Neetel Inside ニートノベル
表紙

自分流自己満足短編集
てろ子ちゃん2

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男「おかえ……じゃなかった。ただいまー」

男「いやぁ、まいったよ。バイトの帰り道に高校の頃の同級生とばったり会っちゃってさ……」

男「会ったは良いけど友達って言える程の中の奴じゃなくて、別れるまでの数十分間ずっと気まずい雰囲気120%で発狂する寸前だったよ!」

男「なにしろ、その相手が当時俺が一方的に好いてた娘でね。それに左手の薬指をよく見たら指輪がはめてあった訳ですよ」

男「いやぁ、人って変わるなぁって思ったね! あの娘がこんな早く身を捧げる人を見つけるだなんてねー」

男「いつものように軽く世間に絶望感を抱いた後に、一人トボトボと帰宅してきたって寸法さ」

男「やっぱりクラスに打ち解けないで、行く所まで行くとロクなこと無いね!」

男「ああ、誤解しないでくれよ? 俺にだって友人くらい……って、あれ。てろ子ちゃん?」

男「…………」

男「……てろ子ちゃーん?」

男「…………」

男「いないのか?」

男「…………」

男「……ふむ」

男「隠れてないで出てきなって。頼まれてた板チョコもちゃんと買ってきたぞー?」

男「この手のお菓子の大人買いなんて久しぶりにしたんだから。……ホラ、良いのかい? 俺が全部食べちゃうぞ?」

男「………………流石に全部は食べるのはインポッシブル的な面があると思うが」

男「…………」

男「あー」

男「……てろ子ちゃん?」

男「…………」

男「なんだ、やっぱりいないのか……?」

男「靴もないみたいだし、本当に出掛けてるのかな」

男「……暗くならないうちに帰ってくると良いんだけど」

男「………………」

男「…………」

男「……」


確か前は『匍匐で人が滅多に通らない様な道を自分で選んだ末に海の方まで行った』って言ってたっけ。その時は体中泥だらけにして夜遅くに帰ってきたんだ。今回もきっと同じような事だろう。

俺はそう心の中で確信しながらテレビの電源を付けた。





                    *  *  *





トゥルルルルルルル、トゥルルルルルルル、……ガチャ


男「あ、母さん?」

母「あら男じゃない。こんな時間にどうしたの?」

男「うん、それなんだけどさ。そっちにてろ子ちゃん行ってない?」

母「行ってないって……、もう外暗いけど家に帰ってきてはないの?」

男「なんかまだ帰ってきてないみたいなんだよね。前にも一度一人で遠出して夜中に帰ってきたことあったからさ」

母「随分たくましいわね」

男「ですよね。だからもしかしてそっちにいるのかなーって思ってさ」

母「あらそう。でもこっちには来てないわよ」

男「だよね……。流石のてろ子ちゃんも数十キロ離れた実家までは行かないよね……」

母「いくらたくましくても、まだ子どもなんだから…………あら…………」

男「ん、……母さん?」

母「………………」

男「…………?」

母「て、てろ子ちゃん……あら、そう。分かった分かった」

男「え?」

母「……え、えーっと」

母「ああ、ごめんなさい。えぇと、てろ子ちゃんなら自宅の方へ戻ってるらしいわよ」

男「自宅? だから俺の家には帰ってきてな――」

母「誰が男の自宅って言ったの。てろ子ちゃんの自宅よ」

男「……え、あ、てろ子ちゃんの自宅って」

母「そ。男の実家のすぐ隣の所。どうやら何か用事があって一旦こっちに戻ってきたみたい」

男「……あ、あぁ!そうか! なら良かった」

母「明日にはそっちに帰るみたい。『心配かけてごめんなさい』だって」

男「うん、無事でなによりだよ。本当に心配したんだから……」

母「あとでそう伝えとくわよ」

男「別にいいよ。照れくさいし」

母「それもそうね。……それじゃ切るわよ」

男「んん、分かった。それじゃ――」

母「――ああ、男?」

男「へ? なに?」

母「あんたも色々大変ね」

男「え、どういう意味?」

母「なんでもない、こっちの話。 じゃあ頑張りなさいよ!」

男「えぇ、あ、うん」


……ガチャン


男「一体何を頑張れと……」

男「それにしても、まさかビンゴだとは思わなかったな」


男「……つーか、たくましいってレベルじゃねーよ」



俺はその後すぐに買ってきた素材を簡単に調理し、ダイニングテーブルへと並べ、晩飯を食べた。
テレビの音がなんとなく大きく感じられ、いつもと比べて寂しくもある晩飯だった。





                    *  *  *




男「ふぁああぁ」

男「そろそろ眠くなってきたな……。テレビもあんま面白くないし……」

男「あー、ねむ」

男「…………」

男「……ッ」

男「うあぁあぁぁぁぁああああっ!」

男「あぁ! うあああぁ!」

男「ああああああああぁぁぁあぁぁぁあああぁあぁ!!」

男「ハァハァ……ハァ……」

男「いや、ここで寝たら駄目だ! 明日は数少ない『バイトのシフトが無い日』なんだ!」

男「言わば、フリーダム! もしくはリバティー! そしてヴァーリトゥード!」

男「そう!」

男「ならばする事は一つに絞られるだろう、俺!?」

男「『極限にまで休日を堪能する』……これしかないッ!」

男「だったら……そうだな……」


今から好きなことをする

窓から朝日が差し込むまで堪能する

学生たちが勉学に励む頃まで堪能する

結局、太陽が傾く頃まで堪能しちゃう

寝ないと疲れがとれないや(通称NTT)

