Neetel Inside ニートノベル
表紙

たったひとつのバグ
一日の終わり

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「やっほ~。何しているの?」
廊下で偶然通りかかったのは瑠佳だった。ちょうどいい。彼女に少し手伝ってもらおうかな?
「瑠佳か。今暇かな?」
 とりあえず予定があるかどうか聞いてみる。いきなり手伝え! なんて言えるわけがなかった。
「ん~そうだね~。今日はバイトもないし大丈夫だよ」
「そっか。それじゃあ、ちょっと近くの公園行こう」
「わかった~。でも、燕尾くんからのお誘いって珍しいね~。そのカメラで何か写すの? まさか私ぃ?」
「そうだね。時間があったら撮ってあげるよ」
「え? あ、うん。ありがと」
 なんとも歯切れの悪い返事をした。
公園へ言ってみるとアスレチックで遊ぶ子供達。鳩が一斉に羽ばたく姿。噴水が噴き出すその瞬間をカメラは見逃さない。瑠佳には花の角度を調整してもらったり、光の反射をするボードを持ってもらったり、と雑用ばかりさせてしまった。
「寒いね~」
夢中でシャッターを押しているボクに向かって瑠佳は話す。
「確かに。そろそろ暗くなってきたし」
ふと公園にある大きな時計塔を見上げる。時刻はすでに五時を回っていた。冬はつるべ落としのように陽が落ちるのは早いというのは本当のようだ。
ここまで手伝わせたのに彼女の写真を一枚も撮ってないのはさすがに酷なので一つ提案してみる。
「よし。そしたら一枚だけ瑠佳の写真撮ってもいいかな?」
「え? いいの?」
もう忘れていると思っていたのにきっちりと覚えていた。
「撮ってくれないんじゃないかと思っていた……」
「そこまで鬼じゃないよ。ボクは」
カメラを瑠佳に向ける。
「なんだか、今は優しいよね。なんで?」
 唐突な質問。
「いつも、ボクは優しくしていると思うんだけどな?」
「ううん。学校にいる時は絶対機嫌悪そうにしているんだもん」
 意識したことはなかったが瑠佳が言う事だ。本当にそう思われているらしい。
「じゃあ、これからは少しだけ優しくするよ」
「え~少しだけぇ?」
 苦笑する瞬間をボクはカメラに納めた。
「あ~! 今撮った?」
急いでボクのカメラを覗き込む。
「もっと可愛く撮ってよ! もう! いじわる!」
「ごめんって! 謝っているんだから叩かないでよ! 痛いって! それに、ボクはこの顔好きだよ。自然体でとってもいいよ」
「そ、そう?」
 少し確かめるように聞いてくる。
「うん。この顔、すごくきれいだ」
 まじまじと画面を見つめる。苦笑した顔が丁度よく沈みかけた夕日が当たり輝いて見えた。改めてみれば瑠佳の見た目は可愛い方だと思う。だから、ふと思っていたことを口にしてみた。
「瑠佳ってさ、好きな人とかいないの?」
「急だね。んと、いるんだけどその人きれいな彼女さんがいるんだ。まさに叶わぬ恋だね」
「盗っちゃえばいいんじゃないかな?」
「え?」
「ボクはそこまで好きなんだったら諦めないと思うよ。むしろどうすればその人が向いてくれるか、考えるよ」
 まぁ、ボクは花梨が告白してきてくれたからそんなこと思わなかったんだけど、もし瑠佳のような状況ならば考えて、考えてそれでもダメだった場合に諦めがつくと思う。
「そっか。そうだよね……うん。がんばってみるよ」
「その意気だよ! がんばれ瑠佳」
 明日に写真を渡すと約束しボクは夜になっても星空や夜の街を撮っていた。すると携帯に電話が入る。
「もしもし?」
『どこにいるんですか! 早く帰ってきてください!』
 キーンと耳鳴りがする。
「わ、わかった」
ガシャンと乱暴に置きツーツーと切れる音が聞こえた。
忘れていたが今はラミアという妹を家に置き去りにしたままだった。……待てよ? こんな時間だから晩御飯どうしているんだろう?
お腹がすく=料理を作ろうと挑む、と簡単に結びつく。だが、朝起きたことを思い出そう。ボクのためにご飯を作ろうとしてくれたが戦争が起きたような状態になったのは家が危険だということを物語っている。
「……急ごう!」
 通常、街から歩いて三十分かかるところなのだが、それを十分で家路に着く。なぜ陸上部がスカウトに来ないのかが不思議なくらいだ。
「ただいま!」
 幸い焦げた匂いはしない。
「遅いです! 待ちくたびれましたよ!」
「ご、ごめん……なにか食べたの?」
 息切れ切れになりリビングへ向かう。
「はい。日本は便利ですね。『でりばりぃ』と言うんですか?
 家にわざわざ来てくれるのは助かりますね。」
 見るとピザのLサイズを軽々と平らげ、もぬけの殻となりしまいには上物の寿司を頼んでいた。
「合計いくらしたの」
 恐る恐る聞いてみる。
「確か、五万ほどでした。」
 五万……簡単にいう彼女はやはりボク達とは格の違いを見せ付けられたような気がした。
「ですが、ブラックカードが使えないのは誤算でしたわ。わたくしのポケットマネーで何とか払えましたけど」
 ポケットマネーを聞くだけでも恐ろしいのであえて聞くことはできなかった。
 燕尾さんも食べます?と聞いてきたのでその甘い誘惑に乗ってしまう。
