Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
第八話『おはよう……!?』

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 なんて表したらいいのかな。俺の貧弱すぎる語彙パワーじゃあ凄く難しい。若干頭の悪い俺でも“無理くり”だと思うが、例えるなら歯磨き粉を鼻の穴に注入して一気に洗い流したような爽快感というべきものが脳内を駆け巡ったと言うのか。ああ、やっぱ今の無し。
 目が覚めた。そう思える感覚が、一気に俺が感じ得る神経という神経に知らされた、そんな感じ。
 起きた、そう自覚すればするほど、俺の感覚が徐々に復活してゆくのがわかる。
 触覚が第一に復活して、金属質な冷たい感触を体中から伝えてきて、
 嗅覚が第二に復活して、粘膜にまとわりつくようなオイル然とした臭いを訴え、
 視覚が第三に復活して、ぼんやりと見覚えのない光景を映し始め、
 聴覚が第四に復活して、何らかの気体が延々と噴出し続けている音を拾い、
 味覚が最後に復活して、猛烈にカレーを求め始めた。
「おはよう……!?」
 ひとまず自分の感覚を適当に掌握したところで、気付いた。我ながら遅いと言うか、鈍いと言うか。起きた挨拶の前に、主張すべきだった。
「さ、さむっ! めっちゃ寒い! 英語でコールド! 体が凍るど! ――ぶぶへしぃッ」
 いかん。ついつい噴出すと同時に鼻水も垂れた。
 今更ながら俺、手足が動かせないんですわ。もう鼻水垂れ流し状態よこれ。垂れ流しついでに、裸。俺裸。
 裸のどこが垂れ流しついでかと言えば、要は下半身よね。俺からは見えないけど、このゲームコントローラー五百個分くらいのコードの下では、俺の前と後ろに垂れ流さないような処置が施されている。この、お尻に感じる異物感と、息子を包む安心感は間違いない。なにこれ、俺なんか悪いことしたの?
「誰か、俺の全部を助けて下さい。マジで」
 俺の人生ダントツの切実な一言。その切実さが響いたのかはわからないが、下のほうから声が届いた。
「お前が、相羽光史か」
「え、どこ、見えないんですけど。というか誰でもいいけど、確かに俺は相羽で光史なのは間違いないから助けてよ」
「そうか、なら死ね」
 ……ん? 今の会話なの? おかしくない?
 『あなたは誰ですか?』、『私は誰々です』、『そうですか、死んでください』
 あ、やばい。なんか寒さと羞恥心と空腹で色々忘れてたけど、ここって楠木ビルなんだよね。俺捕まってんだよね、何年振りかに目が覚めたんだよね。ということは、いつ死んでもおかしくないということでございまして。
 懐かしいなあこの感じ。このひしひしと感じる“マジで死んじゃう五秒前感”っていうの? もうすぐ死ぬってなんとなくわかっちゃう辺り俺もそろそろ神を目指してもいいかなって思うんだけど、どうだろうか。
 まあ、わかるからと言ってそれを回避出来るかは別なんだけど。
 とか何とか適当なことを考えて現実逃避している間に――

「おい銀髪女! お前バカほんと俺が死ぬとこだったでしょ! 今度は外さないとかじゃなくて、外しちゃったんだろ! 正直に言いなさいこのファッキンビッチ!」「な、ぐ、ああああ! もう! イライラする! 目覚めて早々助けてやろうとしてる人に向かってそういうこと言っちゃうかしら、アンタは!」うむ、ここからじゃ見えないが、地団太を踏んでそうな銀髪女がこれでもかと想像できる。俺は見たままを言っただけだからね、全く悪くない。「いいから黙って――」銀髪女がそういいかけたところで、一際周囲の気温が冷えた。風でも吹いたのかと思ったけど、室内だし。じゃあなんでだ、と考えかけたところで、いつの間にか銀髪女のほうを見ていた男が、俺を見ていた。「次はお前だ」そう言う男の目には、何の感情も見出せない。しかしながら、俺の中にはなんとも言えない感情がどんどん噴き出していた。なんで銀髪女は喋らないのか。次って、じゃあ、前があったのか。今? 殺したのか? 銀髪女を?ぐるぐると、思考の途中で新たな思考が生まれて、答えが出ないまま疑問だけが頭の中に溜まっていく。一つ癪なのは、いつもあんなにボロクソ言っちゃう銀髪女が死んだせいで、俺がこんなに嫌な気分を味わっているということだな。すげえ、むかつく。「なに、殺したの?」そんな中で俺の口から出た言葉は、非常に単純な疑問だった。「言っただろう、次だってな」「ああ、そう、殺したの……」久々に感じる。思考が拡散していくこの感じ。“前”よりもそれが明確に感じ取れるというのがわかる。ゆっくりと男の右手が俺の目の前にかざされた。遅れて、急速に冷えていく気温。ああ、クソ、こいつはそういう系なのか。凍らせちゃうのね。なんて、薄れていく意識の中、思っちゃったりなんだりして。 “久々に”、俺は死んだ。

 俺は死んだ。
 ――じゃねえよ! くそォ! 起きて早々、俺ってば死んじゃう寸前じゃねえか! 銀髪女も何アッサリ死んでんだよ! くそォ!
