絡まるつながり
二話 伝わらない音 後編
2、人間不信少年少女
店から出てきた響は俺の横にある自転車を見た。
「絶君の自転車?じゃ、後ろに乗してよ。」
俺の返事を待たずに、響は荷台に腰を下ろした。
「それは別にいいけど。お前はどこに行くつもりだ?」
「ちょっと、ストレス発散。」
「ストレス発散って・・・ゲーセンか?」
初めて会った、ゲーセンを思い出した。
しかし、響は首を横に振った。
「ううん。ま、着いてからでいいじゃん。さ、漕いで漕いで。」
いまいち釈然としないまま俺は響の案内で、ストレス発散するための場所へと向かった。
「ここ。」
やや、あやふやな案内で着いたのはビルの建築予定地だった。
あちらこちらに骨組みになるための鉄筋が置いてある。その側にはそれを運ぶためのクレーン車が置いてある。そして、土地の中心には白い布をかけられたビルの仮組み立てがあった。
今、ここに人の気配は無い。それは辺りが暗いのも関係していた。
実際ここは町外れにあり、来るのに相当時間がかかった。帰るのに気が滅入りそうになるほどの距離だ。
響は自転車から下りて、周りを見渡している。何かを確かめているような顔をしている。
「あー、それで・・・ストレス発散ってなにすんだ。」
疲れてて語尾が半音上がらない。
「ああ、大丈夫。人はいないみたい。」
響は俺との話の過程をぶっ飛ばした言葉を返してきた。俺はあまりにもぶっ飛んだ返事にいつものような一文字で聞き返すことも出来なかった。
くるりと身を翻した響は、冷たい微笑を浮かべて俺と向き合った。
「良かった。これで、思う存分、君を『潰せる』よ。」
響が言葉を発した瞬間、俺の耳に激しい衝撃が走った。
頭を激しく揺れるような痛みが襲う。両耳は金属をぶつけ合ったようなキーンとした音がする。しばらく周りの音が聞こえなくなった。
「・・・くっ。」
耳に手を当てた。ゲーセンでの一件が頭をよぎったからだ。幸い、耳からドロリとした感触は無かった。
すると次に右肩に衝撃を受けた。両手は耳の位置にあってバランスが保てず、俺は後ろへ倒れ自転車と一緒に転がった。体中がどこかしらにぶつかった。
「やっぱり、普通の人間とは違うね。」
全身打撲の体を無理矢理起こして立ち上がった。そして、遠くなった響を睨んだ。
「ストレス発散はどうした。」
「そんなの嘘に決まってるじゃない。」
クスクスと響の笑い声が何も無い場所で反響して、二重、三重に聞こえた。その目は今、自信に溢れている。
「そうだな。この状況は、ストレス発散というより・・・不安抹消って感じだしな。」
捨て台詞を吐きながら、体に異常は無いか調べた。・・・よし、大丈夫。痛みだけだ。
「そんなことを言ってる暇があるの?早く力を使いなよ。」
「いや、残念ながら俺の能力は戦闘向きじゃないんだ。むしろ事後処理に適している。」
「ふーん。だから親を殺しても捕まってないっと。『落ちろ』」
響は足元に迫ったスローイングナイフを地面に落とした。
武士道に反するが、俺は話の途中にこっそりとナイフを取り出し投げた。(元々、武士でも無いから良心など、微塵も痛まないが。)辺りが暗いのに乗じて投げたナイフは響に距離感を掴ませない。
しかし、あえなくナイフは響に刺さる前に地面に刺さった。
響はナイフを見て、それから俺に視線を戻した。
「なかなか、卑怯な手を使うね。」
「うるせぇ。それはお互い様だろうが。ま、しかしこれでお前の能力がなんとなく分かってきたけどな。お前の能力は『音』だろ?」
少しでも隙が出来れば、ナイフを投げつけてやろうと思ったが、響は全く動揺しなかった。
「大筋は当たってるけど。それが分かったからって、あなたに勝ち目があると思う?『飛べ』!」
今度は体に衝撃は無かった。しかし、前から違うものが飛んできた。
