Neetel Inside ニートノベル
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@ccess to you.
げいのうじんははがゆい

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 バイトを終えた僕は、今日もいつものように帰りの電車のつり革に体をぶら下げてゆらゆらとその身を靡かせていた。一応大都市とよばれているだけはあるようで、昼を終え暗くなりだすこの時間はほぼ例外なく満員御礼の垂れ幕が中吊りされている。ええと、最後にシートに腰を下ろせたのはいつだっただろうか。
≪次はかざみ台、かざみだい~。降り口は左側です。開くドアにご注意……≫
 やっほい。いい加減この押し競饅頭地獄から抜け出したいところだったんだよねー。
 クーラーが効いているのは悪くないんだが、いかんせん今日はおとなりさんの体臭がひどすぎた。いや、でもきっと彼だってこの不況を乗り切ろうと必死にもがいていて、それで今日も1日戦場をかけずりまわっていたに違いない。汗は男の勲章という誇り高き言葉もあるんだ、悪く言っちゃあいけないよな。はんぱなく臭いけれども。
 電車を降りて改札口を出る。と、僕は歩みを止めた。いや、止まらざるを得なかった。
 目の前にラブシーンを展開するカップルがいたからだ。
「沙紀ちゃん!」「幹久くん!」と互いを呼び合い、周りの目なんて一切無視して自分らの世界に入ってしまっている。当然、駅の周りには人だかり。皆の注目を燦々と浴びている。
 そのまま2人は手を取り見つめあい、そしてキス。キス。キス。
 長い。すごく長い。息が止まるくらいの甘い口付け。その様子を僕はしばらくボケッと見ていたが、不意にどす黒い感情が急に胸に込みあがってくるのを自覚し、遠巻きに立ち去ることにした。
 あーあー魅せつけてくれちゃって。公衆の面前で、しかもあんなに堂々とだなんて……。
 恥ずかしくないのだろうか? 部屋に帰ってからチュッってやりゃあ済む話じゃないか。それにこの駅を使うのは大人たちだけじゃないんだぞ。小さな子供にはともかく、思春期真っ盛りの僕たちなんかには刺激が強すぎるんだよ。反応してしまうじゃないか、全くもう。
 でも、と夜の街を掻き分けて歩きつつ思う。あれだけ誰かを一途に愛せるなんて、実はすごく素敵なことなんだよなと。何のためらいも迷いもなく、互いが互いを愛しあう。崇高至高の愛の“カタチ”だ。
 それに引き換え今の僕はどうだろう? 
 同じクラスの男子からアイドル的存在と崇め奉られている本宮佐和子に告白されたというのに、未だ僕は明確な答えを出せずにいる。彼女は体育館の裏で僕に『好き』と言った。紅潮した頬で潤んだ瞳を浮かべこちらを真っ直ぐみつめて。長い睫毛は決意の涙に縁取られていた。それはそれは文句の付けようがないアプローチだったなあ、と今振り返ってみてもそう思う。
 でも僕はそれを素直には喜べない。好きかどうかという以前の問題、好きになれるかどうかがわからないのだ。確かにアイドルと言われるだけあって本宮佐和子は綺麗だ。それは疑いようがない。でも、彼女について僕は何も知らない。これまで3年間1度も同じクラスになったことがなく、まともに話をしたことすらそう数度もないのだ。また言わずもがなだが、彼女を狙って日々お近づきのチャンスを待ち焦がれる男どもは山のように存在している。そんな中、なんと向こうから距離を縮めたいと言って来た。果たして僕はこんな状態でうまく彼女と付き合っていけるのだろうか。というより、こんな心構えで付き合うなんて相手に失礼だ――。

 



 煩悶は尽きない。でも、この一件でわかったことがある。
 本宮佐和子は僕を好いているが、僕は彼女と同性だ。
 そして僕は、今のところ自分が同性愛者ではないと思っている。
 つまり、そういうことだ。

       

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