 考えろ考えろ、とりあえず死なないようにするには、そう、時間稼ぎ! 時間稼ぎが必要だ! そうに違いない!
「待った! とりあえず“みんな”待ってくれ!」
 俺の一言で、その場が一瞬静まる。
「そこの黒コート、一つだけでいい。俺の最後の望みを聞いてほしい」
「なんだ」
「アンタが俺のことを殺したいのは凄く分かる。分かりたくないけど分かるぞ。だがしかし、アンタにも俺を殺したところでこの世界は何も変わらないということを分かって欲しい。なもんで、先ずは俺の後ろにある隕石を破壊してくれると俺としても嬉しいとか思っちゃうんですけど、どうでしょう」
 すぐに返事が返ってくるなんてことはなく、どうやら黒コート野郎は悩んでくれたらしい。いいぞいいぞ、引き伸ばせば伸ばすほど、俺にとってはありがたい展開になりやすくなる。はず。
 ここで駄目押しと、俺はもう一度口を開く。
「俺だってですね、好きでこんな格好してるわけでも何でもねえんだからな。カレーが食いたいだけだったのに、気付いたらコレですわ。只々平和に暮らしていて、ちょっとしたサプライズに心躍らせていただけの学生なんだぞ。それを二年も裸に引ん剥いて石ころに貼り付けるだけじゃあ飽き足らず、起きて早々殺されるとか、フィクションでもそんな無茶なことしないでしょ。起きて結末ですよ。何も承ってないし、なんも転がってねえんだぞ。そんな訳で、まずは隕石を壊してくれると俺も少しはスカっとするんですよねマジお願いします」
「――それをやられると、楠木としては困るんだがなあ」
 と、俺が長々とした“死にたくない”宣言を言い終えたところで、不意に飛び込むスピーカー越しっぽい男の声。この何と言うのか、声を聴いた瞬間に感情がグラグラと揺さぶられると言うのか。
 ああ、思い出すのも腹立たしい。いや、立つよ。腹、立っちゃうよ。アルプスに住んでる少女もビックリなレベルで立つよコレ。
「マティアス・ガーラック……!」
 それは果たして誰が言ったのか。誰も言わなくてよかったと思う。
 しかしてその名前は、俺を史上最高レベルで激怒させたクソオヤジの名前であり、銀髪女の父親であり、この町を滅茶苦茶にしてくれちゃった張本人の名前であったりした。


第八話『おはよう……!?』


 いつの間にか俺が死ぬという未来は変わっていたようだけど、その代わりにもっと胸糞の悪い奴が登場していた。その名もマティなんとかラック。マーティーでいいか。
 マーティーはどこから俺たちを見ているのか分からないが、とりあえずこの場は掌握しているようで、俺の言葉を全部聞いたのだろう反応が、“困る”という。……いや、俺だって困るぞ。
「おや、その声は愛しの我が娘、ハインリーケではないか。どうやって部屋から出たかは知らんが、大人しくしていなさい」
「どの口がッ! 実の息子ですら実験に利用する男から娘だなんて、反吐が出るわ!」
「おお……反抗期かね……まあいい。“失敗作”の兄に、“出来損ない”のコレだ。お前がどう動こうと、この大局が乱れることはないからな」
 その口調には、間違いなく侮蔑の色が混ざっていた。にぶちんの俺でも分かるくらいだから、当の言われた本人は相当にムカついたことだろう。ここからじゃ銀髪女は死角になっていて見えないけど、プルプルしている様が目に浮かぶ。今全世界で近付きたくない人類ナンバーワンだね。
 なんてことを考えながら若干放置気味だった俺だったが、気付いた。なんか寒い。なんて言うんだろう、すごい不自然な寒さって言えばいいのか。よくわからんけどスゲエ寒い。なんでだ。
 と、原因を探そうと周りを見れば、なにやらプルプルしている黒コートが目に入る。ついさっきまで俺を殺すとか物騒なことを言っていたこの男。なるほど、銀髪女だけじゃなく、コイツもなんかムカついてんのね。今全世界で近付きたくない人類トップツー入りですわ。
「ああ、君のことは知っているよ、面真クン。二世代ファーストとして目覚しい活躍をしているようで何よりだ。しかしながら、ここで相羽光史クンを殺されると我が楠木コーポレーションとしては存在意義が無くなると同義なのでね……ああ、ちょうどいい」
