雨が降っている。
その雨が降っている中、ボクこと 四季夜 燕尾(しきや えんび)は傘を持たず歩い
ていた。
何も考えずただ、歩いている。冷たい粒がボクに当たる。
なんともいえない冷涼感。
一粒当たるたびにボクは消えてなくなりそうになる。
一粒濡れるたびにボクは何もかも放り出したくなる。
そんなこと。
できないことはわかっていても
不意に空を見上げる。
暗く灰色な空。
今にも吐き出しそうになる。
「こんな空……ボクと同じみたいで壊してしまいたくなる」
独り言をつぶやく。
そんなことで心が晴れるわけでもないのに。
「ヤホ。何しているの?燕尾くん」
「何してようとボクの勝手だろ」
近づいてきた一人の少女 田宮 瑠佳(たみや るか)に素っ気無い態度を取る。
はっきりいうとうっとうしい。
今までこんなに馴れ馴れしいヤツは初めてだった。
「なはは……いつも手厳しいね。キミは」
苦笑して話す。
バイトの途中なのだろう周りはクリスマスムード一色、瑠佳はサンタの服装を身につけて片手にはプラカードを持っていた。
「うるさいな……さっさとバイトに戻れば? ボクみたいな独り身に相手するよりもっと都合のいいヤツラがいるだろ?」
そりゃそうだ。暗い男より活気がある男に買わせればいい。それなら買ってくれる確立もあがるし収入が増えるっていうもんだ。
そんなのお構いなしにボクと組み合う。
「いや、燕尾くん雨に濡れて寒いでしょ?」
ほら、と自分が持っていた傘を渡してくる。
「……いいよ。別に。それに田宮が濡れるでしょ?」
優しくいったのだが、ボクの言葉のどこか気に入らないところがあったのか顔が歪む。
「だから~別に瑠佳でいいっていっているでしょ?」
確かに、男子には瑠佳と呼ばれている。だけど人はそんなに器用ではない。
「ボクは田宮のほうがいいと思うんだけど……」
「だ~め! 燕尾くんも瑠佳ってよんで! 苗字はなんかむず痒くてさ」
そういうのであればボクには断る理由はない。
「ん。そ、それじゃあ、瑠佳……」
あまり下の名前を呼ぶのに慣れていないので何やら恥ずかしい。
瑠佳は満足気に肩を組んできた。
「よ~し! それじゃ、本題! ケーキ買ってくりぇ~」
尻尾があればパタパタと嬉しそうに振る光景が目に浮かぶ。
だがヘタレなボクにとって肩を組むことはありえないほどの衝撃だった。
「わわ! ちょ、ちょっと! ボクは買わないってば!」
そうは言っても長いことあんなに組み合っていると周りの目が気になってしまう。
結局、傘は雨が小雨になったのを理由にもらわず代わりに……
「買っちゃうんだよな……」
ビニールの袋を持って家に持ち帰るのはなんとも滑稽だ。
時刻はもう次の日になろうとしていた。
家では父親がいるのだが基本的に家にはいない。どうせ女でも作って寝泊りしている日々を送っているのだろう。逆にそれでボクの学費を払えているのが不思議だ。
そして今さっき手前を通った高校が佐々宮学園というボクの通う高校である。ちなみに二年三組だ。
正直にいうとボクはこの学校が大嫌いだ。だが、この学校にボクは通う。
実に簡単だ。将来高校通っていなきゃいい大学へいけないし、いい会社にいけないからだ。
そのくらいしなきゃ世の中ダメだ。
いくらいい人でも中卒では就職に困ってしまう。
世の中、履歴書なんだ……そう……薄っぺらな紙で人生が決まってしまうといっても過言ではない。
「はぁ………世の中……くだらね……」
これがボクの口癖。
空を見上げながら星一つなく月すらも黒い、黒い雲に覆われていた。
そんな時、暗い道を急いで走っていく少女の姿を見かける。
その姿はどこか上品だったのだが必死にただ目的の為だけに走っているように見えた。
いつもなら気にしないボクだがこの時、なぜか……いや、できるだけ家に帰りたくなかったからかもしれない。とりあえずその少女の後を追うことにした。
今まで来た道を戻っていくついに止まった場所、そこはボクが瑠佳と会ってしまい無理矢理ケーキを買った『マークレーヌ』のお店に辿り着いた。
もう気づいているだろうがこんな夜遅くやっている洋菓子店はどこにもないだろう。
ただ、彼女がどう出るのか少し興味が湧いた。
しかし、少女と出会うのが少し早くなってしまっただけだった。そして彼女はボクにとって完璧だった人生のたった一つのバグだった。