユキちゃんに説明してもらわないと、俺がいらん誤解を受けそうだ。
 俺が振り返ると、そこにすでにユキちゃんはいなかった。
 何故いない。なぜこのタイミングで二階へ行った。
「あー寝た!・・・・・・つーかここどこ?アンタだれ?」
 女は寝ぼけているのか、自分が下着姿だということには気づいていないらしくそんなことを俺に問いかけてきた。
「あー・・・ここは俺んち。えーっと・・・俺は佐久間 幸一」
 と、俺もてんぱっているのか、普通に返事してしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙。いや、何か言ってくれ。
 女は二、三回目をパシパシさせると、目線を落として自分の状況を確認した。

「え!?ちょっと、なんでアタシ下着なの!?まさかアンタが脱がした!?」
 ばっと布団を引っ張り上半身を隠す女。
 そして大きな誤解だ。誤解を解かねば。冷静になれ、冷静になれ俺。
 俺にやましい気持など一つもない、まずはそれを伝えるんだ・・・・・・!
「待て!落ち着け!落ち着いて俺の話を聞け!」
 俺は片手を前にかざし、できるだけ大きな声で叫んだ。
 女は布団を手繰り寄せ、シャカシャカと俺と距離のとれるベッドの隅に移動して丸くなった。
 顔を真っ赤にしながら、眼尻に少し涙を浮かべている。羞恥心からか、それとも怒りからか小刻みに震えている。
 しかし、とりあえず俺の話を聞く気ではあるのか、特に何も言ってこない。
 ふぅ、よかった・・・・・・俺は小さく深呼吸をして、そして言葉を選んで言った。
「貴様の身体なぞに興味はない」
 オーケー。これで俺の気持ちは伝わったはずだ。
「・・・・・・っ!ふっざけんなボケェ!」
 ジーザス。伝わらなかったようだ。
 何に対して怒っているのかわからないが、女はベッドの近くにあったカラーボックスにあるものを手当たりしだい投げてきた。
「お、おい!人の話は最後まで聞けって!」
 だが、聞く耳を持たないといった感じで、女はものを投げ続ける。
(あの辺にあるものは別に大したものはないし・・・・・・とりあえず投げるものがなくなるまでしのぐか)
 筆箱、本、アクセサリー入れ等、女は本当にカラーボックスにあるものをすべて投げてきた。
 だが、俺は難なくそれらをかわしたり受け止めたりして凌ぐ。
 そして、ようやくカラーボックスから投げるものが消えた。
(あとで片付けすんの面倒だなぁ)
 俺はそんなことを考えながら、女が落ち着くのをまった。
 が、女は落ち着かず、ベッドの反対側へ移動し、俺のデスクへと近寄り―――

 ノートパソコンを掴んだ。
「は?おい!まて!それは投げちゃダメだろ常識的に―――」
 女は俺が最後まで言うのを待たず、ノートパソコンを投げようとして、すっぽぬけて変な方向へ投げやがった。
 あれには俺の仕事用のデータと、溜めに溜めたおっかさんには見せられないようなデータの山がっ!
(壊させるわけにはいかない!絶対に、壊させるわけには―――!)
 俺はさながらサッカーのゴールキーパーのように横っとびでノートパソコンに飛びつき、なんとかノートパソコンを受け止め―――

 顔面からドアの角にぶつかった。

「いっ――――てぇ・・・・・・」
 いや、冗談抜きで。
 くそう、何でおれがこんな仕打ちを受けなければいけないんだ・・・・・・
 そう思いながらよろよろと立ちあがり、女の方を見る。
 女は一瞬びくっとしたかと思うと
「あ、その・・・・・・なんか、ごめん」
 とか謝りやがった。
 ・・・・・・意外だ。
 てっきり「なんだよ!このエロ野郎!」とか言ってくるもんだと思ってた。
 そんな風に謝られたら、俺も怒るわけにはいかず、普通に事情を説明することにした。
「あのさ・・・・・・別に脱がしたの俺じゃないし、それに多分脱がしたのも怪我の治療のためだと思うぞ」
 顔をさすりながらそう言うと、女はとたんにしおらしくなって言った。
「そ、そうだよな。ごめん、今思い出した」
 ・・・・・・。
「案外、いいかも。とか思ったでしょ」
 またいつの間にか降りてきていたユキちゃんがドアの外から小声でそんなことを呟いた。
 コイツは絶対地獄に落ちるな。


       

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