そんな早くに寝れるかアホ

NTTあえなく断念

夜までうっひょう

朝までうっひょう

NTT

バイト遅刻


男「whoops」

男「なんという駄目スパイラル」

男「いや待てよ……?」

男「…………」


夜までうっひょう

朝までうっひょう

NTT

気合、頑張る

バイト


男「…………行けるッ」

男「そうと決まれば話は早いな……」

男「湯でも沸かして優雅かつ大胆にコーヒーでも飲みながらネットサーフィンでもしようじゃあないか」

男「待ってろバーチャルワールド! そしていざ行かん、冒険の宇宙へ!」

男「うおお!!」

男「………………」

男「…………」

男「……」




                    *  *  *





六杯目となるコーヒーが冷めてきた頃、俺は確実な体の異常に感づいていた。
じわじわと肉体と精神を蝕むもの。人間の三大欲求に属するそれだ。


男「性欲止まんないね!」

男「いや違う。断じて違う。眠いんだよ」

男「いつもは……こう、眠くて眠くてたまらない時に限って興味を引かれるスレとか見つけるはずなのになぁ」

男「仕方ない。この間ZIPで落とした深海魚画像でも見返すとするか……」

男「…………」

男「…………」

男「おっほ、気持ち悪ゥッ!」




                    *  *  *



男「ふぁぁああ……」

男「…………」

男「だ、駄目だ! 今は好奇心よりも睡眠欲の方が強いというのかッ!」

男「フクロウナギの口内を見るだけじゃ……凌げないだと……?」

男「あの魅惑のフォルムに吸い寄せられるように、以前は寝る間も惜しんで画像収集した俺の探究心はこれまでってことなのか……!」

男「そうか、これまでなのか」

男「あー」

男「眠いな」

男「寝ようかな」

男「…………」

男「寝てられっかァ!」

男「寝ている間にも心臓は動くんだぞ!? 寝ている間にも時計は動くんだぞ!」

男「寝ない寝ない寝ない!」

男「…………」

男「……眠い」

男「くそぅ、瞼がぐいぐい降りてきやがる……」

男「風呂でも入れば目ェ覚めるかなぁ」

男「んー、沸かすの時間かかるうえに面倒だからシャワーにするか」

男「うん。気持ちの入れ替えだ! シャワーでも浴びて眠気スッキリ身体サッパリだ!」

男「そうするか」

男「…………」

男「どっこいしょ」

男「……あ、どっこいしょって言っちゃた」


眠気のせいでふらつく体をどうにか制御し、重い足取りを風呂場へと向ける。
少しでも眠気が無くなればいい。俺は必死だった。





                    *  *  *




男「ふいー、サッパリしたぁー」

男「でも、体が温まることによって眠気が増してしまったのは思わぬ誤算だったな」

男「サッパリした代償がこれならば仕方ないのか?」

男「もういいや」

男「さてと、フクロウナギの次はメガマウ――おっと、あぶね」

男「…………」

男「酔ってもないのに千鳥足になってるとか、……相当身体にきてるとみた」

男「……」

男「…………寝るか。メガマウスは後日にして」

男「そろそろ限界近いし……な。もう寝てしまおう。夢でも見よう」

男「……少し前までは夜更かしなんて全然平気だったのにな」

男「疲れてるのかな、俺」


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T『おーとーこー! ちょっとこっちきてぇー♪』

男『どうしたのてろ子ちゃん。そんな歓喜極まる表情で』

T『ちょっと男に渡したいものがあってさ! 早く早くぅー!』

男『……え、えー? ちょ、なに?』

T『えいッ♪』

男『――なッ!?』


安易に彼女の元へ近づいた自分を後の自分は呪うだろう。俺にはあの時てろ子ちゃんの手元から瞬時に放り投げられた黒い筒状の物がハッキリと見えた。そして、可憐なフォームの飛び込み前転で隣の部屋へと韋駄天の如く移動する彼女の姿を。

刹那。眼球を焦がすかのような鋭い光。同時に耳を切り裂くかのように轟く音。


男『な、何も見えないッ!?』

T『       』

男『それに何も聞こえない!!』


視界に広がるのは一面の白。耳に届くのは耳鳴りのような高い音と、てろ子ちゃんの可愛らしい声……のようなもので、実際喋っているのは分かるが内容までは理解できない。


男『てっ、てろ子ちゃん!? アンタ一体なにしたの!?』

T『                    』

男『ハァ!? 何言ってるか分からないよ、てろ子ちゃん! ていうか聞こえないッ!』

T『             』

男『目が、目が……』

T『                        』

男『ちょっと待って、今そっち行くか――痛ァッ!? 何か足にぶつけたァッ!!』

男『ちょっ、てろ子ちゃん! どこ!? どこにいるの!?』

T『      』

男『てろ子ちゃん! てろ子ちゃーんッ!!』

男『いやぁああああああああぁあぁああ!』


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男「…………」

男「疲れてるな、俺」

男「夜更かしを犠牲にして飽きの来ない生活……か……」

男「…………それもいいかもな」

男「……」

男「んー」

男「……寝るか」

男「という……か、もう限界」

そうだ。あと数時間後にはてろ子ちゃんが帰ってくるんだ。夜更かししてぼろぼろになった身体をさらに細かくぼろぼろにされたら、本当に身体がもったものじゃない。ケータイを充電するように寝ないことで疲労が蓄積されていくのなら、今は喜んでベットに横になろうじゃないか。乳酸なんかクエン酸で分解してやる。

