Neetel Inside 文芸新都
表紙

そして俺はカレーを望んだ
第四話『俺の手からボルケーノ』

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 早朝、教室にて。俺は日差しに目を細めながら、窓の外を眺めていた。たぶん今の俺は端から見ると超かっこいい。やだ、あの人窓の外を見ながら黄昏てる! かっこいい! なんて思われてもおかしくないだろう。だけどちょっと待とうぜ、俺はそんなかっこよく見せるために窓の外を眺めているわけじゃないだろ。思い出そうぜ。
 そうだった。俺は思い出したことに対してあからさまに嫌な表情を浮かべながら、考えを再開する。昨日決めたとおり、今日は天文部に行こうと思う。れっきとした部員なわけだし、俺が行っても嫌な顔はされないだろう。俺は嫌な顔をするんだけどね。既に嫌な表情を浮かべながら、部室の中央を陣取って本のバリケードを構築していた部長の姿を思い出す。正直言って、あの人には会いたくない。俺が言うのもなんだけど、ものすごい変人だ。そもそも俺が天文部なんてめんどくさそうな所に入ったのも、あの人が原因なわけで。入学当時、強引に腕を掴まれて部室に拉致されたことは絶対に忘れないね。それはまあ忘れることは出来なくても置いとこう、うん。とりあえず、部室に行って隕石の資料を見たい。それには部長の許可が必要。部長とは会いたくない。……どこかで妥協するしかないんだよねええええ。
「うああああああ」
 耐え切れず、俺は教室に居ることも忘れて奇声を上げる。別に白い目で見られたっていいし。俺は自他共に認める変人だからな。でも、やっぱりちょっと後悔しちゃう多感なお年頃。周りのクラスメイトに苦笑いを振りまいて、溜め息を一つ。
 やだやだやだよ、やっぱり部室に行きたくないよ。
「おや、そこにおわすは相羽殿ではありませんか! よもや相羽殿が奇声をあげるだなんて、世も末ですな!」
「そういうお前はクラスメイトC殿じゃねえか。なんだよその言い回しは。疲れるぞ」
 ははあ、なんて言いながら仰々しく頭を下げているクラスメイトCを見て、再度溜め息。なんかコイツ毎日が楽しそうだわ。こう、“カップヌードルの底についているシールを剥がす時にビニールが付くのは陰謀に違いないでござる!”とか言いながら楽しんでいるに違いねえ。それは別にうらやましくないな。
 クラスメイトCは壁にもたれかかり、俺と話す準備万端だぜと言いたげな目で見てくる。しょうがないなあ。
「で、今日は何の用なんだ」
「よくぞ聞いてくれたね。実は同じ天文部員として、相羽君に頼みがあるんだ」
「え? お前も天文部だったの?」
「当たり前じゃないですか! 確かに僕達私達の地球には深海という未だ見ぬ楽園が残されてる。しかし、今後人類が目指すべきは空、宇宙なんだよ!」
「そいつはやばいね。宇宙やばいね」
 目を輝かせながら宇宙を語るクラスメイトCを見て、頭が痛くなってくる。俺も十分変だとは思うけど、コイツはそのさらに上の存在だな。勝てる気がしない。山田もそうだけど、なんで俺の周りには変なやつしか来ないんだ。類は友を呼ぶってやつか。それでロングコート男や銀髪女やオッサンが俺に絡んでくるのか。なるほどね、全然納得できないよね!
「そう、それで頼み事というのは他でもない、部長に今日は来れないって伝えて欲しいんだ。今日はちょっと一時限目を受けた後に用事があるんですよ」
「自分で言ってくれよ」
「そう言わずに、ね!」
 ね! と親指を立てて爽やかな笑顔を俺に向ける。ね! じゃねえよ。俺はその部長に会いたくないから悩んでるっていうのになんでわざわざそういうことを頼むのかな! 狙ってるとしか思えないね!
