4. 商店街は戦いに揺れて
昼下がりの商店街。そこを、両手に大きな袋を抱えたアキラが歩いていた。
正義の味方というもの、常に世のため、人のため。そんな訳で、彼はお使いも進んで引き受けるのだった。
「ふむ、後はニンジンと玉葱とジャガイモ……」
手書きのお使いメモ。真由美の直筆で、『お願いね♪』と記されている。頼りにされては、アキラも張り切るというものだ。駆け足で八百屋に向かう。
「おっさん、このメモに書かれている物、全部くれ!」
「あいよ、毎度ありー!」
一文字アキラ、値切りはしない主義。これで買い物の残りは肉屋で買うものだけになった。更に重くなった袋を抱え、肉屋へ向かう。そこに、背後からかかる声。
「待ちな兄ちゃん、たくさん買ってもらったから、これ持ってけ!」
八百屋の親父から手渡される紙切れ。
「何だ、これは?」
「福引券だよ。ほれ、そこでやってる……」
親父の示す方を見れば、人だかりができている。傍らの看板には大書で『花丸商店街 大感謝福引大会』と書いてある。
アキラの中の闘争本能に、火が灯る。これで一等を当てれば、真由美さんも大喜びだ。晩御飯も特盛りサービスになるかもしれない。
早速福引券を片手に、意気揚々とそこへと……。
「おっと、その前に肉を買わねば」
思い出したように振り返り、肉屋を目指す。その後ろ姿を、ひとりの妖しげな男が眺めていた。
「くっくっく、ブレイバーめ、貴様の好きにはさせんぞ……」
肉屋での買い物も終わり、アキラは福引所へ向かう。すでに長蛇の列ができている。その最後尾に、荷物を抱えたまま並ぶ。順番はきちんと守らねばならない。宇宙刑事の鉄則である。
やがて徐々に列は減り、もうすぐアキラの番になりそうだ。前の人々は、ことごとくハズレのティッシュをお持ち帰りしている。つまり、それだけ当たりに近づいているということだ。
そしていよいよアキラの番が来た。腕まくりをし、準備万端整える。チャンスはただ一回。失敗は許されない、非情の世界だ。
「福引一回、いいところ頼む!」
「はい、どうぞ」
目の前には、艶やかに輝くガラポン。そのレバーは、いまや遅しと回されるのを待っている。そしてアキラは、ゆっくりとそのレバーに手をかけ……。
「ちょっと待てーい!」
背後からかかる、ちょっと待ったコール。振り返ると、そこにはひとりの男の姿。
「……何だ? 俺は今忙しいのだ。用事なら後にしてくれ」
「そうはいかんぞ一文字アキラ……いや、ブレイバー!」
「何者だ、貴様?」
男はゆっくりと着ていたコートを脱ぎ……その正体を現す。
その姿は、全身きらびやかな電飾に覆われ、ピカピカと光り輝いている。
そして腹に大きく一際輝く『大安売り』の文字。
「俺の名は、怪人マツキーヨ! ブレイバー、貴様の命、貰い受ける!」
「ちょっと待て、ひとつ聞きたいんだが……」
にじり寄る怪人に待ったをかけ、アキラはぽりぽりと頬を掻きながら、尋ねる。
「その電飾、どういう仕組みで光ってるんだ?」
「ふっふっふ、決まっているだろう。そこのコンセントから電気を……」
見れば、怪人の尻から延びたコードが、電気屋の中へと続いている。
「……電気の窃盗じゃないか!」
「あれだけピカピカ光っているのだ、このくらい頂いても、問題無い!」
開き直る怪人に、アキラの怒りに火がつく。
「許せんぞ怪人! 電気を大切にと、あれほどコマーシャルされているというのに! この俺が、成敗してやる!」
「面白い。さぁ、かかって来い!」
ふたりが戦闘体勢に入る。その時、突如プツンとマツキーヨの電飾が消えた。
「……駄目だよ、君。うちのコンセント勝手に使っちゃ」
コンセント片手に出てくる、電気屋の店員。
「あ、どうもすみません」
ぺこぺこと謝る怪人。電飾が消えると、すっかり地味になった上に、性格までおとなしくなってしまった。
「とりあえず、行くぞ怪人!」
「あ、でも、ちょっと待って……コンセント差さないと……」
しかしアキラは聞く耳も持たず、先制のパンチを繰り出す。
「断罪パーンチ!」
ゲブラッと情けない音を立てて吹っ飛ぶ怪人マツキーヨ。そして、吹っ飛んだ先はスーパーの特売コーナーの前。
『さぁさ、ただいまから本日のタイムサービスだよー!』
店員のアナウンスに、我先にと殺到する主婦達。
ぐしゃ! めきょ! げしっ!