それは俺が今さっき投げたナイフだった。
ナイフは音の攻撃による衝撃を和らげようとしていた、体の前に重ねた俺の両腕に刺さった。
「・・・っぐぅ!」
両腕から血がポタポタと垂れる。どちらも深く刺さっていたが、血管や神経を傷つけずにすんだ。俺は右手から順にナイフを抜いていった。抜くときに傷口が広がったが無視して引き抜いた。
両手のナイフを下に落とすと、俺は改めて自分の失態を戒めた。
「このままじゃ殺られるな・・・」
他に方法も無い。
戦いが始まったときからためらっていた。出来る限りこの能力は使いたくなかった。だが、今そんな余裕は残っていない。
神経を集中させた。
両目に何かが集まるのを感じた。
俺は目を開け、その両目に響を映した。
「やっと本気になったの?全く力を使ってくれないから、もしかして能力を持っているっていうのは嘘かと思ったよ。」
「ああ。ホントは最後まで使いたくなかったけどな。」
目が充血しているような痛みがある。
その目が映す響の体には、数箇所に赤い点と管が見えた。管はゆらゆらと揺れて、ネオンを思わせるような、赤い光を放っていた。
「・・・来ないなら、こっちから行くよ!」
全く動かない俺に響は先手を打とうと口を開けた。
俺はとっさにジャケットからナイフを取り出しながら、横に転がった。
「『飛べ』」
と、響の声が俺の立っていた場所に流れた。
俺はその声が通った軌跡を目でたどる。すると何もないはずの空中に、かすかにだが揺れが生じている。
それは能力の攻撃方法の裏づけになった。
「・・・やっぱり、攻撃方法は『振動』だ。自分の声で空気を振動させて、空気の波をぶつけて攻撃する。なぁ、そうだろ!」
「『だからどうしたって言うの!』」
弧を描くように連続した波が俺の後ろを着いてくる。さっきより波が大きく振動している。波の大きさは攻撃力に比例する。今度は吹っ飛ぶだけじゃすまないだろう。
闇はだんだん深くなる。それによって視界は悪くなり、動体視力は著しく落ち、対応しにくくなる。響の攻撃も見当はずれな方向に向かっている。
しかし、そんな暗闇も俺にとって何も変化を生まなかった。昼間と同じように周りが良く見えた。さらに響は焦って声を出しすぎて疲れが溜まっている。
チャンスと見た俺は反撃に移った。
響を中心として円状に回って逃げていた俺はひざをつき、フェイントを入れて、響に向かって一直線に駆け出した。響は一拍置いて、俺に気づき攻撃をしようとする。
そこで俺はひざをついた時に、右手に握っていた砂を空中にばら撒いた。響はそれに少し戸惑ったが攻撃の手を緩めなかった。
―――緩めるはずが無い。砂がこのままでは顔に当たり、目をつぶってしまうからだ。それは必然的に俺に隙を与えることになる。
「『飛べ』」
響は予想通り声を出して砂を吹き飛ばそうとした。声は空気に振動して、やがてそれは砂に伝わった。そして砂は振動の波に乗り、さらに霧散した。軽くて小さな砂は空気の振動によって、あらゆる方向に飛び散り、それは容赦なく響の目や口を襲った。
「きゃあ!」
なすすべなく、手で顔を覆って咳き込んでいる響に、俺は俯きながらタックルをして地面を転がるようにして響を捉えた。
そして、響をうつ伏せにし背中に乗って攻撃を出させないようにしてから、喉元にナイフを突きつけた。
響は全く抵抗せずにおとなしく顔を地面つけた。
勝負は終わった。
俺の逆転勝ちだ。
「聞いておきたいことがある。・・・お前は能力を手に入れる前、つまり鼓膜を破る前に奇妙な男に会ったか?」
「・・・いや、そのときは家で一人だった。」
「そうか・・・。それじゃあ、なんでこんなことをしたんだ?」
少し間をおいて響は言った。
「信用できないから。」
響はそれが当然だと言うように声を荒げて言った。
「あっそ。・・・あー。じゃあ、今までに人を殺したことは?」