 もうだめだな。これは神様が俺に会えと、部長に会えと言ってるに違いない。うん、そうだ。そう思うと色々諦めることが出来るね。世の中納得いかないことだらけさ。理不尽なんだよね。昨日や一昨日がいい例だよ。それに比べたら部長に会うくらいどうってことないように思えてきた。よし。
「わかった、部長に言っとく。今回だけだからな」
「ははあー」
「もうそれはいいから」
 頭を下げようとするクラスメイトCを止めながら、ふと時計を見る。まだ先生が来るまで少し時間はあるみたいだ。時間があると言えば、山田はいつものことだとしても、あの銀髪女はどうしたんだろうか。いや、もう学校来ないでよね、なんて陰湿なことを思うっつーか、来ないほうが俺としてはすごく嬉しい。まあ、来たとしてもさすがに学校にまで銃は持ってこないだろう。転校してきた日は持ってきてなかったっぽいしな。ちょっと安心した。
 安心したところで今日のお題。隕石関連の情報を得るべくして部室へ向かうという件。これはもうクラスメイトCのこともあるし、行くことは決定しちゃったよね。クラスメイトCは俺にごめんなさいしないといけないよね。……そうだそうだ、まだ時間もあることだし、クラスメイトCに隕石について何か知ってるか聞いてみよう。頼まれごとを引き受けたわけだし、それくらい教えてくれたっていいはずだ。
 壁にもたれかかったままムーを読みふけっているクラスメイトCに話しかける。
「なあ、北海道に落ちた隕石のことでなんか知らないか?」
「北海道旭川隕石ですか。もちろん知ってますよ、なんたってこのムーでも度々取り上げられる題材ですからね」
 クラスメイトCは、くいっと眼鏡の位置を調整しながら自慢げに語り始める。これは期待できそうだ。
「時は一九八九年、十二月二十五日。何の予報も無しに北海道旭川市へ墜落したものがありました。被害は甚大で、市の復興には十年以上を費やしたと言われてます」
「墜落したものってのは、あれだ、北海道旭川隕石だろ? それくらいは知ってるぞ」
「ふふん、ここまでは一般の人でも知ってることですけど、今から話すのはトップなシークレットですぞ」
 じゃあお前は一般の人じゃないのかよ。というツッコミは胸の奥に閉まって、そのトップなシークレットとやらに耳を傾ける。
「それと言うのも、北海道旭川隕石という名称ですが、墜落現場と思われる場所には、隕石なんて影も形も無かったらしいんですよ。クレーターは出来てるものの、拳ほどの石すら見つからないという、おかしい話です。空が赤かったという生存者の証言も相まって、とってもミステリーで未確認な匂いがプンプンするんですよ」
「ほー」
 確かにそれはおかしい話だ。俺だって“あれ”を信じるなら、赤くなった空を実際に見たわけだし。そりゃあ墜落する瞬間は怖くて目を瞑っちゃったけどさ、それでも滅茶苦茶な音が耳を襲ったのは忘れられるわけがない。ミサイルってのも考えられそうだけど、ミサイルは空を赤くしないしなあ。空中で爆発したら地上じゃ爆発しそうにないし。なんともわけがわからん摩訶不思議。
「ある組織が隕石を持ち去ったとか、政府が隕石を隠し持ってるとか、隕石が動いたとか、燃え尽きたとか、色々な説がありますけど、どれも的を射ないというか。一九〇八年にロシアのシベリアで起きたツングースカ大爆発なんていうのもありますけど、それも最初は隕石だと言われていたんですが、クレーターも隕石の欠片も見つからないということで、結局明確な原因はわからずじまいという。他にも――」
「わかった、ありがとう、さすがクラスメイトC! ムーがバイブルってのは伊達じゃないわ! その調子で世界の謎を解き明かしてくれよ!」
 まだまだ続きそうなうんちくを回避するため、俺は強引に話の腰をぶち折る。クラスメイトCは物足りそうな顔をするものの、大人しく話を止めてくれた。俺は安心して耳を休めながら今聞いたことを整理することができる。と、頼みごとの件についてもう一度お礼を言いながら、クラスメイトCは自分の席に戻っていった。
 まあ知らないこともあったし、聞いておいてよかったかな。組織とか政府とかその辺りはムー的にはおいしいんだろうけど、あからさますぎるから置いといて、とりあえずなんで無いかを考えるべきだよなあ。隕石が歩くとかどこのレギオンだよって思うけど、クラスメイトCの言うとおり宇宙はやばい。宇宙的な生物がいたっていいかもしれないじゃないか。大気圏突入だけじゃなく墜落の衝撃にも耐えれる生物ってのは正直勝てる気がしないけど。わくわくしてきた。でも却下だな。一番ありえるのは燃え尽きた、空中で爆発した、この二つなんだろうけど、燃え尽きるなり爆発するなりしたんなら、クレーターは出来ないはずだよね。今も旭川市にはどでかいクレーターが残ってるって聞くし。大きさの詳細はわかんないけど、まあ、すごかったのはわかる。見たし。
 ……あー、だめだわかんね。そもそも俺が考えてわかれば苦労しないよな。学者とかが必死こいて考えてもわからないことが俺にわかるわけないよね。頭が痛くなるってもんだぜ。やっぱ部室にある資料を読もう。自分で考えるとか俺には無理くせえ。
「それじゃ席に着けよー」
 そんなこんなで考えてたら、先生が教壇に立ちながらまだ席に着いてない生徒を見て注意していた。隣を見ると、ああ、山田は席に着くどころか学校にも着いていないらしい。後ろを見ても空席。よし、銀髪女は休みだな! やったぜ! 山田よ早く来い、今日も楽しい学校生活の始まりだ! ひゃっほい!