 何がちょうどいいのか。なんて思った時、さっきまで感じていた粘り付くような寒さが消えた。見れば黒コート……マコっちゃんが正面、入り口の方を見ている。俺も同じ場所を見ると、ちょうど誰かが入ってくるところだった。割と広い部屋というか、ドーム然とした空間なもんだから遠いんだけど、なんとなくその入ってきた誰かに心当たりがあった。
 あのニット帽とか、はみ出てる赤い髪とか、コートとか。ああ、もう答えが出てるも同然だわ。開道寺のお兄ちゃんの方ですね。
「さて、面真クン、ここまで来た事は評価しよう。文字通り、“運命”に抗ったといっても過言ではない。何故なら、アンチメテオは全員死ぬ予定だったのだからね。だが、それもここまでだ。君の相手は、我が楠木が誇る“最強”なのだから。というわけでだ、開道寺、殺せ」
「言われずとも、俺はコイツ等を生かすつもりはない」
 なんて、さっきまで寒かったはずの空気が急に暑くなる。遠めに見る開道寺の周囲が、陽炎みたいに揺れていた。なんとも非常識、俺が言うのもなんだけど人間辞めちゃってるわアレ。
 マコっちゃんも満更ではないようで、負けじと冷えた空気を纏いながら開道寺兄に近付いていく。と、それに合わせるように、急に肩を叩かれた。
「おいおい何だよこんな時に――ふええ」
「ふええ、じゃないわよ。いいから黙ってなさい、アンタをここから逃がすわ」
 見れば、死角にいたはずの銀髪女が真横に居た。よくもまあコードで埋め尽くされたこの地面を車椅子で来れたものである。俺的には銀髪女イコール死、という数式が成り立つくらいの危機感を覚えているわけなのですが、そんなことも知らずに銀髪女はコードを剥がし始める。
「逃がしてくれるのはありがたいんだけどね、ちょっとコードを剥がすのは止めて欲しいとか思っちゃったりする青少年の淡い希望なんかが有るわけなんですけれども」
「回りくどいわ、一言で」
「あと一、二回ほどコードを剥がせば俺の息子が機械に吸い込まれているというショッキングな光景が野ざらしになってしまうんだ」
「アンタの息子? …………な、なんてモノ想像させんのよッ!」
「おごォ!?」
 一瞬の間を置いて顔面ガラムマサラになった銀髪女は、躊躇することなく拳を俺の頬に叩きつけた。これはアレか、足を使えなくなったことにより腕の筋肉が発達したゆえの超威力と解釈していいのだろうか。すごく痛いです。
「あのね、ストレートな表現を求めておいて素直に言ったらこれまたストレート(物理)で返すってどういう了見だオイ」
「女の子に向かってあんなこと言うからでしょ。自業自得だわ」
「待て待て、二年くらい経ってるんでしょ今って。女の子って歳かよ。二年前でもあの殺気じゃあちょっと無理あったでしょ」
「……なに、助けて欲しくないわけ?」
「そういうわけじゃないんだけど、やっぱり人には見過ごせない部分とかがあるわけで、ああ、ごめんなさい、握り拳をチラつかせるのは止めて下さい」
 俺が適当に謝ると、銀髪女はブツクサ言いながらコードを外し始める。どうやら予想外にも怒りを押さえ込んでくれたようである。扉を開けた瞬間に銃を撃っていた頃とはまるで別人ではないか。二年という歳月は人をここまで成長させるということを感じさせる一瞬である。
 そんなこんなで二年間生き別れていた俺の息子がゴツイ機械と共に顔を出し、併せて寒さでビンビンになった俺の乳頭が二つとも無事なことが確認できた。
「なんか卑猥ね、アンタの姿。いっそ殺した方がいいかしら」
「それって楠木が卑猥って事と同義だよね。卑猥な会社の長である男のご息女なお前にはドーター・オブ・ザ・卑猥の称号をくれてやろう」
 明らかに怒ったであろう銀髪女は、しかし無言でコードをブチブチと引き千切る作業に戻る。頭の血管も同じくらいのペースで千切れているかと思うと、ケツからカレーが出るレベルで怖い。
「……はい、最後」
 どす黒い響きを備えた銀髪女の声に続いて、俺の手足を固定していたコードが外された。結果、磔のような形だった俺は、床に吸い込まれるように落ちる。
「いてえ」
「我慢しなさいよ、死ぬよりましでしょう」
 そう言って、銀髪女はちらりと部屋の中央に立っている二人を見る。なるほど、このままじゃ流れ弾で焼かれたり凍らせられてもおかしくはない。二つとも死に方としては最悪な部類だ。
「確かに」
 同意した俺は素早く立ち上がろうとして、地面に突っ伏した。……あれ、なんか力が入らないぞ? ん?
