子供の時からよく言われていたことを思い出す。
「明日の準備は今日のうちに済ましておきなさい」
それをさぼっていたツケが回ってきたと言う事だろうか。自分でもそれは分かっていた。世界の殆どの事は、あらかじめ事前にまともな対応策をとっていれば、それなりにうまくやっていく事は出来ると言う事。
たとえば、心の準備とか。
「帰ってこないの？」
「あー、うん。ごめん。本当ごめん。こっちで、やりたい事があるんだ」
「……そう。お父さんになんか伝えたい事ある？」
「いや、今のところ大丈夫。またなんかあったら連絡するから」
「康弘」
「ん？」
「母さん、康弘がそっちにいたいって言うんなら止めないけど、お父さんも同じ気持ちだと思うし、でももし帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきていいんだからね」
「…………」
僕は、口にしてしまおうかと思う。母さん、俺は本当は、なんにも考えてなくて、むしろここにいる理由とか自分でもよく分かってなくて、でも確かにここにいたいような気はするんだけど、その気分が本当いい気分になれるかどうかなんて事には一切自信がなくて、むしろこの際気分なんてどうでもいいから、実家に帰るって選択が人間として正しいのかもな、うん。とかちょっと思っているんだけど。
「……ごめんな、俺は大丈夫だから。また連絡するよ」
でもやっぱり、いたほうがいいかなって思うんだ。
電話を切り、僕は「おかん、すまん」とディスプレイにだけ聞こえる声で謝ると、机の上に携帯電話を置き、窓を開けて空を眺めた。
真夏の夜の空は雲一つなく星が瞬いていて、僕は壁にもたれかかるようにしながらその空をぼんやりと見つめていた。背筋が少しひんやりする。母さんの言葉にどう返すべきか考えていたら、なぜか冷や汗が浮かんできていた。沈黙の中の歯軋りを聞かれていないようにと願う。
「……考えてねーよ、どこでどうやって死ぬのが一番いいかとかなんて」
「明日の準備は今日のうちに済ませておきなさい」
要するに、何事に対しても最善策を選べるように、早いうちからちゃんと先の事を考えていなさいって事だ。
生憎、僕はそれを少しサボりすぎていたようだ。
そう。それは決まっていて、最近確定的になったけど実は以前から結構皆の話の中で出てきてたりして。僕もそう言えば「死ぬんだったらお前どうする？」って聞かれて「そうだなー○○○」とかなんか言ったような気もするが、きっとたいした事ではないのだろう。思い出せないし。
問題はそれが現実のものとなった時、今こうやって「じゃあ、どうしよう？」となに一つ答えを持っていない自分がいる事だった。
どうすればいい？
残り時間は一ヶ月。
それで、世界は滅亡する。地球は終わる。人類は、死ぬ。