 先生が出席を取り始めたところで、教室の後ろ側にある扉が勢いよく開いた。もちろん山田なので、クラス全体で無視を決め込む。もちろん先生も無視する。出席簿には欠席を表すペケが書かれてるだろうけどな。そんな山田は構わず大きな声で挨拶すると、俺の隣へ軽快に歩いてきた。そのまま自分の席について、え!? 寝たよコイツ! 俺と楽しむんじゃなかったのかよ! ……軽くゆすって起こそうとしたけど、ダメだ、完全に寝てる。鼻ちょうちんなんて現実で初めて見たよ。やっぱ山田はすげえ。
 こうしていつも通りの一日が始まった。


第四話『俺の手からボルケーノ』


 終業時間を告げるチャイムが教室に響いて、現国の先生が慌しくファイルをまとめ、教室から出て行った。今日も楽しい学校が終わってしまったわけだな。二時限目の小テストは死んだけど。普通にテストを受けていた俺が死んだんだから、爆睡していた山田はとんでもなく死んだんだろうな。山田が卒業出来るのか心配になってきた。隣で机の中にある教科書を鞄にしまっている山田を見て、そんなことを思う。どうなんだろうなコイツは。俺は自慢じゃないけど勉強は全然出来ない。赤点を回避するのが精一杯なんだけど、山田に限っては答案を返してもらってすらいない。つまり全部白紙という恐るべき所業を成し遂げているのだ。さすが山田だ、俺には出来ないことを平然とやってのけるね。絶対に真似はしないでおこう。
「というわけで相羽、ゲーセン行こうぜ」
「ごめん今日は用事があるから無理なんだ。別に山田が嫌いとかそんなんじゃないよ。ただ最近はちょっとゲーセンゲーセンうるさいなあとか思ったりするけどね」
「え、え? なにそれ、もしかして俺、嫌われてるの? それってなんか悲しくない?」
「俺は悲しくないけど、とりあえず冗談だから気にしないでくれよ。泣きそうな顔されると俺が困るわ」 
「よかった。それじゃあゲーセンだな」
「やっぱうざいわ」
 床に突っ伏す山田を背にして、俺は天文部へ向かうことにした。しょうがない、山田は嫌いじゃないけど、今日は本当に用事があるんだ。ゲーセンも別に嫌いじゃないけど、でもね、やっぱり物事には優先順位ってやつがあると思うんだ。それでも居た堪れなくなって、俺は振り返る。ちょうど立ち上がった山田と視線が合った。
「……! ……ッ! (なに見てんだよ。そんなに俺のことを見下したいかよ。もうカレーたこ焼きは一生奢らない)」
「……! ……! ……! (山田! 俺はお前のこと、嫌いじゃないぜ! 明日ゲーセンに行こうな!)」
「……!? ……(なんだその視線。ああもう絶対に許さない。絶対にだ)」
「……! ……! (ああ、気にすんなって! じゃあ俺は用事があるから、もう行くよ!)」
 俺と山田はアイコンタクトが出来る。精度は期待できないけど、目や眉の動きによって考えていることが少しわかるのだ。伝えたいことが全然伝わってないように見えるけど、多分、俺の言いたいことはわかってくれたはずだ。俺は満足して教室から出ると、部室へ向かった。

     



 天文部の部室がある場所ってのは少し変わってる。普通、運動部以外は文化棟という校舎に隣接した建物で行われてるんだけど、天文部に限っては校舎の屋上にあるのだ。屋上はそれなりに広くて、何故か中心にプレハブが建ってる。なんで中心に建ってるのかは謎だけど、このプレハブのおかげで雨が降ってる時でも屋上で活動できるというわけだ。正直天体観測なんてそうそうやらないし、屋上でやる意味は無いと思うんだけどね。
 一年以上前に一回来たっきりなもんだから、本当にプレハブは屋上の中心にあったのか、とか色々と記憶が曖昧なところもある。まあ行けばいいだけなんだけど。普段は三階までしか行く機会はないけど、今日に限っては五階まで上り、さらに屋上までの階段を上る。地味に疲れる。正直この時点でめんどくさい。なんで俺がこんな面倒なことをしてまで部長に会わなければいけないのか。考えれば考えるほど別に会わなくてもいいように思えてくる。ほんとに部長はやばい。この俺がやばいって言うのは相当やばいんだぞ。
 屋上に続く扉を開けると、落ち始めた太陽が目を刺激する。単純に言えば眩しい。目が慣れると、あやふやな記憶通りの場所にプレハブが我が物顔で屋上の中心に居座ってるのを確認できた。やっぱ景観的に考えてこの配置はおかしい。センスを疑うわ。
 俺は覚悟を決めてプレハブに近付き、扉を軽くノックした。俺も部員っちゃ部員なんだけど、なんかもう久しぶりすぎて他人行儀になっちゃう。しばらく待つと、プレハブの中から物音が聞こえて、扉が開けられた。
「こんちゃっす。どもっす。俺っす。俺」
「……誰」
