Neetel Inside 文芸新都
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短編集(『雨の日、二人で歩く道』更新)
ラクガキ

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退屈な授業だ、と彼は思った。
 シャーペンを人差し指と中指で挟んでゆらゆらと揺らし、もう片方の手で顎を支えながら、ぼんやりと黒板に書かれている文字を眺める。

――あー、つまんねー。

 心の中で何度もその言葉をつぶやいた。
 退屈に感じるのは授業の内容自体が彼の興味を惹かないというのもあるけど、そもそも二回に一回くらいの割合でしか出席していなかったので教授の言っている内容も黒板に書かれていることも全然理解できないのだ。

――暇だなあ。

 だんだんノートをとるのに飽きてきた彼は、友達に借りてコピーすることを決意し、というか妥協してノートをとるのをやめたのだが、かといって特にすることもないので暇をもてあましていた。
『佐々木の授業マジ退屈。つまんねー』
 あんまり暇なので彼は机にそう落書きした。
退屈と感じる原因の六割くらいは彼が授業に出ていないことにあるのだが、他人に厳しく自分に甘くがモットーの彼はそんなことは気にせず、「全部教授の説明が悪いんだ。そうに違いない」と決め込み、精神の衛生を保つのだった。
 そのとき彼が書いた落書きの下に、突然なにか見えない手で書かれたかのように文字があらわれた。
『だよねー。わたしもすっごいヒマだよぅ』
 やたらと丸っこい、いかにも女の子といった感じの文字だった。何なのだ、これは? 目の前で起こった怪現象に彼はとまどった。

――幽霊かなにかか? そーいや何年か前、うちの大学の生徒が飛び降り自殺したって聞いたことあるな……。

 そうこう考えているとまた文字があらわれた。
『きみは誰なの? 幽霊かなんか?』
 それはこっちの台詞だ、と彼は口に出しそうになったが、我慢してその下に自分がここの生徒であることや、名前など簡単な自己紹介を書き加えた。
 するとしばらくして向こうも自己紹介を書いてくれた。名前は恵子と言うらしい。この大学の生徒で学年も彼と同じらしい。
『君も佐々木の授業受けてんの?』
 彼がそう質問すると、
『うん。今受けてるよー』
『今? どの辺にいんの?』
『右はしの列の前から三番目』
 それはちょうど彼が座っている席だった。どういうことだろうと彼は思い、いろいろと質問するとどうやら恵子は彼がいる世界よりも三日すすんだ世界にいることがわかった。そして佐々木の別の授業をこの教室のこの席で聞いているのだという。
 その後彼は佐々木の授業そっちのけで恵子との筆談を楽しんだ。恵子とは趣味や好きなものなどが共通していて、話が弾んだ。帰り際彼が、
『また話したいね』
と書くと恵子は、
『うん。じゃあまたこの時間のこの席でね』
 それから彼は毎週この授業に出るのが楽しみになった。もちろん授業はまったく聞いてない。彼はどんどん恵子に惹かれていった。
 しばらくそんな関係が続いた後、彼は意を決して恵子をデートに誘った。恵子は『わたしそんなにかわいくないから会ったらがっかりするよ』と会うことをしぶっていたが彼はしつこく食い下がり、恵子もついに折れてデートの約束を取り付けた。
 それから一週間後、彼は待ち合わせ場所で四時間待ったがついに恵子はあらわれなかった。

――結局からかわれただけなのかなあ。それともあんまりしつこく誘ったから嫌われたんだろうか……。

 彼はひどく落ち込んだが、それでも毎週佐々木の授業をあの席で、右端の列の前から三番目の席で、恵子からのメッセージを待ち続けた。
 そんなある日、机の上にまた文字があらわれた。
 彼はその見覚えのある文字を見てはあっと大きくため息ついた。そして今度はなんだかおかしくなってきて笑いを必死にこらえながら、その下に思いっきり丸っこい文字で書き加えた。

『だよねー。わたしもすっごいヒマだよぅ』

       

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