Neetel Inside ニートノベル
表紙

絡まるつながり
三話 闇より深し狂気

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 わたしが愛した殺戮という行為は

 他の生命を未来を奪うことに意味がある

 他の生命の未来を決することに意味がある


 わたしが殺戮を愛するようになったのは

 血に濡れ佇むわたしの中に

 喜び、優越という名の狂気を見出してからだ


 だからさあ始めよう

 わたしはわたしでいられるために

 わたしがわたしであるために

 わたしを突き動かす衝動に流されに

 わたしの欲望の赴くままに

                 ~狂人の叫び~ 

     


 1、悪夢の再始動

 ~山奥の村~
「違う、違う!!・・・全く駄目だ。憎しみが・・・狂気が足らんのだ!!」
 男はあらん限りの力で目の前の机を叩いた。それによって男の前方にいる異形の生物が、驚きで体を振るわせた。
 男は30半ばの見た目に反し、髪は白く脱色し、目は既に年老いたような、朽ちた灰色がかっている。さらに不気味な印象を抱かせるのは、左目が無く、またそのまぶたが開かれたままであることだ。
 瞳どころか眼球自体がない左目は、しかししっかりと異形の生物の後ろを見透かして、まるで何かを睨みつけているように細めて、動かなかった。
 それは化け物がそわそわと辺りを動き回り、腐臭のする己の体についていた血肉の塊を辺りに飛び散らせ、異様に長く、厚い爪で周囲の壁を削り始めた後まで続いた。
「・・・仕方あるまい。こやつを連れて他を当たろう。ここにもう用は無い。」
 男はため息をついて、化け物の破壊活動を制止させた。化け物はあっさりと命令に従ったが、男はそれにまた落胆の顔を浮かべた。

 男と化け物は幾重にも重なった死体の上を歩いて、トラックへと向かった。村にはまるで生気が感じられない。
 その惨状にカラスすら寄って来なかった。動物たちは本能で感じていたのだ。―――この地は死んでいると。
 トラックにたどり着き、男は運転席に乗ると後ろのハッチを開けた。しかし、化け物は乗る気配を見せず、トラックの前に積まれた比較的新しい死体を頬張っていた。化け物は骨肉かまわず砕く強靭なあごで瞬く間に一人、二人と死体を平らげていった。
 ハンドルにあごを乗せてその姿を見ていた男は、
「お前たちの欲望というのは、精々『食欲』だけなのだろう」
 と、呟いた。


 男たちが移動していると、なにやら先のほうに車が数台停まっていた。近づくとそれはパトカーで検問の最中だということが分かった。
「中を見られると厄介だ。・・・突っ切ってやろう。」
 男は顔に笑みを浮かべて、アクセルを踏み込んだ。
 警告灯を持っていた警察官は、トラックを止めようと前に進み棒を振ったが、全く停まらないどころか、徐々に加速するトラックに危機を感じ、とっさに横に跳んだ。
 だが下半身が間に合わず、反転しながらパトカーにぶつかった。警察官は血を吐き、骨が砕け散った足の痛みにしばらくのた打ち回ると動かなくなった
 男はそれをサイドミラーから眺め、喜びのあまり声を出して笑っていた。
「なんとももろいものだ。」
 そして男は後ろの光景を確認するために一度下げたスピードを上げるため、再度アクセルを踏み込もうとしたとき、パンッと何かが弾ける音がして急にトラックがスリップした。

 弾けたのはトラックの後輪のタイヤだった。
 タイヤを撃ったのは、轢かれた警察官の同僚だった。警察官は殺された同僚の敵をとらんと憎しみのこもった瞳でトラックの中の男を睨んでいた。
「全く・・・面倒なことをしてくれる。」
 男はトラックから拳銃を構えている警察官の姿を見て、どう始末してよいか、考えたが最も手っ取り早く片付けることに決め、トラックのハッチを開けた。
「出て来い。人でなしが!!」
 警察官は出てこない男に苛立ちを覚えていた。いっそのこと自分の立場を忘れて男を打ち抜きたい衝動に駆られてじりじりとトラックに近づいていた。
 すると、トラックのハッチが開き、中から雄叫びと共に異形の化け物が飛び出してきた。
「グゥルルルォォォォォォ!!」
 警察官はそのあまりにも大きい威圧感に思わず、拳銃を落とし、後ずさりしようとして尻餅をついてしまった。さらに起き上がろうとするが腰が抜けて立つことも出来なくなってしまった。
 化け物は歩くたびに唾液のようなものを垂らしながら、警察官の下に寄り唾液のような液体が流れ出している穴を広げ、そのまま警察官の頭をすっぽりと覆った。
 化け物が頭を上げると警察官の首から上が無くなり、血が勢いよく噴き出し化け物にかかった。
 化け物はそれを全く気にせず警察官の亡骸を一振りで吹き飛ばし、男が姿を消した森の方へと足を踏み入れた。
 

