『無題』
僕は夢を見ていた。
どうやら車の中でハンドルにもたれかかって寝ていたらしい。
僕は急にトイレに行きたくなった。
車をでるとすぐ近くにコンビニがあった。
僕はそこに入った。
コンビニではレジに女の人が立っていた。
僕は聞いた。
「トイレかしてください」
彼女はニコりと笑っていった。
「右手の奥にあります」
「ありがとうございます」
僕はトイレに入ってこう思った。
おなかいたい。はやくしよ。
…ジャーーーー…
トイレから出て、そのままコンビニをでた。
僕は車にのりこんでエンジンをかけた。
シートベルトをつけて、サイドブレーキをおろして、右ウインカーをだす…。
…あれ?手がとどかない。
なんで?
ハンドルにもとどかない。
これじゃ運転できない。
どうしよう。
僕は自分の体をそこで初めて見た。
犬になってた。
何も着てないし、はいてない。
僕、裸でコンビニにはいったんだ。
うわぁ。はずかしい。
どうしよう。
このままじゃへんたいだ。
あっ、でも犬だからあたりまえか。
でもなんでレジの人は僕のことを変だとおもわなかったんだろう。
だって犬が「トイレかして」なんていうのは変だ。
もしかしたら、僕のこと人間だとおもってるのかな。
僕は自分が犬に見えるけど、彼女からは人間に見えるのかもしれない。
もういちど、はいってみようかな。
いやだ、はずかしい。
いまさらなんでもう一回わざわざはいるんだ。
それこそ変じゃないか。
その時、ちょうちょさんが車の中に入ってきた。
うわっ。びっくりした。
おどろかさないでよ。
僕はちょうちょさんを見て、いっしょに遊びたくなった。
「あそぼ!ちょうちょさん!あそぼうよ!」
僕は車の中で無邪気にはしゃいだ。
ちょうちょさんとおにごっこをした。
楽しかった。
人でいるときより、心が通じた気がした。
ちょうちょさんは疲れて、ハンドルの上で羽を休めてしまった。
僕はまだ遊びたりなかった。
でもちょうちょさんはもう遊びたくないようだった。
僕もハンドルの上に手をかけて、その上に顔をおいた。
ちょうちょさんとにらめっこをした。
僕は笑わなかった。
ちょうちょさんの顔はあまりおもしろくなかったからだ。
そうしているうちに僕は眠くなってきた。
なんで僕は犬になったんだろう。
いつからなんだろう。
…あれ?
そういえば僕なんで外にいるんだろう。
何しに車で出かけたんだっけ。
あれ?ほんとうに忘れちゃった。
なんで?なんで僕は外にいるの?
ちょうちょさん。教えて。
なんで僕はここにいるの?
おきて。なんでちょうちょさんは寝ているの?
羽をなんで閉じているの?
僕はちょうちょさんをさすった。
…丁度その時、車のドアが開いた。
その音で僕はハッと目を覚まし、隣を見た。
「遅れてごめん!」
友達だった。
あぁそうだった…僕はここで待ち合わせをしていたんだ。
友達が遅れた言い訳か何かを喋っていたが、耳には一切入らなかった。
僕は自分の体を見渡した。
人に戻っていた。
そこで初めて夢だったことに気づいた。
「それ何…?」
友達が言った。
彼の視線はハンドルの上に注がれていた。
一匹の蝶がそこにいた。
美しいはずのその羽根を切り裂かれた蝶がそこにいた。
静かに、それは眠っていた。
「……」
僕は黙っていた。
何かを思い出そうとするため、僕はじっとそれを眺めていた。
でも、僕は何も思い出せなかった。
ただ、どことなく…心なしか、その蝶が何よりも痛々しく見えた。
何故、その蝶がボロボロになっているのかを考えはしなかった。
当然のように、心のどこかで納得していた。
僕はそれで何もかも満足した。
そして、大した躊躇もなく、僕は、それを窓から捨てた。
The end