Neetel Inside ニートノベル
表紙

Flowers
汚れた指先

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 私は人を好きになれない。
 そう自覚したのは、三人目の彼女の時だった。
 初めて付き合った人と別れた時は、残念ながら性格がかみ合わなかったのだと思った。初めて同性と付き合ったのだから仕方ないのだと。不慣れならまぁこんなもんなのかなと納得した。
 二人目は、距離感がいけなかったのだと思った。
 前回の反省から、私は最初のうちは様子を見ようと突き放したくらいの距離感を保っていた。ぶっちゃけて言えば、その距離は私にとって楽だったのだ。
 しかし、それが相手も同じであるとは限らない。
 別に、彼女が浮気をして傷ついたという訳ではない。むしろその逆だ。
 自分にとって、その二人目の彼女はどこまでの存在であったのか、「ああ、こんなものなのか」と、傷つかない自分を見て気付いてしまっただけの話。
 そして、三人目。
「わ、わたし、梔子(くちなし)先輩のこと好きですよ?」
 冗談半分本気半分といったようなそのセリフを聞いたのは、たしか何かの打ち上げだったと思う。
 ファミレスで酒など入っているはずもない彼女の真っ赤な顔は、私のイタズラ心をくすぐるには十分だった。
「えー、またまたそんなこと言ってー。私、本気にしちゃうよ?」
 カマかけは下手なくらいがちょうどいいと、私は思う。分かりやすいし、結果もすぐに出るから。
「え、本気って……え?」
 そっと頬を撫でた時のあまりにもうぶな反応は、素直に可愛かった。ほとんど話したことのなかった相手だったけれど、少なくとも外見は好みだったと思う。
 だから、まぁいいかなという位の気持ちで、帰り道。二人きりになったときにキスをした。
 誰にも、そのときの私を責めることはできないはずだ。そのくらいのスタンスで付き合ったりしてる人なんていくらでもいる。だから、問題なんてありえないスタートだと、私はそう思っていたのだ。

   ●

「んっ……あ。先輩、ダメです」
 本気のはずがない弱い抵抗を無視して、私は指の動きを早める。
 彼女と体の関係になるのには、一ヶ月ほどの時間を要した。私だってそこまで慣れているわけでもないから、ぎこちなさが抜けるまでにはさらに一ヶ月ほど。
 場所は私の部屋が多かった。うちの学校の寮は基本的に二人部屋だが、同居人はかなり物分かりのいい人で、そういう時には席を外してくれていた。
 その後の一ヶ月は、まさしく猿のようにヤリまくった。特に理由があったわけでもない。覚えたての遊びが楽しくて、ついつい熱中してしまったようなものだ。
 ただ、彼女の柔らかく汚れを知らないはずの指先を、「私」で汚していくのはこの上ない快感だった。
 でも、私は知ってしまっていた。
 そういう遊びは熱しやすいが、冷めやすくもあるということを。
「あ、あ、先輩、先輩! 好き、好きです!」
 彼女の高ぶりとは裏腹に、私の心は「その言葉」を聞いた瞬間から急速に冷めていった。
「……うん、私も、■■だよ」
 自分の口から出る「その言葉」の、なんと白々しいことか。それでも、目の前の顔は安心したように緩む。相手への罪悪感よりも、自分への嫌悪感で胸が詰まった。
 義務感から出る、感情のこもらないセリフ。それを疑いもせず受け入れる相手の浅はかさにも、嫌悪が沸き上がる。
 それを振り切りたくて、叩きつけるように指をかき回した。
 今まで何度だってシてあげた通りに、良く声の出るところを重点的に。最初は可愛らしく感じた彼女の顔も、声も、快楽に淀んでいるようで酷く醜く見える。
「はぁっ……はぁ、はぁ。先輩……」

