Neetel Inside 文芸新都
表紙

短編集(『雨の日、二人で歩く道』更新)
モザイク

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ある日いつものように登校し、教室に入り、自分の席に着こうとしたがいつもとは少し違う教室の雰囲気に気づいた。
 何やら騒がしい。しかも人だかりができている。ちょうど山口がいる席のところだ。山口はいわゆるいじめられっ子で毎日殴られたり、恐喝されたり、机の中に虫の死骸を入れられたり、とにかくいじめられていた。そして数ヶ月ほど前にある事件があってから、ぱったりと学校に来なくなった。
 その事件は山口がいつものようにいじめられ、いつものように恐喝されているときに起こった。そのときの山口はちょうど千円しかもっておらず、いじめていた連中は他に隠していないかと彼の財布をあさっていた時だった。山口の財布の中から一枚の写真が見つかったのだ。それがアイドルの写真とかだったらまだ笑い事で済んだのだろうが、その写真に写っていたのは同じクラスの河野さんという娘でしかも着替えているところが写っていた。あきらかに盗撮だった。
 この噂は学校中に広まり、当然先生たちの耳にも入った。山口は停学になったが停学が解けたあとも学校には来なかった。
それにしても山口がきたからこんなに騒いでいるのだろうか?まあ、あんな事件があったのだから当然だろう、とも思ったがそれにしては少し様子が変なように思えた。
 あまり野次馬というのは好きではないが少し気になったので見に行った。そして山口の席に座っているそいつの顔を見て我が目を疑った。そいつの顔には比喩でもなんでもなくモザイクがかかっていたのだ。
 一瞬昨日友達から借りて深夜にこっそり見た、やたらとモザイクの濃いAVのせいで目がおかしくなったのだろうかなどと本気で心配したが、騒いでいるところを見るとどうやらほかの皆にもちゃんと見えているらしい。
 それは確かにモザイクだった。よくテレビ番組やAVで使われるあのモザイクである。それはちょうどそいつの顔が隠れるくらいの大きさで、角度を変えて見たり近づいて見たりするやつもいたがどうやってもそいつの顔は見れないようだった。
 当然ながらなんで顔にモザイクがかかっているのか聞くやつもいたが、そいつは何も答えなかった。業を煮やし暴力を振るって無理やり聞き出そうとするやつもいたが、何度殴られてもそいつは沈黙を守り続けた。

 他のクラスから友達を連れてくるやつもいた。
「ホントにすごいんだって」
「うそだあ」
 などといいながら内田が隣のクラスからぞろぞろと友達を連れてきた。
「ほら、ホントにモザイクかかってるだろ?」
 と山口の席に座っているそいつを指さしていった。しかし隣のクラスの連中は怪訝そうな顔をして互いに顔を見合した。
「どこがさ?そいつこの前の盗撮事件起こした山口とかいうやつだろ?モザイクなんかかかってないじゃん」
 これには内田だけじゃなくうちのクラスの全員が驚いた。
「何言ってんだよ!よく見ろよ!ちゃんと顔にモザイクかかっているだろ?」
と内田は必死に説明したがどうやら彼らには本当にモザイクは見えていないらしかった。その後も他のクラスの連中を連れてきたり、先生を連れてきたりもしたけれどどうやら僕らのクラスの生徒以外にはモザイクは見えないようだった。
 僕らにはそいつの顔が見えなかったので確信はもてなかったが少なくとも、他の連中にはそいつの顔は山口に映っているようだし雰囲気なども山口そのものだったので僕らはそいつを山口として扱うようにした。
 僕らのクラスは山口のモザイクのことで話が持ちきりだった。なぜ山口の顔にモザイクがかかっているのか?なぜこのクラスの生徒以外には見えないのか?さまざまな憶測が飛びかったが当然ながら答えはでなかった。もちろん山口本人に直接聞くものもいたが山口は何も答えなかった。
 ぼくらのクラスの生徒以外には見えなかったので他のクラスの連中や先生たちはこのことをまったく信じず、悪質な冗談としか思わなかった。誰も信じてくれないのでいつのまにかモザイクのことは自分たちのクラスの生徒以外とは話さないことが暗黙の了解となった。
 そしていつしか誰もモザイクのことをあまり話さなくなり、僕らはこの非日常的な出来事を毎日の退屈な日常の一部として受け入れることにした。

 山口の顔にモザイクがかかったからといって何か変わるわけでもなく、したがって何か変えられるはずもなく山口はまた以前のようにいじめられ続けた。
 変わったことといえば以前より山口に対するいじめがひどくなったことくらいだ。その原因の一つは当然あの盗撮事件のことだろう。特に被害者の河野からは陰湿ないじめを受けていた。もう一つの原因はモザイクのことだ。人は自分では理解できないもの、自分とは異質なもの、不可解なものほど傷つけなければいられないらしい。