「くそォ……まさか俺が逃げられないように変な薬とかが使われていたというのか……くそォ……!」
「二年も動かなかったら筋肉の一つや二つ衰えるでしょう。遊んでないで、早くここから離れるわよ」
 ファアアアック! したり顔で貶しやがって!
 とは言えず、その通りだと思った俺はなんとかして立ち上がると、銀髪女に向き直る。すると、銀髪女の様子がおかしいことに気付いた。なにがおかしいって、あの銀髪女が顔を真っ赤にしながら両手で目を覆っている。なんだその乙女行動は。新しい特技か。
「あ? おい、人に遊ぶなとか言っておいて自分は何してんだ。さては二年の間に世間で流行っていた遊びだな? 俺が知らないからって自分だけ遊んでんのか? お?」
「いいからアンタは遊んでる自分の息子をなんとかしなさいよッ! 死ね!」
 息子? 俺には息子なんていないが、はて。数瞬の間を置いた俺は、ピンときて下を見る。
 おっと、コイツはトンだミステイク。案外頑丈だと思っていた俺の貞操帯は重力に引かれるがままに床へ落ちていて、息子が勝手にブランコをしていたようだ。HAHAHA、まいったね。遊びたい盛りで困っちゃうよ。
 ちらりと銀髪女を見る。器用にも彼女は左手一つで目を覆い、空いた右手で何をしているかと言えば、ワァーオ、コイツは俺の息子でも思わず裸で逃げ出してしまうくらいの黒光りするビッグガンが握られているじゃないか。アレでハートを射抜かれたらさすがの俺もイチコロだよ。HAHAHA!
 …………さて、そろそろ混乱していた頭も冷静になってきたようだ。
 目の前には最早怒りを隠そうともしない銀髪女。対して俺は、迫りくる脅威に対してまさかの防御力ゼロで挑もうとしているわけでありますが。どう考えても無謀アンド死亡エンドまっしぐらじゃないですか。韻を踏んだところで状況は好転しません。
 ひとまず俺は今更かもしれないが、両手で大事な部分を隠すと、意を決して口を開く。
「銀髪女さん、世の中には不可抗力という言葉がンッ!? ガン! 銃! 撃った! 撃ったよこの女! 全裸の人間に撃ちやがった!」
 視線を外したら殺られる、そう思っても俺はついつい下に目を向ける。この二年の間に射撃の腕が上達したのか、ちょうど俺の股下に位置する床に出来たてほやほやの銃痕が。
「しかし待って欲しい。撃たれても人間としての尊厳は守るという姿勢を断固として貫く俺の両手は股間から離れていない。この心意気に免じて許してくれないだろうか」
「ダメよ。ちなみに、今のは狙った所に当たらなかっただけ。次は撃ち抜くわ」
 実は急過ぎて動けなかったということを見破られている……? というかやっぱり射撃の腕は相変わらずなのかよ。何処を撃ち抜くつもりだったかは聞くまい。
 その時、“見えた”。
「――やべえ!」
 断固とした姿勢はどこへやら、舌の根も乾かぬうちに俺は両手を股間から外すと、反射的に目を伏せる銀髪女にタックルをかました。車椅子もろとも倒れこむ形になり、すかさず銀髪女が非難の色を帯びた目で俺を見る。直後、今まで俺達が立っていた場所に巨大な氷塊が飛んできた。続いて砕けた破片が俺の柔肌に傷をつける。
 ……“見えた”のは、紛れもない死だった。ゆうに3メートルは超える氷塊が俺と銀髪女を潰す。単純明快なヴィジョン。
「なあ銀髪女。確かに今の俺は全裸の変態で、時と場所によっては殺されても文句が言えない立場だと思う。しかしながら、一旦ここは物理的にも目を瞑ってもらってですね、この場から離れたいと思うのですが、どうでしょう」
