Neetel Inside 文芸新都
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穢れない罪
過去

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富山先生が亡くなったという知らせを聞いた。

持病による発作が高齢である富山先生には耐えられなかったそうだ。

富山先生の葬式に行く途中のことだった。
ふいに私は、胸から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
それは、遂には頭へと達し、穴という穴から液体としてこぼれ落ちた。





私と富山先生の出会いは病院だった。
私は、その頃は高校へと通いながら小説を書き連ねていた。
自分の小説家としての才能は非凡ではないと信じ、一心に小説だけを書いていた


そして、富山先生は私の目指す小説家として活躍していた。
活躍というのは、少し語弊があるかもしれない。
何しろ先生は、本を一冊しか出していないからだ。
先生は、約40年という小説家としての人生の中で、たったの一冊しか書き卸して
いないのだ。
そして、その一冊さえも、売れはしなかったのだ。



私と富山先生が出会ったとき、私は風邪をひいていました。
ただの風邪ではありません。
インフルエンザというものです。
私は、頭が朦朧とするなか、母親に支えられて、病院へとやってきました。

受付を済ませ、持ってきた毛布に体を包み込み、ただボーっとしていました。
暫くすると、窶れた頬の痩けた老人がやってきました。
老人は、覚束ない足取りで私の隣に座ってきました。
その老人が富山先生でした。


富山先生は、時折咳をしながら、大人しく座っていました。
病院というものは、本来は大人しくしているものでしたが、富山先生の大人しく
は、何故だか常人の大人しくとは違って思えました。
咳をしなければ、存在に気づかないような、そんな希薄な気配しか感じなかった
のです。
時折発せられる、ケホンともゴホンとも聞こえる咳の音だけが先生の存在を確か
なものにしていたのです。

そのときは、私の意識が朦朧としているせいで、そう感じるのだと思っていまし
た。
しかし、富山先生と会う度に、この疑問は確かなものになっていきました。


病院での最初の出会いというものは、それだけでした。
何より私の体調が優れていなかったので、話すこともなく私は、診察を受けた後
、すぐに帰宅したからです。
そもそも、私はあまり社交性に長けていないので、初対面の方に話しかけること
などできませんし、そのときはただの痩けた老人に関心を抱くことができなかっ
たからです。




再び先生と会ったのは、私がやっとのことで完成させた小説を書き上げた時でし
た。
その頃の私は、小説大賞というものに応募することを考えもしませんでした。
それに、比較的簡単で入り口の大きなライトノベルという分野に関しては、邪道
とさえ感じていました。
絵の書いてある本など小説ではないと思っていたのです。

ましてや、携帯小説なんかは論外です。
横文字というだけで、それは小説ではなく、ただの文字の羅列になってしまいま
す。
たぶんそれは、元来日本語とは縦文字で書くべきものだという認識が私にあった
せいだと思います。


私は、小説というものを書き終えたのは、これが初めてでした。
性根が面倒くさがり屋な私は、数ページ、物語を書いただけで飽きてしまうから
です。
そんな私が小説家に向いているかどうかというと、向いていないかもしれません

しかし、私は、もうそれしか未来というものを考えていなかったのです。
それ以外のことなんて頭の片隅にもありませんでした。

ですから私は、やっとのことで作品を書き上げた時は歓喜し、踊り周りました。

私は、その歓喜の酔いの醒めぬ内に、大手の出版社へと電話をしました。

私は、すぐにその旨を伝えました。
すると、私は初めての人か、と聞かれました。
私は、はい。と答えました。

すると、「なら、一度、富山先生のところに行け」と言われました。
私はすぐさま「富山先生?」と聞き返しました。
聞けば、富山先生とは、作家だということでした。
決して人気作家ではないが、良い作品を書く人だということでした。
私はその後、富山先生の住所を聞き、電話を切りました。
富山先生の家は、私のところから二駅程先の場所にありました。

私は、先ほどまで体を満たしていた興奮が醒めてしまい。
なんとも言い難い複雑な心境でした。
しかし、本物の作家に私の作品を直に見てもらうと考えると、再び私の体に熱気
が戻ってきました。
私は、収まらぬ興奮を抱えながら、布団へと潜り込みました。
いかに興奮していようども、病み上がりで疲れていたからでしょうか、私はすぐ
に眠ってしまいました。





次の日に、私が起きたのは、昼頃でした。
私は、起きたら直ぐに着替えて、本屋へと向かいました。

最近できたばかりの六階建ての建物すべてが本屋という、読者好きの私にとって
は、天国とも呼べる本屋です。
私は、三階にある、小説の階へと行きました。

しかし、一時間程探しても富山 肇という作家の本はありませんでした。
店員に頼んで、書庫を探してもらいましたが、それでもありませんでした。
私は落胆しながら帰路へとつきました。
富山先生に私の作品を見てもらう前に、富山先生の作品というものを見てみたか
ったのです。
何より、私は富山先生がどんな小説を書くのか読んでみたかったのです。
編集者の方が勧める作家がどれほどまでなのかを。


私は、自宅へと戻っていた道から外れ、わき道へと入りました。
どうしても諦めきれなかったのでしょう、私は少しばかり遠くにある古本屋へと
向かいました。

この古本屋も、最近できたばかりなのですが、なかなか良い本や古いマニアック
な本が揃っています。
私は期待しながら、古本屋へと向かいました。


古本屋に着くと、私は駆け足でそのブースへと向かいました。


と行の作家のところに一冊だけ古ぼけた文庫がありました。

『わたくしの罪』
そう題名に書いてありました。
著者、富山 肇。

私は、遂にやっと富山先生の小説を手に入れたのです。
私は、逸る気持ちを押さえつけ、会計をすませた後、足早に家へと帰りました。





気づけば私は泣いていました。
私は、涙など、ここ数年流した覚えはありませんでした。

私は、男なら滅多に泣くものじゃないと考えていたからです。

しかし、私は今泣いています。
私の断固たる決意さえも打ち砕く、悲哀さが、この小説から伝わってきたからで
す。

富山先生に会ってみたいという気持ちがどんどん膨れ上がっていくのを、私は感
じていきました。


       

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