絡まるつながり
二話 伝わらない音 前編
うるさい うるさい うるさい うるさい うるさい
怒鳴り声 あざ笑う声 陰で話す声
なくなれ なくなれ なくなれ なくなれ なくなれ
町の雑踏 道路の喧騒 テレビの音
きえろ きえろ きえろ きえろ きえろ
先生の声 親の声 友達の声
どう願っても無くならない
だったら聞かなければいい
・・・・・・・・・・・・・・・・
ほら
もうきこえない
わたしは解放されたんだ
苦痛の地獄から
そのはずなのに
~無音のめろでぃー~
1.謎の女との接触
「・・・・ううん。」
日の光が眩しい。
カーテンの隙間から漏れて、直に顔に当たっている。仕方なく頭から布団被った。
「起きてください、絶さん。」
「―――後20分・・・・」
「遅すぎです!!」
ガバッ。
布団を取られてしまった。
朝は、目覚めが悪いが、こうなったら起きるしかない。あくびを漏らしながら、目の前の仁王立ちで立っているエプロン姿のムゥを見る。
「・・・おはよう。」
「おはようございます。ご飯もう出来てますよ。」
霧宮の事件から一ヶ月が過ぎた。
そろそろ人々の記憶から、あの事件のことが忘れ去られているだろう。勿論、被害者の周りを除いて。
まあ、そんなことは置いといて。
ムゥは、しっかり人間の生活に馴染んできた、と思う。まだ服を着ずに歩き回ったりすることもあるが。
それに猫としての特徴はそのまま残っているらしい。
例えば、猫舌で熱いものが飲めなかったり、食べられなかったり。爪が異様に尖って生えてきたり。それでも猫舌は多少良くなってきたし、爪も切れば特に問題は無い。
それに良い点もある。
結構高い場所から落ちても、衝撃を消して着地することができるらしい。それで、マンションの10階から落ちても、無傷だったんだろう。
ムゥも今では、俺たちが放置していた、家事類をするようになっていた。
だから、最近シンクに異空間が現れることも無くなった。良かった、良かった。あれは見るだけで気が滅入るほど汚かったから。
家事ということで、料理もする。
今まで俺と蒼兄が交互に作っていたが、全てムゥに任している。最初は、卵を落としたり、ウインナーを焦がしたり、油を使い忘れて焦げ付かせたり、卵落としたり、米を炊き忘れたり、卵落としたり―――していたが、今目の前にある朝食は、実にきれいに仕上がっていた。
これも、俺と蒼兄の毎回の付き添いと、その後の始末をしたおかげだ。・・・はぁ。
何はともあれ、だ。
ムゥはおいしく料理を作れるようになった訳だ。
―――なんだが、
「・・・これ、なんだ?」
「何?って。朝食ですけど。」
ムゥは平然と、当たり前のように言う。
今日の朝食は、―――ご飯、ハムエッグならぬソーセージエッグ、ひじきとソーセージの煮物、焼きソーセージ(しょうゆ風味)、味噌汁(具はわかめにやっぱりソーセージ)。
「・・・・・・・・・・」
そう、食べればそれなりに美味しいんだ。だけど、この一週間。朝、昼、晩の三食に必ずソーセージが入っている。それは何故かというと――
「いただきます!」
ムゥは元気良く手を合わせた後、パクパクとおかずを食べていく。見る間に無くなっていくソーセージ。
そう、原因はムゥの大のソーセージ好きにある。
そのせいで飽きるほど、ソーセージ三昧の料理を食う羽目になった。それは、ソーセージを食べずとも、想像すればいつでもソーセージの味と食感を思い出せるほど、深刻な問題になっている。
そういえば肉も、ろくに食べた覚えが無い。
「あの・・・絶さん。」
ムゥが困ったようにそわそわしながら聞いてきた。
「わたしの料理、口に合いませんか?」
気が付けば箸が止まっていた。―――うん、少し思考に集中しすぎたみたいだ。
「いや、別にそんなことないけど。・・・」
「良かった!」
安心したようにムゥはニッコリと笑った。
でも、少しソーセージを控えてくれと、続けようとした口を思わずつぐんだ。少々タイミングの悪い、まるで図ったような笑顔だ。
「それじゃあ、わたし腕によりをかけてお料理しますね。」
「・・・・・・・・・・・」
