Neetel Inside ニートノベル
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突然ですが、世界を救って下さい。
道化に五秒の戸惑いを-01

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 斯く各企業の敏腕営業戦士達が、各駅停車両の中で束の間の休息を貪っているにも関わらず、本日は日曜日である。
 日曜日とは、一般社会に於いては国民は休息を取る日だと定義されている。にも関わらずこのように、止む無き事情或いは少しばかり仕事に熱心過ぎる上司達に振り回され休む暇無く働かされる、スーツのテカりが目に眩しいおじさん一同には同情の念を抱かずにはいられないのだが、そんな企業戦士達の疲労に満ちた姿を尻目に、僕は自宅から鉄道を使用する程度に離れた繁華街に向かうべく、つり革を握りながら窓の風景を眺めたりしている。
 梔子高が、今朝のように突然アポ無しで《少しばかり暇をくれないかな?》と申し出て来ることは、珍しいことだった。
 普段から、二人でどこかに出かけるという行為を行うこと自体が稀なことであり、その稀な過去の事象に於いても、このように前日の綿密な予定取りも無しに突発的外出を行った例が一切存在しないため、つり革を握る掌が少しばかり汗ばんだり、普段は欠片程度にしか気を使っていない髪形や鼻毛なんかを、エキゾチック原子核を扱うかの如く丁寧に窓越しに確認している僕の行動は、それほど不自然かつ理にそぐわないわけではない。勿論主観の範疇は抜けないのだが。


 今日という日を寝て過ごそうと画策していた僕を、そうはさせるかとばかりに叩き起こしたのは、携帯電話の着信音だった。
 と言っても、君が起きるまで私は鳴るのを止めないとばかりに旬を過ぎたJポップを熱唱していたかといえば、決してそのようなことはなく、僕の胡乱な意識を夢世界から現実世界に引きずり戻した時点で、そのコールはプツリと切れてしまった。
「誰だ、こんな時間に……」
 真夜中に言えば正当性を認められるのだろうが、休日の、それも朝から昼に変わろうとしているその時間帯に言っても欠片も正当性を感じない台詞を呟きながら、僕は携帯電話の着信履歴を表示する。
「……梔子高?」
 そこには、見知った名前が表示されていた。
 成る程と納得する。四、五コール程度でプツリと受信の催促を止めてしまうのが、いかにも梔子高らしい。あの娘なら、相手が出るまで鬼コールを続けるなどという無粋な真似はしまい。
 とはいえそれは、夢世界に後ろ髪引かれていた僕をきっちり現実世界へ引き戻すくらいの、ちょっとしたイベントだった。
 梔子高が、電話をかけるという行動を起こすこと。
 それは僕の中では、有り得ない部類に入るものだった。
 日常会話に於いても、あのようにTTSに頼っている梔子高が、肉声でのコミュニケーションを余儀なくされる通話という意思伝達方法を取ることは、有り得ないのだ。
 それはまぁ、無理をすれば電話越しにTTSで発声することも、不可能ではない。不可能ではないが、些か面倒であることは否めないであろう。それにそのような面倒なことをせずとも、二十一世紀ともなれば、携帯電話というツールにはメール送受信機能の一つや二つ搭載されているのがデフォルトなのである。
 にも関わらず。
 梔子高が、メールではなく、通話という確実かつ即時性に優れた伝達手段を選んだということ。
「急用、か」
 思い浮かぶ心当たりは、それくらいしか無い。休みの日にまでモーニングコールを要求するほど規則正しい生活を心がけているわけでもなければ、怒鳴り散らしてやらねばこの恨み晴れぬと言わしめるほど梔子高を憤慨させた記憶も無い。
 特に、深くは考えなかった。かけ直せば解ることである。もしも下らないことだったら、嫌味の一つや二つはネチネチと言ってやりたいところだ。
──。
《やぁ。取り込み中だったろうか?》
 第一声がそれだった。その声は、僕の耳に良く馴染んだTTSのそれである。今、電話の向こうでは、さぞかし億劫な事になっているのだろう。
「いや。休みらしい休みを満喫してるよ」
《声が嗄れているね、寝ていたのかな? だとしたら申し訳無いことをしてしまった。このまま切った方がいいかな?》
 そう言われて、自分の体に残った疲労の残滓が思っていたよりも多い事に気付く。特に睡眠が浅かったわけではなく、睡眠時間としては十分過ぎるほどの時間も当てている筈なのだが。
 しかし、無視出来るだろう。せっかくの休日を寝て過ごすのも惜しい気がする。そう思える程度には僕はまだ若いつもりだ。
「まさか。このまま二度寝しちゃうのも時間の無駄遣いな気もするし、構わないよ。急用なんじゃないの?」
《うん、急用ではあるね。ただ、その急用と呼ばれている案件が、君にとってそれほど重要なのかと問われれば、とても微妙なところなんだ》
「随分はっきりしないじゃないか」とは思わなかったし、口にもしなかった。梔子高は、元よりこういう回りくどい話し方をする娘である。
「でも、梔子高にとっては急用なんだろう?」
《うん》
「なら気にする事は無いよ。どうせ放っておけば寝て曜日になってたところなんだし、そうするくらいだったら、少しくらい知人の急用とやらに付き合っていた方が健康的な気もする」
 数秒のブランクがあった。その数秒のブランクの後、
《有難う、ミヤコ》
「……どういたしまして」
 何の感情の起伏も無い、機械音声である。反省の念が入れ混じっているわけでも、まして恥じらいの色気が混じっているわけでもない。
 ただ、それが梔子高が発している情報だということが、まるで魔法のように、その有り触れた言葉を穏やかなものにしている気がした。
「して、その急用ってのは何なのさ?」
《ならば、遠慮なく言わせて貰うけれどもね》
 気にするなと言えば、本当に気にしないのが梔子高だ。
 だからその言葉は、本当に。本当にさらりと。
 まるで、学校の休み時間に、友人を厠に誘うような気軽さで吐き出された。


《私と一つ、デートでもしてみないか?》

       

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