 そうだ、私は飽きていた。
 彼女に、ではなく、恋人という関係に。だからそんなものは、きっと恋なんかではなくて――。
 ベッドに寝そべったまま、汗も拭わずに彼女を待つ。
 私の苦悩など知るわけもない彼女は、シャワーを浴びてすっきりした笑顔で私の横に腰を下ろした。
「先輩、そんなカッコで寝てたら風邪ひいちゃいますよ。お風呂空きましたから、ちゃんと入ってきてください」
「……ねぇ」
「はい?」
 その脳天気な顔が、凍り付くのが、ほんのちょっとだけ楽しかった。
「私たち、別れよっか」
「え……」
 彼女は、自分が今聞いた言葉を理解できないのか表情を固めて、
「なん、で……ですか?」それでも、なんとか噛みしめるように返す。
「分からない?」
「分かりません!」やっと言葉が脳に届いたのか、反射のような即答。
「だって、私たちうまく行ってたじゃないですか!」
 確かにそうだ。喧嘩もなかったし、障害らしい障害は見あたらない。彼女にしてみたら、別れるなんて言葉が出てくることなど予想もしていなかっただろう。
 でも、私は冷ややかに告げた。
「ごめん、なんか疲れちゃったんだ。もう」
 身勝手なセリフだった。彼女は憤った様子を隠そうともせず、寝そべる私に覆い被さってきて、遊ばせていた右手を掴む。
 彼女の体液で塗れて、そのまま洗ってもいない私の手を。
「ちゃんと説明してください。じゃないと……納得できません」
 その目が、涙で塗れていた。それでも、私は何も思わない。
 二人目の時と同じだ。彼女の価値は、私の中でどうしようもなく小さくなっている。友達よりもどうでもいい存在を、私は今どんな目で見つめているんだろう。
「疲れたって、私がわがままだったってことですか? こういうエッチとかデートとか、たくさん誘い過ぎだったってことですか? だったら我慢します。悪いところがあったら何でも言ってくれれば直します。だから……だから先輩!」
 違うのだ。何もかもが。
 力のこもる彼女の指すら煩わしく感じながら、私はそっと目を閉じる。
 私が飽きたのは、つまらなく感じたのは、彼女に対してではない。恋愛という行為そのものに対してだ。疲れたとか、重くなったとか、いくら言葉で取り繕っても全部後付け。相手が誰でも、経過がどうでも、私は多分いずれ同じことを言い出しただろう。
「ごめん、そういうんじゃないんだ。ごめんね?」
「イヤ、イヤです先輩!」目を瞑って頭を振る。納得いかないと全身で表現する彼女を、私は押しのけて立ち上がった。
「落ち着くまでここにいていいけど、電話とかしてきても多分出ないし、もうこうやって会うこともないから。……犬にでも噛まれたと思って忘れた方がいいよ」
 私の部屋から逃げ出すというのも変な話だったが、いつまでも相手をするだけの気力もない。
 私は手早く服を着込んで上着を引っ掴むと、彼女に背を向けて部屋の出口に立つ。
「それじゃあね、今までありがと」
 部屋を出る前に最後に見た彼女は、ベッドの上から呆然と私を見て泣いていた。さっきまで幸せの絶頂みたいな顔をしていたのに。可哀そうだな、と。他人事みたいに思う。
 閉めた扉に背を預けて、ため息を吐き出す。
「あー、どうもこう、スマートに行かないね……」
 そう言えば、汗も流していない。ごわごわの頭を掻きながら、今後のことに考えを馳せる。
 部屋を荒らされたらどうしようかな、まぁ私のせいだから仕方ないけど。同居人の子には謝っとかなきゃ。っていうか、部屋にずっと居座られたら困る。帰れない。さすがにそう何日もいるとは思えないけど、今日は誰かのトコに泊めてもらった方がいいかな。
 もっと上手く切り出して、もっと優しく言い聞かせて、もっと時間をかけて気持ちを伝えれば、もっと綺麗に別れられたのかもしれない。でも、そんなのはめんどくさいと、そうしなかったのは私だ。
 大体からして、恋愛自体をめんどくさがっているような私が、そのお片付けを上手に出来る通りがないわけで……。
「あーあ、次はもっと上手くやろう、うん!」
 次、次の人、次の恋人。
 恋ができないと悟っても、きっと私はそういう相手を探すことは止められない。一人でいるのは、寂しいから。友達では届かない部分まで満たして欲しいから。
 それが、一時的にしか効かない薬だと分かっていても。
「あ、もしもしマキちゃん? 今日さー、ちょっと寮に戻りにくくてですね……。そう、うん。泊めてくれないかなーって。いや、それは……ハイ、私のせいなんですがね……。え、ホント? ありがとーマキちゃん優しいー。うん、うん、じゃあまた後で。じゃねー」
 だから私はまた、恋をしているフリをする。

       

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