Neetel Inside ニートノベル
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DEATH MAGNETIC
飛び込んできた生首はカップラーメンを打ち倒した

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 オレこと今中ただお二十四歳はその時、開け放した窓から吹き込む春ながら肌寒さを残す夜風を感じながら、自室である四畳半の真ん中でちゃぶ台に向かい、カップラーメンをすすっていた。
 二階にある窓からは道路を挟んですぐそこに踏み切りが見えて、もう少し向こうには駅がある。時折通り過ぎる列車が風と騒音と振動を部屋の中まで運んでくる。
「平和だ……」
 オレは胸の奥にさわやかクロレラグリーンヌードルのさわやかな味わいと温かさを感じながら、満足の吐息を漏らす。
 直後にふりかかる驚くべき事態を考えればまったくもって呑気すぎるといわざるをえないが、しかしたとえ一瞬であっても未来の出来事なんてそりゃもちろん予言なんてできるはずもないわけで、さてその一瞬後、中央特快の巻き起こす風とともに、桜の花びらと、少女の生首が飛び込んできた。春だから。ああいやこの春だから、ってのは桜の花びらにかかるのであって、少女の生首が飛び込んできたことは別に春とかそういうのは関係ない。
 少女の生首はちゃぶ台を直撃。
 さわやかクロレラグリーンヌードルの緑色のスープが机の上にぶちまけられて。
 生首はまるでコマみたいに回転しつつ、ぴったり奇跡みたいにオレと向かい合うように静止して。
 そして二人は見つめあうのだ。
 その生首は驚いたような表情で目を見開いたまま、
「えっと、はじめましてこんばんは」
「こんばんは」
 突然の闖入者にオレの思考は混乱を通り越して一回転、冷静に挨拶を返す。これでもオレは挨拶返しの今中と呼ばれた男だ。何度「自分から積極的に挨拶しなさい!」と言われたと思っている。
 ここまできたらオレのペースだ。次は社交辞令のただおとの異名をとった腕前を見せてやろう。何度「君はいっつもどこか他人行儀だねえ」と言われたと思っている。
「今宵はいい月が出ていますな……じゃなくて!」
 オレはようやく冷静さを取り戻し、机の上にぶちまけられたさわやかクロレラグリーンヌードルを指差す。
「どうしてくれちゃってんのオレの夜食!」
「いいじゃないですかそんな緑色の気持ち悪いカップ麺なんかどうでも。なんですかそれ藻? 藻食ってんですか、あなた?」
「違うよ! さわやかクロレラグリーンヌードルの奥深い味わいを理解しないような奴とは会話したくないよ!」
 なにこの人気持ち悪いみたいな目でこちらを見てくるのでオレの怒りはクールダウン。
「この部屋なんかドブみたいな臭いがしませんか?」
 彼女の次なる言葉でオレはもうノックアウト。
「いや、わかってるよ、はは……さわやかクロレラグリーンヌードルの臭いがドブのようだってことくらい……はは……」
「そういう話じゃないです」
 冷たすぎる。なんだこの生首。
 大体、勝手に人んちに土足で(足ないけど)あがりこんでこの言い草は一体どういうことなんだ? そもそもこいつは何者だ?
「あんた、一体誰なんだよ」
 苛立ちを隠そうともしないでオレはそうたずねる。
「ご覧の通り生首です。うーん、生首というか、生き首? 生け作り?」
 少なくとも生け作りではない。
「なんで窓から飛び込んできたの?」
「それはほら、電車にぶつかった衝撃で」
「電車にぶつかったの? なんでまた」
「飛び込みです」
「飛び込み! 毎度通学電車を止めるのはお前か! 迷惑してんだぞ!」
 机にのった頭をばしばし叩く。
「ごめんなさいごめんなさい、飛び込みむのは今日がはじめてなんで許してください」
「ふう……それもそうだな……次やったら許さないかんな。で、なんで自殺なんてしようと思ったの?」
「ちょっと嫌なことがあって」
「ほうほう」
「そして電車に飛び込んで、この有様ですよ」
「はしょりすぎだよ! キミはちょっと嫌なことがあると電車に飛び込んじゃうようなレベルのメンタリティなのかよ!」
「いやあ、実はですね、ちょっとその辺の記憶が薄くて、何か嫌なことがあったのは覚えているんですが、それが具体的にどういうことだったのかは……」
「記憶が薄い?」
「身体で覚える、っていうじゃないですか」
「言うねえ」
「…………」
「いや、わからないよ! 明らかに説明不足だよ! 身体で覚えるからなに? 首だけだと色々忘れますねとかそういう話?」
「なんだ、わかってるじゃないですか」
「合ってるのかよ! 初めて聞いたよそんな人体の神秘!」
「そりゃあ首がトンだのに生きている人なんてまずいませんからねえ」
「まずいないどころかありえないよ! 人体の神秘どころか生物学の危機に立ち会ってるよオレ!」
「落ち着いて落ち着いて」
「ああ……ちょっと興奮しすぎちまった……ふう……いかんな、いかんいかん……」
「ああ、そういえばあなた名前はなんて言うんです? ブライト?」
「なんでそんな宇宙世紀風の名前を当てはめちゃうんだよ!」
「いや、顔が似ていたので」
「あそこまで老け顔じゃないよ! オレには今中ただおって名前があるよ!」
「そうですか。で、イさん……」
「イ・マナカじゃないよ! 今中だよ!」
「めんどくせー」
「突然本音漏らすなよ! ちょっとアセっておしっこちびっちゃったよ!」
「おしっこ……ごくり」
「いや、もういいから! そういうのはじめると別ジャンルの小説になっちゃうから! 話を進めよう、な!」
「そうですね。で、今中さんしばらくの間わたしのパートナーになってもらえませんか」
「パートナー」
 彼女は視線の動きだけでうなずく。
「ええ、そうです。見てのとおりわたしは首だけですからね。もし外敵に襲われたりしても手も足も出ないんです。首だけだけに」
「うまくないからな」
「そういうわけで、この状態がどうにかなる目途が立つまで、わたしのパートナーになってもらえないでしょうか?」
 オレはちょっと考える。こいつよく見るとかわいいな。結論出る。
「オーケーだ」
「よかった、ありがとうございます」
「そうしたら一つ教えてくれ。キミの名前は?」
「名乗るほどのものではありません」
「名乗れよ!」
「名前なんか忘れました。なんでもいいです」
「じゃあ仮に源五郎丸としておくか」
「わかりました」
「突っ込んでくれよ!」
「細かいことに頓着しない性格なので」
「首だけになっても平然としていたりするところを見るにつけそのようだね」
「まあ話を先に進めましょう」
「ああ。んじゃあ首子」
「あ、それがわたしの名前ですか」
「本当に頓着しない性格なんだな……それで、オレはキミをどうすればいいの」
「とりあえず、わたしの体を取りに行きましょう」
「体って、どっかに落ちてんの?」
「飛んでいく瞬間、体が草むらに落ちるのを見ました。回収されていなければ、まだあるはずです」
「バラバラになってたらやだな……」
「大丈夫です。無事なのをこの目で見たんですから。それに、わたしの体は頑丈です」
「そういう問題じゃないと思うけど」
 とりあえず、そういうことになった。

       

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