Neetel Inside 文芸新都
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そして俺はカレーを望んだ
『逃げ切る可能性』

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『逃げ切る可能性』



 なんだよ。なんなんだよ。俺が何をしたって言うんだよ。そりゃあね、昨日の夜はちょっとしたハプニングがあったさ。ああ、自他認めるハプニングだと思う。だがしかし、だからってこんな言いがかり。俺としちゃあ買い物を済ませて帰るだけだったはずなのに、なんだ、帰り道ってのはハプニングが起こるもんなのか? いや、相羽光史十七歳。まだまだ人生先は長く、まだまだ若年者ですが、それでもそんなことは統計学的に見てありえるはずもなく、それこそ二日連続で変な奴に絡まれるなんてことは、一度も経験したことが無かった。もちろん経験していないほうがいいだろう。けど、今まさに経験してしまった。どうしよう。
「おや、だんまりを決め込むと? それは肯定の意として受け取ってもいいのでしょうか?」
「ダメだダメだ! 俺は知らないぞ! 確かにお前の言うとおり、昨日は銀髪女と一悶着あったが、仲間だなんてとんでもない! むしろ俺は目潰しされている間に殴られて、罵倒され続けられるという、言わば被害者だ! マジで勘弁してください!」
「ですが、開道寺君が言うに、邪魔されたということですが。なるほどなるほど、飽くまで白を切るつもりなんですね。いいでしょう」
 何がいいんだよ。俺はよくねえよ。さっさと帰ってカレーコロッケを食べなきゃいけないんだよ。何が悲しくて日曜日にこんな変なオッサンに絡まれなきゃいけないんだよ。
 俺はとりあえず逃げるべく、じりじりと後ろに下がる。人気の無い住宅地だが、声を張り上げれば好奇心旺盛なおばさんが助けてくれるに違いない。ああ、違いない。
「逃げようとしても無駄ですよ。なんせ、このワタシから逃げられた人間なんて、ただの一人もいないのですから」
 やべえな、オッサンが何か言ってるぞ。なるべく内容は理解したくない。したら負けだと思ってる。
 幸運にも、オッサンは武器になるようなものは何も持っていない。昨日のように銃を突きつけられたりしたらさすがに逃げ切れる自信はないけど、相手はただの変な格好をしたオッサン、俺は天下の高校生。自慢じゃないが、体育の成績はいいつもりだ。通信簿は4だけどな。
 よし。逃げよう。
 そう思うが早く、俺はオッサンに背を向けて走り出す。スーパーの袋? 置いてくよ。カレー関係は入ってないしな。母さんには悪いけど、さすがに息子の命と買い物の品を天秤にかけるようなことはしないだろう。
「……逃げられないんですよ」
「へ?」
 背後から声がした。ささやくような声。そう、ささやくような声だ。つまりだな、オッサンは俺のすぐ背後にいるというわけだ。なんだそれ、速過ぎるだろ。最近のオッサンは足が速えんだな。参ったわ。
 それでも逃げる。が、肩を物凄い力で掴まれて、そのまま地面に押し付けられるように、俺は膝を付いた。
「自慢じゃないですが、ワタシ、背筋力は250ほどあるんです。握力は70超えてますね。100mは11秒ですよ」
 後ろを向くと、勝ち誇った顔を浮かべるオッサンが夕陽を背に立っていた。
 思うんだけどさ、なんでお前ら、そんな風に勝ち誇ってるわけ? いや、オッサンが強いのはよくわかったよ。でもさ、なんでその強い奴が俺みたいな普通の高校生捕まえて勝ち誇ってるわけ? なんなの、楽しいの? しかもやくざもビックリな言いがかりをつけてまで。おかしいだろこいつ。
「それでは、やらせていただきますね、“投獄”」
 右手で俺の肩を掴み、地面に押し付けたまま、オッサンが変なことを言う。わけがわからないけど、投獄と言うからには俺を豚箱へ送りつけるらしい。あれほどの言いがかりを思いつくくらいだ、とんでもない理由で俺を警察に突き出すのだろう。
 勘弁してくれよ! さすがにそれは困る! 主に母さんに悪い!
 こんなところで警察のご厄介になるわけにはいかない。意味の無い抵抗だとは思うけど、俺は力を振り絞ってオッサンのズボンを掴む。……直後、オッサンの顔が歪んだ。
「な、それはいけないことだ――」
 オッサンの声が俺の耳に届くか届かないか。瞬間、俺は“跳んだ”。



       

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