Neetel Inside ニートノベル
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たったひとつのバグ
答え

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 それから数ヶ月間、何の音沙汰もなく京螺は普通の中学校生活が送れていると思っていた。
 不吉なことが起きたのは、夏休みが終わった後、父と夜逃げをしてやっと落ち着いたころだった。
 家の前に一人の女性がいたことから始まった。近くまで来てみたらいつも来る借金取りではなく家の場所を教えていない伯母さんだった。
「伯母さん?」
 ボクの声に気づき振り返る。その表情は笑顔ではなかった。
「あら、燕尾くん。ずいぶん探したわ……」
「京螺が……どうかしたんですか?」
顔が真っ青な伯母に妹の身に何かあったのか無意識に気になってしまった。
「……えぇ。京螺ちゃんのことで……ちょっと」
やっぱりか。
「外じゃ暑いでしょうから、どうぞ中に入ってください」
 ボロボロのアパートを案内する。
 家の中に入り、お茶を入れて一息ついた。
「燕尾くんは……『性染色体劣性遺伝型筋ジストロフィー』って知っている?」
「……いえ、知りません」
 そうよね……、と相槌を打つ。
「これは線維の破壊・変性(筋壊死)と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく病気みたいなの。主な治療法はまだみつかってないみたい」
 最悪のシナリオが思い浮かぶ。
「まさか、その病気に……罹ったんですか? 京螺は?」
 なにも言わない。ゆっくりと首を縦に振っただけだ。
 落ち着く為に、さっき淹れたお茶を飲もうと口に運ぶ。だけど、目の前に起きた事態に信じられず、お茶を持つ手が震えた。
「でね? そのために……必要なのが……」
「莫大な……金ですよね?」
「……えぇ」
 治療を受けるだけで数千万はくだらないだろうな。それに患者の待遇と個室で……考えるだけで吐き気がする。
 また、金か……!
それだけいうと帰っていった。
時間がない。
どうすればいい?
たった一人の妹を助けるのにもお金がいるのか。
こんなに非力なオレになにができるのだろうか?
こんなオレにはなにもしてやれることはない。
 とーちゃんに頼もうか?
 それだったらやばいところまで足を突っ込んでしまう可能性がある。最悪、人身売買というクズがやるようなことになるかもしれない。
 じゃあ、どうすればいい?
 この前の氷乃宮の告白を受けていれば、今の状況は少しだけ変わっていたのかもしれない。
「オレがついているから、心配するな」
 簡単にこんな言葉が出ていたのかもしれない。
 いったい、どうすれば。
「おめでとう! 借金が一億の大台に乗ったね! さぁ、今日はお金あるのかな?」
 優しいお兄さんのような声を出す借金取り。
「ん? ないの? あのね……借りたら返すのが常識でしょう?」
「……うるさい」
「え? 今なんていったのかな? お兄さんにはっきりいってくれない?」
「うるさいって言ってんだ!」
 オレは理不尽に殴った。蹴った。
 だが、あちらはケンカのエキスパート。すぐに体勢を立て直し殴ってくる。
 無意味だとわかっていても。
こんなので京螺の病気が治るんだったらいくらでも相手してあげる。いくらでも殴ればいい。いくらでも蹴ればいい。
 だけど……
「そんなんじゃ、消えないんだよ。京螺の痛みは」
 最終的にその場に立っていたのはボク。
 今日は眠れそうにない。
「とーちゃん。今日は外に出るよ」
 やくざを倒して大喜びのとーちゃんは了承してくれた。
「おお! いって来い!」
 簡単に言ってくれる。まぁ、アンタには到底わからないんだろうけど。
 街中はまるで昼のように明かりがあって、活気があった。
 何が面白いんだ。娯楽なんかやったことない。
 両手に二人の女性を抱え喜んでいるオッサン。
 金を持たせ、白い粉を渡すヤンキーども。
 
 結局は金。
 
 みんな金。
 
 金の力は絶対だ。
 
 金。
 
 スベテカネデカエル。
 
 チキュウモ。
 
 ヘイワモ。
 
 ナニモカモ。
 
 夜が明けるころには近くの河原の土手で太陽を見ていた。
 太陽は誰でも公平に照らしてくれる。そんなの嘘だ。じゃあ、なんで京螺は不治の病に侵されなくちゃいけないんだ。
 あいつは好きな人と結婚して好きな人といい家庭を作っておばあちゃんとおじいちゃんになるまで幸せに暮らせたはずだったんだ。それがたった一つの病気で全てが水の泡かよ! ふざけんな!
「ふっざけんなぁぁぁ!」
 川に入りバシャバシャと水に逆らうように、運命から逆らうように水を殴る。飛び散るのは一粒の水。一滴の水。
 それが冷たく顔に当たる。
 足がすべり背中から川に入ってしまった。
 見上げた空は茜色にそまり東雲となっていた。
 冷たい水はどこまでも熱くなり過ぎた自分の体温を奪っていった。
「あんた、何してんのよ」
「よう。今日は車なのか?」
 氷乃宮が車から降りて土手まで降りてくる。
「き、今日は朝早く起きたからついでに燕尾のところに行こうかなって思ってただけよ!」
「あっそ。じゃあ、見つかったんだからさっさと学校行けよ」
 漂っていたオレは水を吸い取った重い服といっしょに持ち上げ、土手に座る。
「見ての通り川に落ちちゃってね。乾かすまでここにいるよ」
「あんたの妹、残念ね」
 気まずそうに答えた。
「なんで知っているんだよ!」
 いつの間にか声を荒げてしまった。
 その声に動揺もせず、冷静に話した。
「わたしは何でも知っているの。そう、あんたの全てをね。妹さんの医療費が払えないのも、あんたの父親が莫大な借金を抱えてやくざに追われているのも。夜逃げは合計八回してるんですって? それじゃあもうお金は貸してくれないわね。わたしだったら、そうねえ、全部なんとかできるかもしれないわ」
「なぁ、身勝手で悪いんだが」
 言い放つ前に氷乃宮が答えた。
「付き合ってくれる? わたしの……彼氏として」
 なにもかも見透かしたように彼女は笑う。答えが一択しかないのをわかっているから。そして答えれば彼女の言いなりになってしまうことも。
「あぁ。京螺のこと、よろしく頼む」
 今、小さなプライドが……風に舞い上がり空の彼方へと消えていった。
「えぇ。婚約者のかわいい妹ですもの。世界中のエキスパートを呼んで全力を尽くしてあげる」
 花梨は手を差し出す。
 ボクはその手を取り、かしずいてキスをした。

       

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