Neetel Inside 文芸新都
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そして俺はカレーを望んだ
『帰ってきた死の可能性』

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『帰ってきた死の可能性』



「あの、どうかしましたか? 顔色が悪いですよ?」
「悪いも何もなんか聞こえるじゃん! なんか! 聞こえねえのかよ!」
 焦りを滲ませながら、俺は紗綾ちゃんを見た。俺を気遣うように言ってくれるのはすごくうれしい。正直惚れちゃいそう。うん。うれしいんだけど、じゃあ、なんでこの子は笑っているんだろうか。焦る俺とは対称的な歳相応の無邪気な笑みが、確かに俺へ向けられていた。
「心配要りませんよ。……相羽さん、さっき能力なんて使ったことが無いって言ってましたよね? 大丈夫です、もうすぐ相羽さんがどんな能力を持っているのかがわかりますよ」
「もうちょっとわかりやすく現状をおしえやがってください」
「無理です」
「なんで!」
「それを教えたら、相羽さん、使わないじゃないですか。能力」
 なんて、爽やかな笑顔を浮かべた紗綾ちゃんは、ごそごそと真っ黒なローブの中から無骨な物を取り出した。銃かと思って身構えたけど、これはアレだ、アレ、映画とかで見たことあるわ。なんだよ、ただのガスマスクじゃないの。
 ……さすがの俺もわかってしまいました。“しゅーしゅー”はアレ、ガス。ガスよガス。ガスが出てる音。……あれ? なんかわからないけどやばくね?
「つかぬことをお伺い致しますが、この状況はいわゆるゴホゴホガハー的なアレですか。俺死ぬんですか」
「もがもが」
「あのね! もちろん俺にもガスマスクくれるんだよね!! 自分だけ着けてないで俺にも頂戴ね!!」
「無理です」
「死刑宣告!」
 ガスマスクの吸収缶から聞こえた言葉はあまりにも無情。俺は本能的に鼻と口を押さえるも、見れば周りの空気には明らかな“色”が付き始めていた。冗談じゃねえ。すぐさま振り返って扉まで駆け寄り取っ手を回すも、引っかかるような手ごたえが返ってくるのみ。……普通は内側から鍵の開け閉めが出来るようにするでしょ! なんで無いのよ! ふぁっく!
 扉を叩くも、手が痛むだけ。というかね、なんだか頭が朦朧としてきたんですよね。動けば動くほどやばいんじゃないのかと頭でわかってても、こりゃあお前無理ですよ。絶体絶命ですよ。と、扉を何とかするのを諦めた俺は紗綾ちゃんの方に向き直り、気づいた。あるじゃん、ガスマスク。
「紗綾ちゃんは俺にひどいことしたよね。ごめんなさいしないといけないよね」
「……? 私は相羽さんの為を思ってやっているんですよ? だって、相羽さんが私たちと“同じ”になる為には必要なことですから」
 黒いローブにガスマスクという、もはや言い逃れ出来ないであろう不審者エアーを放ちまくってる紗綾ちゃんが、首をかしげる。だめだコイツ……早く何とかしないと……。
 そう、早く何とかしないと。なんかもう眠い。これはまずい傾向だ。なんで“普通のビル”で雪山よろしく寝たら死んじゃうみたいな状況に陥らなきゃならないんだよ。というわけで、紗綾ちゃんの着けているガスマスクをもらいましょう。
「そうしま、しょうっ!」
 掛け声とともに、俺の右足がリノリウムの床を鳴らしながら蹴り上げた。いくらでかいビルと言っても、所詮は室内。一瞬で紗綾ちゃんとの距離を縮めた俺は、勢いを殺すことなく紗綾ちゃんに突進した。
「きゃっ」
「うるへえ! 可愛らしい悲鳴上げたってな、お前、許されることと許されないことってのがあるだろこのおとぼけちゃん! もう謝らなくていいからな、とりあえずそのガスマスクをもら」
 寝た。