 プレハブから顔を出したのは、全然知らない人だった。背の低い女の子。なんというかほんとに背が低い。来る学校を間違えてるんじゃないのか。ここは小学校じゃないですよ。あと、俺にその変質者を見るような目を向けるな。俺は変人だけど変質者じゃない。
 俺は苦笑いを浮かべて、中に入りたいとジェスチャー。全然伝わってない。それどころか、女の子は無言でプレハブに戻ろうとしている。それはまずいな、まずいぞ。
「あのさ、部長いる? ちょっと話があるんだけど」
「今、呼びます」
 すんでのところで女の子を引き止めて、部長を呼ぶように頼んだ。案外普通に了承してくれた彼女はプレハブに戻り、中で誰かと話しているようだ。とうとう部長とのご対面か。
 ちょっと肌寒いかなあ、なんて考え始めた頃、プレハブの扉が開いた。中から出てきたのは、ああ、知ってる顔だ。
「うっす、久しぶりっす部長。俺っす。俺」
「……誰」
 不機嫌そうな顔で出てきたのは、間違いなく部長だった。この巨乳具合は間違いないね。アレが無かったら、彼女はこの学校においてそれ相応の人気があったことだろう。神様は残酷だよね、二物どころか余計な三物目まで与えちゃったんだから。
 俺は自分の持ちうる最大の爽やかさを誇る笑みを浮かべながら、部長の辛すぎる一言目に応える。
「冗談は止めてくださいよ部長、相羽ですよ。あんたが俺を無理矢理入部させたんでしょうが」
「ああー、はいはい、相羽ね。一年以上サボってたクソったれ幽霊部員が今更のこのこと何の用さね」
 持ち前の長い黒髪を揺らしながら、尚も変わらない不機嫌そうな表情で俺を見つめる部長。なんというか怒ってるよね。そりゃあ確かに来なかった俺も悪いと思うけどさ、でも無理矢理入れたのはそっちなわけだし、むしろ逆切れに近いんじゃねえの、と声を大にして言いたい。でも俺は言わない。だってこの人やばいし。
 見るからにイライラしてる部長をなだめるべく、俺は口を開く。
「あのですね、とりあえずクラスメイトCに言伝を頼まれまして、今日は来れないとのことです。はい」
「クラスメイトC? 誰?」
「冗談は止めてくださいよ部長、ムーを片手に未確認飛行物体を追い求めてるクラスメイトCですよ」
「はいはいはい、思い出した。確かに昨日、そんなことを言ってたわ」
 ぽん、とわざとらしく掌を拳で叩き、納得する部長。なんとなく機嫌は直ったっぽいな。よしよし。
「そんなわけで失礼しますね」
 俺はなるべく自然な流れでプレハブの中へ入ろうとしたが、後一歩のところで靴のつま先を部長に思いっきり踏まれ、立ち止まる。なにすんだよこのビッチクソ痛いんですけど、この女ほんと一回屋上から突き落としてやったほうがいいだろ。なんて、恐ろしいことを考えてしまうくらい恐ろしく痛かった。ちょっと涙目になる。そんな目で部長を見れば、敵対心ビンビンな瞳が俺を捉えてた。こりゃあまずい、殺される。しかし、ここで引き下がればここに来た意味が無いというか無いというか無いよね。負けねえぞ。ぐりぐりと踏みにじられる内履きごと屋上へ入ろうとするが、踏まれた左足が全く動かない。どんだけ重いんだよ。ダイエットしろよ。というかつま先の感覚が無いんだけどさ、これってやばいのかな。やばいだろうね。
「ごめんなさい」
 謝るしかなかった。なんで部員である俺が部室に入ろうとしただけなのにこんなことをされなきゃいけないのか。でも痛いのは嫌だから謝る。
 俺に進む意思が無いとわかったんだろう、部長は力を緩める。が、怒った口調を隠そうともせず喋り始める。
「ここは天下の天文部なわけ、わかる? おいそれと部外者を入れるわけにゃいかんのよ」
「ところがどっこい俺は部員なんですけど!」
「ちゃんと活動するなら部員だと認めてあげなくもない」
「えー」
 正直部活動とか全くやる気がない。バイトのほうが金になるし面白い。部活動をやるくらいなら、俺はインドに行って本場のカレーを食べてくるね。そうだよ、資料を見る以外にメリット無いじゃん。あほらしすぎる。
 けど、と。思いとどまる。ここで諦めて家に帰り、カレースープを飲むだけで一日を終わらせるとか、俺って結構ダメな子なんじゃないのか。このまま俺ったら事なかれ主義の日和った人生を送って、髪のハゲ加減だけを気にするつまらない終わりを迎えるんじゃないのかと、そんなことを想像してしまった。いや、実際そんなことはありえないだろうけど、ここで面倒だからって理由で帰っちゃいけない気がする。なんとなくそんな気がするぞ。
 帰る気満々でプレハブに背を向けてた俺は、プレハブに向き直る。部長はまだ俺のことを見ていた。しょうがねえ、活動とやらをしてやろうじゃないか。
「活動するから入らせてくださいね」
「態度と言い方と主に顔が気に食わないけど、その意気や良し。入りなさいな」