「おいしい……さすが上物」
 嬉しさのあまりそれだけしかいえない。が、ラミアはここまできてまだ愚痴を垂れる。
「そうですか? わたくしは燕尾さんの作った料理が一番大好きですけどね。それにやはりこんな冷めた料理より出来立ての方がいいです」
 この娘は……
「そんなこと言ったらダメだよ。それに愚痴ばっかり言っているけど手と口はちゃんと動いているじゃないか」
「う……」
 図星をつかれ手が止まるが口はまだ動いていた。
 そんな他愛もない話を過ごし、掃除をした新しいボクの部屋に布団を敷いて寝る。
 寝る時はまったく電気を点けない。暗い闇の中で自分が今ここに在ることが感じられるからだ。
 やはりボクの生活はラミア・キキュロスという少女が介入したことにより劇的に変化したがそれは一時のもの。そんな生活を二、三日も続けば日常茶飯事となる。
「世の中、くだらね」
 この言葉に嘘偽りはない。
 時に、今日、紗枝佳先生やラミアに言われた言葉。
『アナタは氷乃宮さんのこと本当に愛していますか?』
 この言葉。なぜわかるのだろうか?
 ボクが氷乃宮 花梨を愛していないということを。
 瑠佳にすら気づかれなかったのに……
 結局はラミアが言ったとおりお金が目的だ。
 当たり前じゃないか。そんなの、金がなければただの我侭娘、ボクは見向きもしないだろう。
 世の中金だ。金がなければやっていけない。
 以前言ったとおり履歴書という名の薄っぺらな紙に人生を左右される。
 それがイヤで考えた。必死に考えた。
 思ったより簡単に答えが出た。
 それは、お金持ちの家に住む者と仲良くすることだ。
『そんなの、燕尾の嘘に決まっているじゃない。少なくとも燕尾は違うわ。わたしには人を見る目があるの。だから燕尾に惹かれたの』だって?
 ならばボクは眼科へ行くことをオススメする。アナタの目は節穴です。かなりの重症です、と言いたくなってくる。
 仲良くするだけでは止まらず、まさか告白するとは思っても見なかった幸運だ。こんな美味しい話を見逃すわけにはいかない。
 だから快く了承した。
 あの時、彼女はバカみたいに喜んだのを覚えている。
 思い出す度、笑いが込み上げる。
 ただ首を縦に振っただけだというのにあれほど大喜びするのはどうかと思う。
 それにボクの事になるとどんなに小さなことでも全力で協力してくれるのは本当にありがたいことだった。まず、彼女にやってもらったことは気に入らないヤツを学園から追い出すのを手伝ってもらった。
 彼女は簡単にやってのけた。
 さすが大富豪の息女と言わざるをえなかった。
 まるで命令だけを着実にこなすロボットのような存在だったがそんなロボットのように素直に聞いてくれる彼女が大好きになった。
 もはや、彼女なしでは生きていけない。ボクが彼女に誕生日を知らせなくてもいつの間にか調べてボクの元に大量のプレゼントが送られることも珍しくなかった。
 そして、あと一歩だ。
 あと一歩でこんな苦労もしなくてすむ。
 来週、ボクは彼女の親と会う。……というより目に入れても痛くない娘が選んだ彼氏を見定めるための最終試験といった方が正しいのかもしれない。
 ボクは認めてもらう……いや、合格してみせる。
 そのためにはできるだけ他のみんなと話すのを避け、彼女との二人きりの時間をできるだけ多く作り、数多の想い出を作れば合格点に達するだろう。
 そう、馴れ馴れしくしてきた瑠佳に冷たくしていたのもこのためだ。
 今朝も見た限り彼女はヤキモチを妬きたがる体質だ。
 あんなにしつこくされればボクの人生が大きく変わってしまう。
 ようやく掴みかけた幸福。
 それをあんな少女に壊されるのはたまらない。
「オレは庶民のまま終わる気はない。伸し上がってやる。こんな薄汚れた世界でオレはのしあがってやる」
 夜、独りの時は仮面を被るのを辞める。
 独りの時は本当の自分をさらけ出しても構わないと思うからだ。
 だが、被る時は徹底的にするのがオレの最大の譲歩だ。
 今日はあまり眠れずに布団から起き上がり月明かりのあるベランダに向かう。
 やはり冬。寒い。だがその寒さを超える高揚感は最高だ。
「覚えているか? 花梨? キミが初めてオレを見たとき、養豚場の豚を見るような同情する目だった。はっきりいってムカついたよ。でもいまでは怒りすらない。むしろ愛しいとすら思えてくるよ」
 月を見上げ、その月を花梨のように見つめる。
 手を伸ばすがやはり届かない。
だが、もうすぐだ。もうすぐ月がこの腕に抱き寄せることができる。
「あぁ、オレはなんて運がいいんだろう」
 月はオレを見つめたまま何も言わない。
 深夜になると今まで照らしていた街の明かりは段々と消え夜空は星でいっぱいになった。
「写真でも撮るか」
 リビングからカメラを持ち出しシャッターを切る。
 その中は満点の星空でいつまでも輝いているように見えた。
 そして、ボクは眠りにつく。仮面を被ったまま。

       

表紙

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Neetsha