「無い。」
即答だった。
それは殺人者がもっとも信用できないという意味を含んでいるようだ。
俺はナイフをジャケットにしまった。そして立ち上がって、倒れた自転車に向かって歩き出した。
開放された響は訳が分からないという風にキョロキョロと辺りを見回した。
俺は自転車を立て直すと、振り返り響に話しかけた。
「おい、帰るぞ。」
その声に反応して響は立ち上がったが、すぐに我に返り訝しげな目で俺を睨んだ。
「今さっき言ったけど私は君のことを信用してない・・・」
「俺はお前を信用している。・・・それで乗るか?それか一人で歩いて帰るか?」
「・・・・・・・」
響は何も言わずに静かに荷台に乗った。
俺達は夜道を帰っていた。能力は既に解除している。それで回りは不鮮明で危なげな帰宅となった
。二回ほど電柱にぶつかりそうになった。
突然響は話しかけてきた。
「ねえ。私も君に聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「もしかしたら私が後ろから君を攻撃するかもしれないのに、なんで私を乗せたの?」
俺は一つだけ答えた。
「俺は・・・殺すのは嫌なんだ。できるだけ誰もこの手で殺したくない。」
「・・・そう。」
響は一言だけ返事をしてまた押し黙った。そのとき、なぜか胴に回された手の力が強くなったように感じた。
3、昨日の敵は、今日も不敵に笑う
「があー。・・・腹減った。」
俺はいつものように机に突っ伏していた。いつもどおりじゃないのは空腹感。すでに胃が締め付けられるような痛みすら出てきた。だが、まだMTさえ始まっていない。だから購買はパンなどは勿論、文房具を売るためにすら、開いていないのだ。
きりきり痛む胃袋を押さえていると、響が教室に入ってきた。そして、俺を見ると周囲に笑顔を振りまきながら、俺のほうに近づいてきた。正直、嫌な予感しかしない。
「おはよ。絶君。」
「ああ・・・おはよう。」
突っ伏したまま返事をする。予想外に声は腹に響いた。思わず顔をしかめる。
「あれ?顔色が悪いよ。どうしたの?・・・あ、お腹かぁ。駄目だって。出すもの出さないと体に悪い。ほら、恥ずかしがらずに、れっつごー!」
ニヤニヤしながらなのが、全く心配してない、むしろいじろうとしているの表れている。
「何、勘違いしてるんだ。俺はただ単に腹が減っているだけだ。」
「ふーーん。朝、食べてないの?」
「昨日の昼から、何にも。」
「うわ!それはそれは。いやー、絶君もここまでかぁ。死因は餓死。ひもじい思いをしながら力尽くのか・・・あっ、でも一人じゃないから良かったね。結果オーライ!」
「地獄に堕ちろ。」
目の前で親指を立てる、俺がこうなった原因をつくった奴に悪態をついた。
憎い。肉い。間違えた。腹立たしい。腹は立たずにへこむばかりだが。
昨日、響を連れて町に戻ると10時を過ぎていた。
そこから、家に帰ると丁度11時になった。
家の中は真っ暗で、ムゥも蒼夜も寝入っていた。
きれいなキッチンの机の上には、一枚の紙があり、食事が見当たらなかった。紙を見てみると、ムゥが夏休み中に俺が教えた、よれよれのひらがなで文が書かれていた。
『ぜつさんがおそいのでごはんはありません』
至極完結に書かれた暗号のようなそれを机に置いた。そして、そのままムゥが寝ている自分の部屋に入り、寝転んだ。
確かに腹は減っていたが、もう体は動かなかった。響との戦闘や、工事現場への行き帰りで疲れが溜まっていた。
今は眠って、明日食べれば大丈夫だろうと思い、目を閉じた。
すると、案の定、寝坊した。隣で静かな寝息を立てているムゥを尻目に、急いで着替えて学校に向かった。そして、教室に入った瞬間、空腹感が一気に押し寄せて今の状態になっている。
限界だった。