理由はどうであれこの欲求を満たせれば、もうどうでもいいのかも知れない。『寝たいから寝る、眠たいから寝る』それだけで良いじゃないか。人間だってアニマルなんだ。


…………。
いや、だからね? アニマルとかそういった類はどうでも良いんだよ。口数並べた屁理屈でしかないんだからさ。結局、俺は寝たいから寝る……となるとさっきと言ってること一緒じゃあないか。とにかく哲学的にそういうことを言っている訳でなくて、


男「たんなる本能?」

男「Yes! 本能!」


自分でも何考えてるか分からなくなってきたけど、もう面倒だから別にいいや! 人間、眠気がピークいに達すると思考や言動が少し(大分)おかしくなるみたいだ。
だったらもう寝よう。しつこいようだけど寝よう。

そう! 今まさに俺の身体がゆっくりと脱力していき、ヘヴンという名のベットへ倒れこm



ぎょむ

*「ぬぎゅー」

男「……え」


ベットに沈みかけていた俺の上半身を迎えてくれたのは、柔らかな羽毛布団の感触……ではなく、その羽毛布団の中に埋まっている不可解な感触だった。そして、この声の主。俺はこの声の主を知っていた。

*「ぬぐあー……」

男「あー……?」

男「え、あ、……て、てろ子ちゃん?」

T「うあ、見つかっちゃったか。 むぅー、ばれないと思ったのにー」


布団の中から顔をひょこりと出し、両足を無邪気にバタつかせながら彼女は100万ドルの笑みをを俺に向けた。


男「な、なんで……。あれ、今あっちにいるはずじゃあ……?」

T「男に逢いたくてワープしてきたのさっ」

男「ワープ……?」

T「そ、ワープ。某宇宙戦艦がやってるような奴だよ。人間本気出せばワープも可能だってことなんだよっ?」

男「さいで……」

T「そこはつっこんでくれると良かった」

男「…………」

T「冗談はここまでにしてっ!」

男「はい」

T「一昨日の金曜ロードショーで『プ○デター』っていう映画やってたよね!?」

男「やってたね……。俺は飽きるほど観たから、その日は観なかったけど……」

T「プ○デターとかコマ○ドーとかの映画の類はジ○リ並の周期で繰り返すもんねー」

T「まあ、それで奴らの使うステルス能力に憧れた訳ですよっ!」

男「はあ……」

T「それで、今日は屋内隠密訓練も兼ねてプレデターごっこやってたんだよ?」

男「…………じゃあ、今日母さんが言ってた事は……?」

T「それはねー、この小型無線機で男のお母様に連絡したのっ! 『隠れてるから誤魔化しといて』ってねっ♪」

男「そういうことだったのか……」

T「もともと朝まで見つからなかいようにする予定だったんだけどねー」

T「それにしても、男が実家に電話かけた時はどうしようかなぁ……って思っちゃった」

T「気まぐれでこの無線機の対の方を、男のお母様に渡していなかったらもっと早く見つかってたかなー」

T「えへへっ、どっちにしても今ここで男に見つかっちゃったんだからあんまり関係ないかっ♪」

男「…………」

T「でもくやしいなぁ~。わざわざトイレとかお風呂場とか、隣の部屋のクローゼットの中とか男の行動を確認しながら場所選びもしてたのにぃ……って、男ー? 聞いてるー?」

男「…………」

T「も、もしかして怒ってる……?」

男「…………」

T「おお、怒ってるよね! 当たり前だよね……!」

T「あ、あう……」

T「し、心配かけちゃってごめんなさいぃ……」

T「一度どうしてもやってみたくて……ね」

T「だから、ごめんなさいぃっ!」

男「…………」

T「…………ッ!」

T「…………」

T「…………男……?」

T「…………」

T「…………」

T「あー、男?」

T「………………」




男「スー……スー……スー……スー……」

T「ね、寝てる……」

T「…………」

T「うーん」

T「と、とりあえず自分の部屋にでも戻ろうかな」

T「うん。そうしよう!」

T「…………よっと!」

T「起こさないようにそーっと、そーっと」

T「……そーっと、そーっと……。よし後もう一歩……」

男「……うぅん」

T「えっ? うきゃぁっ……!」

男に対する警戒を一瞬解いたその時だった。突如伸びてきた二本の腕が私の身体を掴み、包める様に捕らえたのだ。抱き枕をぎゅっと抱くのと同様に、男に『抱かれている』といった状態だ。


T「おっ、男!?」

男「…………」

T「お、おーとーこー?」

男「…………」

男「残念。それは私のお稲荷さんだ」

T「そ、そう」

男「クー、スー……スー」

T「寝てる、というか寝ぼけてる……?」

男「スー、スー……」

T「ふんぐぐぐ!」

T「うー!」

T「うぁ……ッ!」

T「…………うう、ビクともしないよぉ」

T「……むぅ」

T「………………」

T「…………」

T「……」

T「あうー……」

T「しっ、仕方ないなぁ……! ホントにもぉー!」

T「こんな恥ずかしいことっ、……こっ、今回だけなんだから!」

T「……絶対しないんだから」

T「あううぅ……」

T「………………………」




T(………………あったかい)






