Neetel Inside ニートノベル
表紙

青春パラダイム
第二話 「わぁ! ありがとうございます」

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 翌日。
 俺はいつものように学園に登校し、何の面白みもない授業を受ける。そして昼休みをむかえ、購買でパンでも買ってこようかと立ち上がった所で、見覚えのある少女を発見する。あれは確か、昨日の放課後に会った女の子だ。同じクラスだったのか。全く気がついていなかったよ……。とりあえず話しかけてみよう。

「や。昨日の放課後に会ったんだけど、俺のこと覚えてる?」
「…………」

 少女は目だけをこちらに向け、黙っている。

「俺、大空 翔って言うんだ。同じクラスだったんだね」
「…………」

 何か俺、一人芝居してるようで馬鹿みたいだ。
 しばらく気まずい沈黙が流れていたが、意外にも少女の方から話しかけてくる。

「言いたいことはそれだけ?」
「え?」
「言いたいことはそれだけかって聞いているのよ」

 やっと喋ってくれたかと思えば何なんだこやつは。

「ま、まあ、特に用事があったってわけでもないけど……」
「そう」

 少女はそれだけ言い残して、教室から出て行く。残された俺は呆然とするしかなかった。彼女は一体どういうやつなんだよ。俺、何か気に障るようなこと言ったかな?

「あ、あの……」

 突っ立っていると後ろから声をかけられる。振り返ってみると、大人しそうな女生徒が俺を控えめに見つめていた。確か日向(ひなた)さんだったな。もしかして俺が邪魔で通れなかったのかな。

「ごめん、邪魔だった?」
「あ、いえ、違うんです」

 日向さんは両手を前で振って否定する。

「その、美咲ちゃんのこと、悪く思わないで欲しいんです」
「美咲ちゃん?」
「はい、結束美咲(ゆいつか みさき)ちゃんです。さっき、大空さんが話しかけていた人です」

 なるほど、彼女は結束美咲っていうのか。

「ああ、なるほど。それで、悪く思わないで欲しいっていうのはどういうこと?」
「はい……。大空さんも既に分かっていると思いますけど、美咲ちゃんは誰にでもあんな感じで、すごい冷たい態度をとるんですけど……」

 あの態度は別に俺だけってわけでもなかったのか。

「でも、昔は全然違ったんです。私はこの学園に入る前、美咲ちゃんと同じ学校に通ってて、よく遊んだりもしてたんです。本当に、あの時は明るくて元気で……」
「ほう……」

 今の結束さんしか知らない俺はどんな様子だったのか想像もつかないけど、興味深い話ではある。

「日向さん。もし良かったら、結束さんのことをもう少し詳しく教えてもらえる?」
「え……は、はい」

 そして、日向さんは意を決したように話し出す。

「美咲ちゃんはピアノと歌が本当に大好きで、上手さも、大げさかもしれないですけど、プロ並だったと思います」

 彼女の歌声は俺も昨日聴いたから、プロ並だっていうのは頷ける。一度聴いたら、おそらく誰もがそのように評価する程の歌声を彼女は持っているということだ。

「それで、以前はよく友達に頼まれて、ピアノで弾き語って歌を聴かせたりすることもあって、美咲ちゃん自身も将来は自分のピアノと歌で歌手デビューすることを目指していたんです」

 過去の結束さんを思い出していたのか、日向さんは明るい表情で話していたが、その表情に急に陰りが見え始める。

「でも、ある日交通事故にあっちゃって……」
「え、交通事故?」
「はい。それで、その後遺症で左手が思うように動かせなくなってしまったみたいなんです」

 あの時、ピアノを弾いていなかったのはそういう訳だったのか。しかし、左手でも右手でも、片方しか使えなくなったらもうピアノなんて満足に弾けないぞ。くそ、酷い話だ。
 そして日向さんの話しは続く。

「それが直接的な原因かは分からないんですけど、夢も諦めちゃったみたいなんです」
「…………」
「もう私には無理だって言い張って。当時は、そのことで友人たちがいろいろ励ましたりしたんですが、それが美咲ちゃんにとってはかえって重荷になってたみたいで、ある日みんなの前で感情を爆発させちゃって、それ以来、今みたいな性格になってしまったんです」

 顔を伏せがちに話していた日向さんだったが、急に勢い良く顔を上げる。

「本当は、すごくいい子なんです! だから! ……悪く思わないで欲しいんです」

 自分が大声を上げていることに気付いたのか、途中から小声になる日向さん。

「うん、分かった。話してくれてありがとう」
「いえ、良いんです。私も、誰かに聞いて欲しかったのかもしれません」
「そっか」

 あ、そうだ。お礼にアレを日向さんにあげよう。
 俺はポケットから例の飴玉を取り出し、日向さんに渡す。

「これ、話してくれたお礼にあげるよ」
「あ、それレインボーキャンディーですよね? 貰っちゃっていいんですか?」
「もちろん」
「わぁ! ありがとうございます。私、流行ってるのは知ってるんですけど、まだ食べたことなくて」

 日向さんは胸の前で指を組み、喜びの表情を示す。その仕草が小動物のような可愛らしさを彷彿させる。

「そうなんだ。たぶん、軽くヘブン状態になるから人前で食べるときは気をつけた方がいいよ」
「え? そうなんですか? もぐもぐ」

 って、言ってるそばから食べちゃってるし。
 レインボーキャンディーを食べたものとなんか一緒に居られるか! 俺は昼飯を買いに行くぞ!
 というわけで、俺は教室を出る。

「いやあああああああああああうみゃあああああああ!」

 日向さんの雄たけびが教室から聞こえてくる。大人しそうな日向さんにあそこまで言わせるとは……おそるべし、レインボーキャンディー。おそらく、だらしなく開いた口からよだれを垂らし、見開かれた目は物の怪のように血走り、周りの人からは奇異の目で見られていることであろう。どんまい、日向さん。

 しかし、夢を諦めた、か。俺は歌っている時の結束さんの様子を思い出してみる。あの晴れやかな表情は、普段の彼女のものとは全く違う。それに、日向さんの話を聞く限りでは、もう二度とピアノも歌もやらないというような印象を受ける。そんな人間が音楽室で、ピアノの前で、あんな表情で歌を歌うだろうか。
 そうだ、そうだよ……。彼女はきっと、心の奥底ではまだ諦めきれてないはずだ……!








       

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