・・・すまん、蒼兄。ソーセージ尽くしは後、一週間は続きそうだ。
夏休みも、残り10日ほどになった。
だが、まだ夏が終わったわけではないらしい。それこそ、せみの鳴き声は少なくなったが、まだジメジメとした暑さが、漂っている。
「あっ、あそこに入ってみませんか?」
ムゥが横にある、ゲームセンターを指差しながら言った。
「別にいいけど。」
「それじゃあ、行きましょう。」
ムゥは俺の手をとって、半ば引きずられるようにして、ゲーセンに入った。
場面は今日の朝に戻る。
「そうだ。お前ら、これでどっか遊びに行って来い。」
朝食をみて、ちょっと顔が暗い蒼夜が、思い出したように気前良くポケットから諭吉を5枚差し出した。
「あ?なんで?」
「いいから、いいから。・・・ほら、ムゥちゃんも夏休みなのに、遊ばないと楽しくないだろ。遊び盛りのいい年頃なんだから。」
何か下心が見え隠れしているような、セリフだ。
「というか、ムゥに夏休みとかねぇし。そもそも学校にも通って無い。もとより歳も分からん。」
「いいじゃねぇか、堅い事言うなって。ムゥちゃんもどこか、行きたいよな?」
ムゥはそうですねと言い、
「いつも、散歩はしてますが、遊びに行ったことはにゃいですから、行ってみたいですね。」
「よし、決まりだ。」
蒼夜は俺に有無を言わせる前に強引に話を切って、飯を食い始めた。
「何か、楽しみですね。」
もう、行く気満々のムゥをみて、俺も折れた。
うん、服でも買ってやろうと思いながら、午後まで二度寝をした。
「これ、何ですか。?どうやって遊ぶんですか?」
「それはUFOキャッチャーって言って、そこのボタンを押して、上の機械を動かして、例えばあのヌイグルミとかを取るんだ。それで取ったものは貰える。」
へーと言いながら、キラキラした目で周りの商品を品定めしだした。
俺はすぐ側にあった両替機で一万円をくずした。ペラペラの紙幣から質量のある小銭に換わるのを見て、なぜかとても違和感を覚えた。
「絶さん。これやってみたいです。」
いつの間にか横に居たムゥが指差しているそれは、ブタをモチーフにした柔らかそうなクッションだった。
ムゥに5回分のお金を渡し、俺はブタのクッションの行く末を見守った。
一回目。一番、二番のボタンをリズム良くワンプッシュ。ムゥがあれ?なんで?と言いながらアームは何も無い場所を掴み、そして手ぶらで元の位置に戻った。
二回目。俺はあえて何も言わずに見ていたが、ムゥは今さっきよりボタンを長く押して、ようやく操作方法が分かってきたみたいだった。でもやっぱりアームは空を掴んだ。
三回目。コツを掴んだムゥはピンポイントでクッションを狙った。アームはクッションをしっかり掴んだ。そしてそのまま穴の方に戻り、商品を落とした。
ムゥはやったぁと言って、クッションを取り出してギュウッと抱きしめた。
俺はというと少し唖然としていた。
「たった三回で取るとは思わなかった。」
正直、3千円は使うと思っていた。
なんというか運が強すぎる。いや、腕が良すぎる。
「ふかふかですよ~これ。絶さんも触ってみてくださいよ~」
半ば強制的に触らされた。・・・思ったより柔らかかった。
満足げに、よし、と言ってムゥは、さっさと次の獲物を探しに行った。すっかりUFOキャッチャーにはまったらしい。
さて、暇だ。何もすることがない。
「おい。止まれ!」
近くをブラブラしていると、店の奥から怒鳴り声が上がった。
「・・・ったくよ。黙ってないで謝れってんだよ。」
声のしたほうを見ると、アクセサリーを邪魔になりそうなぐらい身に付けた金髪の男が声を上げていた。
「・・・・・・・・・・・」
そして、もう一人。男の前に帽子を目深に被った、少年が立っていた。
少年は耳に大きなヘッドホンをつけていた。それは遠くからみても密閉型のものだと分かった。散々と男が暴言を吐いても、全く動じず、ただ立っていた。
「怒鳴られているのが分かっていないのか?」
・・・いや、違う。―――それだったら立ち止まらず、歩き続けているだろう。
じゃあ、なぜあの少年は何もせずに立っているんだ?