                    *  *  *






男「うぉおおぉぉおおおぉおおッ! おはヨーロッパ連合ゥッ!」

T「んぅ……、うん?」

男「おはようてろ子ちゃん! 気持ちの良い朝だね! 正確に言うと気持ちの良い昼だねッ!」

T「うぅー、おはよー。……ていうか何でそんなテンション高いの? 何かいい事あった?」

男「しいて言うのなら悪い事があったよ! しかし、今の俺はネガティブな思考になると死んじゃいそうだから意図的に良い事があったと自分に思わせているんだよ!?」

T「な、なにがあったの?」

男「なぁに、とても単純な事さ。それはてろ子ちゃんが目覚めるつい30分前の出来事」

男「ケータイの着信音で俺は目覚めた。電話に出てみればバイト先の店長がものすごい剣幕でなにか怒鳴っているじゃないか」

T「なんて言ってたの?」

男「『テメ、なんで店に来ねぇんだよクソが』って怒鳴られた。いい歳して怒鳴られた」

男「あれだな。今までシフト無いって思ってたけど実はあったというねッ!」

T「つまり?」


男「バイトクビになったよ!」

T「やったねたえちゃん!」

男「いや、そのネタはどうかと思う」

T「ふわぁぁ……、ねむたいぃ……」

男「…………」



男「あー……」

男「死にてぇ」

T「むしろ、生き地獄を味わおうぜ?」

男「そうする」



妙にリアルな葉巻を吸う仕草をするてろ子ちゃんに、俺は素直な肯定の意を表した。




―fin―




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時刻は時計の短針が7を指した頃のこと。



T「ねー男ぉ、この残った肉じゃがどうするー?」

男「ん。適当にラップして冷蔵庫に入れててくれ」

T「あいあいさぁっ!」

男「んじゃ俺は皿洗いでも……っててろ子ちゃん? そこ冷凍庫ね?」

T「おっとミステイク」

男「しかもそれラップじゃなくてアルミホイ――――」


ドゴォォォォォンッ!


T「きゃああっ!」

男「――なにィッ!?」


だんだん日常となってきた二人(男こと俺、てろ子ちゃんこと幼女)で食べる夕食の後片付け。
そんなほのぼの雰囲気漂うこの場に、突然大音量の破壊音が玄関の方から響いてきたのだった。





                    *  *  *



男「あ、うぁあ……」

*「Enemy Spotted 」


何事か、と覗き行けばこの有様だ。
どうやったのかは分からないが、我が家への訪問者を迎える扉は面白いくらいに粉々のばらばらになっていたのだ。それだけではなく、被害が玄関を越えてその先のリビングへ繋がる廊下まで及んでいる。何かもう全てがぶっ飛んでいて俺は笑ってしまいそうだった。


男「うはははっ! ヒヒ! アッハハハハハハハハハァッ!!」

*「don't move 」


笑ってしまった。……仕方あるまい。
大体目の前のこの男は一体全体誰なんだ? ガスマスクのようなもの顔面に装着し、スリムな体型をごつい装備で補うかのような奇妙な外見。迷彩服に付けられたありとあらゆる武装は俺にはよく分からないが、映画やTVで見るような特殊部隊のような格好。いわゆる『完全武装』というべきかなのか。治安の良さで世界から一目置かれている我が国日本に、全くもって合わない……というか浮世離れし過ぎている姿をした男が俺に向かってポンプアクション式の大口径大型銃をむけているじゃないか。

ムケテイルジャナイカ。


男「アハハハ、……あはは――」

*「Don't fuckin' move !」

男「――ヒィッ!?」

男「…………」


のび太のようにオドオドびくびくとしか出来ない自分が全くもって情けない。沈黙シリーズのスティー○ン氏なら、構うことなく突っ込んで鳩尾に強烈な蹴りを食らわしつつ、相手の持っている銃器を奪って逆に相手を撃ち殺したりとかするんだろうけど、残念ながら俺にそんな戦闘能力は無い。というか俺は一般人であって、都合良くスペツナズ隊の対近距離暗殺術を心得ていたりなんてことは無いのだ。


男(やばいやばいやばいやばいやばいやばい)

男(意味分んないし、めちゃくちゃ怖い! ホントに何なんだよ!?)

*「…………」

男「わぁあああっ、ちょっと待って! アンタこそドンムーブだよッ! 人が切羽詰まってるっているのに銃構えながらじりじり来ないでよッ!」

*「…………」

男「ここは話し合いでもして……って駄目だ。これじゃ死亡フラグを立ててしまう! ああああッ! 来るなァ! こっち来るなァッ!」


また新たな死亡フラグを立ててしまった時に気がついた時に、軍人格好の男は既に玄関から土足で家にあがり、俺の目の前まで来ていた。


*「…………」

男「…………あ、あぁ」

男(やばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 撃たれて死ぬ負けて死ぬ殺されて死ぬゥッ!)

男(やっぱり俺はのび太なのか? のび太だったのか! だったらせめて――)

男「――劇場版が良かったよォォォッ!」

*「Die」

男「うぁあぁあぁあああぁあぁああっ!」


その時だった。
俺の耳は確かに後方から聞こえる軽い足音を捕えたのだ。そして俺は反射的に振り替える。


男「ジャイアンッ!」

T「誰がジャイアンだ」


――――ダンッ! ジャキ、ダンッ! ジャキ、ダンッ!


