仮子は憤慨した。それは自分の名前に(仮名)と付いていることに対してではなく、また目の前の少年が自分の本を読んでいることでもなく。まさにその「読む」という言葉そのものに怒りを覚えたのだった。
彼女は「読む」という行為を限定することを怖れた。彼女が真っ白な本を携帯するのはこの行為によって捕らわれることを回避するためだった。本を読むということは教養を身につけ、分別を学ぶと言うこと。それは全ての物事を限定してしまうということだ。彼女はそれを否定しようとした。そしてそのために「本」という物を否定し、「読む」という行為を否定しようとしたのだ。
しかし彼女はその「読む」という愚かな単語を自ら口にしてしまった。彼女はそれに恥じて顔を赤くして下を向いた。その間も目の前の少年は呆然と立ちつくしている。彼女はそんな少年に一つの期待をかけた。人の本を勝手に読んではいけないという常識を打破しようとしたその少年ならばできるのではないかと信じた。そしてさっきの問いをこう言い直したのだった。
「あなた何してるの?」
すると少年はこう言い返した。
「え?あっ、いやっ、何もしてないけど…」
彼女はさきほど自分が口にした「読む」という単語を否定したこの少年を憧れの眼差しで見た。このような人と一緒にいられることができれば彼女の無謀な挑戦もやり通すことができるのではないかと思った。