「おい、なんとか言えよ!!」
ついに男が少年の肩を掴み、引き寄せた。
そのとき、少年の帽子が落ちて、長い黒髪が出て――――って、えっ!?
少年だと思っていたが、帽子の下から出てきたのは、黒髪の白い顔をした女子だった。
男もそれに驚いていたが、肩を掴まれている女子は無表情で、男の顔を見つめていた。そして初めて口を開いた。
「うるさい。」
女子がその短い、たった四文字の単語を言い終わる前にことは起こった。
「うわあぁぁぁぁあああああああ!!」
男が女子から手を離し、膝から崩れ落ちた。そして手を耳に当て、さっきの怒鳴り声とは違う、悲鳴めいた唸り声を叫んだ。
良く見ると男の手が赤くなっている。
俺はその赤には見覚えがある。あれは・・・
「‘血’だ。耳から血が流れているのか。」
それを確認した瞬間、体中に一気に緊張が走った。
あいつは『敵』か『味方』か。
女子は、それからは男を全く見ずに床に落ちた帽子を拾った。そして拾い上げたとき、俺と視線がぶつかった。その体制のまま、俺たちは数秒視線を合わせていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
なにかが『くる』と思ったが、女子はそのまま帽子を被り、俺とは正反対の方向に歩き出した。
追いかけようとしたが、途中にいる男のうめき声に駆けつけた野次馬が、男の周りに集まり始めていた。
「このまま、ここにいるとやっかいだな。」
俺は追うのを諦めて、女子とは逆方向に歩いた。
そして、大きなお菓子の詰め合わせを一つ増やしたムゥを連れて、ゲーセンを出た。
結局。あの日からあの女子とは会うことは無かった。厳密にいうと会う可能性が全く無かった。
なぜなら、あの後蒼夜に連れられてハワイで、夏休みが終わるまで過ごしたからだ。ただハワイに行ったのは蒼夜の仕事の都合で、それを聞いたときから嫌な予感はしていたが、その予感が見事に的中して観光なんてろくにしていない。海には行ったが。
そして、そのあまりの疲労で、あの日に会った女子のことは頭から完璧に消えていた。
どこの学校も多分共通の校長の『ありがたい』話を聞いて、教室に戻ってきた。
相変わらず、話のネタが尽きないクラスは、ざわついていた。でも、いつもはバラバラの内容を喋っている奴らの口から、同じ単語が聞こえてきたので少し集中して聞いてみることにした。
聞こえてきたのは・・・『転校生』、『可愛い』、『ピアノ』。この限られた単語から推測してみると・・・
・・・どうやら、転校生が来たらしい。性別は女だろう・・・可愛いと言ったのは男子だったから。この男子が『あっち』に足を踏み入れているなら男子かもしれないが。―――以上。
推測が終わるのと同時にチャイムが鳴った。
そして全員が席に着く前に教室のドアが開いて、先生が入ってきた。その後ろに俯き気味に女子がくっついてきている。それにクラスがざわつきだした。
まさか自分のクラスに来るとは思わなかった。しかし、よくよく考えてみれば、このクラスは他のクラスより人数が少ない。それに・・・少なくしたのは俺だ。
先生は何も言わずに、チョークでカツカツと名前を書いていく。その後女子に耳打ちをしだした。相変わらず顔を見せなかったが、その黒くて、長い髪になぜか見覚えあるような気がしてきた。
――――うーん。思い出せない。
そこで女子は顔を上げ自己紹介を始めた。その顔を見て、俺は思い出していた。10日前の出来事を。
「響 詩歌 (ひびき しいか)です。よろしくお願いします。」
凛とした声が教室に響いた。どこからともなく拍手が上がった。
今、深々とお辞儀をした彼女は間違いなく、ゲームセンターに居た女子だった。あの時と違うのは顔に笑顔を貼り付けていることぐらいだ。
「詩歌さんは家の事情でこっちに引っ越してきました。特技はピアノらしいです。友達はまだ少ないみたいなので、仲良くしてくださいね。」
先生が補足をして教室の右後ろの席へ行くように響に促した。響は聞き分けの良さそうな返事をして席へと向かった。
途中、側を通ってきたが何も無く、すぐに席へと通りすぎた。
響はその後、休憩時間はクラスの女子に囲まれて話をしていた。特に接触することもなかったので時々遠めに様子を見ることにした。