 言われたことはあまりにもひどいけど、わりとあっけなく入ることが出来た。ちょっと拍子抜け。
 正直に言えば天文部の活動は面倒じゃない。面倒なのは部長関係の厄介ごとなわけで。その辺りは近々お目にかかることだろう。ここに足を踏み入れてしまったことだし、ちょっと気張らなければ。
 プレハブの中は、一年前に見たまま何も変わってないように見えた。変わってるのは、見知らぬ女の子がいるという点だけ。誰だろこの子、新入部員ってやつかな。だとしたら後輩だろうね。いいなあ、一度でいいからとっても優しい後輩と一緒に下校してみたい。で、“そういえば先輩っていつも購買ですよね? そ、その、よかったら私、お弁当作りましょうか? 別にそういうのじゃないくて、私もお弁当だから、ついでに、みたいな……”なんて言われたいよおおおお。……だがしかし、黙々と“宇宙の神秘”なんて題名の図鑑を読んでいる女の子にそんなことを望めるわけもなく。キャラ的になんか違うよね。無口とか正直やりづらいわ。
 なんとも居心地の悪い空気。俺は立ち尽くしていたことに気付いて、部長と女の子から離れた場所に座る。そのまま辺りを見渡して資料っぽいものを探すけど、見当たらない。しょうがないから部長に聞こう。この空気の中で喋るとか苦痛すぎる。
「部長、北海道に落ちた隕石関係の資料って置いてないっすか? 俺の記憶じゃあ、あった気がするんすけど」
「そんなもん見てどうしようってのよ」
「やだなあ、部員的に考えてあの隕石のことを知ろうとするのは活動に当てはまると思うんすけどね」
「あー、まあ、そうだわね。そっちの棚にダンボールあるでしょ、そん中に入ってるから適当に見なさいな。ついでに整理もしといて。面倒だから忘れてた」
 俺には目もくれず、部長は新聞の記事を切り取りながら、俺の背後にある棚を指差した。俺は椅子から立ち上がると、棚の奥のほうにあったダンボールを抱えて、床に下ろす。……なるほどなるほど、確かに面倒だ。中を見れば、ごちゃごちゃとプロファイリングされてそうにない紙が詰まっていた。新聞の記事だったり、WEBのページを印刷したものだったり、乱暴に破られた紙の切れ端だったり。
 連続してない資料にうんざりしながら、がさごそ漁ってると一冊のノートを見つけた。表紙と裏には何も書かれてない。この中にあるってことは隕石関連のノートだよな。ノートなら中身はまとまった情報だと踏んで、俺は椅子に座りなおし、パラパラとノートをめくり始めた。

『西暦一九八九年、北海道旭川に直径約50mの隕石が落下。半径約25km内は炎上。建築物が集中していた地域だったため、被害は甚大。推定死亡者数は五千人に上るとも言われている。
だが問題はそれではないと推測。墜落の翌年から、現代の科学では説明の付かない現象が日本に集中して確認されることとなったからだ。
ケース1、水族館内での火災。死亡者34人。原因となる出火地点は火気が全く無い魚群遊泳チューブ内だったこともあり、テロの疑いがかかっている。だが、爆発物による火災ではないと結論が出ている。
ケース2、構内車両脱線事故。幸運にも人が少ない時間帯、人の居ない駅だった為、死亡者は出ていない。しかし、事の問題はその車両が停止していたという車掌の証言。目撃者が居ないため、この件は車掌の職務怠慢として片付けられた。
ケース3、高層ビル水没。説明が付かない現象の内、もっとも不可解であり被害者を出した件。死亡者数は244人。都内の高層ビジネスビルが突如水没。正確には、建物内へ瞬間的に純水が満ち、その場に居た人間は数人を除き溺死。今も尚、議論が続いている案件。
単なる事故、災害として一つ一つを片付けるには、あまりにも不自然すぎる。そもそもの北海道旭川隕石が不可解なのだから。隕石と事件は繋がっていない。点は無数にあるというのに、線が無い。隕石を原因とするにはまだ材料が無いが、近頃この町で目撃証言が相次いでいる“火”について調べてみようと思う』

 殴り書きのような文字を読みながら、頭の中で整理する。隕石関係のノートかと思いきや、なんだかわからない変な事件のスクラップが大量に貼り付けられたノートだった。見る限り隕石との関係は無さそうに思える。けど、考えようぜ俺。何かが引っ掛かってるだろ、こう、歯にミルキーがくっついてるような、牛スジが挟まってるような、こう、ダメだ。思い出せん。こういう時に思い出せないと脳の細胞が死ぬとか母さんに脅されたことがあるけど、だとしたらやばいな。俺は今この瞬間、さらにバカになったということになる。それは嫌すぎるね。
 気分を入れ替えるために、辺りを見回す。嫌な空気だけ感じ取れた。そうだよね、俺ってば完全に部外者だもんね。もし俺がいなかったら、部長と女の子は楽しく会話してたのかもしれない。そう思うと物凄く居心地が悪くなってくる。耐え切れなくなったので、俺は部長に話しかける。