男「は?」

T「え?」

*「Enemy Down 」


乾いた破裂音と共に視線の先にいるてろ子ちゃんの姿が大きくぶれる。背中に続けて三つ、突き刺さる様な痛みが走った。


男「ぎぁっ」

T「お、おっ、男ぉー!?」


『撃たれた』と理解するまでには少し時間が掛った。自分の意志とは関係無く、突然糸が切れたあやつり人形よろしくばったりと俺の身体はその場に力なく倒れる。パニックに続くパニック。今すぐにもこの場を逃げ出したいが指先すらピクリとも動かない。


男「あ、あ……、あ」


貧血の時のように視界がどんどん狭まって行く。

なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
…………あ。

俺は確信する。


男「………………………死?」


口に出して改めて怖さを感じる。死ぬのか? 俺、死ぬのか……? 
嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。
というかぼやけるな視界! もう少しちゃんと働け!
撃たれた意味も分からんのに死んでたまるか。
まだやりたいことだって沢山あるのに死んでたまるか。
第一、無職童貞で死ぬとかカッコ悪すぎだろうが。
何か職に就いて母さんを安心させてから死ねればいいんだよ。
風俗にも行かないで童貞捨ててから死ねばいいんだ
死ぬ訳にはいかんだろうに。

……なのに、

それなのに何故遠のくんだ。意識よ。
意識が無くなったら亡くなるってか。笑えねーよ。
待て待て、ホント頼むから死なないでくれよ?
死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな。
頼むから本当に。
死ぬな死ぬな死ぬ死―――


*「てろ子! 心配したぞ!」

T「て朗にー……、撃っちゃ駄目だよー……」


――――え?


*「Friendly Fire ?」

T「そー」

*「ショーン・レノンの出したアルバムと違うぞ」

T「知ってるー」

*「……あぁ」


*「Hostage down 」

T「それも違う。 男は私の人質なんかじゃないもん!」

男「……いや、それは少し当たってる気がする」

*「Laugh Out Loud 」

男「ちっとも可笑しくねーよ」 




その一言を最後に俺の意識はロストした。





                    *  *  *



男「……それで? 家の玄関を破壊した揚句、俺の背中に深刻なダメージを喰らわせた君が……」

*「はい」

男「てろ子ちゃんのお兄さんの……」

兄「て、て朗と申します」

男「あぁ、うん、分かった。ありがとう」

男「ふー」

兄「…………ッ!」

兄「……こっ、この度はっ、本ッ当に、申し訳ありませんでしたッ!」

男「分かった分かった。そんな深々と頭なんか下げなくていいから」

兄「はっ、はい! すみません!」

男「…………」


男(また、やっかいなのが……)



見れば分かると思うが俺は死んでない。
あんなに禍々しい物を向けられて三発もぶっ放されたにも関わらず、自分でも不思議なくらいピンピンしている。偶然持っていたライターやロケットが身代わりにでもなった訳でもないのにも関わらず、俺は生きていたのだ。


男「ウィイイアアアアァァ、リヴィィィイィイイイーングッ!!」

T「え?」

男「ごめん。言ってみたかっただけ」

T「うん」


何故だ。何故だろう。

答えは簡単だ。



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時間は俺が目覚める所まで遡る。



兄「申し訳ありませんでしたッ!」

男「……へ?」

T「男! やっと気が付いたぁ!」


意識が覚醒してすぐに、俺は目の前にいたガスマスク男に謝られた。同時にてろ子ちゃんが俺の身体にぐりぐりと寄ってくる。


兄「てろ子の保護者代わりのお方とは知らないで……ぼかぁ……、ぼかぁ、てっきり不審者か何かだと勘違いしてしまってッ……!」

男「え、ああ、うん」


すり寄ってくるてろ子ちゃんを右手で制しながら、未だ飲み込めない現状を理解しようと俺は必死になる。


兄「お身体の方、大事に至らなかったのが、なによりの幸いですがッ……!」

男「……え?」

兄「本当にすみませんでしたッ!」

男「うん、それはまず良いんだけど。……あれ?」

兄「どっ、どこかまだ痛みますかッ!? それともやっぱり背中が……」

男「そう、背中が痛いんだ! ……痛いんだけどさ」

T「んむぅ? どうしたのー?」

男「俺……、なんか生きてるけど?」

T「……ん?」

兄「え?」

男「…………?」


なんですかこの空気は。今日一番の俺の問に対してなんで皆疑問符なんだよ。
おかしいのは俺なのか。それともこいつらなのか。

兄「え? あぁ! それでしたら……」


ガスマスク男は、迷彩装備の服にしつこい程付けられた数あるポケットの中の、一つに手をごそごそと突っ込み、気持ち楽しげに俺の方へと突き出してきた。


男「なにこれ?」

T「ごむだん」

男「ゴム……?」

兄「そうです。 一般的にショットシェルの中には小さな弾丸――つまり散弾が入っている訳ですが、これはそうではなく、弾頭が硬質ゴムになってるんです」

男「あ、そうだね」

T「これはね? はんにんちんあつようで使われる弾なんだよ」


犯人鎮圧用。
やはり、おかしいのは俺じゃなかった。


男「つまり、死なないようにできてる弾を俺に撃ったってこと?」

T「んーん」


てろ子ちゃんは怪訝な顔をして首を横に数度振る。


T「たまに死んじゃうみたいだよ?」

男「なぁっ……!?」




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なんにせよ俺は生きていた。暴徒に見間違られた上、キツイのを三発も撃ちこまれたけれど、俺は生きていたのだ。南無南無。





                    *  *  *




喉元過ぎればなんとやら、と昔の人は言ったものだ。そのありがたい言葉通り、俺は、初対面で大口径の銃器を有無を言わさずぶっ放してきたガスマスク野郎とすっかり打ち解けていた。
根に持つことはない。人間、誰しも間違いはあるものだ。その弱さに付け込むなんて俺はどうかと思う。それもこんな見た目道理ではない内面の彼は、意外に意外だがかなりの好青年だったのだ。礼儀もきちんとなっていて、いくら社交辞令だと思ってもすこし感心してしまうほどの若者だったのだ。


狭いテーブルの上を二人で囲み、お互いの誤解を解き語り合っていて分かった事は、彼は妹が帰ってこないことを心配に思い、俺の家へとわざわざ足を運んできたということ。その際気が付いたら大惨事になっていた……とのことだった。


男(妹思いのお兄さんなんだな……)

そう思えば全てが片付く。片付いてしまった。
というか順応してしまったのか?