「これじゃあ、まるで意識しているみたいだな。」
ま、違う意味での意識はしているけどな。しかし、観察を続けてみても響がそんな風な素振りを見せることは無かった。もしかしたら自分の記憶違いだったのかもしれないと思い始めていた。
しかし、昼食時間に事は起こった。
「待って。」
いつも通り購買で昼飯を買いに行く途中に、階段で誰かに呼び止められた。
階段にいたのは響だった。
「君、この前駅前のゲームセンターで私と会ったでしょう。」
教室にいたときの笑顔はもう無い。ゲームセンターのときのように不気味なほど無表情だった。そしてさらに不気味なのが響の声は聞こえているのに、響本人の口は全く動いていないということだ。
自分の記憶違いじゃなかったことに安心した。
「やっぱりお前だったのか。」
「ふーん。あの光景を見ていたのに、全く動じない、か。君、私のこの力を知っている人?」
力とは能力のことだろう。
「さあな。・・・お前の力のことは分からないが、力のことについては多少知っているけど?」
それを聞いて響は考え込むように、俯いた。次に顔をあげると、俺の方に近づいてくるように階段を下りてきた。そしてそのまま階段を降りて、また口を動かさずに、
「五時に駅前のスモーク・ウォーターっていう喫茶店に来て。」
と残して購買の人だかりに紛れ込んでいった。
俺は、頭の中の地図でその喫茶店を確認してから、購買へと向かった。
「それじゃあ、行ってくる。」
「晩御飯までには帰ってきてくださいね。」
ムゥがニヤニヤしながら言った。
友達に会いに行くと言ったときからこんな調子だ。大方、友達なんていないくせになどと思っているのだろう。・・・いや、実際友達なんて関係じゃねーけど。
だけど今更、訂正するのもめんどくさいから放っとく事にした。
「了解。」
短い返事を残して、俺は家を出た。
指定された喫茶店はすぐに見つかった。
数学の公式には靄が張っていて良く思い出せなくなるが、周辺の地図ならすぐに思い出せるということが証明された。これは遠まわしに本能で生きていると言っても過言じゃないな。
「くだらねー考えは置いといて、・・・自転車はどこに置けばいいんだ?」
駐車場らしきものが全く見当たらない。
と、良く見てみると店の横に一台、自転車があるのを見つけた。その自転車のよこに自分の自転車を止めて、ついでにガラス窓から店の中を覗いた。
「・・・居た。」
店の一番奥の席にヘッドホンを着けた、響が座っていた。
まだ言われた時間より早いはずだ。律儀なやつだなと思いながら俺は中に入った。
「よう。」
と、声をかける前に響はこちらに目を向けた。
「座って。」
言われるままに俺は響の前に座った。
響はコーヒーを一口すすってから、
「名前。」
と、切り出した。
「は?」
「まだ君の名前を聞いてない。」
そう言われれば自己紹介は響しかしなかったことを思い出した。
「俺の名前は、無我 絶。」
「ふーん。・・・なんだか一人孤独に死んで滅びそうな名前だね。」
今分かったことがある。
響はブラックジョークが好きなようだ。
「いやいや、孤独に死ぬのは分かるけど、滅びそうってなんだ。」
「生涯孤独なんだから、血筋もそこで絶えちゃうじゃん。あっ、絶えるって字も君の名前だね。」
クスクスと一人笑う響。
その前で酷い結末に、俺は苦笑いするしかなかった。
「ま、いいや。話を戻すぞ。」
「まだ、話してないけど。」
「・・・なんで、俺を呼んだんだ?」
コーヒーから煙が立ち昇っていない。大分早くから来ていたようだ。
「君の話に興味が湧いただけ。」
あれ?俺はこいつとなんの話しをしてたっけ。
「力について教えてよ。」
・・・思い出した。能力について話してたんだ。・・・だが、
「能力のことについて、って言われても何から話せばいいんだ?」
「そうだね。君も能力を持ってるよね?」
「ああ。」
「それは何をして手に入れたの?」
腹の底の黒いものがうごめいた。それは底から次第に這い上がってきて、喉へと行き着いた。
「殺した。」
「ん?」
上手く聞き取れなかったのか、響は首を傾げた。
「親を殺したんだ。・・・・この手で。」
「へえ。」
こんな物騒なことを言っているのに、響はどこ吹く風で俺の顔を見ていた。なんだコイツは?