「が、ガス……マスクを……」
 あ?
「あ」
 ああ、うん。…………さて、結局俺は寝てしまったわけなんだな。自分の寝言で目が覚めたわ。
 自然に寝た時には無い微妙な頭痛を感じながら、俺は半身を起こして辺りを見回そうとした。そうとした。起き上がらないんですけど。目をこすろうと思っても手すら動かないって、なんじゃこりゃあ。
「なんじゃこりゃー」
 たぶんガスのせいだろうけど、目が見えない。痛くはないんだけど、全体がぼやけすぎてもう何がなんだかわからない。かろうじて白い部屋、真上に照明、俺は拘束されてるってことくらいは確認出来た。……どうしよう、シチュエーション的に本郷猛は改造人間みたいな空気を感じるんですけど。
 見えないし動かないしで非常にやきもきしていると、不意に真上の照明が薄れた。
「目が覚めましたか?」
 誰かが光をさえぎっているんだと理解し、声から紗綾ちゃんと察した。この野郎、張本人がいきなり現れるとはいい度胸じゃねえか。今の俺は女でも吹っ飛ばせる自信があるぞこの野郎。
「助けてください」
「無理です」
 自分の気持ちには素直になるべきだと思う。でもね、無理とか言い切られちゃった日にはもうどうしようもないね。俺は観念して、体から力を抜いた。
 あー、どうなんだこれ。どうなるんだ。さすがにショッカーと戦う羽目になるなんてことは無いだろうけど、それに匹敵するくらいのとんでもない状況だよねこれ。どう考えても今日の始めにはこんなことになるなんて思わなかったもんね。
「誰がこんな状況を想定して動くかぼけなすばかあほちんこちんこちんこー!」
「静かにしてください」
「ごめんなさい」
 反射的に謝っちゃったけど、悪いのはぜったい向こうの方な。
「……はあ。失望しましたよ、相羽さん」
「あ? なにがじゃちんこったれ」
「相羽さんは絶対に能力を使ってくれると信じていたのに、なんで寝てしまったんですか? これじゃあ、私、バカみたいじゃないですか」
「ちんこちんこちんこ」
「あの部屋は元々実験で使う場所なんです。空調機からガスが出せたのもそのせい。……最初、ガスは致死性のものが使われる予定だったんです」
「はいはいちんこちんこ」
「でも、私、相羽さんは“仲間”だって信じてましたから、主任に頼んで睡眠ガスに変えてもらったんです。どちらにしても、相羽さんは使ってくれるって、信じていましたから」
「ちんこー」
「それなのに、これじゃ変えた意味がないじゃないですか」
 どうしよう……ちんことしか言ってないのにそれなりに会話が成立してる……。紗綾ちゃんったら俺の周りにいる女の子の中で唯一まともだと思ったのに、とんだ淫乱ですわ。どんだけちんこ好きやねん。どんだけ俺に期待してたっちゅーねん。過度な期待は逆効果だって電波から教わらなかったのかねこの子は。
 聞いてないフリをしながらも紗綾ちゃんの言葉を考えた。ガスがどこから出ようが何だろうが、“こいつ等”は俺の能力を使えばそういった状況でも何とかできると思っていらっしゃるわけだ。で、結果として俺は何も出来ずに寝てしまったと。それで紗綾ちゃんが勝手に失望したと。なんだそりゃあ。だから女は苦手なんだよくそたれめ。
 心の中で散々悪態をついていると、急に視界が強烈な光に包まれた。光をさえぎっていた紗綾ちゃんが動いたんだと理解した直後、すぐ傍で今一番聞きたくない音が俺の耳に飛び込んできた。こう、ガチャッてやつ。銃の上のとこをスライドさせてる音。
「だ、ダメだろ! 銃はダメだろ! さすがにダメだろ! というか紗綾ちゃん目が見えないんだからそんな危ないもの持っちゃいけません! 捨てて!」
「今の相羽さんよりは見えているつもりですよ」
「銃を持ってるってのを否定して欲しかった」
 コツリと、こめかみの部分に冷たくて硬いものが押し付けられた。……待て待て。まだ俺心の準備が出来てない。というか何、話が全然見えないんだけど、何、俺殺されかけてるの? 死ぬの? なんで? 明らかに殺されるフラグとか立ってないよね? バグですよバグ、普通のプレイじゃ起こらないですよ。
「素質がない人は、“処理”されるんです。残念ですけど、相羽さん、お別れです」
「あのね、聞いて。俺ね、死にたくない」
「無理です」
「えー」
 銃を押し付ける力が強まり、引き金室のバネがきりきりと縮む音が聞こえ、ああ、死ぬわこれ。
 ――少しの衝撃と共に、俺の意識から何かが抜け出した。



       

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