兄「でも、てろ子を看てもらってる人が、あなた見たいな人でよかったです。てろ子、迷惑掛けてないですか?」

男「迷惑掛けてない……って言ったら嘘になるけど、まあ、大丈夫。責任感じて少し恐縮する所もあるけど、何だかかんだで楽しくやれてるし、問題ないよ」


冷蔵庫に予め冷やしておいた缶コーヒーを二人で飲みながら、俺はそう答える。
最初は会話に参加していたてろ子ちゃんだったが、会話が長引くにつれてつまらなさを感じたのだろう。お茶の入ったペットボトルを手に、テレビの前へと行ってしまった。


兄「とにかく、後どの位になるか分かりませんが、てろ子をよろしく頼みます」

男「おう。まかされたよ」

兄「いたずらもすると思いますが、基本的にいい妹だと自負してま……」


豆鉄砲を食らったかのようにて朗の声がぴたりとやむ。


男「ん。どうした?」

兄「……あー、男さん。トイレ借りていいですか?」

男(なんだ、トイレか)

男「おう、構わないよ。そこの扉開けてすぐ左な?」

兄「す、すいません。では……」

男「あいよ、ゆっくりなー」

兄「はい」


そう言うとて朗は扉を開け左に向き直る。そして、トイレの個室の中へと入って行った。


男「ふぅ……」


空になったコーヒーの缶を右手で弄びながら俺はてろ子ちゃんの方へと視線を移す。
うつ伏せになりながらテレビを見ているのだが、時々気まぐれにパタパタと動かす両足が妙に愛らしい。


男「……」

男「ねぇ、てろ子ちゃん」

T「なぁに?」


テレビに集中しているのか、てろ子ちゃんは振り返らず答える。


男「てろ子ちゃんのお兄さんって結構いい人みたいだね。なんか最初は見掛けで正直引いてたんだけど……うん。いい人みたいで良かったよ」

T「みんなそう言うんだよねぇー……」

男「え?」


それはどういう事なんだろうか。普通に接するけど、実は内面は黒かったり……という意味なのか。それともてろ子ちゃんが呆れるほど良い人という意味か? 俺は確かめずにはいられなかった。


男「それってどういうこと……?」

T「…………」


確認する俺の方を向き、にまにまと笑うてろ子ちゃん。……そのリアクションは一体?
すると彼女はこう言った。


T「……知りたい?」

男「え、ああ。うん。そりゃどんな人なのか知りたいさ!」

T「そうだよねーっ! うん。それじゃあ、……そうだっ! その空き缶を床に落としてみてよ」

男「空き缶を? なんで?」

T「良いから! 知りたいんでしょうっ!」

男「そりゃーね。うん」

T「だったら、ホラ早くその空き缶を床に投げ捨てて!」

男「分かった分かった……――それっ」


てろ子ちゃんの言う通り、俺は先ほど飲み終わって空になった缶を床へ投げ捨てた。
カランカラ…………コロコロコロコロ………
床との接触で当たり前のような軽い音を奏でる空き缶。音を立てたあと、足もとを転がり少ししてピタリと音も動きも止まる。


T「…………あちゃー、男ォ……」

男「……え?」

T「後悔しないでよねぇー」


目の前の幼女は、「やったよコイツ」を言わんばかりの視線を送ってくるのが分かった。







*「grenade!?」







男「てろ子ちゃん」

T「んぅ?」

男「気のせいかな? 今何か聞こえ――」


問いかけた次の瞬間――


バゴンッ!!

兄「Incoming!」

男「なっ?」

兄「Enemy Spotted」


喧しい音を立てて扉が開け放たれた。それと同時にトイレに行っていたはずのて朗が身を低くして部屋に素早く入ってきたのだ。
瞬く間に俺の真後ろまで接近。そして後頭部に突き付けられる冷たくも重い何か。
何となく予想は出来るが、したくない。したくないよっ!?


男「えっ!? はァ……!?」

T「おっとこぉー! ふぁいとー!」

兄「Yeah goodkill, goodkil」


またこの展開か? と、思い浮かべた時にはもう遅かった。 
右手の親指をびしっと立てて満面の笑顔のてろ子ちゃんが視界に映ったのを最後に、本日二度目となる硬質ゴム弾によって俺の意識は宇宙の彼方へ飛び立つことになった。





                    *  *  *



男「はぁー、ひどい目にあった……」


今時自主的に土下座する若者も珍しいと思うが、現に今日俺は見た。
さきほどの硬質ゴム弾は、てろ子ちゃんの話によると、脳天直撃ヘッドショットってな感じで、気持ちいいくらいスパァっと決まったらしい。今までの自分の記憶をきちんと持っているか少し不安なくらいである。

