Neetel Inside 文芸新都
表紙

ショートショート集
ピトゥー

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赤々と燃える家の中で母親は必死に赤ん坊を
抱き抱えて脱出しようとしていた。
料理中の不注意で火事になってしまったのだ。
火事を消そうとしていると瞬く間に火は
燃え広がってしまった。
やがて逃げ道を見つけられなかった母親は
「この子は本当に運の悪い子ね。少し前に父親が
交通事故でなくなったら、今度は自分がなんて」
とつぶやいた。ぼんやりと辺りを見ていると
インドの奥地で買った人形が目に入った。
確かピトゥーとかいう名前だった。
祈り続ければ不老不死の体になれるとかいう
ふれこみだったけど全然ダメじゃない。
そんなことを母親は思っていたが、いつの間にか
祈りの言葉が口から出ていた。
「ピトゥーお願い。出てきて、私たちを助けて」
次の瞬間母親は自分の目を疑った。なにしろ
なぜなら人形から煙が出てきてそれが人の形と
なったのだから。一瞬なにが起こったか
わからなかった母親だが幻覚かなと思いつつ
聞いてみた。
「あなたはピトゥーなの」
「はいそうです。それで誰を…」
「私とこの子を」
そう母親が答えるとピトゥーは顔をしかめて言った。
「一人だけとなっております」
「あらそうなの。しょうがないわ。ではこの子を。
それで本当に不死身になれるの」
「残念ながらちょっと違いますね。期間があります」
「どのくらい」
「一千年ほどです」
「それで十分だわ」
「術をかけるには少しばかり時間がかかりますので
ご了承を」
「そんな悠長なことを言ってないで早くして」
「大丈夫ですよ。私の術をかけている間は炎は止めて
おきます」
「そうなの。でもなんでこれまで現れなかった
のに今…」
「私はですね。一億回に一回しか現われないんですよ。
あんまり頻繁にこれをやると世の中がおかしくなり
ますからね。では始めます」
ピトゥーはそう言うと怪しげな声を出して、
踊り始めた。
それを不安そうに見つめる母親。
しばらくしてピトゥーは
「終わりました。では」
と母親に告げて消えてなくなった。すると炎は
勢いを増して母子を包み込んでいった。やって
きた消防隊員によって赤ん坊は救助された。
母親が死んで、周りは激しく燃えて
いるのになぜ赤ん坊が助かったのか。
それは誰にも分からなかったが兎にも角にも
病院に搬送された。しかし赤ん坊は
全くの無傷だった。しかし背中には赤い一本の線が
走っていた。それが何によるものかは医師には分から
なかったが健康には影響がなさそうなので
無事退院となった。しかし赤ん坊の親戚は引取りを
拒んだ。よって赤ん坊は孤児院で暮らす
こととなった。月日がたち赤ん坊は成長していき
立派な青年となった。もちろん青年は自分が
一千年間生きられるなど知る由もない。
背中に赤い線が走っているということは
知っていたが。しかし男はだんだん
おかしいと感じ始めた。何しろいっこうに
老け込まないのだ。青年の頃と全く変わらない。
病院にもいってみたが、検査で異常は
見つからなかった。定年を迎えても男は
青年のままだった。こうなると様々なマスコミが
取り上げはじめる。しかし原因は不明だった。
男が50年連続世界最長寿記録を更新した
頃に大きな事件が起きた。ある大国で
独裁者が誕生した。その独裁者の実力はたいした
もので、次々と隣国を支配していった。
男の国も降伏することとなった。
すると独裁者は自分を不老不死にするために、
男を徹底的に検査した。しかしやはり
原因は不明だった。
あきらめ切れない独裁者は男を幽閉した。
しばらくして医学が発達してから検査
しようというわけだ。男は退屈だからなにか
娯楽を与えてくれないかといった。
すると意外にも独裁者は快諾してくれた。
自殺されるのを恐れたのだ。独裁者は何
でもいいぞと言ったが男は図書館で本を
読むだけで結構ですといった。男は昔から
本が大好きだった。図書館といっても
巨大なものだ。司書が居住するスペースも
ある。男はそこに住むことになった。
本が好きな男にとって居心地は最高だった。
数年に一回検査をすることもあったが結果は
いつも同じで原因不明。やがて独裁者は死に、
側近があとを継いだ。やはりその男も不老不死に
興味を抱いており、数年に一度男を検査したが、
結果は変わらなかった。そんなわけで長い年月が
たっていった。900年ほど経ったある日に男は
司書に言った。
「もう面白そうな本は大体読んだ。そこで、
一般人立ち入り禁止の地下室に入りたいんだが」
司書は十数代目になる独裁者に許可を
取り付けて、男が地下室に入ることを許可した。
地下室にいるのは一人の司書だけ。そいつが
パスワード、網膜認証、指紋認証を使って
開け閉めするのだ。男はやがてそこに
入り浸るようになった。