「……え、ええ、概ね同意よ」
「ならばよし」
 ひぇっ、などという素っ頓狂な声を無視して、俺は銀髪女をひょいと持ち上げると、車椅子に乗せる。筋力が衰えた俺でも、“平均的な女性”より軽い銀髪女は何とか持ち上げられた。
 すかさず車椅子の背後に回ると、無駄に分厚いコードの上を?き分けるようにして車椅子が前に進みだす。ああ、やっぱ前言撤回。重いわ。でも、今の俺って裸でもそれなりにカッコいいことしちゃってんじゃない? という気持ちが原動力となって、少しずつだが確実に車椅子は前に進んでいく。
「無理に押さなくても、下手な人間より速いわよ、コレ」
「早く言えよ!」
 有り余る原動力で全俺がツッコミを入れた。
 が、無視した銀髪女は人を小馬鹿にしたような駆動音と共に前へ進む。
「こっちに観測室への出入り口があるわ」
 隕石を挟む形で裏に回った俺は、先導する銀髪女についていく。小走りでついて行っているのだが、如何せん全裸なのでナンとも間抜けな形になってしまう。こう、両手で股間を押さえながらも走ることによって生まれるナチュラルなチラリズムというのか。ナチラリズムと命名しよう。
 歩きながら自分でもどうでもいいと思うことを考えている最中、俺はあることに気付いた。
「なあ、俺は今からどうなるんだ?」
 ごくごく普通な疑問。沈黙が車椅子のモーター音と共に耳障りになり始めた頃、溜めに溜めた銀髪女の答えが前から返ってくる。
「考えてなかったわ」
「ズコー」
 思わずこれには俺もずっこける。裸だからビジュアル的にトンでもないことになっているが、それくらい俺にとってはトンじゃっている答えだったということで。
「……二年という時間は残酷だ。あの一に撃つ、二に殺し、三にジャムる銀髪女がまさか冗談を言うようになるとは。感動しすぎて鳥肌立ったわ」
「それは寒いからでしょう」
「いや、銀髪女のあしらい方のが冷たい」
 皮肉たっぷりに言ってやったが、残念ながら無視されてしまったようだ。なにそれ、なんか冷たくない? 
「そんなことより、目の前を見て。あの扉が観測室に繋がってるんだけど、マティウス以外の誰が潜んでいるとも限らないわ。精々アンタの能力でなんとかしてみなさい」
 ちらりと後ろを見ながら言う銀髪女だったが、すぐさま慌てるように前へ向き直る。なるほど、さっきから若干冷たい対応をされていると思ったが、要は俺を視界に入れたくなく、俺という存在を頭から消そうとしていたわけだ。尚更冷たい事実じゃないか。目からルーが出そう。
「とは言ってもですね、俺も狙って使えるわけじゃあないんですよ実際。勝手に見えるの。分かる? パッシブスキルなわけ。パッシブ」
「役に立たないって事がよく分かったわ」
 そう言いながら扉に向かう銀髪女。
 確かに俺も役に立ったと思ったことはない。が、しかし、コレのおかげで今まで生きて来られているのもまた事実。……未だ見ぬ俺じゃない俺よ、役に立たない認定されたぞ。もし隠している力を発揮するなら今の内だぞ。カレーを生み出すとかな。
 と、そろそろカレーを補給していない俺に限界が訪れようとした時、観測室の扉を開けた銀髪女の動きが止まる。なんだなんだと扉の開いた先を見て、俺の動きも止まった。
「――おはよう、光史」
 二年ぶりに聞いた“涼子さん”の声は、二年前と変わっていなかった。



次回:第九話『たった二人が幸せなだけでよかったのに』

       

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Neetsha