「嘘じゃねぇ。」
「ああ、君は嘘はついてないね。」
「それじゃあ・・・」
なぜ、不振に思わない?俺が狂ったいかれた奴だと。響は表情を一つも変えていない。
「君は自虐趣味があるのかな?それともバカなのかな?―――それは君の嫌な記憶でしょ。・・・話したくなかったら話さなくてもいいんだよ。私は検察官ではないんだよ。あったことを洗いざらい話してもらわなくてもいい。私はただ普通に、君と話をしにきたんだ。」
響の言葉で熱くなった頭が急激に冷えた。黒いものもいつの間にかいなくなった。
「・・・俺がバカだったよ。」
「うん。うん。君は素直だ。・・・嘘は出来るだけつかないほうがいい。」
響は笑っていた。耳につけている無骨なヘッドホンがきれいな顔をさらに強調させているように思えた。
「私はね・・・自分で鼓膜を破ったんだ。」
笑いながらだったから油断していた。
それに気づき、慌てて平静を装ったが無駄だった。
「さっきと言ってることが違うじゃねーか。」
響は少し決まりの悪そうな顔をした。
「君が言うかな~、それ。・・・大丈夫。私にとって鼓膜を破ったことは、傷でもなんでもないんだ。」
傷といったら傷なんだけどねと、後から付け足した。
「ほら、私の両親って音楽家じゃん。」
「・・・それは、聞いたことが無い。」
「あれ、言わなかったっけ?じゃあ、『絶対音感』を持っているって事は?」
「・・・それも始めて聞いた。」
「・・・・・・・・。ま、いいや。えっと、私のお父さんは指揮者で、お母さんはヴァイオリニストなんだ。外国だったら結構有名らしいよ。」
そういえば、聞いたことがあるような・・・あ、やっぱ無い。
「ま、その遺伝か知らないけど私、実は『絶対音感』を持ってるんだよね。」
「ふーん。」
「ふ、ふーん。って君。これ、結構すごいんだよ!」
なんか、いきなり慌てだした。いままでの人をおちょくっていた響のイメージがかすむ。
しかし、俺はなぜだかそれが、響が自分で無理矢理かすめているようにも見えた。
でも、俺は何も言わずに同じ調子で続けた。
「それって持ってるとすごいのか?」
「すごいよ。すっごくすごいよ!」
「それってすっごくうれしいか?」
「う、うれし・・・・・・・くないよ。全然。むしろ最悪だった。」
響は笑顔を取り外した。
響はそれから無表情で自分の過去を淡々と語った。
「私がね、小学生のときに『絶対音感』を持っているって二人が知るとすぐに毎日、ピアノの教室に通わせるようになった。放課後も休日も休みなく、ピアノの練習。ピアノ教室が終わっても、お休みのときも、やりたいことも出来ずに家でピアノの練習をしてた。そしたらいつの間にか中学生になってて、中学校に通ってた。・・・当然友達なんかいない。学校でもいつも一人で、家でもひとりでピアノ。そしたら、なんかさ。いじめにあってたんだよ。」
響が見上げるように作り笑いを浮かべた。痛々しい顔だった。
「それは、すごく幼稚ないじめだったけど。そのとき私なんかもう、いっぱいいっぱいで次第に学校を休むようになった。そしたら二人とも何と言ったと思う?『これでピアノの練習が沢山出来る』だって。信じられる?親だよ?なんかもう、・・・ね?」
話しながら響の目が潤んできている。
俺は思わずため息をついていた。
「無理してまで言わなくていいって言ったのは誰だよ。」
「・・・うん。もう、大丈夫だと思ったんだけど・・・ごめん。」
響は目を服の袖で拭った。
「うん。そうだ!絶君。ちょっと外に出よう。」
突然、響はそう言い出した。
「は?いや、なんで?」
俺の言葉を無視して響は立ち上がって、コーヒー代を払いに行った。
何もすることがないから、俺は店の外に一人出た。