ある町に狂った老人がおりました。一人で生きていました。たちの悪いことに自分が狂ったとはちっとも気づいておりませんでした。そして夕刻になると決まって悪くなった右足を引きずりながら町に繰り出すのです。そしてこう子供たちに声をかけます。
「不審者には気をつけなさい。早く帰るんじゃよ」
しかし老人を見ると子供たちは逃げてしまいます。老人のことを不審者だと思っているのでしょう。
老人が狂ったのには原因があります。もう何十年も前のことですが老人には妻と子供がいました。幸せな家庭でありました。
ところがある日若き日の老人が帰ってくるとそこには変わり果てた妻と子供の姿がありました。殺されていたのです。強盗によって。
老人は狂人ということになりました。彼は毎日妻と子供の名をぶつぶつ言い続けるのです。それに会社にも行かなくなりました。他人の言うことも聞きません。狂人と言わなかったらなんでしょうか。
そして老人は一日中犯人を殺すことを考えていました。まさしく狂人です。
老人はある日とんでもないことを知りました。なんと殺人犯人が時効になって自ら名乗り出たというのです。
驚愕しました。老人は。そして老人はこれからどうするか考え始めました。
老人は殺人犯に復讐するために家を出ました。彼が今日の日まで生きて来たのは復讐の為だったのです。そして老人の家は空となりました。
しかしそんなことには近所の人間はほとんど誰も気がつきませんでした。当然と言えましょう。ほとんど誰も老人には関心がなかったのです。
最初のうちは同情してくれた人も時間が経つにつれて老人のことを忘れていきました。ただ子供たちだけがこわい老人がいなくなったと安心しました。
老人は苦労して犯人を突き止めました。そして家に会いに行きます。この日の為に研いでいた包丁を持って。
インターホンを押すと人が出てきました。老人はこう言いました。
「俺は遺族だ。お前を殺しに来た」
犯人はこう言いました。
「こんなこともあろうかと思って警備員を雇っていたんですよ」
気がつくと老人は屈強な若者に取り押さえられていました。年老いた体にそれに抗う力など残っていません。犯人はせせら笑って言いました。
「これであなたも殺人未遂犯ですねえ」
遠くからパトカーの音が聞こえてきました。老人はこれからのことを考えて死のうかと思いました。せせら笑っている犯人と自分を必死に取り押さえている雇われ警備員をみていると、そんなこともどうでも良くなってきました。老人は馬鹿らしくなっていつのまにか犯人と一緒に高笑いしていました。それはただのあきらめではありませんでした。
老人の生活は明日もまた続きます。まだまだ続きます。