「部長、このノートって誰が書いたんすか? なんか色々とムー的な楽しい考察がされてるんすけど」
「私だけど悪いかしら。というかそのノート読んだわけか。無くしてて困ってたんだけど、読まれるのはちょっと予想外だわ」
「あー、部長が書いたのかー」
 相も変わらず新聞紙の記事を切り取ることに必死な部長は、俺のほうを見ることなく応える。へー、部長が書いたんですねー。なんか口調とか堅苦しくて似合ってなーい。
 ……なんか帰りたくなってきた。部活動は面倒だけどさ、もっとこう、青春みたいなものがあってもいいんじゃねえの。面倒なら面倒なりに楽しいことがあるみたいなさ、バランスとか大事だと思うんだよね俺は。ちらっと後輩っぽい子のほうを見れば、もちろん会話に参加する気ゼロ。意識を図鑑に持ってかれてるわ。泣くぞ。
 仕方が無いから、あまり読まれたくなさそうだけど、部長の書いたノートに視線を戻すことにした。
『この町では、最近になって小火が多発している。全てがそうと言うわけではないが、多数は火元不明の不審火。火種が無いのに燃えていたという記事もある。今のところ死傷者は出ていないが、これも“不可解”の節はあると見て間違いないだろう。
関連性があると思われる:楠木コーポレーション・西町・カレーのYAMASHITA西町店
また、この三ヶ月で六人もの人が原因不明の昏睡状態になっている。患者については西町総合病院で入院しているようだが、西町に限ってのこれは非常に“不可解”。上との関連性は見当たらないが、同じ街での“不可解”は十分に線となりえるのではないか』
 ダメだな、隕石のことが全く書かれてない。確かに原因不明の事件ってのも気になるっちゃ気になるよ、この町だしね。けどなあ、そこらへんは警察に任せるしかないというか。そこら辺どうなのよ部長。ここまで調べてるのはすごいと思うけどね。
 新聞記事のスクラップを見ながら、面倒だっただろうなあ、なんてことを思う。と、ページをめくっている時、一つの記事が目に留まった。ノートに書いてあった“カレーのYAMASHITA”、俺もよく行ってる店が無残にも焼けてボロボロになっている記事。これは許せない。カレーを作る人と場所は常に敬い崇拝するべきだ。彼らは繊細な香辛料をまるで魔術のように融合させてあろうことか食えるものにしてるのだから。腹減ってきた。
 記事の細かい文字を読めば、一週間ほど前に起こった火事らしい。その前日に行ってたよ俺。恐ろしい。確か“アイスなのに辛い! カレーアイス新発売!”という煽り文が書かれた広告につられて行ったんだよな。あれはおいしかった。甘いものは嫌いだけど、あの辛甘い味はいけるね。甘辛いんじゃなくて辛甘いんだよな。思い出したらまた食べたくなってきた。帰りに寄ってみようそうしよう。
 ノートを読むのに飽きた俺は、また辺りを見回す。全く変わってなかった。なんだよもうこいつらそんなこと黙々としてて楽しいのかよ、と声を大にして叫びたい。少なくとも見てる俺は全然楽しくない。……そんなことを考えていると、後輩っぽい子と目が合った。
「や、やあ、初めましてエブリワンヌ。俺の名前は相羽です」
「……相羽?」
「うん、相羽。相羽光史。よろしくしてくださいお願いします」
 そう言うと、名前を知らない女の子は開いていた図鑑を閉じながら、考えるような素振りを見せる。え、そこ考えちゃうんだ。よろしくしてくれよ。せっかく俺がよろしくしてるのにしてくれないのかよ。最近の女はダメだね、銀髪女といい、色々なものを無視してきやがる。やっぱ女は理解できないわ。
「ともちゃんは無口だからねえ。私でさえ手に余る子だわ」
 俺が悔しがっていると、部長が作業を止めて俺のほうを見ていた。やっとこっちを見ていた。なんか嬉しい。俺ってアメとムチに弱いんだな。部長に惚れそうだぜ。でもやっぱないわ。
 会話が成立したことに喜びながら、俺は応える。
「ともちゃん? というか本人の目の前で手に余るとか言っちゃダメっすよ」
「まあまあ。ともちゃんはともちゃん。桐谷知江ちゃんよ」
 桐谷知江、それがこの子の名前か。面倒だからともちゃんで覚えよう。そんなともちゃんを見れば、俺と部長との会話に混ざることはなく、まだなにかを考えてるようだ。そんなに俺とよろしくしたくないのかよ。ほんと許せねえ。
 ともちゃんに悔しさとかやるせなさがいっぱい詰まった視線を送っていると、また目が合った。俺の気持ちが伝わったか。
「よろしくしません」
「今更かよ! しねえのかよ!」
 泣いた。

     