 
 

     



「こりゃひどいな・・・」
 月宮は尋常じゃない臭いに顔をゆがめた。臭いは手で振り払っても執拗にまとわり着いてくる。
 立ち入り禁止と書かれたテープの向こうのかつて村だった光景は、地獄と言っても過言ではないほど、無惨な状態だった。他の色を塗りつぶすように家や木、道路に血がこびり付き、時間が経ったせいでどす黒く変色していた。
 これだけで既に異常なのだが、さらに異常なのは足元にうず高く積まれた死体の山だ。子供から年寄りまで男女問わず、様々な人の亡骸が横たわっていた。
「ハリケーンが襲った後としか思えない。いや、ハリケーンでもここまで酷くないだろう・・・」
 アメリカのハリケーンの惨状を表すとき、レポーターが傷跡を残していきましたと、言うことがあるが、ここには爪跡が至る所に残っていた。いや、実際には今の所爪の跡とは決まっていないが、見れば見るほどそれは熊がえぐったような引っかき傷だった。
 しかし、現場に熊の足跡のようなものは残っていない。全く。それに熊ならば猟師の猟銃でしとめたり、電話で助けを求めたり、一旦村から逃げたりと、村人は何かしらの対処が出来るはずである。
 だが、結果は村は全滅。
 今のところ犯人グループによる集団殺人あるいは窃盗の末の殺人事件として現場検証をしようとしているが、第一に犯人グループが何人いるかを調べるために警察は現場に立ち入ることも出来ず、鑑識の結果を待ちながら現場の想定を行っている。

 だが月宮にはこの事件が人の手によって起こされたものではないと思っていた。
 自分でもそれがなぜなのか分からなかったが、確信だけはあった。
「それにしても・・・藤木さんはなんでこんなとこまで来たかったのかね。」
 藤木は離れた場所で地元の管轄の警官と話をしていた。禿げ上がった頭を絶えず、ソワソワと動かしている。
 警察内の暗黙の了解として一つ、『他の管轄に関わらない』というのがある。警察官は組織集団だが、管轄ごとの縄張り意識が強い。それで普段県を出てまで事件を追う事は無い。故に今回の藤木指示には疑問が残った。
 そうしていると藤木が警官との話を終え、こちらへやって来た。
「お疲れ様です。」
「おう。わりぃな待たせちまって。」
 いつも怒鳴り声で喋る藤木が、そんな風に辛気臭いことを言うのは初めてだった。
「いや、それはいいんですがね。・・・今日はなんでこんな所に?いやあそれは大きな事件だとは思いますがね。もしかして俺たち左遷ですか?」
 少し冗談気味に付け足してみたが、藤木は縁起でもねぇことを言うなと、うっすらと笑みを浮かべた。
「それじゃあ命令ですか?」
「いや、これは上の命令じゃねぇんだ。俺個人のことなんだ。」
「はあ。」
 何もいうことも出来ずとりあえず相打ちを打っといた。 
 
「今日はすまねえな。こんなとこまで俺の勝手で運転させちまって。」
「いや、俺はそんなことはあんまり気にしてないんですけど。それよりどうしてここに来たのか教えて貰えませんかね?」
 いつもの傲慢さが無くてなんだか調子が狂ってしまう。そこで単刀直入に話を聞くことにした。
「ああ。少し長くなるんだがな。お前これ吸うか?」
 そう言って藤木は懐からタバコを取り出した。
「いえ。俺は吸いません。高校のとき吸った時の第一印象が強烈だったんで。」
「ふん。俺も高校が初めだったが、ようは慣れだな。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。」
 フーッと口から煙を出して、藤木は昔のことを思い出すために少し間を置いた。
「そうだな・・・、確か今から八年前だ。ある大きな事件があったんだが・・・お前覚えているか?」
 今26だから八年前は18で高校生だ。そのときはまだ無茶して馬鹿を見ていた時期だった。それに世間の流れに敏感で、友達と訳も分からず政治を批判し合ってたりしたと思うが、その頃の大きな事件と言っても何も思い出せなかった。
「思い出せないか。ま、無理もねえ。表立った報道は上の命令で規制されてたからな。・・・・・実はな、八年前ジャンボジェットの旅客機が墜落したんだ。名前は――『スワローテイル』だ。」
「あっ、思い出しました。確か、アメリカ行きの便で途中で太平洋に墜落、乗客350人中、内300人が犠牲になったっていう事件ですよね。」
「なんだよく覚えてるじゃねえか。」
「ええ。あの時は墜落した原因が分からないって言われてて、それから・・・・・あれ?どうでしたっけ?」
「そこから規制されたんだろ。」
 確かに記憶に残ってないのは、それからの報道を見てなかったからかもしれない。

