――空を見上げられるのなら、まだ諦めてない証拠さ。
――だからさ、歩き出してみようよ。
――自分が求めてるものの為にさ……。
―期間限定の僕ら10―
―エピローグ―
「さっさと行きなさい。後で私も行くから」
母がそう急かすが、正直なところ僕はあの学校に行きたくなかった。言って赤面しそうなほどのあれの話を聞くのは勘弁であるからだ。
「俺、後からじゃ駄目かな……?」
「大事な日に遅刻を許す母親がどこにいると思っているの?」
だよね、と苦笑しながらローファを履くと大して物の入っていないぺこぺこな鞄を肩に提げて玄関を飛び出した。
学校までそんなに時間は掛からないが、色々とゴネてしまったせいで正直本当に遅刻しかねない時間となってしまっている。ああやばいやばいとか口に出しながら僕は地面を蹴った。
○
「であるからして――」
非常に面倒臭いなぁこの校長の話。ほんの少し自分の中に潜む眠気が動き出すのを感じつつも必死に虚ろとなっているその目を校長に向ける。いや、むしろこれは寝るべきなのだろうか。
「では、これにて私の話を終わらせていただきます」
ああ、終わった、終わった。
少しだけ猶予の出来た瞬間に周囲が騒がしくなる。初対面の奴が多い筈なのによくそんな流暢に会話ができますねと言ってやりたい気分だ。
「……そういえば、この学校のジンクスって知ってる?」
「……え、なになに?」
ああ、そうだよな、その話で盛り上がるのは当り前だろうな。女子生徒であれば尚更話題作りにはもってこいだ。
僕は軽く耳を塞ぎながらうぅ、と呻いた。
――放送室の前で告白すると、恋愛が成就しちゃうらしいよ。
○
「少しだけゆっくりしすぎたかな?」
「いいんじゃないですか? 出席すると言ったらあの子すごく嫌そうな顔してましたし」
女性はそう言って微笑む。学生時代から変わらない笑みがそこにはあった。男性はそれを見てまあ嫌な顔の一つもしたくなるだろうなと苦笑した。
「まぁあの子の晴れ舞台なんですから、一生に一度だけの式ですからね。ちゃんと写真撮っておかないと」
「だな。」
礼服に身を包んだ二人は玄関の鍵を閉めると晴天の下を歩き始める。
「それにしても……」
男性が頭を掻いた。
「あそこの教師にはあまり良い顔されないと思うんだよなぁ」
「今でもきっと顔は覚えられているでしょうね」
「まあ流石にこの歳になったし笑い話で終わらせられると思うけど……」
ふふ、と女性は笑みを漏らした。
「まぁこの歳で怒られているあなたも少し見てみたいかな」
「本当になりそうだからやめてくれよ」
苦笑しながら男性はふと後方を振りむくと、玄関横の表札を見て、そうしてから今度は穏やかな微笑みを浮かべた。
「どうしたんです?」
「いいや、なんでもないよ」
そう言うと男性は再び女性の横に並び、そして彼女の手を取った。
玄関の横にある表札には二文字が丁寧な字で書きいれられていた
『綾瀬』
繋がれた手を振りながら男性はふと空を見てから女性に訪ねた。
「何故空を見上げるんだい?」
それを聞いて、女性は恥ずかしそうに視線を逸らし、そして呟いた。
「まだ延長し続けたいから、よ……」
男性は笑った。
女性も顔を赤くしながら、笑った。
完