1+1=2 2+1=3

よし、演算機能の損失は無いみたいだ。
……ボケはここまでにしておこう。

謝られるのも結構気を使うもので、明らかにあっちに非があるのに、あんなに謝られるとこっちが悪いことしたみたいになってしまう。そのへんどうなんだろう。どうでもないか。

とにかく!
ごたごたした物事が片付き、そろそろ時間を持て余していた頃。
俺は久々に引出しからゲーム機を確保し、気の向くままに遊んでいた。


男「うあ、そうだった。ここで詰まってて積んでたんだよなぁ」


昔はレベル上げなんてことをよく知らなくて、ボスへ一直線に突っ込んでいたあの幼い頃。よく飽きもせずボスに負け続けてきたものだ。だけれどそれも今日で終わりだ。経験を積んだ俺は道具を揃えることと経験値をためる事を学んだのだ。


男「勇気と根気さえあればなんでもこなせると信じていたあの頃の俺とは違うんだ!」

兄「男さん。何やってるんですか?」

男「おぉ」


ボスへ行く前に宿屋でセーブ。そんな時にてろ子ちゃんの兄である、ガスマスクのせいでイマイチ感情が読み取れないて朗が俺の部屋へと突然やってきたのだ。


男「ゲームだよ、ゲーム。て朗はRPGとか好き?」

兄「RPGですか! いやー、好きですよ。大好きです!」


未だ謎な部分が多い(それはてろ子ちゃんも同じことだが……)が、なにやらこの話題は好感触の様子。意外な共通点を見つけた俺は黙っちゃいなかった。


男「お、何か意外だね。どんなのが好きなの? ドラ○エ? それともやっぱり大道のF○?」

兄「ドラ……? ちょっと分からないですね。初めて聞きましたよ」

男「あれ? 知らないのか……? 日本で大道RPGっていったらそれなんだけどな……」

兄「――にっ、日本にもRPGが!?」

男「うわぁ、びっくりした。 いやぁ、そんな大声出して驚くようなことかな。むしろ常識なんじゃ……?」

兄「僕、RPGって言ったら国内ではなく海外だと思ってましたよ!」

男「いやいや、日本にもRPGはあるさ」

兄「ほ、本当ですか……」

男「うん」

兄「……まさか……まさか国内にもRPGがあったとは……、正直驚きです……」

男「え? ああ、日本も昔からスク○アとか有名じゃあ……?」

兄「スク○ア……。それも初耳ですね! RPGって言ったらロソボロンエクスポールト社って思ってました」

男「ろ、ロソ……? あは、あははは、……て朗が言っている奴って洋モノなのかな。俺ちょっと分からないや」

兄「そうかもしれませんね!」

男「だ、だよねーっ」

男「…………」


おかしいぞ?
何か話が変だ。俺が変なのか? いや、違う。
この違和感は何だろう……、妙な食い違いと言うか、なんというか。


男「……えっと、て朗くん? つかぬ事をお聞きしていいかな?」

兄「……? どうしたです? そんな改まって」

男「あー。て朗。RPGってどんな風に『やる』のかなっ?」

兄「え? 『やる』……?」

男「ああーそうか」


俺は確信する。
というか、分かってしまった訳で……


兄「……?」

男「あああっ!」

男「男さん?」

男「ああーっ!」

兄「ど、どうかされましたか?」

男「…………」

兄「……お、男さん?」

男「あぁっー! もうッ!!」

兄「!!」

男「やっぱりそうか! もうこの際、『play』でも『do it』でも『shoot him』でも何だっていいよッ! なんかさっきから妙に話食い違ってるし、第一、俺にだってRPG-7って言う対戦車兵器があるって知識ぐらい持ってるんだからなッ!! 『ロケットプロペラグレネード』だっけ!?」

兄「英名ではそうですね。またの名を、ルチノーイプラチヴァターンカヴィイグラナタミョ――」

男「うるせぇっ! 変な呪文はエロイムエッサイムで十分だッ!」

兄「ごっ、誤解です! これは開発国であるのドイツ語での名称であってですね?」

男「んなもん知るかァッ!」

兄「男さん! お茶でも飲んで落ち着いて」

男「落ち着けるかよ! それでも一応聞かせてくれ! それを一体全体何に使うんだよ! 妹君のように我が家をフッ飛ばす為か! そうなのか!? 今一度問うが、何に使うんだよ! その物騒な物をヲヲヲヲヲッ!!」

兄「うんと高く飛ぶためです」

男「…………」


俺の脳の中の何かがピクリと反応する。
なんだって? 『高く飛ぶ』だって……?


男「…………」

兄「ど、どうしましたっ……? 男さん?」

男「てめェ、おいコラ」

兄「はっ、はいぃっ!? なんでしょうか!?」

男「まずは、だ。まずは何も言わずに俺の話を聞け。分かったな?」

兄「はいぃっ!」


て朗を制し、俺は深呼吸をする。


男「いいか?」

兄「はい!?」

男「この世はどこかのソースエンジンやアンリアルエンジンで動いてる訳じゃないんだぞ? 今の世代のFPSプレイヤーに欠けている重要な事を思い出させてくれたのは大いに感謝する。するけどな?」

男「この世界はな……、太陽光の反射がハイダイナミックレンジレンダリングのおかげで綺麗なんじゃないんだ。そして、普段目にする水面もピクセルシェーダの技術が発達しているおかげで鮮明に見えるわけでも何でもないんだよ! カナテコで世界が救える訳でもないし、自分に向って矢を撃てば蘇るわけでもないんだ!」