「でも、上からの命令って、何かあったんですか。まさか軍事のテロだったとか」
「いや、違う。テロでもない。ここからが話の本番だ。」
 そう言って藤木はタバコを落として踏みにじった。

     



「昔、俺はその近くの勤務でな。偶然その事件の担当になって現場に行ったんだ。何とも言えねぇ、酷い有様でな。機体の半分まで折れてて、そこから後ろの乗客は何とか無事だったんだが折れてる前の方はここと同じようなことが起こっていた。」
 そこも地獄のような光景だったのだろうと月宮は思った。
「それでは、機体の故障だったんですか?」
「いや。機体に不備は無かった。・・・それに良く考えてみろ。機体は折れただけだ。『スワローテイル』は墜落したときの乗客の安全を最も考えて作られたものだ。山に突っ込んで爆破するならまだしも、海に墜落して乗客が全滅はありえないだろう?」
 藤木はまるで自問自答しているように深々と言った。
「さらにおかしいのは乗客の死亡時刻だ。あの乗客たちは墜落したときに死んだんじゃない。乗客たちは体をバラバラに裂かれて、落ちる前に殺されているんだ。」
「殺されているって、それじゃあやっぱり、テロだったんじゃ・・・」
「・・・・テロっちゃあ、テロなのかもな。」

 そこで藤木は胸のポケットから新しいタバコを取り出して口に咥えた。
「いたんだ。」
「えっ?」
「犯人がいたんだよ。」
 藤木は口に咥えたタバコに火をつけ一口吸って吐いた。
「犯人は機長だった。」
 犯人が機長だったなら『スワローテイル』を墜落させることは簡単だろう。しかし、墜落させる前に乗客を殺すことなど出来るのか?普通ならできやしない。
「まだ何かあるんですね?」
「ああ。機長は死んでいたんだ。乗客たちと一緒にな。だが、その機長の様子がまたおかしかった。初めそれが機長なのかすら分からなかった。まるで獣のような体に変形していたんだ、鋭い爪を持った獣に。」
 そのとき俺はその胡散臭い話を信じることが出来なかった。
「そんなのありえるわけが無いでしょう。まるでアニメや特撮のようなことが。」
「ほれ、これを見ろ。」
 藤木は警察手帳から古い写真を取り出して、手渡してきた。その写真には八年前の現場が映されていた。そこにはまさに化け物としか言いようが無い何かが映っていた。それを見て俺は認めるしかなかった。
「これが機長の姿・・・・」
「ああ・・・・。解剖をして身元が判明した。突然変異が起こったとしか言いようが無い。脳が縮小し、その分この人間離れした肉体になったとしか考えられなかった。こんなの見たら国内いや、諸外国でも大混乱がおきるだろう。だから上はこれをいままで隠すことにした。一部の人間にしかこのことは知らない。・・・そしてこの事件はまだ終わっちゃいねぇ。」
「機長以外に犯人がいたんですか。」
「ああ。もしかするとそいつが犯人で機長は被害者なのかもしれねぇ。今さっき前の方に乗っていた乗客は全滅だと言ったが一人だけ生存者が居た。そいつの証言で俺たちはある男が浮かび上がった。」

「それから八年間ずっとその男を追っているんですね。それで今日はこんなとこまで・・・」
「藤木警部!検証が終わりました。」
 警察官が藤木を呼んだ。それで藤木について俺も現場に向かった。
 テープを越えて中に入るとまた腐乱臭が漂ってきた。あちこちに鑑識がまだ検証を行っている。歩いていると被害にあった建造物が生々しく傷を残していた。村人の死体にはブルーシートが乗せられて辺りは青に変わっていた。
「これは・・・・!?」
 丁度後ろにあった家の壁を見たとき、何かの足型のようなものが残っていた。
「やはり、奴の仕業か・・・・」
 藤木もその跡をみて深く頷いた。
「警部、こちらに足跡のようなものが発見されました。」
「おう、分かった。」
 そこにたどり着くと熊ではない何かの足跡が残っていた。
「月宮。いままで奴は隠れるため、大きな行動は起こさなかった。だが奴はまた動きだした。もしかすると今度は『スワローテイル』の事件より大きな被害が出るかも知れねぇ。だからその前に俺たちはアイツを捕まえなくちゃいけねぇ。だがアイツと対峙したとき俺たちは殺されるかも知れねぇ。だからここからお前が俺に着いてくるかは、お前が決めろ。どちらにせよ俺は奴を追う。」
「俺は藤木さんに着いていきますよ。不謹慎かも知れないですけど。俺こういう命がけの仕事に憧れてたんですよ。死と隣りあわせって言う感覚が。」
 そういう俺を見て藤木はそうかとだけ呟いた。

       

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