Neetel Inside ニートノベル
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Flowers
その唇は貴女のもの

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「好きです! 付き合ってください!」
「え、あの……私、女だよ?」
「いいんです! だからです! お願いします!」
「いやー、ちょっと私そういうのは……ごめんなさい」

 そんなやり取りがあったのが、つい三時間前の話。まぁ、普通の人にとっては良く聞くような話じゃないと思う。私も二年前まではそう思ってた。
 あ、念のために言っておくと、今の話に私は登場していない。告白したのが私の友達、された方が私の知ってる先輩。そんな縁から聞いただけの話。
 そう、聞いた話。
 今まさに、私の目の前でベッドに突っ伏して泣き崩れているのが、それを語った友達であるわけで――。
「うわーん! もう、もう生きていけなーい!」
 涙と鼻水を派手に垂らしながら、そんなことを気にも留めず彼女は再びベッドに顔を埋める。
 ちなみに、ここは私の部屋だ。したがって、そのベッドも私のベッド。ついでに言えば、その汚れたシーツを新しいのに換えるのも私だ。
 私は彼女の枕もとに腰掛けると、ティッシュを数枚取って少し顔をぬぐってあげた。
「向日葵のそのセリフも、今までに何回聞いたかなー?」
「今回は、本当に本気の本気だったの!」
「はいはい、それも毎回言ってるよねー」
 高校に上がってからの友達である廣田向日葵は、とにかく恋多き女なのである。
 それが健全なものなら私だってもう少しまともに扱うところだが、この子の恋愛は全くもってそんな言葉とは程遠い。
 先輩後輩関係なし、面識なんてないのが当たり前、とにかく顔のかわいい女の子と見れば見境無しに告白するのだから始末に負えない。
 そりゃあ玉砕の嵐なわけで。彼女はそのたびに、こうして私の部屋の湿度を上げに来るのである。
「あのさ……毎度のことながら聞くけど、何で女の子なの? 向日葵なら、普通にしてれば彼氏くらいできるでしょう」
 そうしたら私も諦められるのに。
「いーやー! あたしは女の子と付き合いたいの、イチャイチャしたいの、ベタベタしたいのー!」
 足をバタバタさせながら言う……かわいい。
「でも、今まで連戦連敗でしょう? もう結構悪い意味で有名人よ、向日葵」
「えー、なんでなのかなー? っていうか、なんで毎回ダメなんだろう……」
「そりゃあ、話したこともないのにいきなり告るからでしょうが。もうちょっとコミュニケーションとるとか、誰かに仲介してもらうとか、何かこう、段階を踏まなきゃじゃない?」
 向日葵は寝そべったままあごに人差し指を当てて――いちいち動作がかわいい――少し考えた後、何も考えてないような顔でこう言った。
「やだ、めんどくさい」
 一瞬、ひっぱたいてやろうかと思う。
「もう好きだーって思ったらね、体が勝手に動いちゃうんだよね。うん、しょうがないんだよ」
 自分で理由を聞いておきながらこの反応。気ままで自分勝手。私の言うことなんか、片耳でしか聞いてないんじゃないかとたまに思う。
 でも、私は向日葵に、「そんなこと言うなら自分の家で泣けば?」とは絶対に言わない。
 彼女が私の部屋のドアをノックしてくれる限り、私は彼女を受け入れ続けるだろう。
 起き上った彼女が、私に向き直って言う。
「ね、菖蒲(あやめ)ちゃん。なぐさめて?」
 だって、私は『おこぼれ』に与ってる身なのだから。
 両腕を広げた向日葵の胸に、ゆっくりと体を預ける。ゆったりと広がる髪の毛から香るシャンプーの匂いが、鼻先をくすぐる。
「……――ッ!」
 本当に力いっぱい抱きしめたら、こんな私の力でも壊れてしまいそう。それくらい、向日葵の身体は柔らかかった。
 このあたたかさ、感触、匂い。それを味わえるのなら、私は何度だって彼女をやさしく慰めてあげる。わがままを聞いてあげる。都合のいい女でいてあげる。
「あはは、菖蒲ちゃん。ちょっと痛いよ」
 彼女もきっと、それが分かってて私の部屋に来てるんだろう。
 でも、それでいい。それでもいい。そんな向日葵が好きだから。
 肩に手を置いて体を離すと、思ったより近くに向日葵の顔があった。ピンク色の唇に、キスをしたくなる。
「あは。菖蒲ちゃん顔赤い」
「向日葵だって……」
「あたしはほら、さっき泣いてたからだよ」
 でも、それはしちゃいけないって分かってる。その唇に私が触れたら向日葵は二度とここへは来ない。そんな気がする。
 この唇は、いずれ現れるかもしれない、向日葵を受け入れてくれる人のもの。
 私がそれになれないのも分かってる。二年も一緒にいて向日葵が私に何も言ってこない意味が、分からないほど鈍感ではいられないから。
 再び、向日葵の首に手を回す。触れ合った頬。このやわらかさを、本当はもっと奥まで感じたい。
「ぎゅ、ってされると安心するね」
「……うん」
「ありがと、菖蒲ちゃん」
 回した腕に力を込める。耳元でささやく嘘は、私の精いっぱいの強がり。
「いいのよ……私たち、友達じゃない」
 いつか、この関係が必要なくなるその日まで。

     


       

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