Neetel Inside 文芸新都
表紙

桜田類と宇宙人
一.桜田類と宇宙人

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 "桜田類"にとっては残念なことであった。
 本日七月七日、七夕の夜は、雲一つない最高の星空だったのだ。類は二階自室のベランダから、手すりに寄り掛かってぼんやりとしていた。つむっているまぶたの裏側には、類にとって決して見たくはないもの――しかし同時に渇望してもいるもの――が"それ"と認識できるほど明確に形作られつつあった。類は恐怖を感じた。自身への怒りも覚えた。そして両のまぶたを開き、満天の星空をその目の中に迎え入れた。
 類は思った。俺はなぜ、思い出そうとしているんだ――なぜ、思い出そうと。思い出したところでそれが何になる? そんなことをしたってあいつは――バカめ!
 類は汗を掻いていた。それは夏の暑さのせいではない。
 類は身を翻そうとした。しかしその瞬間、目に飛び込んできたものがあった。
 光。
 類の両目の黒目の中心。細く鋭い対の光が、夜空から真っ直ぐに、類の両目に伸びてきた。そして類は後ろにバッタリと倒れた。




『カイセキシュウリョウ』




 声がした。やけに、機械的な声。
 類の両目に、光が戻った。見慣れた部屋の天井。そして、視界の端に映る、見慣れた姿。
「…みお?」
 類は呟いた――"今は亡き者"の名前を。そしてまた、目をつむった。今度は、その姿がハッキリとまぶたの裏側に映った。決して見たくはない、しかし同時に、求め続けてもいる、愛しい女の姿だった。
 本谷澪は死んだ。二年前に。桜田類の元恋人。求め続けているもの。しかし、もう、決して、生身では類の目の前に現れないもの。
「…澪だ。かたちは……」
 類は、再び両のまぶたを開いた。そういえば今日は七夕だった、と思い出した。
 織姫と、彦星。幼稚園の頃、隣に座っていた澪と一緒に聞いた七夕のお話。しかしそんなことはすぐに頭から消え去った。
 類は立ち上がってすぐ、澪の姿をした生身を抱き締めていた。
「澪……いや、やっぱり、違う、お前は」
 類は、澪から距離を置く。すぐに分かった、偽者であると。というより、本物であるわけがなかったのだが。抱き締めたのは、衝動からだった。
「どうしまシタ"サクラダ ルイ"? アナタのイメージのセントーにソンザイしたイトしいオンナのスガタですヨ?」
「澪は死んでるんだよ、とっくの昔に……なにより、澪は、お前なんかよりもっとずっと暖かかった」
「それはシりませんでシタ。コンドはどうデス? タイオンをジョウショーさせまシタ」
 …"これ"は澪じゃない……"これ"は……
「バカにするなっ!」
 迫ってくる澪の姿をした何かの手首を、類は掴みあげた。そしてそれからベランダに押し出し、来られないようにカギをかけた。
「なんなんだお前は……わけが分からない……! バカにしやがって……っ!」
「バカにナド、していまセン」


 ガラス越しに、偽澪の声が聞こえた。類はガラスを背に、泣いていた。しかし涙はすぐに止まった。その理由を考えてみたが、まるで見当がつかなかった。ただ、妙に冷静になれていた。
「ワタシは"イセージン"デス。ワタシタチはこのホシにセーソクする"ニンゲン"をホッしていマス。ちなみニ、アナタはイマ、オちツいてワタシのハナシをキいているはずデス。ちょっとセーシンのバランスをチョーセーさせてモラいましたカラ」
 なるほど。類は異星人の言葉に軽く頷いた。
「その、お前らが人間を欲しがる理由って?」
「ロードーリョクにするタメデス。ワタシタチのホシのシューヘンにスむモノたちハ、"イジョーキショー"ヤ、"メンエキリョクブソク"のタメ、ホシのキボにミアったロードーリョクをエられずにいるのデス。ワタシタチは"ショーニン"ですカラ、アナタタチを"ショーヒン"としてウりダすことにキめたのデス」
「なるほど、商人か。だけど、この星の人間だって黙って商品にされたりはしないぞ。アメリカなら宇宙人とだって戦争するからな。日本人だっていざとなれば武力行使して国を守る。相手が異星人ならたぶん大丈夫のはず」
「エーガのミすぎですヨ。このホシのセーアツはヨーイデス。イマアナタにしたのとオナじことをこのホシゼンイキでオコナうだけのことデス」
「地球人全てを精神操作、自由自在……そんなことが可能なのか」
「エエ。タダしこのホシのニンゲンをショーヒンとするタメにハ、クリアしなければならないヒッスコーモクがありマス」
「必須項目?」
「それハ――"カンヨーのセーシンのウム"デス。ショーヒンとしてホカのホシにチらばってしまってハ、セーシンチョーセーもジッコーできまセン。モチヌシにハンパツするようなショーヒンをウりツけてしまってハ、ワタシタチのヒョーバンもオちますからネ」
 寛容の精神。受け入れる心。たとえ何があろうとも――商品として扱われようとも――反逆することなく、従順に命令どおりに動く心。
「要は、労働力のある機械みたいなものが欲しいってことか……」
「それがカレらのニーズデス。ホントーはもっとオオくのサンプルがホしいトコロですガ、ザンネンながらノーキがセマっていマス。ワタシタチにはジカンがないのデス。ダカラ、ワタシだけがこうしてハケンされてキまシタ」
 類は、異星人の言葉の端々に、不思議と色気を感じた。チープなファミコンのような声なのにそう感じたのは、澪の姿をしているからかと思った。類は異星人の方に振り返った。異星人はガラスにベッタリ顔をつけていて、キスの直前を思い出してどぎまぎした。
「"ツギのキョー"までニ、アナタがワタシをユルせれバ、そしてワタシをアイするコトができれバ――アナタタチはショーヒンとなるのデス」


 次の日、類の朝はいつもどおりだった。家を出て自転車を漕いで電車に乗って着いたら歩いて高校の校門をくぐりニューバランスのシューズを脱いで上履きに履き替え階段を上って"2-4"の教室に入る。
 類はすぐには気付かなかった。自分の席に座って、鞄から教科書やノートを机の中に入れても、まだ気付かなかった。気付いたのは、軽くなった鞄を机の脇に引っ掛けてからだった。右隣の席に座っていたのは、昨日まで自分のすぐ左に座っていたはずの大迫だった。通路の間に身を乗り出した類と大迫は、目が合った。
「おはよう、桜田」
「…なにお前、自然におはようしてんの?」
「なんだよ朝からフシギそーな顔してさ」
「いや、だってお前……お前の席、俺のそっち側じゃなくてこっち側だっただろう!?」
 言いながら、類は右指しして、左指しした。
「お前の言ってることのほうがおかしーぞ? 俺はずっとここの席だって。通路隔てたお前から見て右側。お前の隣は――」
 戸の開いた音がした。その生徒は人気があるのか、何人ものクラスメートにおはよう! と声を掛けられていた。その生徒は――類の左隣に座った。
「おハヨうゴザいマス」
「……え?」
 それは、澪の皮を被った、昨日の異星人だった。類は黒板右下につけられている今日の日直プレートを見た。確か今日は俺と大迫だったハズ――男子を意味する青いプレートには"桜田"、女子を意味する赤いプレートには"本谷"と記入されていた。類は、背筋が凍るような思いだった。
「…なにをした?」
 "本谷"は、類の耳元で囁いた。
「"セーシンソーサ"デス」




『桜田類と宇宙人』




       

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