 ともちゃんと部長に挨拶をしてプレハブを後にする。もうやることなかったしね。というか資料を読むことに飽きちゃったしね。帰るしかない。明日から活動とやらをしなくちゃいけないという事実から目を背けて、俺は下駄箱へ向かう。廊下の天井に設けられた時計を見れば、中々に遅い時間。このまま家に帰ってもいいけど、たぶんまだ母さんは帰ってきてないと思う。というわけで、少し空いた腹を鎮めるためにカレーのYAMASHITAへ行こう。
 靴を履き替えながら、帰り道に買い食いというちょい悪なことをしてしまう自分を想像して、身震いする。でもさ、よくよく考えてみると帰り道に買い食いとか何も悪くないよね。なんでそれがダメみたいなことになってんだろ。学校の陰謀だな。多分、制服を着たまま食い歩きとか行儀悪いですから! という落ちに違いない。帰り道にカレーたこ焼きすら変えないこんな世の中じゃポイゾナだ。誰か解毒してやってください。
 商店街まで来る頃には、もう陽が落ちていた。さすが冬間近、暗くなるのが早いぜ。夜道にはジェントルが潜んでいるからな、なるべく早く帰ろう。カレーアイスを食べて帰ろう。
 店名がおぼろげに光っている看板を見つけて、そこに向かう。店の前まで来て、思った。一週間前焼けたくせに、なんか普通に営業してる。やってるかわかんない場所に行こうとした俺もあれなんだけど、営業してたことにびっくり。ここも牛丼屋なんかと一緒で、外から食べている客が丸見えだったりするんだけど、店内には客が一人しかいなかった。暗くなったとは言えまだ早いしね、別に繁盛してないわけじゃないさ。多分。顔見知りの店長がいるのを確認して、俺は入店した。
「っしゃいやせー! と、誰かと思ったら相羽君じゃないか」
「どもども。とりあえずカレーアイスください」
「あいよ!」
 気さくな店長に迎えられて、俺はカウンター席に着きながら隣の椅子に鞄を置く。客といっても一人だけ、少し離れたとこに座ってる人しかいないし、べつにいいよね。
 もう一人の客にカレーアイスを渡しながらお冷を持ってきた店長に暇だから話しかける。
「そういや店長、一週間まえくらいに焼けたばっかりだってのに、営業再開するの早いね」
「そりゃあこの店はチェーン店とは言え、俺の魂みたいなもんだからな。一刻も早く再開したいと思って、頑張ったわけよ。まあ、バイトのへたれ共は怖がって軒並み辞めちまったがな」
 そう言って、店長は厨房の奥に行ってしまった。
 怖がって辞めたのか。いや、確かに火事は怖いと思うけど、辞めるほど怖いかね。そんなもやもやした思いを流し込むように、お冷を飲み干す。さすがにちょっと寒いな。早く香辛料で暖まりたいぜ。……そう、アイスとは言え、カレーなんだぜ。その辛さは俺のお墨付きだ。凍ってるんだから当然冷たいわけなんだけど、その中に舌を突き破るかのような辛さが秘められているのだ。カレーの味はどちらかと言えば濃厚で複雑な部類に入るんだけど、カレーアイスに限っていえばその真逆。一本の線を想像させる鋭い辛さと、食べたものに一瞬でわからせるシンプルなカレー味。カレーとわからせる一点のみに特化した、シンプルでベストなカレー味だ。その二つの要素に冷たさを加えることで、鋭利な刃物を彷彿とさせる平面的な味が実現したんだろう。さすがの俺もあれには脱帽せざるを得なかった。まさにジャパニーズカタナカリー。この味を出すために刀を打つのと変わりない苦労を積み重ねたに違いない。母さんのカレーこそが至高だと思ってたのに、まさかこんなチェーン店ごときに唸らされるとは。なんて思ったのも昔、今じゃ俺も立派なYAMASHITAカレー信者です。……まあ、この店には母さんともよく来るから、カレーアイスが無くとも好きなことには変わらないんだけどね。
 カレーアイスの味を思い出していると店長が戻ってきた。さすが早い、味さえ作ってしまえば後は作り置くことが出来るからな。いいね、すごくいいね。
 YAMASHITAカレーのマスコットキャラガ描かれた専用のスタンドに差してあるカレーアイスを受け取って、カウンターに置く。食べるのはひとまず待ち、さっきの話が気になったんで手持ち無沙汰にしている店長に話しかける。 
「さっきの話の続きだけどさ、バイトが怖がって辞めたってのは? そうそう火事ぐらいじゃ辞めるとは思えないんだけど」
「普通の火事ならそうなんだがなあ。ほら、最近ここらで起きてる、火元不明の火事があるだろ、それが俺んとこにも来たわけよ。その時俺もいたんだがね、さすがに怖かったさ。厨房の冷凍庫が急に燃え出しやがってよ、消火器ぶっかけても消えやしねえ。やむなく店から逃げて消防隊を呼んだ頃にゃ、内装は目も当てられないほどの状態だったわけだ」
「冷凍庫が燃えるって、なんかすごいな」