哀れ、怪人は恰幅のよろしい主婦達に踏み潰され、ズタボロになってしまった。そして、とどめに小錦級のおばちゃんのハイヒール・アタック。
チュドーン! 怪人は大爆発し、周囲のおばちゃんを吹き飛ばして消え去った。
「悪は滅びた……さて、福引だ」
気を取り直したように、ガラポンへと向かうアキラ。そして渾身の力を込めて、レバーを回し始めた。
ぐりんぐりん……激しい回転。ガラガラと音を立てる玉。
「ぬおおおぉぉ……そこだっ!」
ピタリと回転を止める。そして一瞬の静寂の後、ころりと転がり出る玉。
「……」
はっぴを着た、店員。その口が、ゆっくりと開かれる。
「うぉめでとうございまぁーーす! 一等、温泉旅行ご招待ーーーっ!」
カランカランとベルを打ち鳴らす。たちまちできる、人だかり。
「うむ、これも俺の正義の心が、天に通じたからだな。はっはっは!」
勝ち誇ったように笑うアキラ。目録を手に、意気揚々と去っていく。
その姿を追いながら、店員はガラポンを手にする。
「……あれ、空っぽ?」
……ということは。
「さっきのあれ、最後の玉だったのか……」
運が良いのか悪いのか。ともかく、ブレイバーは今日も大勝利を収めたのだった。
「……」
館の中、買い物に行かせた怪人の帰りを待つ少女。まさか怪人が、主婦の前に敗れ去ったとは、露ほども知らず。
「戻ってきたら、折檻ですね……」
そのまま少女は、帰るはずの無い相手を待ち続けるのだった。
「たっだいまー!」
すぱーーーん!
玄関をくぐるアキラに、容赦なく浴びせられるハリセン。
「……遅いです」
そこには、フュリスがハリセンを構え、仁王立ちしていた。
「ちょ、ちょっと待て。何でお前がここにいるんだ?」
「あらあら、私が呼んだのよ?」
ニコニコと笑いながら、真由美が姿を見せる。無表情極まりないフュリスと比べると、まるで女神か菩薩のようだ。
「フュリスちゃん、いつもお空の上でひとりなんでしょ? せっかくだから、ご飯とかはうちで食べていってもらおうと思って」
実に優しい言葉をかける。心の中まで美しいとは、神も罪なものを創造したものである。
「早く上がってください。夕食が作れません」
少女に急き立てられ、家に上がる。材料を受け取った真由美は、鼻歌を歌いながら調理に取り掛かる。漂ってくる、スパイシーな香り。どうやら今日のメニューはカレーのようだ。
アキラ達はテーブルに座り、食事の時を待つ。
「ねぇ、それって何なの?」
弥生がアキラの持っている物に気がつく。
「ああ、これは福引で当たった賞品だ」
「当たったって、一体何が?」
「何でも、温泉旅行の招待券らしいが……」
「え、ちょっと、嘘っ!」
目を白黒させる弥生。まさか、そんな事があってもいいものだろうか。ほっぺたをつねってみる。
「……痛いです」
ほっぺたをつねられたフュリスが、無表情で抗議の声をあげる。
「あ、ごめん……本当に、温泉旅行が当たったの?」
目録を受け取り、中身を改める。そこには間違いなく、温泉旅行の招待券。
慌てて弥生は台所の母親を呼ぶ。
「あら、どうしたの?」
「聞いてよママ! アキラが福引で温泉旅行を当てたのよ!」
「まあ、それは素敵ね」
真由美の笑みを受けて、甲高く笑うアキラ。その頭をフュリスがハリセンでド突き、黙らせる。頭から煙を出して沈黙するアキラ。
「あらあら、でもこの招待券、五名様までって書いてあるわ」
招待券を受け取った真由美が読み上げる。家族で行ってもふたり。アキラを合わせても、三人。
「……そうだ、フュリスちゃんも、一緒に来ない?」
「……はぁ」
いかにもいいことを思いついたかのように、真由美は微笑む。対照的に、無表情であっけに取られる少女。
「せっかくだから、みんなで行きましょうよ。大勢の方が、きっと楽しいわ」
「でも……私、仕事が……」
「たまにはお仕事も忘れて、ね?」
なおもためらいを見せるフュリスに、真由美は優しく語り掛ける。
「それにフュリスちゃんは、アキラさんの事を見守らないと駄目なんでしょ? それだったら、一緒に温泉に行った方が、いいと思うわ」
その言葉に、黙って少女は頷く。こうして、四人が温泉に行く事が決まった。しかし、あとひとり、招待枠が余っている。
「どうしましょう……? せっかくだから、行かないと勿体無いわ」
困ったように小首をかしげる真由美。
「……あ、そうだ」
弥生が思いついたように声をあげる。
「どうしたの?」
「私の友達、誘ってもいい?」
「そうね。せっかくだから、誘ってみるといいわ」
真由美の承諾を得て、電話に駆け寄る弥生。しばしの沈黙の後、電話が繋がる。
「あ、瑞穂? そう、私。でね、唐突なんだけど、一緒に温泉に行かない?」
楽しそうにお喋りする。相手は親友の松原瑞穂らしい。
やがて彼女は電話を切ると、指でオッケーのサインを出した。
そんな訳で、温泉旅行のメンバーは全て決まったのだった。