兄「……男さん」

男「そっ、それに! ジャンプを繰り返せば車を凌ぐ速度になることなんてないし、サンドウィッチ食べたり水筒の中身飲んだりするだけじゃ駄目なんだよ……死んじまうんだよォッ。 この世界では曲がり角でリーンもカッティングバイもしなくても良いんだよ!」

兄「男さんッ!」

男「黙ってろォッ!! 今俺は――」

兄「口を閉じるのは男さんですよッ!」

男「な……」


一喝されて俺はふと我に返った。半ば嫌気がさすほどの機関銃のような口頭もそれと同じく止まる。


兄「男さん」


目の前のて朗の顔はガスマスクで表情はこそ見えないが、声色でどこか寂しげな感情を感じさせた。
ゆっくりと一呼吸。その感が無限にも感じられた時、て朗は唐突に口を開いた。


兄「眼を瞑って、そしてもう一度瞼を開き、この世界を見てください。どこにでも有り触れた様な日常が馬鹿みたいに転がっているじゃないですかッ!」


当たり前の日常。てろ子ちゃんの破壊行為以上に心身にくる腐った日常。
目を背けたい。だが、て朗はその逆を言ったのだ。


男「そ、それがどうしたっていうんだ……」

兄「目を逸らさないでください! もっと見るんですよ、この世界を……」


少し抵抗があったが、俺は当たりを見渡す。
俺の家。俺の部屋。テレビからは当たり前のように時間が静止した世界からの音楽が流れている。


男「な、なんだよ、やっぱりなにも――」

兄「男さん!」

男「!! ……分かったよ」


年下の同姓に怒鳴られるのも癪な話だが、俺は言われた通り、先ほど同様に当たりを見る。


男「…………?」

兄「ただ見続けてください。この世界を」

男「――? ……ああ、分かったよ」

男「…………」

兄「…………」

男「…………」

兄「…………」

男「…………?」

兄「…………」


おかしい。何かが視線の先にチラチラと見えだしてきた。
て朗の言葉によるプラシーボ効果によってだろうか、幽かだが確かに俺の視線の中央に、何かが見え始めてきたのだ。


男「………………」


どこかで見たことがある、懐かしい何か。これは何なんだろうか。


男「………………」

男「……………………」

男「…………………………ッ!」


そうだ。


男「………………あっ」


これは――


男「……!」


この十字は――


兄「見えましたか? いや、見えましたよね。見えたはずです」

男「ああ、見えた」


無意識のうちに頭を縦に振り肯定を意を表してしまう。そう、これは、クロスヘアーだ。
FPSのゲームの照準となるクロスヘヤ―は、眩い物を見て眼球に焼きつく後のように、しっかりと俺の視界中央についていたのだ。


男「…………」

兄「そうです。僕は男さんが何を悟ったかは知りません。だけど、僕たちの志は行程がどうであれ……」

男「――ただ一つ、だな」 

兄「男さん!」

男「て朗。 ……俺、何か見落としてたみたいだ。日常という闇に飲まれて、俺の眼はすっかり曇ってしまっていたんだと思う。だけどその曇りは……て朗。君が葬ってくれた」

男「……ありが――」


礼を言おうとする前に、て朗は自分の人差し指を立たせてマスクの口元へと持っていく。


兄「礼は全てが終わってからにしてくれると嬉しいです」

男「…………。ああ、そうだな。なら後に取っておこう。俺たちにはやるべきことがあるからな」

兄「はい!」


旅立つ時は今だ。そう言うように、て朗は俺の言葉に同意する。


兄「すっかり忘れてましたね。男さん、これを……」

男「おっと」


不意に俺の手元に投げられた鋼鉄の物体。これは学校の木工室などではお目にかかれないような、あきらかに業務用の物だ。錆びた銀と焦げた赤が織りなす、曲線を描く『最高の相棒』


男「ああ。これがあれば世界を――」

兄「……救えます!」


ずっしりとくる重さに耐えることなんてない。振るだけでで世界を覆す鋼鉄のそれ。
名称はカナテコ、またはバール。それが俺の右手にしっかりと握られていたのだ。


男「その通りだ。て朗」

兄「その他にもモンキーレンチや鉄パイプ、アタックナイフにチェーンソーまでありますが……、どうですか?」

男「いや、俺はこれで良いんだ。このカナテコさえあれば……」

兄「そうですか。なら、……そろそろ行きましょうか」

男「そうだな」


俺たちは世界を救う。輝くべき世界はこの先にあるのだ。この向こう側に――きっと。



男「hi all」

兄「hi」


男「OK, let's move out」

兄「Roger that」

男「Stick Together Team」

兄「Go Go Go」


もはや戸惑いもない。俺たちの心にあるのは『勝』の一字のみ。
て朗が焦げ目が目立つ玄関を走り出した時には、既に俺の両脚は前へ前へと動き出していた。


T「もしもし、お巡りさんですかーっ? 一線を越えてしまった人達が、今まさに家を出て行こうとしていまーすっ!」


何か後ろで可愛らしい声が聞こえたが俺たちに構っている暇はない。
なんせ、俺たちは最強なのだから。





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結果から言うと、国家権力はやはり最強だった。
己の無力さを思い知り、日常の中の非日常を探し求めて夢見ることしか出来ない自分がある事を再び認識し、俺とて朗は冷たい鉄格子の中で仲良く泣いた。

わんわん泣いた。




-fin-

       

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