 店長の話を聞いて、部室で見たノートの内容を思い出す。確かに“不可解”だ。だって冷凍庫だろ、機械の部分がいかれて燃えたんだとしても異常には気がつくだろうし。なんというか怖いね、カレーすら落ち着いて食えない時代になってしまったのか。
 ここで俺はカレーアイスを思い出して、スタンドから取り外して食べ始める。……うまい。やっぱり冷たさと辛さというのは共存できるよ。現にこのカレーアイスは共存するだけじゃなく、互いを高めるかのように味への貢献を果たしている。このカレーアイスは飽くまでカレーだと主張するかのように、普通のアイスで言えばコーンである部分にナンが使われている。普通のナンよりも薄い生地なんだけど、これがまたカレーアイスとの絶妙なマッチング具合を味という結果で示している。カレー単体で作ればいいという輩もいるだろうが、それは違う。大きな辛さの中に、刀でいう刃紋のように緩やかな曲線をイメージさせる甘さが、このカレーアイスという作品を完成させているのだ。カレーだけでは成り立たない、バニラの柔らかな甘さあってこそのカレーアイスなのだ。素晴らしい。
「相変わらず美味そうに食ってくれやがるぜ。料理人冥利に尽きるってやつだな」
 食べながら喋るのは行儀が悪いので、もぐもぐしながら店長に親指を立てた拳を見せて、グッジョブと伝える。店長は気恥ずかしそうな笑って誤魔化した。
 口の中でとろけるカレーアイスの小宇宙を堪能したところで、俺は一気にアイスを頬張る。さすがに冷たいので、一気に食べるのは無理か。そうして俺が口をもごもごと動かしていると、不意に隣から大きな音がした。店長と一緒に音がしたほうを向くと、もう一人の客が席を立っていた。床を見てみると、カレーアイスが無残にも飛び散っている。……これは許しちゃいけないだろ、カレー的に考えて。何があったかは知らないけど、カレーアイスに謝るべきだ。そして店長にも謝るべきだ。ついでに怒った俺にも謝るべきだ。
 黒いロングコートを着た男が、ゆっくりと俺と店長のもとへ歩いてくる。……む、ロングコートか。ロングコートと言えば忘れもしない、公園で会ったロングコート男だよな。シルエット的にも、なんか見覚えがある。いやでも、この人はニット帽を被ってない。見た目的に派手な赤い髪だ。こんな特徴的なのをおぼえていないわけがないよね! それにイケメンだし、さすがにこの人がロングコート男ってわけはないだろう。うん、杞憂に違いない。ここに来るってことはカレーが好きだってことだろうし、カレー好きに悪い奴はいないからな! ちげえねえ!
 男は俺と店長のすぐ傍まで来ると、明らかに怒っている口調で話し始めた。
「まだカレーアイスなどというゲテモノを作っていたとはな。あれで懲りたと思ったのだが、なんだ、また焼かれるのをご所望か」
「なんだてめえは。焼くだのと、冗談でも今の俺にゃ言っちゃいけねえぞ」
 店長も喧嘩腰で応える。そうだ、そんな奴やっちまえ店長。俺は怖いから見てるけど、応援してるぜ。
「……俺は、冗談と辛いものが大嫌いなんだよ。怒りが収まらない。溢れるんだよ、俺の手からボルケーノだ」
「あ? 何言って――」
 店長が喋り終わる前に、厨房の奥が光った。直後に、熱気と何かが破裂するような音が店内に響いた。慌てて見てみれば、なんてことはない、とっても燃えていた。それはもう盛大に。
「ん、あ、ああ。あ、ああああ! お、俺の店があああああ! なんでまた、おお、うおおおおおおお!」
「店長! 危ないって! 焼けるから! 気合じゃなんともならないから! 落ち着いて番号は忘れたけど消防隊を呼ばなきゃ!」
 カウンターから身を乗り出して店長を押さえつける。中々にマッスルな体をしているからだろうな、すごい力だ。
「そう、そうだな、おう! ちげえねえ!」
「違いないっすよ!」
 俺の呼びかけに少し遅れて応えた店長。正気を取り戻してくれたか。さすがに目の前で人が焼かれるのは見たくないわ。カレーに魂を込めていた店長のことだ、普通に突っ込んで行きかねない。よかったよかった。
「おい」
 店長と一緒に店から出ようとしたところで、後ろから肩を掴まれる。……なんかね、そんな気がしてたんだ。ここ連日さ、ずっと“そう”だったじゃん。今日こそは学校に銀髪女もいなかったし、ゆったりとした普通の一日になると思ってたんだけど。
「相羽光史、杵褌から話は聞いている。ここで会ったのも何かの縁だ、ついてきてもらおうか」
 振り向けば、なんてことはない、空いた手でニット帽を被っているロングコート男がいた。




次回:第五話『見えないけど、見えるんです』

       

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Neetsha