Neetel Inside 文芸新都
表紙

テシト

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 一人でご飯を食べるのは味気ない物だとは分かっていたが、テシトと二人で食べる食事もあまり味気ないことがわかった。
 いつも通りと言えばそのままだが、調理したものを食べ、それで終了する。
 お互い、何かを話すことはない。もしかしたらこういう時に声をかけたりしたら、変わるものなのだろうか?
「テシト、味はどうだい? 薄かったり、濃いと思ったら味付けは変えるよ」
 テシトは、豆のスープを啜っている。もごもごと顎のあたりが動いているところを見ると、ちゃんと食べているようだ。
 彼からの問いには、テシトは聞こえていないように反応はなかった。ただ、目の前の食べ物を黙々と食べていた。
「……それを食べ終わったら、水浴びでもするといい。代えの服は僕のを使っていいよ。準備しておくよ」
 子供が着るのには明らかに大きすぎる服しかないが、仕方がないだろう。男性は用意を持ってこさせるといっていたが、いつくるかはわからない。
 出来るなら自分で街に行って買ってきてやりたいのだが、離れるわけにはいかない。かといって連れて行くにも危険かもしれない。
 彼女の親が、探し回っている可能性も無いことはない。連れ戻しにくる可能性だってあるだろう。
 そればかりは、男性が戻ってくることを待つしかないだろう。彼も街に行くことはできなくなるが、そう言っていられる場合ではないのだろう。
 テシトの、彼女のことを考えたら必然的にそうなってしまう。

 ……………………。
 
 テシトが食事を終えて、少しした頃。変なにおいがした。
 子守をした時によく嗅いだ、あの臭いだ。彼はすぐに気がついた。
「便、か……」
 恐らくは、と予想していたが本当にこうくるとは思わなかった。思ったとおり、テシトは漏らしていた。
 漏らすと言うより、そのまま出したと言った方が正しいのだろうか。流れのまま仕方がなくなり、彼はテシトを持ち上げて水のある場所へ移動した。
「テシト、服を脱ぐんだ。自分でできるか?」
 そんな事を聞くよりも早く、自分で服を脱がしていた。羽織っていたマントを取り外し、すぐ沸きに生えていた小さな木に引っ掛ける。
 マントを外してみれば、服の着方も滅茶苦茶でボタンが全てズレていたり、サイズが合っていなかったり、果ては下着すらも履いていなかった。

 ……何がどうして、こういう状況で居るのだろうか?
 
 テシトは全裸にされたというのに、動じず、彼の方も見ず、ただ呆然と立っているだけだった。
 彼は、ズボンの裾を上げ、巻きつけて緩まないようにして足を水につける。
「少し冷たいぞ」
 一応、そう断りを入れてテシトを引っ張り込む。水辺に移動する前に持ってきた布で、局部をまずは拭く。綺麗に拭えたところで、その布はとりあえず放棄て新しい布を取り出す。
「テシト、ゆっくり座ってくれ」
 立っている状況から、ゆっくりとテシトは体を前に倒し、足を曲げて座る。彼女の腰から下の部分が水に浸かった。
「……やっと反応してくれたな」
 ちゃんと聞こえている。これが分かっただけでも進展だ。
「痛かったら言って……反応してくれ。頼むよ」
 一番汚いと思える場所から順番に、布を濡らしてテシトの体を拭いてゆく。
 背中にはミミズ腫れの傷跡が無数にある。ところどころ血が出たことがあるのか、硬くなっている。まだ新しいかさぶたも残っている。
 あまり力を入れないように、テシトの背中を綺麗にする。
「腕を伸ばしてくれ」
 そう言うと、ゆっくりと細い枯れ枝のような腕を伸ばした。彼は、空いている手で彼女の腕を支えると、同じく力を入れないように拭く。
 腕にも無数の傷がある。肌の色が変色している場所もあるが、折れてはいないようだ。彼は医者ではないから、実際にかるく触って反応を確かめることしかできはしないが。
 指の先まで丹念に拭くと、彼はもう一方の腕も磨いた。体全体が、痣や傷まみれの体を拭いていく。
 彼にも同じ記憶がある。10歳ほどの記憶だろうか。父親に刃物で切りつけられたときのことを思い出した。
 満足に水風呂にも入れないほどの痛みだったのを覚えている。彼女はそれに耐えているのだろうか。
「痛くないか? 大丈夫か?」
 そう聞くが、やはり反応はなかった。喋りたくはないのだろうか? 別に全てを聞こうとしているわけではないのだが。
 傷のことを喋りたくないのだろう。親につけられた傷のことを……。喋れば、親がもっと酷いことをしてくると思っているのだろう。
 彼は、自分の記憶と彼女の姿を照らし合わせながら、体を磨いた。
 