地上の世界では異変が起こり始めていた。
他の惑星から未知の病原体を持ち込んで
しまい大量の死者が出ていた。治療法は不明。
男はしばらくしてから異変に気づき始めた。
顔なじみの司書がどんどん亡くなっていく
のである。おかしいと思って聞いてみると、
未知の病気が流行っているという
ことを知った。しかしながら男は
自分には全く関係がないなと思った。
しかし司書たちはどんどん死んでいき、
前の四分の一ほどになった。ある日
男が地下室で本を読んでいると、
突然司書が倒れた。驚いて脈を
測ると既に死んでいた。驚いた男は
どんどんと扉を叩いてみたが反応はない。
この壁は防音なのだ。またしばらくしても
病原体が蔓延しているこの部屋に
来てくれるだろうか。結局扉が
開かれることはなかった。男はまあいいかと
思ったが、やがて大変なことだと知った。
何しろ飢え死になどで死ぬことはないが苦しみは
感じるのだ。毎日飢えて喉が渇いている状態。
また日の光も浴びれなかった。男は何とか気を
紛らわそうと本を読み続けた。やがて
男が好きな分野の本を全て読みつくしてしまった。
男はしょうがなく目の前に入った世界の
秘術という本を読んでみることにした。
その本の中のピトゥーという項目で男は
びっくりした。何しろその術をかけられた
者は不老不死になれるというのだ。
まさしく俺のことではないか。
また術をかけられたものは背中に
一本の赤い線が走るという。
たしか俺は背中に一本の線が走っていた。
なんということだ。俺は死にたいのに。
自殺もやろうとしたがダメだった。
しかし苦しみは感じるのだ。誰がこんな
術をかけたのだ。そう思いながらページを
めくっていくと儀式に使う人形の写真が出てきた。
それを見て男のなかで記憶が蘇った。
そういえば、この地下室の中の一部屋には、
いろいろな昔のものを集めている部屋があった。
その中にこれがあったような気が…。
男はその部屋に行って調べてみた。すると、
写真と同じ人形が見つかった。男は本に書いて
あった通りに
「偉大なるピトゥーよ。われに永遠の命を授けよ」
と祈った。次の瞬間男は自分の目を疑った。なにしろ
なぜなら人形から煙が出てきてそれが人の形と
なったのだから。一瞬なにが起こったか
わからなかった男だが幻覚かなと思いつつ
聞いてみた。
「お前がピトゥーなのか」
「はいそうでございます」
「お前は私に永遠の命を授けたか」
「正確に言うと千年間です」
「えっ。そうなのか。千年間なのか」
「はいそうでございます」
それを聴いて男の顔はほころんだ。ならもうすぐ
俺は死ねる。そしてピトゥーに言った。
「よし。もう帰っていいぞ」
「そういうわけにはいきません」
「なぜだ」
「誰かに術をかけねばならないのです」
「なら別の誰かにやってくれ」
「それは無理な相談です」
「なぜだ」
「つい数分ほど前に人類はあなたを除いて
全員が死にました」
男は愕然とした。そしてピトゥーはこう続けた。
「ではあなたに術をかけさせていただきます」
男は必死に抵抗しようとしたが無駄だった。
男は哀願した。
「お願いだ。ピトゥー。もう死なせてくれ。
俺はもう死にたいんだ」
しかしピトゥーはその要求を頑としてはねつけた。
「ダメです。」
そしてピトゥーはそう言うと怪しげな声を出して、
踊り始めた。儀式の後呆然としている男に
消え去り際ピトゥーはこういった。
「あなたのお母さんといい、あなたといい本当に
運がいいですね。」

       

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