「しかたねぇ。飯買いに行ってくる。」
俺は席から立ち上がり、鞄を持って外に出ようとした。
「えっ、ちょっとどこいくの?」
「飯買いにいくんだよ。」
「でも、この時間は購買開いてないし。それに鞄持ってどこに・・・。」
思案顔の響を置いて廊下に出た。
廊下は教室に入ろうとしている生徒ばかりで、絶が鞄を持ち逆方向に進むのを不思議そうに眺めている生徒も居た。
階段を降りていると、上から誰かが駆け下りてきた。
「ちょっと、待ってよ。絶君。」
「いーや。待てないね。俺は腹が減っているんだ。今すぐ・・・って、なんでお前がここにいるんだ。」
響だった。それも鞄を持った。
「早くしねーと、遅刻するぞ。」
「私、絶君についていくって言ったでしょ。」
「いつ言ったんだよそれ。」
「3秒前ぐらい。」
「・・・・・・・・・」
ああー、もういい。ほっとこ。コイツと言い合ってたらきりが無い。エネルギー切れになる前にとっとと行くことにする。
スタスタ。
トットッ。
靴に履き替え、校門を出るとチャイムが鳴り始めた。しばらく歩いて後ろを振り返ると、響がキョロキョロと周囲を見ながら着いて来ていた。
それにしても、なぜ響が着いてきたのだろうか。うやむやしたまま食べると美味くないし、聞いてみた。
「なんでおまえは着いてきたんだ?」
「ん?・・・そうだねぇ。一度こういうことしてみたかったからかな。学校抜け出して遊びに行ったりして。」
「あ・・・いや、遊びに行くんじゃないんだが・・・」
「気にしちゃ駄目だって!」
ケラケラと響は笑っていた。
そういえば今日は朝から笑っていたような気がする。それに昨日みたいに作った笑顔なんかじゃなかった。
「おまえ変わったな。」
響は俺の言葉になぜか驚いたらしく、すぐには返事が返ってこなかった。
「そうだね。絶君のおかげだよ。昨日のことでなんだか吹っ切れちゃった。」
「・・・・・・・」
「だって昨日までのへねくれていた自分より、今の自分の方が性に合ってるっていうか。それに楽しいんだ、今が。だから、私はこれから自分らしく生きてみようと思うの。」
響の顔に弱さはなかった。
「そっか・・・。しかし、ひねくれてるのは相変わらずだけどな。」
「絶君、一言多い!!」
ころころ変わる響の顔を見て、俺は心の中で良かったと思う。会う度にしんみりするのは、とてもじゃないが耐えられないから。
残念なのは性格がどっかのお気楽おねーさんに似ている事だが(ヒント:三○)
「よし。それじゃあ、ゲーセンに行こう!!」
「お前、俺の目的を忘れたわけじゃないよな?」
「あ・・・・・コンビニよってから遊びに行こう!」
「完全に忘れてたよな、今?」
絶と響は息の合った(外れた?)受け答えをしながら、コンビニに向かった。
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「もしもし?・・・国坂です。―――いやいや、お礼を言いたいのは私のほうですよ。あのときはありがとうございました。・・・それで、ですね。無我 絶君と響 詩歌さんのことなんですが・・・。はい、大丈夫そうでしたよ。―――いやそれが、私がするまでもなく二人とも仲良く話していましたよ。今日なんか、二人そろって学校を抜け出してますし。まぁ、まぁ、いいじゃないですか。仲がいいのに越したことは無いです。―――ハッハッハ。それを言われるとわたしの立場上、痛いですな。まあ、あの二人のことは特に心配することも無いでしょう。――――君も変わりましたね。あの時は一人で暮らすのも心配だったのに・・・結婚式にはぜひ呼んでくださいよ?いやー、ハッハッハ!それでは私は仕事があるので。はい、それでは・・・」
ガチャリと受話器を置き、絶たちを眺めていた窓のカーテンを元通りにし、国坂校長はいつも通りの業務を始めた。