「テシト、下を向いて目を閉じてくれないか?」
 出来るだけ丁寧に、テシトに今できることで、してほしいことを言う。簡単な動作ならば、水風呂を始めてから聞いてくれるようになった。
 ほんの少しだけの反応だが、もう少し長くかかるだろうと思っていたこともあってか、少し嬉しくなった。
 テシトは、下を向いた。彼が覗き込んで確かめると、しっかりと目を閉じていた。
「上から水をかけるぞ」
 彼がいつも使っている鍋を洗面器代わりにして水を汲み、テシトの頭からゆっくりと落としていく。
 息ができなかったり苦しかったりするといけないから、少しずつ、垂らすようにテシトの髪に水をかける。石鹸なんてものはないから、水をかけて軽くこする程度のことしかできないが、やらないよりはいいだろう。
 頭の髪を軽く掻き分けてやると、そこにも多くの傷があった。……テシトの体で傷がない場所は無いんじゃないだろうか?
 彼でもここまでの酷い経験はない。彼が親にやられたのは、背中や腹回りで、服を着れば隠せるような場所だけだった。顔や頭もやられたときはあったが、時間さえかければ治るようなものだけだった。
「……終わりだ。テシト、立ってくれ。あっちへ移動しよう」
 肉体の傷はいずれ癒えるにせよ。テシトの今を作っている心の傷は癒えることはないのだろう。
 昔の自分が負った傷とは質が違うにせよ、彼はテシトに同情していた。

 ……………………。

 これはどこにでもあるよくある話。
 同じ境遇、似たような境遇のヒトのお話。
 それを作ったヒトの末路のお話。
 幸せという言葉には程遠い、お話。

 砂漠になってしまえば、緑は戻ることはなくなってしまう。
 緑が自力で戻ることはできない。別の力を借りなければならない。
 それでも、緑は自分の力で戻ったことにはならない。
 緑の力は、小さければ強く、大きければ弱い。
 砂漠の力は、無限大である。何かの力を加えなければ、止めることはできないだろう。 

――例えれば、それはヒトの心であれ、大地であれ。

 ―blue boys―
「子は親に何を求めればいいのか。親はその求められたものをどうすればいいのか」
 
 ヒトは、子を大事に扱うものもいれば、酷い扱いをするものもいる。
 ヒトは、ヒトを大事に扱うものがいれば、ヒトをゴミのように扱うものもいる。
 それがこの世界では至極当然のことなのである。

 ――自分は、果たしてどっちなのだろうか。それを答えるのは自分ではない。傍にいる他人。

「そんなもの、答えは決まっている」

 ある場所に、一人のヒトと、一人のヒトがいた。

「求めるものじゃない。大事なのは、親が子に――」

――親とはどういうものかを、教える事だ。

 子は親と一緒に居る。いなければ生きることができないだろう。
 親は子と一緒に居る。子は、様々な事を学び、理解し、自分がいつか親になるときのために勉強しなければならない。

――それが例えば正しいことでも、間違っていることでも、全ては学んだ子が考え実行することなのだが。

 ―red girls―
「時間とは残酷なもので、運命とは過酷なもので。それらから抜け出す方法はないのだろうか」
 
 ない事はない。何かの事象があるとすれば、所詮事象。対処方法はいくらでもある。
 その対処方法が、見つかるまでは誰もが理解できない行動を取るしかないのだが。

「自ら時計の針を止めるということは、運命から抜け出したと言えるのだろうか」

 全ての生き物は、時計がついている。寿命という名の下り坂しかない時計が。
 時計の針はこの瞬間も進んでいる。進めば進むほど寿命は削られていく。

「その時計の針を止めるということは、死という意味か、不老不死という意味か」

 不老不死など存在はしない。誰もがわかりきった言葉だ。すると必然的に死という形になる。
 運命という言葉は、決められた人生、世界という事と認識するしか無いように思えるだろう。

「違う。命を運ぶことを拒否することだ」

 肉体という器を親から貰い、精神という中身を周りの環境で育み、ヒトは成長していく。
 その精神は、ヒトをどういう道に歩ませるのだろうか。その一人一人になってみなければ、わからない。
 
「運命とは可視か不可視か」
 
 運命は目に見えない。ヒトが機械を使えるようになったとき、薬を発明したとき、運命に抗うことの意味を知った人間が増えたとき。
 誰もが理解する。運命とは見えないものだと。

――運命とは不可視である。すぐ先が見えないからこそ”未来”という言葉が生まれたのだから。

 

       

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