 ひさしぶりに山口と一緒に帰った。山口とは小学校からの付き合いだ。といっても特別仲がよかったわけでもなく、家が近かったのでたまに一緒に帰っていたくらいだ。でも山口が誰か友達と話しているところは見たことがないので、おそらく山口にとって友達は僕くらいのものだろうと思う。
「なんというか……ごめんな。助けられなくて」
別に僕は山口と特別仲がいいわけでもないので、特に悪いとは思っていなかったのだが一応謝った。
「別にいいよ。ぼくはいじめている連中のことは大嫌いだし、いつか必ず復讐したいと思っている。でもね、それ以上に偽善者みたいなやつはもっと嫌いだ。そういう連中を見ていると吐き気がする。だから……別に謝らなくていいよ。それに、本当は悪いなんて思っちゃいないんだろう?」
「……そんなことないよ」
僕は内心どきりとしたが平静を装ってそう答えた。しばらく気まずい沈黙が続いた。
「あの、さあ……その、モザイクのことなんだけど」
僕はその気まずい雰囲気に耐えられず、また、自身の好奇心に負けてそう聞いた。山口は黙ったままだった。僕はひょっとしてなにか怒っているのだろうかと思い、そっと山口の顔を見たがモザイクがかかっているのでどんな表情をしているのかはわからなかった。またしばらく沈黙が続いた。
「そうだね……なんでこうなったのかはよくわからないけど、原因はなんとなくわかるよ」
沈黙を破ったのは意外にも山口のほうだった。
「原因は多分あの盗撮のことがばれたからだと思う。あのことは僕にとって今までいじめられていたどんな時よりもつらかった。いじめのことは、いじめている連中が馬鹿なだけだと思えばいいけど、こればっかりはね……。あれはぼくにとって絶対に知られたくない秘密だったんだ。誰にだってあるだろう?知られたくない秘密って。僕のことをいじめている連中も、優等生ぶっている奴らも、君にだってね。……恥ずかしくて死にそうだったよ。家でね、鏡で僕の顔を見るたびに思うんだ。僕はこの醜い顔をさらにいやらしく、醜く歪めて写真を撮っていたんだと思ってね……とてもつらかった。そしてクラスのみんなもぼくの顔を見るたびにそう思っているのかと思うと……。だから、せめてこの醜い顔にモザイクでもかかってみんなに見られなくなればいいのにって……そう思ったんだ」
「そうしたら、本当にモザイクがかかっていた?」
「ああ」
「治るのかな?」
「さあね、でも別にぼくはこのままでもいい」
そんな会話をかわしたあとぼくらは別れた。山口はこのままでもいいのだろうか?このままだとクラスの誰からも顔を忘れられるんじゃないか?それでも本当にいいのだろうか?

 ぼくはどうして山口がいじめられると判っていて学校に来るのかを考えた。山口は誰ともしゃべらないし、何か楽しみがあって学校に来ているようには、とてもじゃないが見えなかった。山口はなんで学校に来るのだろう?山口にとっての世界があの教室だけだからだろうか?だからモザイクはあのクラスの生徒にしか見えないのだろうか?ぼくにとっての世界があの平凡で、退屈で、なんのおもしろみのない教室であるのと同じように……。

 その日も山口はいじめられていた。ただ、その日はいつもよりも執拗にいじめられていた。きっといじめている連中も機嫌が悪かったのだろう。
「それにしてもお前さあ、生きてて恥ずかしくないの?」
「盗撮なんかして、変態だろお前。お前みたいなのが犯罪犯すんだよ。」
「それにしてもさあ、いい加減になんで顔にモザイクかかってんのか教えろよ。あんまし顔がキモイからモザイクかかったのか?十八歳未満にはグロすぎて見れないとか」
いじめている奴らはそんなことを言いながら、山口を殴ったり蹴ったりしていた。

 それからしばらく山口はまた学校に来なくなった。もう一ヶ月ほどになる。山口がいなくてもこの世界は、この教室は何も変わらず、平凡で退屈だった。このクラスにとって山口はいてもいなくても変わらない存在だ。でも山口にとってはこの世界はどういう存在なのだろう?そんなことを考えていたとき、突然放送が流れた。それは山口の声だった。
「えーみなさん突然ですが、よくお聞きください……」
山口はうちのクラスの連中の知られたくない秘密を次々としゃべり始めた。それは誰々が万引きとしているか、売春しているとか、そういう内容だった。クラスの連中は全員真っ青になって、放送室に一斉に向かった。これほどクラスのみんなの心が一つにまとまったことは初めてではないだろうかと思う。放送室には鍵がかかっていたがドアをぶち壊して入ると、中にはやはりモザイクのかかった山口がいた。当然のことだがその後山口はクラスのみんなからボコボコにされてしばらく入院することになった。山口を殴っている間もみんなの顔は真っ赤になっていて誰も一言もしゃべらなかった。
 
 次の日いつものように教室に入るとクラスのみんなの顔にモザイクがかかっていた。

       

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